毎日俳壇 | 小川軽舟先生 選

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年10月15日

◎ 秋めくや太陽の香も土の香も 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】秋のさわやかな日差しに「太陽の香」を感じたのが新鮮だ。大地を踏みしめる喜びがある。

〇 早退の子の道草や草虱〔くさじらみ〕 みよし市 稲垣長
【軽舟先生評】学校を早退したのにまっすぐ家に帰らない。服に草虱をつけた様子がどこか寂しげだ。

竹林へ霧雨白く流れけり みやま市 紙田幻草
鵙〔もず〕の贄〔にえ〕またも迷惑電話なり 奈良市 梅本幸子
廃船に波は届かず蘆の花 加古川市 中村立身
開かれぬ鰥夫〔やもめ〕の雨戸牽牛花 千葉市 畠山さとし
裏窓の古き机やちちろ鳴く 明石市 岩田英二
校庭のチャイム高らか涼新た 八尾市 岡山茂樹
敬老日妻の眠りを妨げず 神戸市 中林照明
帰省子にふるさとの軒低くあり 長門市 半田哲朗
ペット屋の値引の札や秋暑し 那須塩原市 柴田道子
鉄瓶の滾〔たぎ〕る朝餉や佐渡の秋 東京 鈴木英五郎

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年10月8日

◎ はしご酒まづ一軒目秋の暮 西尾市 岩瀬勇
【軽舟先生評】秋の夜長のまだ入口。伝統的な秋の暮の季語に、はしご酒の俗をぶつけて楽しい句になった。

〇 B面のありしあの頃鰯雲 東京 小栗しづゑ
【軽舟先生評】レコードのB面がわかる世代もいずれ少数派になる。自分の生きた時代への愛惜。

乗換へを待つ空港の夜長かな 兵庫 小林恕水
開梛〔かいぱん〕のひときは高き今朝の秋 奈良市 斎藤利明
家計簿をつけ秋涼の夜静か 秋田市 西村靖孝
浜茶屋のたたまれてゐる帰燕かな 神戸市 木内美恵子
弟は疾〔と〕くに逝きけり青瓢〔あおふくべ〕 上尾市 中野博夫
避暑地より届きし残暑見舞かな 神奈川 中島やさか
ショッピングセンター廃れ虫しぐれ 上尾市 中久保まり子
菊日和明治天皇行幸地 名古屋市 浅井清比古
図書館の高き天井夏の午後 木更津市 木嶋蛍
山寺の月の客なく更けにけり 周南市 加藤戛子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年10月1日

◎ ブラインド越しの秋日や掌〔たなごころ〕 津市 渡邊健治
【軽舟先生評】最後に置いた掌がよい。秋の日にかざして掌を見つめる。そこに静かな内省がある。

〇 焼香に制服の列木下闇 市川市 五木田暁美
【軽舟先生評】学校の制服なのだろう。説明や感想をはさまず、ただ季語だけを添えたのがよかった。

陵〔みささぎ〕の松の濃〔こ〕みどり今朝の秋 香芝市 矢野達生
稔田〔みのりだ〕の中の古墳や群雀〔むらすずめ〕 市原市 稲澤雷峯
雨に明け雨に暮れたる厄日かな 和歌山市 花谷康道
鰯雲熾火〔おきび〕のいろに暮れのこる 高山市 直井照男
賞罰の無き一生や稲の花 羽生市 小菅純一
遠泳や水平線の近寄らず 町田市 枝澤聖文
新米を研ぐふるさとの小〔ち〕さき母 佐倉市 小池成功
商店街閑散として残暑かな 志木市 谷村康志
水打つて花見小路に灯のともる 奈良市 上田秋霜
石敷の長き門前秋暑し 秋田市 神成石男

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年9月24日

◎ しんしんと日は天頂に蟻の道 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】天頂へ登る太陽と地面に列をなす蟻。大と小の両極の対比で世界の不穏な静けさを捉えた。

〇 風荒〔すさ〕ぶ朝の光や白〔しろ〕木槿〔むくげ〕 津市 渡邊健治
【軽舟先生評】目覚めて外を見遣ると朝から強い風が吹いている。ある秋の日の始まりが確かに感じられる。

檀家減る貧乏寺や竹の春 藤沢市 田中修
虫干やまづ天金の一書より 日高市 落合好雄
炎天や家裁に入る乳母車 東京 関口昭男
星月夜二人暮しの灯の一つ 豊田市 内山幸子
米を研ぐ二百十日の寺男 一宮市 渡辺邦晴
バス降りて一本道の帰省かな 豊田市 小澤光洋
石投げて何呼び戻す秋の海 愛西市 坂元二男
布巾干す昼の豆腐屋赤まんま 東京 木内百合子
虫の音に上着一枚羽織りけり 東京 菊池和正
パソコンを敬し遠ざけ草の花 行橋市 安藤東三子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年9月17日

◎ 駅弁の甘き田麩〔でんぶ〕や秋の空 東京 種谷良二
【軽舟先生評】飯に散らした桜色の田麩がなつかしい。澄んだ空に照り映えて、旅情も一気に高まりそうだ。

〇 炭田の遠き栄華や虫すだく 福岡 村岡昇藏
【軽舟先生評】黒いダイヤと呼ばれた石炭で栄えたのも遠い昔。街の喧騒は静かな虫の音に替った。

はてしなし円周率と蟻の列 狭山市 平野和士
青空の暮れて星空虫時雨 福岡市 三十田燦
新涼や革砥光らす理髪店 川越市 峰尾雅彦
夏座敷榧〔かや〕七寸の碁盤据ゑ 大村市 森宏二
新涼やコーヒーミルの挽き心地 水戸市 砂金祐年
青北風〔あおぎた〕や原付で往く防波堤 鈴鹿市 岩口已年
酒しぼる締木の艶も秋はじめ 吹田市 末岡たかし
虫の音の庭や巨人の負け試合 調布市 田中泰彦
新涼やモーツァルトとミルクティー 真岡市 下和田真知子
のうのうとひと日素顔や瓜の花 新潟市 鍋谷彰子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年9月11日

◎ 読み返す介護日誌や盆の月 長野市 中里とも子
【軽舟先生評】過ぎてみれば介護の日々もなつかしい。盆の月を見上げる穏やかな心持ちが伝わる。

〇 向日葵や次女はさつさと嫁に行き 直方市 瓜生碩昭
【軽舟先生評】長女を嫁にやるのに苦労を重ねたのだろう。それに対して次女がいかにも次女らしい。

夕顔や客待ち顔の料理店 鎌倉市 高橋暢
普段着の舞妓連れ立つ夜涼かな 寝屋川市 数藤茂
川風を通す二階や遠花火 東京 齋木百合子
夏木立湖畔に沿つて道長し 吹田市 葉山芳一
帰省子に乗合バスは日に二便 香芝市 矢野達生
雨音に寝そびれてをり秋初め 東大阪市 北埜裕巳
大風に落とさるるなよ鴉の子 鹿嶋市 津田正義
虹立つや若き夫婦のベビーカー 福岡市 田中芳洲
緑蔭に吸ひ込まれゆく子らの声 秋田市 榎真美子
はんなりと少し傾く秋簾 神戸市 藤田明子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年9月3日

◎ 冷麦は子供と食べるのが楽し 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】夏休みに遊びに来た孫と過ごす時間が目に浮かぶ。色のついた数本のある冷麦が似合う。

〇 歯を抜かれ酷暑の街を戻りけり 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】今年の夏はまさしく酷暑。そんな時に歯を抜かれて帰ったのは、さぞ難儀なことだったろう。

片陰やデイサービスの車待つ 豊橋市 野副昭二
たまりゆく求人雑誌風死せり 下関市 福永浩隆
テレビ消し祭り囃子を遠く聞く 米子市 永田富基子
夕立やルオーを飾る喫茶店 東京 種谷良二
巡礼の鈴の音澄める蓮の花 藤沢市 田中修
焼酎やものの臭ひのガード下 つくば市 村越陽一
薫風や保線の人の怒り肩 奈良市 石田昇己
黄菅〔きすげ〕咲くヒュッテに着くや黄昏〔たそが〕るる 奈良 中川潤二
行く夏や臥せりがちなる妻の胸 横浜市 杉山邦夫
水打つて開店五分前となる 北見市 根本敦子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年8月27日

◎ 千年の森光年の星涼し 明石市 久保いさを
【軽舟先生評】深い原生林に宇宙から星の光が届く。千年の時間と光年の距離、大きな時空を捉えた句だ。

〇 ねこじやらし猫も子供も減りにけり 東京 神谷文子
【軽舟先生評】少子高齢化の進む地域社会。空き地にねこじゃらしが生える。「猫も」がせつない。

三伏〔さんぷく〕や神馬は顎門〔あぎと〕ぐいと引き 岡崎市 金田智行
朝焼の雲一筋や原爆忌 市原市 稲澤雷峯
けさ秋のシーツの白き目覚めかな 由利本荘市 松山蕗州
引き潮にかはる波音月涼し 竹原市 桜井澄子
格子戸の間口きつかり水を打つ 東京 たなか礼
大寺の土塀の長し片陰も 大阪市 山田喜美
炎昼や梵字に強くとめはらひ 尼崎市 吉川佳生
翻る暖簾これより真夏なり 秋田市 鈴木華奈子
竹筒に太き節あり冷し酒 青森市 小山内豊彦
振り向けば白き病棟青田道 千葉 大須賀久大

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年8月20日

◎ 太陽の下で働き冷奴 羽生市 小菅純一
【軽舟先生評】太陽の下で汗を流して働く。風呂上がりの一杯と冷奴のうまさはサラリーマンには分かるまい。

〇 かたはらの妻の寝息よ夜の秋 四日市市 伊藤衒叟
【軽舟先生評】妻が隣ですこやかな寝息を立てていることに心が安らぐ。網戸から涼しい夜風が入る。

打水や開店前の生花店 北九州市 宮上博文
ナイターや三塁手まだ夕日中 神戸市 松田薫
終戦日ピン札に指切りにけり 東京 穂曽谷洋
忘れ物思ひ出したり昼寝覚 東京 松岡正治
掃苔や手庇〔てびさし〕に見る東山 大阪市 佐竹三佳
楠の木の影こんもりと月涼し 富士宮市 渡邉春生
タンカーの船長室の青簾 北本市 萩原行博
朝涼や電気カミソリ咽〔のど〕走る 福岡市 三十田燦
工場からいつもの響き風死せり 東京 月城花風
窓を開け一人暮らしの天花粉 相模原市 はやし央

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年8月14日

◎ 貧乏に妻と生きてや百日紅〔さるすべり〕 東京 辺見狐音
【軽舟先生評】贅沢はさせてやれなかったが、妻と無事に生きてきた。百日紅の明るさが人生を肯定する。

〇 父の日や父の戒名読み直す 秋田市 神成石男
【軽舟先生評】すっかり忘れていた父の戒名。位牌を読み直してみると亡くなったときの記憶も甦る。

これまでと畳む釣竿日の盛 高山市 直井照男
夜店守千円札の皺伸ばす 四條畷市 植松徳延
古書店の主人顔出す梅雨晴間 東久留米市 矢作輝
墓石に雲の影来て蜥蜴〔とかげ〕の子 千曲市 中村みき子
飲みさしのジンジャーエール明易し 武蔵野市 水田隆
バスを待つ幽霊坂の蝉時雨 福岡 村岡昇藏
雨雫のこる棚田やほととぎす 市原市 稲澤雷峯
無駄足となりし商談汗拭ふ 加古川市 中村立身
裸にて将棋指しゐる下宿人 福岡市 林〓
受診日の飛行機雲や百日紅 鴻巣市 菅野捷子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年8月6日

◎ 礼状はその日のうちに日日草 大阪 池田壽夫
【軽舟先生評】今日のことは明日に延ばさない。生真面目な人柄と日日草の取り合わせに味がある。

○ 夕立にてんやわんややあめんばう 東京 山口照男
【軽舟先生評】大粒の雨に翻弄されるようなあめんぼう。まさに「てんやわんや」と見えたのだ。

注射の子夏野に逃げてしまひけり 水戸市 砂金祐年
汗光る路上ライブの歌手と客 土浦市 今泉準一
降りしきる朝顔市の人出かな 愛西市 小川弘
夢の友問ひに答へず明易し 春日市 林田久子
ナイターに行こか暖簾を潜〔くぐ〕らうか 苫小牧市 吉田京子
枝葉打つ幽かな雨の夏座敷 羽生市 岡村実
九十九〔つづら〕折り上る峠の合歓(ねむ)の花 厚木市 石井修
気兼ねなき勉学の夜の裸かな 富山市 藤島光一
松葉杖つきて少年夏終る 国分寺市 伊澤敬介
茅葺きの古刹の破風〔はふ〕や夏の蝶 にかほ市 金民子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年7月30日

◎ 梅雨の客空を見上げて帰りけり 坂戸市 沼井清
【軽舟先生評】雨があがっていたのだろう。見送る主人と帰る客。よい時間を過ごしたようだ。

○ 祭笛聞きつつ酢飯さましをり 深谷市 酒井清次
【軽舟先生評】祭の高揚感の中での食事の支度。色とりどりのちらし寿司のできあがりが目に浮かぶ。

蛸壺のあんぐり乾く晩夏かな 神奈川 新井たか志
向日葵やバックミラーに安房の海 東京 喜納とし子
プロペラ機飛び発つ茅花〔つばな〕流しかな 和歌山市 西山純子
夕蝉や勤務シフトにまだ慣れず 玉野市 松本真麻
夕空を行く飛行機や梅雨上がる 東京 松嶋光秋
扇風機たたきに置かれ町工場 鈴鹿市 岩口已年
水を打つ夕風を呼びあつめつつ 明石市 岩田英二
松越しに見る富士近し五月晴 神戸市 田代真一
走馬燈黒髪に艶出でにけり 横浜市 まつら佳絵
旅人の往き来途切れて水を打つ 奈良市 奥良彦

◆ 毎日新聞 小川軽舟・選 2018年7月23日

◎ 大声に蠅虎〔はえとりぐも〕の落ちにけり 福知山市 阿辻豊
【軽舟先生評】部屋の壁を這っていたハエトリグモ。大声に驚いたわけでもあるまい。偶然のおかしさ。

○ 砕石のコンベアー停め昼寝かな 東京 東賢三郎
【軽舟先生評】砕石場の休憩時間の昼寝である。さっきまでの轟音が嘘のような静けさが心地よい。

駅前の惣菜店の日除かな 町田市 友野瞳
街角の公衆電話明易し 富士宮市 渡邉春生
梅雨の雷地蔵の軒にバス待てり 今治市 越智ミツヱ
虹くぐり船着く昼の港かな 長崎市 田中正和
胸の憂さ払ひ行きたり青嵐 つくば市 樽本いさお
ひもすがら灯す書斎や五月闇 奈良 久野多恵子
紫陽花や老いて湯島の男坂 古賀市 大野兼司
手花火の消えて子供ら闇に失す 東京 ホヤ栄一
雨安居〔うあんご〕やうつぼ柱の鳴るばかり 大阪市 中村一志
白南風〔しらはえ〕や夕餉の豆腐ぶら下げて 高槻市 津田英子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年7月16日

◎ 雨戸繰る音に目覚めし帰省かな 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】今は雨戸のないマンション暮らし。がたぴし響く雨戸の音に、実家に帰ったことを実感する。

○ 夕焼や砂浜消えて半世紀 堺市 野口康子
【軽舟先生評】高度成長期に埋め立てられた砂浜。子どもの頃に遊んだ海が今でも幻のように目に浮かぶ。

いつまでも職場の若手ビール注ぐ 明石市 北前波塔
柚の花や宿の夕餉を待つ時間 東京 氣多恵子
ででむしや向ひは男所帯なり 東京 神谷文子
ダービーの孤注の連れに男時〔おどき〕かな 京都市 小川舟治
雨止んでかんかん照りや金魚草 町田市 枝澤聖文
かつて愛ありし西日の四畳半 川越市 峰尾雅彦
梅雨空に明けの明星観覧車 藤沢市 一色伽文
町内のここも廃屋夏落葉 宇部市 谷藤弘子
街宣のヘイトスピーチ金魚死す みよし市 稲垣長
山門に向ひ合ひたる甘酒屋 鎌倉市 高橋暢

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年7月10日

◎ 母と修〔しゅ〕す父の遠忌〔おんき〕や百日紅 小田原市 守屋まち
【軽舟先生評】父が死んで長い年月が過ぎた。あと何年母と一緒に父を偲べるだろう。百日紅が目にしみる。

○ 次に会ふ時は遺影か額の花 国分寺市 越前春生
【軽舟先生評】見舞いに行った相手はもう長くはなさそう。次は遺影という突き放したような覚悟がつらい。

朝からのかんかん照りよ冷し酒 東大阪市 三村まさる
新聞紙詰めて干す靴立葵 神戸市 松田薫
終電の次は始発や明易し 東京 種谷良二
稜線の蒼き日暮れや蛍川 神奈川 新井たか志
眉宇にある少年の素志夏来たる 郡山市 佐藤祥子
図書館へ一番乗りや夏帽子 長野市 中里とも子
初夏の稚魚かがやける汽水域 尼崎市 吉川佳生
紫陽花や後手つける古畳 羽生市 小菅純一
噴水やいつも挑戦する気持 熊本市 江藤明美
春昼のトランペットに貫かる 柏市 藤好良

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年7月2日

◎ 傘売場ぱつと明るき梅雨〔つ〕入〔い〕りかな 東京 関口昭男
【軽舟先生評】梅雨に入った百貨店に色とりどりの傘が並ぶ。雨も楽しみようだと教えてくれる明るさ。

○ 美術館涼し魁夷の森蒼し 鯖江市 木津和典
【軽舟先生評】美術館で東山魁夷の森の絵の前に立つ。心身ともにひんやりと静まりかえる心地がする。

働ける今が大事や梅漬ける 日高市 落合清子
父の日や夜勤へ向かふ父の背〔せな〕 船橋市 村田敏行
タンカーの接岸すぐに水母〔くらげ〕寄る 和歌山市 岬十三
名刺なき手持ち無沙汰やソーダ水 松本市 上月くるを
硝子戸に初夏の日射しやひとりなる 別府市 渡辺小枝子
ポストまで下駄突つ掛くる薄暑かな 奈良市 斎藤利明
買主を待つ分譲地虞美人草 芦屋市 瀬々英雄
黄菖蒲や一夜の雨に濁る池 弥富市 富田範保
ラジオよりオールディーズや梅漬ける 伊勢市 奥田豊
盗まれし自転車戻る柿の花 東京 種谷良二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年6月25日

◎ 父の日や父と娘の意地つぱり 長岡京市 みつきみすず
【軽舟先生評】父の日だというのにささいなことで互いに意地を張る。早く仲直りしたいと互いに思いつつ。

○ 笹百合や亡き妻詠まず何を詠む 葛城市 八木誠
【軽舟先生評】笹百合の花のような妻であったか。俳句を通じて折にふれ妻の姿を思い出してやりたい。

空青きアイスクリーム日和かな 大阪市 永井経子
午後長し浜昼顔に松の影 奈良市 荒木かず枝
石楠花〔しゃくなげ〕や雲に壮気の満ち来たる 船橋市 小澤光世
青蔦に廃屋搦めとられけり 大田市 森井晃一
西瓜売り裸電球煌煌と 奈良市 梅本幸子
プロ野球ラジオ中継瓶ビール 名古屋市 鈴木幸絵
白き波よせ来る駅や更衣〔ころもがえ〕 稲沢市 杉山一川
夏掛や仰向けに読む文庫本 西宮市 濱和子
待つ人のゐて一人旅桐の花 東京 井上茅
恙〔つつが〕なく夕映え淡し桐の花 鴻巣市 菅野捷子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年6月18日

◎ 水彩をはじくクレヨン濃〔こ〕紫陽花〔あじさい〕 四條畷市 植松徳延
【軽舟先生評】子どもが描いているのだろう。紫陽花はクレヨン、背景は水彩絵具。「はじく」が発見。

○ 銀座まで散髪に行く五月かな 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】わざわざ銀座までというこだわりに人となりが出る。五月のすがすがしさが気分を高める。

祭髪伝法にして愛らしき 名古屋市 可知豊親
立ち番の長靴に来し黄蝶かな 洲本市 小川吉祥子
御刀拵所〔おんかたなこしらえどころ〕濃紫陽花 札幌市 村上紀夫
京言葉柳の風に吹かれくる 高山市 直井照男
桜桃忌文学少女皆老いて 堺市 野口康子
蚊遣火やはねつかへりの次男坊 宇都宮市 大渕久幸
店先に犬の寝そべる薄暑かな 北九州市 宮上博文
禅寺へ祇園を通る暮春かな 寝屋川市 数藤茂
あめんぼの水紋つらね用水路 あま市 野田朱美
人生に節目節目や竹の秋 我孫子市 新井美枝子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年6月12日

◎ 積ん読の一番上や若葉風 秋田市 鈴木華奈子
【軽舟先生評】買ったばかりの一冊。その上を風が吹き抜ける。読みたいと思うこと自体が楽しいようだ。

○ 母の日や箪笥に残る割烹着 東京 石川昇
【軽舟先生評】立派な着物や帯ではない。母によく似合った白い割烹着が何よりなつかしい。

入れ替はり妻の出かける薄暑かな 明石市 北前波塔
巣燕や表札はまだ兄のまま 唐津市 梶山守
薫風や外に連れ出す父と母 大阪市 吉長道代
夕霞子を呼ぶ山羊の声寂し 入間市 安原勝広
すずらんや嬰子〔みどりご〕の目の汚〔けが〕れなき 行橋市 野田文子
惜しみなく空まさをなり田水張る 四日市市 伊藤衒叟
五年ぶり夫婦で映画走り梅雨 前橋市 鈴木きよえ
何も彼〔か〕も捗らぬ日や豆御飯 志木市 谷村康志
山の香を纏ひて降れり夏の雨 武蔵野市 水田隆
白南風や家中の窓拭きあげて 長野市 中里とも子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年6月4日

◎ 新橋の塵氛〔じんふん〕に春惜みけり 水戸市 砂金祐年
【軽舟先生評】塵氛とは俗世の利欲にまみれた空気。新橋の喧噪に身を沈めれば、それはそれで居心地がよい。

○ 階段の右側登る蟻の列 野田市 塩野谷慎吾
【軽舟先生評】たまたま右側に蟻の列が続いていたのだが、あらためてこう言われると妙に人間くさい。

春雨や岸を離るる屋形船 福岡市 礒邉孝子
亀鳴くや一休居士の無精髭 龍ケ崎市 本谷英基
春落葉掃きたる土の湿りかな 東京 望月清彦
万緑の真つ只中を鼓笛隊 深谷市 酒井清次
メーデーや色の褪せたる組合旗 神戸市 木内美恵子
葱坊主帰りも犬に吠えられし 龍ケ崎市 清水正浩
鯉のぼり団地に若き夫婦住み 門真市 田中たかし
サイダーや畑の石に腰下ろす 鈴鹿市 岩口已年
丸め癖つきし台本走り梅雨 東京 木内百合子
一人には広過ぎる家春惜しむ 古賀市 大野兼司

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年5月28日

◎ 竹皮を脱ぐ熊の子の背くらべ 長岡京市 みつきみすず
【軽舟先生評】冬眠中に生まれた子熊と勢いよく伸びた筍。童話のように描かれた自然がほほえましい。

○ 働き方変へても貧し啄木忌 高萩市 小林紀彦
【軽舟先生評】国会審議の進まない働き方改革関連法案。議論ばかりでは現実は変わらないという訴えか。

虻〔あぶ〕去れば蜂寄り来る画帳かな 亀山市 藤原紅
つめたき指不憫がられるヒヤシンス 東京 木村史子
雛罌粟〔ひなげし〕の咲くあばら家に戻りけり 愛西市 小川弘
燕来て日本の田圃いきいきす 津市 田山はじめ
境内に出店の残る遅日かな 津市 渡邊健治
桜しべ掃く夕方の土産店 吹田市 末岡たかし
野焼の火風と喧嘩をしてゐたり 久慈市 和城弘志
囀〔さえずり〕が囀を呼ぶ雨上り 横浜市 竹村清繁
山寺も布団を干して梅雨晴間 伊万里市 田中秋子
町薄暑ショパンを流す美容院 桜井市 中博司

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年5月21日

◎ 子を連れて犬をもらひに花の昼 加古川市 中村立身
【軽舟先生評】子どもにせがまれて犬を飼うことに。桜の季節に犬を加えた家族の新しい生活が始まる。

○ 夜桜や〆〔しめ〕の寮歌に肩を組み 神戸市 田代真一
【軽舟先生評】これぞ高歌放吟。周りの花見客には少々迷惑だが、これをやらないと気が済まないのだ。

制服のてかてかの肘卒業す 和歌山市 西山純子
古草に等しく雨の降りにけり 土浦市 今泉準一
どの顔も年金ぐらし花筵〔むしろ〕 東京 齋木百合子
船もどる漁村の夕餉焼諸子〔もろこ〕 彦根市 松本勝幸
出帆のフェリーに春の星座かな 市原市 稲澤雷峯
複製のゴーギャンの絵や夏近し 静岡市 生江八重子
青嵐森羅万象ひるがへす 松戸市 花嶋八重子
長き影ひきて夕日に孕鹿〔はらみじか〕 奈良市 渡部弘道
春の空ベンチに見上ぐ作業員 流山市 小林紀彦
こころ病む青年に添ふしじみ蝶 君津市 金澤惠子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年5月14日

◎ 花の昼都電都バスと乗り継いで 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】遠出するわけではないが、これもちょっとした旅の気分。「都電都バスと」の弾みがよい。

○ 行く春や一卓で足る同期会 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】集まる顔ぶれはだいたい決まっている。たとえ一卓でも囲めるうちはずっと続けよう。

天守より望むわが町黄沙降る 北九州市 吉松正彦
葉桜や旅の女のイヤリング 金沢市 青木英昭
肉体派女優偲べり昭和の日 川越市 峰尾雅彦
囀〔さえずり〕や土蔵の窓の板庇 横浜市 村上玲子
江ノ電の止まる腰越判官忌 豊橋市 河合清
桜蕊降る曲り家の飼葉桶 福岡 村岡昇藏
ひつそりとおしやれの店や昭和の日 真岡市 下和田真知子
写経する机上あかるき朝桜 奈良 高尾山昭
読経の響く回廊牡丹咲く 奈良 中川潤二
ほととぎす墓山かけて啼きにけり 福岡市 三十田燦

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年5月8日

◎ 石ころの尻に当たるや花筵〔むしろ〕 伊丹市 奥本七朗
【軽舟先生評】敷いた筵の下に石ころが出っ張っている。その感触もまた花見らしくてうれしい。

○ 啓蟄や職場復帰は週三日 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】啓蟄は冬ごもりの虫が地中から出てくる頃の意。リハビリ中の作者の気分にぴったりだ。

桜散る雑巾しぼるバケツにも 高知 渡辺哲也
耕やすや腰のラジオの英会話 秋田市 神成石男
美しい鳥を見てゐる暮春かな 小田原市 守屋まち
延々と続く会議や鳥帰る 青森市 小山内豊彦
午後からの柔らかき雨花祭 奈良市 石田昇己
鰻屋の暖簾をくぐる花見かな 羽生市 小菅純一
低気圧近くなりけり蝌蚪〔かと〕の紐 川越市 小澤悠人
下萌や立て掛けてある一輪車 東京 種谷良二
街騒〔まちざい〕に聞く潮騒や放哉忌 東京 石川黎
弟〔おとと〕来て姉に戻るや彼岸寺 宮崎市 境雅子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年4月30日

◎ 春雨や向かひの猫も外ながめ 北九州市 岡田成司
【軽舟先生評】道を隔てて外を眺める作者と猫。まるで同志のように春雨の一日の無聊(ぶりょう)を分かち合う。

○ 留学生もてなす雛を飾りけり 神戸市 木内美恵子
【軽舟先生評】日本の文化にたくさん触れてほしい。押入の奥から久しぶりに雛人形を引っ張り出す。

初蝶のおのぼりさんのやうにかな 東京 氣多恵子
春泥や年輪かをる鉋〔かんな〕くづ 明石市 岩田英二
窓ごしに春月コインランドリー 行橋市 小森慶子
新社員窓大きくて明るくて 龍ケ崎市 清水正浩
永き日や嫁ぎたる子の部屋ふたつ 吹田市 葉山芳一
春眠に雀らのこゑ遠ざかる 池田市 黒木 淳子
暖かき故山の土手やハーモニカ 須賀川市 関根邦洋
出支度のながき女や養花天 京都市 小川舟治
淋しげに猫は顔あぐ桃の花 東京 四倉ハジメ
歩をとどめ春夕焼の野に祈る 宮崎市 明野良子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年4月23日

◎ 打ちかけの床屋の碁盤燕来る 津市 田山はじめ
【軽舟先生評】散髪客が来たのでいったん中断。軒を燕がかすめて、商店街ののどかな一日が過ぎていく。

○ うららかやコロッケ揚げただけ売れる 一宮市 渡辺邦晴
【軽舟先生評】肉屋の店先でコロッケを揚げている。揚げたてを狙って昼飯前の近所の人たちが買いに来る。

ピース缶ぽつんと墓に入彼岸 那須塩原市 谷口弘
春暁や濃きコーヒーとインクの香 秋田市 神成石男
潮待ちの桶に肱置く栄螺〔さざえ〕海女 北九州市 宮上博文
せせらぎは銀の鈴の音春の朝 名古屋市 大島知津
たくさんのドア開いてゐる新社員 名取市 里村直
廃駅の動かぬ時計春遅々と 藤沢市 青木敏行
青き踏む幼子の声父母のこゑ 岡崎市 金田智行
春の雨欅の幹を濡らしけり 広島市 谷口一好
なかんづく胡坐〔あぐら〕の脛〔すね〕に花の冷 新居浜市 木下信
魚は氷に上る羊羹厚く切る 横浜市 竹村清繁

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年4月16日

◎ 淡路から花の荷届く遅日かな 明石市 北前波塔
【軽舟先生評】花卉(かき)栽培の盛んな淡路島から明石海峡を渡って生花が届く。まるで春そのものが届くよう。

○ 朝風呂に初うぐひすや雨上がり 吹田市 渡邉建彦
【軽舟先生評】勤めが現役のうちはなかなかできないことで羨ましい。朝風呂には申し分ないお膳立てだ。

船員の娘の写真春の潮 下関市 福永浩隆
川越えの風のつめたきミモザかな 東京 上川畑裕文
啓蟄〔けいちつ〕や話し足らざる女たち 島根 高橋多津子
天命の父の棺に黄砂降る 香取市 嶋田武夫
摘草や橋なき土手を果てしなく 館林市 寺内和光
春の日やトロンボーンのビブラート 秋田市 鈴木華奈子
水音の明るき水車蕗の薹 町田市 枝澤聖文
斉唱の窓から空へ卒業す 尼崎市 吉川佳生
連翹〔れんぎょう〔やガラスのビルに空あふる 松本市 上月くるを
足とめて風鐸〔ふうたく〕を聞く日永かな 東京 江川文江

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年4月10日

◎ 囀〔さえずり〕に囀かへす川むかう 由利本荘市 松山蕗州
【軽舟先生評】川は雪解で水嵩が増している。その水音に負けじと恋の季節の鳥たちが囀りを競う。

○ 百枚の棚田に十戸春の海 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】先祖が力を合わせて築いてきた棚田なのだ。冬は荒れる海も今は耕しを促すように穏やか。

春月や母眠らせて湯に一人 大阪市 佐竹三佳
いかなごを炊きしその夜の嵐かな 神戸市 松田薫
早暁の一つ星ありヒアシンス 鈴鹿市 岩口已年
啓蟄〔けいちつ〕や寝ぐせのままの日曜日 東久留米市 矢作輝
梅咲くや小さき畑のトラクター 所沢市 佐々木孝逸
ものの芽や地図を見てゐる郵便夫 仙台市 小林水明
杣道〔そまみち〕を明るくしたる落椿 嘉麻市 松井春光
一通の文一輪の桃の花 日高市 落合好雄
雛の灯の消えてそぼ降る雨の音 羽生市 岡村実
一湾に弥生の潮〔うしお〕満ち来たり 徳島市 長山敦彦

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年4月2日

◎ 春めくや湯気に潰せる粉吹芋 京都市 新宮里栲
【軽舟先生評】わが家自慢のポテトサラダを作る。あつあつのジャガイモの湯気に春を感じるのも楽しい。

○ 蕗の薹汁にはなちて今日を生く 常陸大宮市 笹沼實
【軽舟先生評】毎日が繰り返しに見えても今日は一度きり。庭で摘んだ蕗の薹を刻み、味噌汁にさっと放つ。

病妻の爪切る夫や春の昼 吹田市 坂口銀海
豆腐屋の喇叭〔らっぱ〕出しぬけ春夕べ 神奈川 新井たか志
札ちよんの息子たづねる啄木忌 入間市 松井史子
既決から戻す稟議書春一番 東京 根岸哲也
農協の婚活へゆく春ショール 東久留米市 夏目あたる
永き日や訓練つづく消防士 大阪 池田壽夫
港江〔みなとえ〕の古き洋館花ミモザ 福岡市 瀬尾英子
白梅や写真一枚だけの母 いすみ市 酒井良司
芽吹きたり結びみくじの枝の先 加古川市 中村立身
雪解や白壁並ぶ蔵の町 弘前市 岩田秀夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年3月26日

◎ 谷根千〔やねせん〕の路地の植木に春兆す 土浦市 今泉準一
【軽舟先生評】谷中、根津、千駄木。都心のすぐ近くに息づく昔ながらの暮らしに、今年も春がやって来た。

○ 立春の米研ぐ水の濁りかな 新居浜市 正岡六衛
【軽舟先生評】今日が立春だと思えば、いつもと同じ米の研ぎ水の濁りも、にわかに春めいて見える。

百円で跳ねる木馬や山笑ふ 和歌山市 西山純子
父母と犬を引く子と青き踏む 唐津市 梶山守
店仕舞早き奈良町冴返る 奈良市 上田 秋霜
石鹸〔しゃぼん〕玉吹く子に風のやはらかき 千葉市 新原藍
鳴き交はす声の二色春の庭 藤沢市 一色 伽文
ナプキンの白き帆が立つ春の卓 和歌山市 溝口圭子
天金の聖書を開く名残雪 藤枝市 山村昌宏
どじよつこの見上げる光薄氷 青森市 天童光宏
唾付けて糸屑拾ふ春炬燵 古賀市 大野兼司
探梅や酒亭の旗の翩翻〔へんぽん〕と 龍ケ崎市 本谷英基

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年3月19日

◎ 踏青や飛行機雲のうすれゆく 東大阪市 三村まさる
【軽舟先生評】春の野に出て仰ぐと、都会生活で忘れていた空の広さを思い出す。いつまでも見ていたい。

○ 干拓地畦真つ直ぐに草萌ゆる 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】干拓地らしく広々とした田が整然と続く。真っ直ぐに伸びた畦がいっせいに春を迎えた。

干鰈〔ほしがれい〕炙〔あぶ〕る小昼や瀬戸青し 茅野市 植村一雄
熔鉱炉春月高くかかげけり 北九州市 宮上博文
奴凧風の自由にさせてをり 可児市 金子嘉幸
泰然と車道よこ切る孕み猫 北九州市 岡田成司
口遊〔くちずさ〕む越路吹雪や春きざす 西都市 子安美和子
風呂の窓開くれば遠き春の星 明石市 小田慶喜
春浅し瀬音かすかに峠道 伊勢市 奥田豊
水漬〔みづ〕く田に鷺下り立ちて冴返る 和歌山市 花谷康道
走つても走つても憂さ三十三才〔みそさざい〕 柏市 藤好良
鶯の今朝も来ている一樹かな 東京 中島孝子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年3月12日

◎ 春宵や畳二枚の地唄舞 奈良市 荒木かず枝
【軽舟先生評】茶屋の客の前で地方(じかた)の三味線と地唄に合わせて舞う。「畳二枚」で座敷芸らしさが出た。

○ 人事からこぼれた二人春の雨 東京 野上卓
【軽舟先生評】出世コースから外れて窓際に。同じ境遇の二人が仕事を早仕舞して街に飲みに出たか。

紅梅や売家の札に小糠雨 所沢市 鈴木興治
春浅し家庭科室の電気釜 和歌山市 西山純子
坑内に掘削機錆び黄砂降る 長崎市 中村英子
貫禄の薬缶の尻や比良八荒〔ひらはっこう〕 東京 木内百合子
絹に打つ待ち針の赤春隣 国分寺市 越前春生
呉服屋の黒き板塀冬木の芽 福岡市 礒邉孝子
雪解の峠のそば屋幟〔のぼり〕立つ 京都 千賀壱郎
江ノ電の改札出でて初音かな 京都市 石川かおり
庭の雪足跡つけぬまま消えし 出水市 清水昌子
退院の後の一日や春の雲 長崎市 中原勝次

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年3月5日

◎ 床の間の贋鉄斎や春隣 にかほ市 細矢てつを
【軽舟先生評】贋作と言われてがっかりした鉄斎の軸。それでも愛着があって、掛けてみるとやっぱりいい。

○ 立春や回転寿司の皿重ね 明石市 北前波塔
【軽舟先生評】皿が積み上がると贅沢した気分になる。値段ごとに色とりどりなのも春めいて見える。

早梅や白雲うすれつつ早き 芦屋市 井門さつき
松飾りして島渡し待合所 唐津市 梶山守
紺深き畳の縁や寒稽古 平塚市 藤森弘上
海峡に船多くして春隣 霧島市 久野茂樹
大寒や豚汁啜〔すす〕るドライブイン 下関市 小林知吉
鎌倉も北鎌倉も雪の中 鎌倉市 松崎靖弘
寒落暉〔かんらっき〕左遷の辞令われ一人 一宮市 渡辺邦晴
太陽の老いて夕べの氷かな みよし市 稲垣長
付箋貼る妻の読書や春隣 横浜市 牧野晋也
北風を来て北風を見てをりぬ 塩尻市 原田規子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年2月26日

◎ またひとつ学ぶことあり冬木の芽 土浦市 今泉準一
【軽舟先生評】学ぶ心があれば学ぶべきことは世界に満ちている。それはいつか人生に花を咲かせる。

○ ゴム紐に動くおもちやや春めけり 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】子供が工作で作った素朴なおもちゃ。ゴム紐の推進力がほのぼのとしてなつかしい。

青春の過ぐる早さや冬の虹 長崎市 田中正和
春近しワゴン車でくる何でも屋 亀山市 藤原紅
寒雀くらしにいつも湯が沸いて 東京 喜納とし子
髭を剃る鏡の中の寒さかな 豊田市 小澤光洋
叉焼〔チャーシュー〕の八角の香や毛糸帽 吹田市 三島あきこ
学習塾窓煌々とオリオン座 神戸市 大岩正彦
バス停に木椅子が一つ春を待つ 東京 齋木百合子
地表みな日向になりし枯野かな 稲沢市 杉山一三
凍鶴〔いてづる〕や比良連峰に陽の射して 八幡市 奥環
左義長や柏手響き火の粉跳ぶ 所沢市 佐々木孝逸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年2月19日

◎ 鋤焼〔すきやき〕や記憶の中の幾場面 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】すき焼きにすると思い出す幾つもの場面。すき焼きは家族の晴れの日のご馳走だったのだ。

○ 春近し鞄〔かばん〕重たき調律師 東久留米市 矢作輝
【軽舟先生評】馴染みの家を回ってピアノの調律をする。ピアノが喜び、弾く子が喜べば、苦労も忘れる。

凍る夜を夢ひとつ見ず眠りけり 神戸市 松田薫
寒紅や俯き外すネックレス 調布市 佐藤悠紀子
初鶏や水車と暮す陶〔すえ〕の里 芦屋市 瀬々英雄
竹藪は雀のまほら初明り 嘉麻市 堺成美
年惜しむエンドロールと愛の歌 名古屋市 大島知津
初雀電車来ぬ間の線路かな 東京 関口昭男
尼様の遺愛の目高初氷 弥富市 富田範保
参道の松毬〔まつかさ〕蹴つて春着の子 大阪市 佐竹三佳
初旅や湯宿の坂の石畳 長岡京市 みつきみすず
定位置は公園出口焼芋屋 東京 石川昇

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年2月12日

◎ 初明り妻の寝顔が側にある みやま市 紙田幻草
【軽舟先生評】目覚めると隣の蒲団に妻の寝顔がある。元旦の初明りの下で、それが無性にありがたい。

○ 秋葉原神田東京初電車 東京 木村史子
【軽舟先生評】駅名のアナウンスを聞きながら山手線に乗っている。それぞれ異なる街の表情を思い浮かべる。

有平棒〔あるへいぼう〕まだ廻りゐる小〔こ〕晦日〔つごもり〕 仙台市 小林水明
水鳥や雨となりたる貯木場 市原市 稲澤雷峯
初東風〔はつごち〕に鬣〔たてがみ〕なびく神馬かな 横浜市 村上玲子
電飾の駅に迎への厚着かな 龍ケ崎市 井原仁子
逝きし子の仏間電飾クリスマス 札幌市 江田三峰
凧〔たこ〕揚に適ふ日和や大江山 京都 千賀壱郎
文鳥の羽の白さや冴返る 湖西市 宮司孝男
カーテンの小鳥の影や日向ぼこ 飯塚市 倉田幸男
年迎ふ厨〔くりや〕明るき白布巾 茨木市 桐田昶子
真菰〔まこも〕沼白鳥日記つける子ら 横浜市 加野庸子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年2月6日

◎ 青空のかなたシベリア寒波来る 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】また強い寒波が来るらしい。上五中七の表現で寒波の到来が冴え冴えと実感できる。

○ ふくらめる猫よ雀よ冬日向 松戸市 花嶋八重子
【軽舟先生評】猫が雀を襲うこともなく、仲良く冬の日向を楽しむ。作者の理想を描いたような平和な情景。

戛戛〔かつかつ〕とブーツの響き寒北斗 京都市 小川舟治
里山の風なきところ帰り花 富士宮市 渡邉春生
心臓は休まず動き去年今年〔こぞことし〕 福岡市 三浦啓作
初富士や甲斐と駿河の国自慢 香取市 嶋田武夫
八十年兵卒のまま墳墓凍つ 東京 望月清彦
伏して聴くラジオ講座やシクラメン 太宰府市 上村慶次
冬の夜のインターホンに風の音 東京 種谷良二
焼け残る棒杭一つ去年今年 川越市 峰尾雅彦
風花や妻と別るる交差点 高萩市 小林紀彦
影踏みや分校までの冬田道 真岡市 下和田真知子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年1月29日

◎ 誰よりも赤きマフラー銀座の夜 東京 松崎夏子
【軽舟先生評】真っ赤なマフラーを巻いて闊歩する。「誰よりも」と言い切れる心意気が楽しい。

○ 寒燈や活字の小さき求人誌 玉野市 松本真麻
【軽舟先生評】どんな些細な情報も見逃すまいと目で追う。季語の寒燈が職探しの切実さを表している。

やはらかき踏みあとのある冬野かな 鈴鹿市 岩口已年
年用意厨〔くりや〕に強火弱火あり 神戸市 松田薫
文字盤に透ける歯車十二月 福岡市 礒邉孝子
背戸口は鎌倉道や冬木の芽 横浜市 宮木登美江
太陽よ我は何者年暮れる 倉敷市 瀬戸初音
昼からは曇りてきたる年の暮 姫路市 板谷繁
御正忌の磨き上げたる仏具かな みやま市 紙田幻草
旅終へていつもの朝や寒雀 大阪市 永井経子
煤逃〔すすにげ〕や路面電車の一日券 藤沢市 一色伽文
木枯や駅前ながき仮囲ひ 高知 渡辺哲也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年1月22日

◎ 寒日和機影は音の先にあり 防府市 倉重遥代
【軽舟先生評】音は光より遅れて届く。その知識を大景として表した。寒日和と置いたのが効果的だ。

○ 癇癪玉弾け寒波にさまよへる 川越市 小澤悠人
【軽舟先生評】怒りを爆発させて外に飛び出したのだろう。頭を冷やしてから待つ人のもとに帰ろう。

お取越〔とりこし〕日和の道をつれだちて 周南市 河村弘
枯木立雲の早きに衿を立つ 明石市 岩田英二
窮冬や低く羽撃〔はばた〕く谷津の鷹 千葉 阿部尚子
豆殻を一焼〔ひとくべ〕焚いてしまひ風呂 今治市 越智ミツヱ
帰る時子の咳するは寂しかり 平塚市 矢野きみ子
行く年の裏山月を掲げけり 豊田市 内山幸子
涸れ果ててバケツひとつや池の底 津市 渡邊健治
鯛焼の熱きを大工喜べり 日向市 黒木鳩典
山茶花や女子寮跡は駐車場 名古屋市 浅井清比古
紅い実の雪を散らして小鳥かな 奥州市 生田東

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年1月16日

◎ 正月も搾乳に立つ牛舎かな 厚木市 石井修
【軽舟先生評】牛とともに暮らす酪農家の正月。毎日同じ繰り返しでも今日はあらたまった気分がある。

○ 貼り替へし障子に太し幹の影 大村市 森宏二
【軽舟先生評】貼り替えた真っ白な障子紙に庭木の幹がくっきりと影を落とす。一仕事終えた充実感。

冬桜けむりのやうに咲きにけり 国分寺市 越前春生
木枯やコンビナートの守衛室 佐倉市 小池成功
枯草に星のまたたきしづまらず 東京 松嶋光秋
不器用な男同士のおでん鍋 東久留米市 矢作輝
極月の大きな月の今沈む 豊田市 松本文
息白く向かふ原稿用紙かな 松戸市 内山佑樹
宿坊の庭掃く音や冬帽子 市原市 布施昌子
映画館出て現し世の秋深し 埼玉 南曉
蒸気立つ朝の工場や浮寝鳥 東京 山内奈保美
少年の小金握りて年の市 嘉麻市 松井春光

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2018年1月8日

◎ 巌頭の僧院灯る聖夜かな 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】にぎやかな都会のクリスマスとは無縁の静謐(せいひつ)で敬虔な聖夜。僧院の厳しい暮らしを思う。

○ 冬紅葉女の一生〔ひとよ〕杼〔ひ〕のごとし 吹田市 末岡たかし
【軽舟先生評】経(たて)糸に緯(よこ)糸をくぐらせる織機の杼。世間に振り回されながら懸命に立ち働いたのだ。

リボンほどく指見てをりぬクリスマス 東京 木村史子
夭折のいもうとの墓銀杏散る 芦屋市 水越久哉
冬に入る風を哭〔な〕かせて古戦場 豊田市 小澤光洋
歯ブラシの仲良く並ぶ冬日かな 横浜市 牧野晋也
木枯しや持場離れぬガードマン 伊丹市 山地美智子
頬被してご機嫌の千鳥足 習志野市 長尾登
総務課の仕事会社の歳用意 東京 野上卓
朝焚火終へて鶴嘴〔つるはし〕振るひ出す 鎌倉市 松崎靖弘
シャッターに張り紙ひとつ雪催〔ゆきもよい〕 名古屋市 鈴木幸絵
自転車に鍬括り付け冬耕に 富山市 藤島光一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月25日

◎ 坂道を転げる企業返り花 青森市 天童光宏
【軽舟先生評】戦略の失敗や不祥事で大企業がたちまち瓦解する今日この頃。季語に小さな希望がある。

○ 小春日や父の遺品の将棋盤 明石市 北前波塔
【軽舟先生評】小春日和の縁側で駒を並べていた父を思い出す。埃(ほこり)を払って久しぶりに使ってやろうか。

葱きざむ昨日と同じ朝が来て 東京 喜納とし子
初雪やコンビナートの夜明け前 東京 東賢三郎
音絶えて久しき生家石蕗の花 和歌山市 松葉ナリ子
薬局の軽音楽や冬の雨 津市 渡邊健治
雨となり休む勤労感謝の日 宍粟市 宗平圭司
初雪や徳利揃へて友を待つ 鎌倉市 高橋暢
呉服屋の夜は碁会所暮早し 横浜市 村上玲子
雀荘に美人プロ来る小春かな 東京 氣多恵子
古セーター毛玉取り取り捨てもせず 門真市 田中たかし
冬月やキャバレー従業員出口 東京 野上卓

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月18日

◎ 冬深し洋間の祖父の肖像画 東京 今泉忠芳
【軽舟先生評】洋間という言葉が懐かしい味わい。「冬深し」の季語にその家の時間の奥行きを感じた。

○ 沢庵や国際線の機内食 神戸市 松田薫
【軽舟先生評】海外旅行からの帰路だろうか。添えられた沢庵漬に帰国の思いが俄かに高まる。

オカリナを風に聞かせて枯野人 高山市 直井照男
ミサイルの避難訓練鶴来る 北九州市 吉松正彦
菩提寺はたそがれ早し石蕗の花 松江市 曽田薊艸
白猫の小〔ち〕さき頭〔つむり〕も冬に入る 松戸市 花嶋八重子
色変へぬ松大学の時計台 福岡市 三浦啓作
鸚哥〔いんこ〕死んでみるみるちぢむ小春かな 奈良市 荒木かず枝
何ひとつまとまらぬまま冬ざるる 東京 齋木百合子
朝寒の新幹線の乗り場かな 川口市 平山繁寿
恐竜の化石の山も時雨れけり 久慈市 和城弘志
昼休み行くあてもなし虎落〔もがり〕笛〔ぶえ〕 川崎市 山田友樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月12日

◎ 行く秋やプールサイドの白き椅子 和泉市 白井恭郎
【軽舟先生評】今は人気のないプールサイドの光景。白い椅子が季節に置き去りにされたように見える。

○ 人生は途中で終わる冬の虹 土浦市 今泉準一
【軽舟先生評】完成する人生などない。冬の虹を見上げて、だからこそ日々を大切に生きようと思う。

寛解の短き秋を惜しみけり 神奈川 中島やさか
虫しぐれ通夜へ行く道帰る道 熊本市 寺崎久美子
指先にインクの染や夜業果つ 太宰府市 上村慶次
栞〔しおり〕紐禿〔ち〕びし古本柿紅葉 東京 種谷良二
路地裏に木の実降らせて雨上る 大津市 深田弥栄子
立冬や高さ貪るビルの群 由利本荘市 松山蕗州
木枯しや用務員室白湯〔さゆ〕匂ふ 東京 吉田かずや
まじまじと夢問ふ上司菊膾〔なます〕 東京 木村史子
でたらめに吹く口笛や黄落期 尼崎市 吉川佳生
立冬や膝を崩さず囲碁を打つ 横浜市 牧野晋也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月4日

◎ 蘆原や空港近き斜張橋 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】海に近い空港か。昔のままの蘆原と現代的なデザインの斜張橋が新しい風景をなす。

○ ひと眠りしに行く床屋冬隣 古賀市 大野兼司
【軽舟先生評】うとうとまどろむのも散髪の楽しみ。蒸しタオルを顔に当てられて冬も近いなと思う。

夕風を払ふ夜風や虫送 北本市 萩原行博
銀杏散る学生街の古本屋 東京 喜納とし子
行く秋や新婚家庭椅子二つ 茨木市 遠藤一鳥
明けきらぬ夜の群青に鵙〔もず〕の声 寝屋川市 荒木ひろみ
信長の城下の桐の返り花 津市 田山はじめ
夕影の遠浅の海冬隣 船橋市 村田敏行
本店の高き吹抜けそぞろ寒 東京 根岸哲也
看護師の消灯告げる夜寒かな 太宰府市 武富まさの
死んだことまだ知らぬ貌〔かお〕鵙の贄〔にえ〕 可児市 羽貝昌夫
来た道を引きかへすほど秋深し 池田市 黒木淳子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月27日

◎ みちのくや触るるばかりに鳥渡る 東京 永島忠
【軽舟先生評】澄み切った空にくっきりと渡り鳥の姿が見えるのだろう。鎮魂の思いも感じられた。

○ 赤い羽根今朝の背広に移しけり 東京 種谷良二
【軽舟先生評】募金の子供たちに昨日つけてもらった赤い羽根。ささやかな晴れがましさを今日も味わう。

色鳥や婚礼今し始りぬ 秋田市 神成石男
秋夕焼消えて平らに水残る 稲沢市 杉山一三
降り止まぬ雨や夕餉の栗おこは 吹田市 三島あきこ
一日にひとつの仕事胡麻叩く 日向市 黒木鳩典
蕭条と秋雨平家物語 町田市 枝澤聖文
チョコレート割つて夜長の机かな 東京 神谷文子
鯛焼に並ぶ老若男女かな 春日市 林田久子
秋雨や路肩に細く水たまり 静岡市 森保郎
秋場所や時折止まる床屋の手 下関市 福永浩隆
暫くは飛蝗〔ばった〕とびかふ散歩みち 飯塚市 倉田幸男

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月20日

◎ 人肌の酒の恋しき既望〔きぼう〕かな 奈良市 斎藤利明
【軽舟先生評】既望とは望月を過ぎた十六夜の月。人肌の燗酒とともに、人肌そのものも恋しく思われる。

○ 行く秋や櫂立ち並ぶボート小屋 千葉市 畠山さとし
【軽舟先生評】ボートを漕ぐ人はまばらで、櫂がずらっと立ち並ぶ。行く秋を惜しむ心が風景に表れている。

針箱にボタンの小筥〔こばこ〕小鳥来る 福岡市 三浦啓作
風呂敷の上の着替へや菊香る 東京 木内百合子
夕刊を読み返しをり虫時雨 我孫子市 加藤裕子
菊日和朝の川面のしづかなる 伊万里市 田中秋子
小包みを出し葉書買ふ鰯雲 鈴鹿市 岩口已年
秋冷や立ち食ひ蕎麦に背を丸め 流山市 小林紀彦
おでん屋の点る駅裏通りかな 唐津市 梶山守
波頭寄する浜辺や法師蝉 京都 千賀壱郎
見舞客去にし病室秋の暮 大阪 池田壽夫
冬近き庭に鋏の響きけり 東京 菊池和正

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月14日

◎ 風神も袋繕ふ良夜かな 長岡京市 みつきみすず
【軽舟先生評】風もなく穏やかに晴れた名月の夜。風を起こす袋を繕っている風神を空想したのが楽しい。

○ スカーフは風に奔放秋の浜 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】潮風にはためく派手なスカーフを奔放だと感じた。それを纏(まと)う女性もまた、と思わせる。

正面に月振りむけばネオン街 東京 野上卓
朝霧のまつはる支社や異動先 東京 吉竹純
眠らない街の片隅ちちろ鳴く 一宮市 渡辺邦晴
捨猫に呼ばるる路地の月明り 東久留米市 夏目あたる
冷やかや箒持ち寄る清掃日 八尾市 岡山茂樹
新しきノートに秋の日射しかな 鹿嶋市 津田正義
机の傷なでつつ秋を惜しみけり 香取市 中野弘
妻の肩揉んで凡夫の夜長かな 袖ケ浦市 浜野まさる
テレビ消し月の光に眠りけり 明石市 北前波塔
細筆に墨含ませて月今宵 浜松市 田中安夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月06日

◎ 鯖雲や大阪港の検潮所 豊中市 亀岡和子
【軽舟先生評】空には鯖雲が広がり、港にはひたひたと潮が寄せる。検潮所に目をつけたのがおもしろい。

○ 初霜や漬物石の干されたる 国分寺市 伊澤敬介
【軽舟先生評】初霜の降りた冬晴の空の下、洗った漬物石が干してある。白菜に大根、漬物シーズン到来だ。

父とゐて淋しがる児や夜の秋 深谷市 酒井清次
亡き父の声木犀の風の中 福岡市 内匠良子
残業のデスク実家の青蜜柑 東京 木村史子
暮れてまだ海見てをりぬ秋袷〔あわせ〕 日高市 落合清子
千鳥足秋の夜風に吹かれゆく 高山市 直井照男
妻の鬱癒えて二人の後の月 習志野市 長尾登
水澄みて湖底の村の夜が白む 長門市 山田耕二
唄ひつつブッセの空へ鳥帰る 札幌市 小仏三郎
本堂の金の天蓋今朝の秋 八王子市 干〓きん子
鐘楼に風吹き上がる秋の暮 大阪 芹澤由美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月30日

◎ やや固きシングルノット爽やかに 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】シングルノットはネクタイの結び方の基本。クールビズが終わったサラリーマンの感慨だ。

○ 紐を二度引いて消す灯や望の月 国分寺市 越前春生
【軽舟先生評】どうでもよい些細なことだが、「紐を二度引いて消す」に「そう、そう」と頷きたくなる。

磔像の脚地に触れず草の花 吹田市 末岡たかし
黒煙を噴いて出航秋の海 古賀市 大野兼司
荒海に負けぬうねりや芒〔すすき〕原 横浜市 横山一夫
体重の少し戻りし子規忌かな 東京 松嶋光秋
むさし野の鳥獣保護区小鳥来る 町田市 枝澤聖文
敬老の日を曖昧に終はりけり 東大阪市 北埜裕巳
水澄んで低き峰から暮れにけり 福知山市 森井敏行
茅葺〔かやぶ〕きに厚き軒端や蛍草 平塚市 藤森弘上
人生の流れは早し秋の雲 東京 高山親典
迷ひたる金木犀の風の中 寝屋川市 荒木ひろみ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月22日

◎ 台風一過フロントガラス光満つ 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】澄んだ空、ボンネットの青い落葉、そして光に満ちたフロントガラスに台風一過を実感。

○ こほろぎや母に厨〔くりや〕の広きこと さいたま市 根岸青子
【軽舟先生評】昔はそうは思わなかった。母に厨が広いと感じるのは、母が年老いたからなのだ。

冷〔すさ〕まじき市塵〔しじん〕の監視カメラかな 水戸市 砂金祐年
団地の中通りぬけたる良夜かな 東京 喜納とし子
コスモスや校門前の文具店 町田市 友野瞳
雲水の托鉢日和鴨渡る 神奈川 中島やさか
伊勢に行く舟道あをし鷹渡る 津市 田山はじめ
石屋には石の音して鰯雲 伊勢市 奥田豊
竹林に一族の墓曼殊沙華 藤沢市 石上節子
店番と思〔おぼ〕しき猫や秋の昼 渋川市 石坂智子
芒〔すすき〕原あかがね色に風渡る 久喜市 因泥啓子
法師蝉我忘るなと鬨〔とき〕の声 川崎市 山田友樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月16日

◎ 一灯を分けて読書と夜なべかな 深谷市 酒井清次
【軽舟先生評】一つの電灯の下で夫は読書、妻は夜なべ仕事(逆でもよい)。無言でも気持ちは通じている。

○ 長き夜や妻も輾転反側〔てんてんはんそく〕す 兵庫 小林恕水
【軽舟先生評】夫婦共通の心配事でもあるのか。「輾転反側」の大仰な表現がユーモラスでもある。

夜の雨一気に秋を引き寄せる 岡山市 久山順子
秋高し本を売りまた本を買ふ 西尾市 岩瀬勇
梧桐〔あおぎり〕や酒家の土蔵の格子窓 水戸市 砂金祐年
がちやがちやにいよよ明るき晴夜かな 嘉麻市 堺成美
軽トラの荷台が店ぞ秋茄子〔なすび〕 鯖江市 大森弘美
突堤へつつかけで行く良夜かな 調布市 佐藤悠紀子
木槿〔むくげ〕咲くひと日ひと日を小走りに 東京 齋木百合子
秋深し前行く人が角曲がる 堺市 成山 清司
祈ることやめずにゐるよ曼殊沙華 松戸市 原田由樹
天高し妻のレシピに挑戦す 香取市 中野弘

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月9日

◎ 帰省子に薬を買ひに走りけり 東京 小栗しづゑ
【軽舟先生評】実家に帰ったとたんに熱でも出したか。大きくなってもわが子のことは心配なのだ。

○ 解体のビルへ放水秋うらら 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】見慣れた街の風景が変わっていく。それを未来志向で明るく受け止める季語がよい。

木槿〔むくげ〕咲く煮物上手の弁当屋 東京 氣多恵子
虫時雨手枕解きてだまり居る 坂戸市 戸田九作
己が血の熱きを恃〔たの〕み鳥渡る 茅ケ崎市 清水呑舟
大学の休みは長し花薄〔はなすすき〕 岡山市 三好泥子
切れさうな蛍光灯や蚯蚓〔みみず〕鳴く 白井市 毘舎利道弘
秋燕や角の区画に家建ちぬ 羽曳野市 細田義門
遠花火国道一人帰りけり 直方市 江本洋
夕菅〔ゆうすげ〕や今日といふ日の茜空 神戸市 大岩正彦
秋燕いのち一つの旅に出る 福岡市 中田里美
八月尽バス停の影伸びをりぬ 吹田市 渡邉建彦

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月2日

◎ 朝寒〔あささむ〕の膝並びゐる電車かな 鎌倉市 松崎靖弘
【軽舟先生評】秋も深まった朝の通勤風景。向かいのシートに並ぶ膝小僧も季節の変化を感じているよう。

○ 秋暑し仕事が仕事つれて来る 由利本荘市 松山蕗州
【軽舟先生評】自営業ならありがたく、サラリーマンなら少々つらい。汗を拭き拭きがんばるのみ。

赤とんぼ群れて団地の昼深し 北九州市 宮上博文
屈みたる母を真中や門火焚く 太宰府市 上村慶次
アパートの長き廊下や秋の蝉 秋田市 鈴木華奈子
螻蛄〔けら〕鳴くや就寝早き両隣 横浜市 村上玲子
廃校に百葉箱や草の花 今治市 越智ミツヱ
悪友の吾も悪友吾亦紅〔われもこう〕 香取市 嶋田武夫
子が誘ふラジオ体操朝ぐもり 青森市 小山内豊彦
かなかなや愛宕〔あたご〕の山の杉険し 門真市 田中たかし
萩の路地傘高くして通しけり 会津若松市 国府鐘一郎
畑屑を燃やす煙や秋うらら 所沢市 木戸昭

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月25日

◎ 燐寸〔マッチ〕の火消ゆる匂ひや流れ星 横浜市 畠山洋二
【軽舟先生評】燐寸の火も流れ星も一瞬で消えるもの。その取り合わせに秋めいた余情がある。

○ 水澄みて日差しが軽くなりしかな 唐津市 梶山守
【軽舟先生評】じりじり照りつける夏の日差しではない。「軽くなりしかな」は感覚が捉えた秋の日差しだ。

吾が住み処見下す墓に参りけり 周南市 河村弘
七夕や猫が隣に来て坐る 市原市 稲澤雷峯
新涼や五番ホームのラーメン屋 福岡 村岡昇藏
秋めくや新生活の鍋と皿 茨木市 遠藤一鳥
初秋や風に誘はれ昼の酒 我孫子市 矢澤準二
電気柵めぐらす峡や田水沸く 弥富市 富田範保
初秋や盥〔たらい〕の底に光る砂 福岡市 三浦啓作
馬追のうかがふ小屋の敷居かな 奥州市 生田東
酷暑なり犬の舌先地まで伸び 東村山市 遠藤恵子
秋澄むや造酒屋の水の音 横浜市 横山一夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月18日

◎ 朝顔や下駄の片方裏返り 東京 種谷良二
【軽舟先生評】慌てて家に上がったのだろう。下駄の様子から切り取ったなんでもない日常の一齣。

○ 妻の留守をかしくもなし冷奴 堺市 井崎雅大
【軽舟先生評】「をかしくもなし」の憮然とした口ぶりがおかしい。本当は心細いのだ。

しあはせはいつも普段着草の花 東久留米市 矢作輝
カンナ燃ゆ限界集落の故山 四條畷市 植松徳延
夏蓬長〔た〕けて久しき売地なり 宇部市 谷藤弘子
鈴虫を飼ひて孤老となりにけり みよし市 稲垣長
阿波踊嬋娟〔せんけん〕としてをみなの手 豊橋市 河合清
休日の校庭広し蝉時雨 東京 今泉忠芳
ヘルメット被りバイクの盆の僧 奈良市 渡部弘道
転〔うた〕た寝の醒めて鼻かむ夜の秋 京都市 小川舟治
のこされし吸ひ殻ひとつ墓の前 北九州市 岡田成司
窓少し開けて星見る夜の秋 京都市 柴田芙美子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月12日

◎ 盆の月青し一条戻橋 東京 石川黎
【軽舟先生評】固有名詞の生きた句。死者がこの世に戻ったという橋の名の由来に盂蘭盆(うらぼん)の満月が合う。

○ 片蔭や平和を歩み夫婦老ゆ 八尾市 岡山茂樹
【軽舟先生評】日差しを避けて片蔭をたどる。その歩みが夫婦で無事に生きられた来し方に重なるのだ。

龍馬展出て炎天の街を行く 静岡市 生江八重子
緞帳〔どんちょう〕の金糸銀糸や夜の秋 横浜市 宮本素子
色悪〔いろあく〕の深傷〔ふかで〕負ひたる夜の秋 川越市 峰尾雅彦
アスファルトに雨のにほひや草田男忌 東京 木村史子
キャンプまづ北斗七星子に教へ 東京 吉田かずや
洗ひ髪丁寧に梳〔す〕き明日想ふ 苫小牧市 吉田京子
ハンガーにタオル掛かれり流れ星 鈴鹿市 岩口已年
水道水生温く飲み夏果つる 太宰府市 上村慶次
水たまりのぞくと淋し晩夏光 姫路市 榊原れもん
年寄りの肌つややかに風薫る つくば市 前岡博

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月4日

◎ 御僧の手に銀行の団扇〔うちわ〕かな 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】銀行の団扇をぱたぱたやっているのが世俗的でおかしい。そこを逃さずスケッチした。

○ 伶人〔れいじん〕の流れる汗を拭はずに 熊本市 加藤いろは
【軽舟先生評】伶人は雅楽の奏者。古式ゆかしい装束をまとって、夏はさぞかし暑いことだろう。

じくじくと蝉鳴き残る夕餉かな 神戸市 松田薫
カーテンをひるがへし入る風涼し 島根 百合本暁子
看護師が抱き来る嬰児夏の朝 京都市 新宮里栲
夏雲や母校敗れし紙面閉づ 調布市 田中泰彦
街路樹を揺さぶる風や夏の月 芦屋市 井門さつき
ラジオよりシャンソン聞こえ夜の秋 芦屋市 水越久哉
校庭に響くチャイムや夏休み 京都 千賀壱郎
傷つきて鴎死を待つ夏の海 三浦市 安田勝洋
鮒鮨を漬けん桶の輪締め直し 高島市 駒井堅次
バス停に蜥蜴〔とかげ〕と母と男の子 諫早市 麻生勝行

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月28日

◎ 風鈴の風海からも山からも 福岡市 林〓
【軽舟先生評】山の迫った海辺の町が目に浮かぶ。風通しのよい軒先に吊るした風鈴の忙しいこと。

○ 坂道の白き教会夕焼雲 福岡市 礒邉孝子
【軽舟先生評】上り坂の先に白い教会。背景の空には夕焼雲。シンプルな色彩の構成が印象的だ。

涼しさやアユタヤ仏の降魔印〔ごうまいん〕 東京 氣多恵子
スプリンクラー回る芝生やソーダ水 東京 喜納とし子
隠寮〔いんりょう〕の竹垣低し梅雨の蝶 横浜市 村上玲子
寝そべれば天井高し夏座敷 奈良市 斎藤利明
昼寝より覚むれば天地森閑と 岡崎市 金田智行
合歓〔ねむ〕咲けり石灰山の道白し 福岡市 三浦啓作
碁敵の逝きて淋しき遠花火 佐倉市 小池成功
ビヤジョッキ頭突の如く乾杯す 町田市 枝澤聖文
落し文差出人のなかりけり 和歌山市 かじもと浩章
麦こがし一人むせれば皆むせて つくば市 樽本いさお

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月21日

◎ 聖堂は巨〔おお〕き楽器や旱星〔ひでりぼし〕 四日市市 伊藤衒叟
【軽舟先生評】旱続きの星空を背に聳え立つ聖堂。森閑とした闇に作者は荘厳な音楽を聴きとったのだろう。

○ サイダーの記憶畳を渡る風 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】卓袱台〔ちゃぶだい〕を据えた茶の間に窓から風が吹き込む。サイダーを飲むと思い出すなつかしい情景。

子の帰るまでの門灯五月闇 愛西市 坂元二男
八月や石工〔いしく〕の腰の塩袋 北本市 萩原行博
何もかも役所の所為〔せい〕にして涼し 名取市 里村直
一仕事終へて眺むる夕焼かな 東京 種谷良二
かき氷事情飲み込み許したる 東京 永島忠
いつときも休むことなし夏つばめ 奈良市 上田秋霜
菩提寺に午後五時の鐘百日紅〔さるすべり〕 流山市 小林紀彦
リーゼントして伊達メガネ夏の海 西尾市 岩瀬勇
早朝の補習授業や蝉時雨 豊中市 亀岡和子
葉桜や青銅の馬濡らす雨 太宰府市 武富まさの

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月14日

◎ 遠雷や雀の親子鳴き交はす 池田市 黒木淳子
【軽舟先生評】雀の巣立ちから親離れまでは二週間ほど。親はその間に雀として生きる術(すべ)を子に教える。

○ 水打つて赤ちやうちんの灯りけり 入間市 安原勝広
【軽舟先生評】暑さの残る路地で水を打ったそこだけがわずかに涼しい。思わず暖簾をくぐりたくなる。

形見児の明るきこゑや盆施餓鬼〔せがき〕 岡崎市 金田智行
預かりし迷子の熱きカンナかな 横浜市 宮本素子
いかづちやボトルシップは今日も真帆〔まほ〕 川口市 渡辺しゅういち
抱籠〔だきかご〕や虫歯のうづく休診日 大阪 池田壽夫
カレー屋の匂へる小路梅雨の月 広島市 紀わかこ
事故車囲む大人三人夏の闇 仙台市 野々村務
草履履きラジオ体操夏休み 東大阪市 北埜裕巳
七夕や磨き終へたる風呂の桶 長崎市 山本雅範
面倒なこと考へず冷奴 京都 中尾悦生
日盛りの男ばかりの定食屋 大阪市 西原千津子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月7日

◎ 鮒鮓〔ふなずし〕や近江の兄の一周忌 東京 東賢三郎
【軽舟先生評】実家を継いで近江で生涯を終えた兄。一周忌の法事で出た鮒鮓にそんな兄の一生を思う。

○ 少年の胸の白さよ海開き 横浜市 斉藤和夫
【軽舟先生評】水着になった胸の白さが初々しい。これからひと夏、思いっきり日焼けすることだろう。

朝顔やちんちん電車始発駅 和泉市 白井恭郎
梅雨寒や木魚の響く百畳間 鎌倉市 松崎靖弘
夏の蝶ジャングルジムをすり抜けて 名古屋市 大島知津
近づくと思へばはるか西瓜売 由利本荘市 松山蕗州
昼顔は人に飼はれぬ花なりけり 川越市 峰尾雅彦
リカちやんの眠らぬ瞳熱帯夜 調布市 佐藤悠紀子
白日傘小さき嘘か冗談か 龍ケ崎市 清水正浩
老人もコンビニに慣れ夏の宵 伊丹市 山地美智子
短夜〔みじかよ〕のテレビの深夜映画かな 東京 関口昭男
合歓〔ねむ〕の花だらだら坂の峠かな 明石市 岩田英二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月31日

◎ 水打つて素顔に暮るるひと日かな 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】どこへも出かけず、誰も来ず、素顔のまま過ごした一日。それでも心は豊かだ。

○ 遠雷や帰宅途中の惣菜屋 鎌倉市 高橋暢
【軽舟先生評】夕飯のおかずを買いに寄ったか。遠く聞こえる雷の音に帰り道が心配で気持ちが急ぐ。

夜の雨茉莉花〔まつりか〕重く匂ひけり 神戸市 細井朔
子燕や間口二間の履物屋 逗子市 山崎南風
夜濯〔よすすぎ〕や独身寮のにぎやかに 東京 小栗しづゑ
雨の中働き蟻は出勤す 羽曳野市 鎌田二三朗
老鶯や公民館の畳の間 横浜市 村上玲子
旅人に昼の駅舎の麦茶かな さいたま市 根岸青子
譲られし優先席の西日かな 富士見市 新藤征夫
煽〔おだ〕てにはのらぬ扇を畳みけり 唐津市 浦田幸一
赤屋根の山小屋遠し夕郭公 高萩市 小林紀彦
夕焼のきらめく波間舟もどる 観音寺市 清水正子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月24日

◎ 洗ひたる手のすぐ乾く南風 大村市 森宏二
【軽舟先生評】庭仕事を終えて外の蛇口で洗った手か。振っただけですぐ乾く。日常の中で夏を実感。

○ 校庭のホース伸び切る暑さかな 藤沢市 青木敏行
【軽舟先生評】いっぱいに伸ばしたホースの先から水がほとばしる。暑さをむしろ満喫しているよう。

五月闇一灯あはき摂社かな 金沢市 青木英昭
軒下に自転車二台夏の月 鈴鹿市 岩口已年
教科書のパラパラ漫画田水沸く 宇都宮市 大渕久幸
封人〔ほうじん〕の家まで一里青胡桃 福島市 清野幸男
山開〔やまびらき〕先頭の禰宜幣〔ぬさ〕かかげ 直方市 林信雄
梅雨晴や新刊に押す蔵書印 別府市 渡辺小枝子
夕端居〔はしい〕とつぷりと日の暮るるまで 高山市 直井照男
春蝉や漣〔さざなみ〕もなき昼の池 洲本市 小川吉祥子
夕焼と海鳴りだけの無人駅 堺市 野口康子
あちこちに生まれし空地姫女苑〔ひめじょおん〕 東京 小池清晴

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月17日

◎ 草笛の父子日暮の坂くだる 深谷市 酒井清次
【軽舟先生評】休日を一日たっぷり楽しんだ父と子。いつかこの坂道をなつかしく思い出す日が来る。

○ 朝顔市猫がよけたる水溜り 大阪市 佐竹三佳
【軽舟先生評】水溜りを残して幸い雨はあがってくれた。これから本格的な人出になりそう。

松蝉やこんなところに別荘地 大阪 池田壽夫
七月の雨脚海へ移りけり 市原市 稲澤雷峯
木曽谷の昼を灯して梅雨に入る 岡崎市 金田智行
郭公や湿原の霧濃く迅〔はや〕し 八王子市 山口隆一
夕顔や棚の上には月の影 津市 田山はじめ
山藤や谷をへだてて発電所 鎌倉市 渡辺マキ
風鈴を吊し寡夫〔やもめ〕の十年目 葛城市 八木誠
夏めくや海を見にゆく日曜日 にかほ市 細矢てつを
夕立や大窓のある美容院 東京 井上富士子
蛍火や遠くゆき交ふ車の灯 尾道市 山口恭子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月10日

◎ 波攫〔さら〕ふ麦稈〔ばっかん〕帽をもう追はず 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】風に飛ばされ波に攫われた麦わら帽。人生でまた一つ何かをあきらめたような寂しさ。

○ 露涼し野外授業の乳しぼり 東京 木内百合子
【軽舟先生評】牧場いちめんに降りた朝露がすがすがしい。子どもたちの好奇心一杯の表情が目に浮かぶ。

蛍火や兄妹愛に似て淡し 四條畷市 植松徳延
甍〔いらか〕ある暮しは重し梅雨曇 町田市 枝澤聖文
百合の木の花教会の鐘ひびく 東京 神谷文子
逃れたる蟻蟻地獄覗きけり 可児市 金子嘉幸
着陸の前の旋回夏隣 横浜市 宮本素子
たてがみをなびかす風や黄砂降る 長岡京市 みつきみすず
花りんごリンゴ追分口ずさむ 北海道 藤谷郁子
荒梅雨や女結びの包み解く 伊豆の国市 菊池ひろ子
五月晴護衛艦二隻出航す 福岡市 井手義浩
菜の花や島に二人の小学生 長崎市 中村英子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月3日

◎ 黒靴の列ながくぢりぢり暑し 東京 吉竹純
【軽舟先生評】例えば焼香の順番を待つ長い列。ローアングルで黒靴だけを見せながら人の心理まで描く。

○ たかんなや下から生ゆる赤子の歯 東京 種谷良二
【軽舟先生評】初めて生えた赤子の歯。すべての生命の輝く初夏、筍も赤子の歯も生命の力に満ちている。

進水のドックに満つる青葉潮 明石市 久保いさを
針箱にビーズ散らばる薄暑かな 吹田市 三島明子
時計見る店のガラスや若葉映ゆ 仙台市 野々村務
風鈴や旧姓残すペンネーム 龍ケ崎市 井原仁子
田の水に映る夏山ランドセル 長崎市 田中正和
夏来る橋に町の名遺りけり 四日市市 伊藤衒叟
紫陽花や花屋の磨くドアガラス 流山市 小林紀彦
薫風や洗濯物を干す男 古賀市 大野兼司
夏めくやふだん磨かぬ場所磨く 池田市 黒木淳子
皿洗ふ老いのひとり居おぼろ月 奈良 中川潤二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月26日

◎ 熊穴を出でて対策本部あり 久慈市 和城弘志
【軽舟先生評】冬眠中は平穏だった山里にまた熊が現れた。ふだんは静かな役場がにわかに騒々しい。

○ 石竹や美童揃へし奥小姓 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】奥小姓は主君の身辺の世話係。石竹の花と美しい若衆を配して歴史絵巻の一コマを再現した。

マロニエの大き花房パリを恋ふ 見附市 岡村文子
淋しくて大きく育つ金魚かな 奈良市 荒木かず枝
玉苗や水音高き畦の朝 真岡市 下和田真知子
薫風や工作機械フル稼働 東京 東賢三郎
蟻の道よこぎつてゆく人の道 由利本荘市 松山蕗州
薫風や根付の店の家紋集 横浜市 村上玲子
豆飯を炊ける匂ひの二階まで 高山市 直井照男
翻る白き暖簾〔のれん〕や柏餅 福知山市 森井敏行
古書店の奥の稀覯〔きこう〕書熱帯魚 城陽市 緒方順一
五月雨のひと日ゆつたり墨を磨〔す〕る 伊東市 藤木惠子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月19日

◎ 鉄工所たちまち更地青嵐 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】景気の波を乗り越え、戦後を生き抜いた鉄工所。更地になるのはあまりにあっけない。

○ 卯の花の匂ふ垣根や人住まず 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】そういう時世なのか空家を詠んだ俳句が増えている。卯の花垣のなつかしさがせつない。

教会の色ガラスより新樹光 奈良 高尾山昭
憲法記念日柱時計の螺子〔ねじ〕を巻く 秋田市 神成石男
春寒や真夜の海鳴閨〔ねや〕に聞き 太宰府市 上村慶次
水張りしばかりの門田夕蛙 羽生市 小菅純一
母の日や母の声する古手紙 川口市 平山繁寿
すぐなつきさうな子犬や草の花 唐津市 梶山守
映画館ひとつなき町さみだるる 玉野市 松本真麻
自転車を木に立てかけてハンモック 京都市 小川舟治
鮒鮓〔ふなずし〕や酒呑む父の上機嫌 大津市 小野寛
朝焼や静かに明ける並木道 府中市 島村芳夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月13日

◎ 菜の花や老人会の村おこし 和歌山市 かじもと浩章
【軽舟先生評】老人ばかりの村だから村おこしも老人会が担う。菜の花を配した明るさが前向きでよい。

○ たかんなを一本抱きて僧ゆけり 東大阪市 三村まさる
【軽舟先生評】檀家からもらったものか。大きな筍を赤ん坊のように抱いて帰る僧の姿がおかしい。

うららかや掃除洗濯長電話 秋田市 鈴木華奈子
豆腐屋に油の匂ふ薄暑かな 三条市 宮島勝
こどもの日こどもだつた日思ひ出す 神戸市 中野道雄
春雷や宇治十帖の講なかば 吹田市 末岡たかし
村ぢゆうといへど五軒の田植かな 新居浜市 正岡六衛
選良の思考貧しき菜種梅雨 福岡市 後藤啓之
研修を終へて鎌倉桜貝 東京 吉竹純
行く春を細ぼそと食ひつなぎたり 東京 吉嶋大二
児に甘く猫に厳しく春障子 高萩市 小林紀彦
行く春や己に向かふための旅 津市 渡邊健治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月5日

◎ 桜蘂〔しべ〕降る白髪に禿頭に 神奈川 中島やさか
【軽舟先生評】年寄ばかりの昼間の公園だろうか。白髪と禿頭、行き交う頭だけを描いたおかしさ。

○ 初蝶や童ひきつれ遊ぶなり 池田市 後藤和豊
【軽舟先生評】童が初蝶を追いかけている。その主従を引っ繰り返してみればおとぎ話のような情景に。

解体の家ぺらぺらや昭和の日 仙台市 小林水明
桜蘂降るコンビニの募金箱 宇都宮市 大渕久幸
フェリーより新任教師青葉風 北本市 萩原行博
酒蒸しのてんでに開く浅蜊かな 奈良市 斎藤利明
雉子〔きじ〕啼くや藪の彼方に大江山 京都 千賀壱郎
弔ひの終はりてひとり花の雨 船橋市 村田敏行
三国志読み終へし夜や春惜しむ 奈良市 石田昇己
店荒むほどの安売春暑し 京都市 新宮里栲
子は小さく手を振り消えぬ巣立鳥 出水市 清水昌子
立ち話長くなりたる暮春かな 小山市 小川鶴枝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月29日

◎ 土星の輪遠し夜明けの青葡萄〔ぶどう〕 市川市 吉住威典
【軽舟先生評】土星の輪と青葡萄。現実には一つの情景を形作らないものが、俳句の上では響き合う。

○ 春風や旅客機窓を閉ぢて飛ぶ 稲沢市 杉山一三
【軽舟先生評】当然のことをあえて言ってみればそれが発見になる。春風を頬に受けた汽車旅がなつかしい。

次男には次男の風や鯉のぼり 東村山市 竹内恵美
春の雲記憶の摩滅ただならず 平塚市 藤森弘上
眠くなる床屋の鋏目借り時 鯖江市 木津和典
花冷の書架漱石を抜出しぬ 茅野市 植村一雄
みちのくの河童かくるる霞かな 久慈市 和城弘志
ことごとく子どもは未来風光る 青森市 小山内豊彦
鳥帰る雨の新宿歌舞伎町 東京 関口昭男
杣〔そま〕小屋の卓に一輪著莪〔しゃが〕の花 和歌山市 溝口圭子
いたどりや音して来たる山の雨 北九州市 宮上博文
青空にぼんやり寂し猫柳 神奈川 大久保武

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月22日

◎ 先生の渾名〔あだな〕チクタク新学期 名取市 里村直
【軽舟先生評】生徒たちの観察眼とユーモア。チクタクの渾名のついた教師は几帳面で遅刻に厳しそう。

○ 花冷やマトリョーシカとゆで玉子 島根 高橋多津子
【軽舟先生評】あるものを無造作に並べただけなのに、花冷の季語によって食卓の風景が浮かび上がった。

ドーナツの匂ふ駅前夕薄暑 入間市 松井史子
初燕フロントガラス掠〔かす〕めけり 豊橋市 野副昭二
晩酌にすこし間のあり桃の花 伊豆の国市 山岸文明
のどかさや樟〔くす〕に凭〔もた〕れて風を聴く 明石市 岩田英二
町のどか地図を逆さに家探す 東久留米市 夏目あたる
花冷や5番ホームのかけうどん 北九州市 吉松正彦
島医者としての生涯若布〔わかめ〕干す 茅ケ崎市 清水呑舟
馬鈴薯の芽吹きうながす朝の雨 高島市 駒井堅次
花万朶〔ばんだ〕フォークダンスの輪に入りぬ 御殿場市 小川光子
坂登る老婆三人山笑ふ 福岡市 杉鞠子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月15日

◎ しやぼん玉虹色なれど四面楚歌 別府市 渡辺小枝子
【軽舟先生評】何に触れてもはじけてしまう。幸せそうに漂っていても、実は四面楚歌なのだと同情する。

○ 今日からは単身赴任蜷〔にな〕のみち 東京 野上卓
【軽舟先生評】泥の上をうねうねと這い回る蜷の通りみち。これからの単身赴任生活が思いやられるのだ。

つちふるやけふだんまりの桜島 和歌山市 松葉ナリ子
花冷や銀座の朝の裏通 東京 松岡正治
うららかやぼんぼん時計昼を告ぐ 鎌倉市 松崎靖弘
突風に続くどしや降り雪柳 坂戸市 浅野安司
麗かや名札立ちたる植木鉢 秋田市 鈴木華奈子
春雷や父が横から口を出す 日高市 金澤高栄
教会のパイプオルガン朝桜 和歌山 奥田瞳
廻廊の神官と巫女松の花 国分寺市 越前春生
つばめ来る母の十三回忌なり 千葉 阿部尚子
よその猫庭に来てゐる春の雨 広島市 紀わかこ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月9日

◎ 桜蘂〔しべ〕降る大学の守衛室 町田市 友野瞳
【軽舟先生評】桜とともに入学式の季節が過ぎ、ふだんのキャンパスに戻る。守衛室もまたふだん通りに。

○ 食卓は勉強机夕蛙 諫早市 麻生勝行
【軽舟先生評】自分の机はあるけれど食卓で宿題を広げる。夕飯の支度をする母親の監視付きだ。

飼猫を捜す張り紙朧月 宇治市 坂下徹
夕風に紺の暖簾〔のれん〕や桜餅 伊賀市 菅山勇二
耕人の時計代はりの電車過ぐ つくば市 村越陽一
花冷や鏡の並ぶ化粧室 東京 木内百合子
駄菓子屋に童の集ふ遅日〔ちじつ〕かな 札幌市 江田三峰
木蓮や祖母の箪笥〔たんす〕に太き鐶〔かん〕 東京 齋木百合子
啓蟄や土手の踏切三歩半 東久留米市 矢作輝
角砂糖紅茶に沈む春の夜 市川市 吉住威典
なき夫の携帯電話さくら咲く 高槻市 宮里すみ子
春風や乗る子のをらぬ滑り台 橿原市 奥井葵子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月1日

◎ 世界史は今動きつつ燕来る 鎌倉市 高橋暢
【軽舟先生評】世界史は転換点を迎えているのではないか。そう思う日々に、今年も変わらず燕が来た。

○ 辛夷〔こぶし〕咲き職場の椅子に今もゐる 松阪市 奥俊
【軽舟先生評】定年延長や再雇用で働き続けるシニア世代。この年まで会社にいるとは思わなかったなあ。

春の海このまま暮れてよき日かな 東京 木村史子
人形に心音のなき春の暮 奈良市 荒木かず枝
門前のだらだら坂や初燕 高山市 直井照男
春寒しニコライ堂に燭点す 藤沢市 青木敏行
霞立つ黄鶴楼の別れかな 八王子市 藤井昭明
うららかや席ゆづる人もらふ人 川口市 平山繁寿
陵〔みささぎ〕にその陪冢〔ばいちょう〕に涅槃西風 香芝市 矢野達生
目の開かぬ子猫ひかりを探しをり 池田市 黒木淳子
自転車と乗り込む電車春立てり 滋賀 塚本深雪
口笛を吹きたくなりぬ葱坊主 大阪市 永井経子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月24日

◎ 広辞苑繕つてゐる日永かな 可児市 金子嘉幸
【軽舟先生評】電子辞書にするつもりはない。表紙のとれかけた広辞苑はかけがえのない同志なのだ。

○ 囀や窓いつぱいに空がある 東京 四倉ハジメ
【軽舟先生評】窓の大きさは春夏秋冬変わらないのに、囀が聞こえると青空が窓枠を押し広げんばかり。

水潺潺〔せんせん〕遠き初音と和してをり 伊万里市 田中秋子
年下の下戸の上司や花筵〔はなむしろ〕 香取市 嶋田武夫
若き日の満洲恋し黄沙降る 川口市 狩野睦子
ふらここに〓〔さく〕りあぐる子ひとりゐて 札幌市 村上紀夫
ふるさとの河口なつかし蜆〔しじみ〕汁 芦屋市 水越久哉
白きもの干す病棟の日永かな 豊田市 小澤光洋
桜貝少年の手の汚れけり 龍ケ崎市 清水正浩
長靴の泥落とすなり初燕 鈴鹿市 岩口已年
淡雪や改札駆ける女学生 徳島 坂尾佳久
アネモネや耳のうしろにある黒子〔ほくろ〕 東京 小栗しづゑ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月17日

◎ 春深し無駄な音せぬ町工場 東大阪市 北埜裕巳
【軽舟先生評】機械のリズミカルで単調な音。下請の納期は厳しい。黙々と部品が作られていく。

○ 午後二時にドビッシー聞く蝶の昼 京都市 武本保彦
【軽舟先生評】窓の外を蝶が飛びめぐる麗らかな日和。ドビュッシーの音楽には午後二時が似合う。

啓蟄〔けいちつ〕や異動の内示待つ小部屋 東京 根岸哲也
玄関につけしスロープ桃の花 東京 氣多恵子
蜆売〔しじみうり〕日当りに来て荷を下す 深谷市 酒井清次
雛〔ひな〕道具北前船の運びたる 札幌市 金山敦観
古書店のヘルマンヘッセ春近し 福岡 村岡昇藏
パソコンの画像フリーズ鳥雲に 宇都宮市 大渕久幸
鮊子〔いかなご〕漁鴎と船とせめぎあふ 神戸市 大岩正彦
春水を大きく押して鯉来たり 新発田市 中野義雄
麗らかや豆腐売る声風に乗り 宮崎市 境雅子
海風と菜の花畑目に眩し 千葉市 吉岡竜一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月11日

◎ 梅咲くや彗星に尾の未だなし 防府市 倉重遥代
【軽舟先生評】地球に接近中の彗星。馥郁(ふくいく)たる梅の香りが遠い宇宙からやって来る天体を迎え出るようだ。

○ 春隣躓〔つまず〕きながら結婚す 京都市 若狭愛
【軽舟先生評】結婚までに紆余曲折があったのだろう。まだ不安は拭い切れないが春はそこまで来ている。

義仲忌晴嵐梢鳴らしけり 豊橋市 河合清
一筋の門前町や燕来る 羽生市 小菅純一
啓蟄〔けいちつ〕の土起こしたる重機かな 釜石市 佐藤裕子
三月や橋の袂の立飲み屋 秋田市 神成石男
ぬる燗の地酒つき出し田螺和〔たにしあえ〕 東京 吉田かずや
窓外に幹の林立大試験 大村市 森宏二
暮れてなほ花菜畑に夕あかり 稲沢市 杉山一三
猫逝きててのひら寂し春炬燵 玉野市 松本真麻
仕舞はれて箱で向き合ふ雛〔ひいな〕かな 小田原市 林梢
猫撫でて客待つママや春の雨 熊本市 江藤明美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月3日

◎ 髪切つて春一番を帰りけり 小田原市 守屋まち
【軽舟先生評】美容院帰りにあいにくの大風。でも、作者は案外楽しそう。短くした髪が気に入ったらしい。

○ 畑打つやときにぽかんと空を見て 伊豆の国市 山岸文明
【軽舟先生評】本業の農家ではなく、定年後の慰みに畑仕事を始めたと見える。こんな余生もいい。

春昼や猫のじやれつく箱の紐 佐倉市 野手花子
公園のヨガ教室や日脚伸ぶ 我孫子市 加藤裕子
菜の花や愛宕の峰に雪すこし 京都市 小川舟治
貝釦〔ボタン〕取り出す小箱蝶の昼 千葉市 新原藍
やはらかき雨の日曜畦青む 別府市 渡辺小枝子
マラソンへ打ち振る小旗春浅し 東京 松嶋光秋
新任の家庭訪問初つばめ さいたま市 田中久真
目覚め良き朝続きをりチューリップ 富士見市 新藤征夫
日矢〔ひや〕射して枯野の先の法事かな 前橋市 黒渕紀夫
茎立〔くくたち〕や囲ふ物なき島畑 唐津市 浦田幸一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月27日

◎ 春水の讃歌となりて谿を出づ 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】山の根雪が解けて水嵩が増した。勢いよく谿を下る水の響きは、まさに自然の讃歌だ。

○ 寒晴の羽田の空の広さかな 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】鈍色の雪雲が覆う青森の空とは大違い。寒晴の真っ青な空にしみじみ感心したのだろう。

絶叫し冬の夜汽車はすれちがふ 青森市 天童光宏
行春や堆朱の盆の花鳥文 東京 氣多恵子
満月に町は眠れり猫の恋 伊勢市 奥田豊
ポイントに雪溶かす火や入試の日 羽曳野市 細田義門
春の雪杉の苗木を起こしけり 厚木市 石井修
啓蟄や亡き子の時計正確に 国分寺市 越前春生
分校に転校生や山笑ふ 浜松市 宮田久常
水温む今日は仕事にあぶれた日 彦根市 飯島白雪
球根の声の聞こえる雨水かな 明石市 南中孝代
客足の途切れがちなる余寒かな 神奈川 岡本一夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月20日

◎ マンションの畳の小部屋桜餅 横浜市 畠山洋二
【軽舟先生評】最近は和室なしのマンションも多いが、桜餅は畳の上で食べたい。たとえ四畳半でも。

○ クラクション短き謝意や冬木立 川口市 狩野睦子
【軽舟先生評】車同士で道を譲ってもらったときなどクラクションを軽く鳴らす。互いの気持ちが温まる。

寝姿の女体めく島若布刈る 弥富市 富田範保
つくねんと門先に犬春浅し 大阪 池田壽夫
昼餉どき社員連れ立つ春浅し 八王子市 三好純子
重なつて一番下の亀鳴けり 宗像市 梯寛
角曲り商店街や燕来ぬ 大阪市 阪東英政
ひとまはり大き鳶の輪寒明る 松江市 曽田薊艸
薄氷や髪のみどりを思ひたる 神奈川 新井たか志
寒がらす鳴いておまへも一人者 大津市 深田弥栄子
寝過して電車待つ間の鼻寒し 我孫子市 矢澤準二
扉撫で句帳二冊目春を待つ 見附市 岡村文子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月13日

◎ 君に貸すリップクリーム春浅し 横浜市 村上玲子
【軽舟先生評】唇が荒れてるわね――。自分のリップクリームを使わせてやれる親しさがいい。

○ 図書室にゲーテを戻し卒業す 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】読書好きのこんな古風な生徒が今でもいてほしい。『若きウェルテルの悩み』か。

ふるさとは佳し文旦の皮厚し 福岡市 三浦啓作
雀来て薄氷しくと崩れけり 市原市 稲澤雷峯
畳屋のあをき匂ひや春の雪 川越市 益子さとし
涙ぐむ大き星あり鬼やらひ 岡崎市 金田智行
春待つや背広の裾の仕付け糸 流山市 小林紀彦
拭きあげて赤絵の皿や春近し 熊本市 加藤うゐ
禅林へ続く小道や寒明くる 奈良市 渡部弘道
ドリーネに日矢の射し込む時雨かな 直方市 林信雄
紙雛この家のをみな妻ひとり 栃木 小林たけし
入学の子のスキップよ名札揺れ 姫路市 榊原れもん

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月6日

◎ 探梅やリュックの中のワンカップ 川越市 峰尾雅彦
【軽舟先生評】梅を見るのが目的なのか、酒を飲むのが目的なのか。両方だから楽しさも一入なのだ。

○ 編棒の十字のままに遺品なり 塩釜市 藤岡昌雄
【軽舟先生評】毛糸編みの途中で亡くなり、編棒は十字に交わったまま。故人の温かな心がそこに息づく。

ゴッホ観て日帰りの旅梅日和 鈴鹿市 岩口已年
梅咲いて宿の温泉玉子かな 奈良市 荒木かず枝
ピッコロの独奏パート春近し 真岡市 下和田真知子
看護師の子連れ出勤冬木の芽 つくば市 矢野しげ子
春泥の靴づかづかとバスに乗る 川口市 高橋さだ子
高校に献血車来る春立つ日 宍粟市 宗平圭司
雪止みし峡の小村に月上る 京都 千賀壱郎
鳰潜る速さ静かさ朝の川 洲本市 小川吉祥子
亡き父の書斎の廊下隙間風 直方市 江本洋
警備員その場駈け足息白し 川崎市 小方春慧

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月27日

◎ 冬波の背に冬波の追ひすがる 北九州市 宮上博文
【軽舟先生評】繰り返し寄せる荒波。擬人化により男女の愁嘆場を見るような人間くさい情景になった。

○ 立春や背中抱かるるバイク旅 芦屋市 瀬々英雄
【軽舟先生評】立春を迎えてもバイクの旅はまだ寒かろう。背中から伝わる連れの体温がうれしい。

初電車乗り継げばまた富士の見ゆ 東京 関口昭男
赤人の歌碑に仰ぐや雪の富士 入間市 松井史子
春光の離陸見送る羽田かな 東京 永島忠
寒昴地上の闇の深まりぬ 豊田市 内山幸子
泣く夢に覚めてしばらく寒灯下 神戸市 松田薫
引潮の川のさざなみ百合鴎 東京 神谷文子
日向ぼこ油汚れの作業服 入間市 安原勝広
縁側は爺の楽園梅ふふむ 潮来市 萱原祥暢
灯油売り声の向うは闇凍る 東村山市 松井孝司
風呂の湯の肌に染み入る寒さかな 岡山 丸山敏幸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月20日

◎ 捧げ行く福笹の鯛跳ねどほし 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】十日戎の福笹に結んだ赤い鯛の飾り物。「跳ねどほし」には迎春の心の弾みも表れている。

○ 陸橋に立てば初富士初筑波 羽生市 小菅純一
【軽舟先生評】東を見やれば初筑波、振り返れば彼方に初富士。これぞ晴れやかな関東平野の正月。

天狼やおくつき囲ふ樅の闇 市原市 稲澤雷峯
駅伝の小旗振る橋冬かもめ さいたま市 大石誠
事切れし父の胸より鷹起ちぬ 東京 東賢三郎
初夢に育ちし家の間取かな さいたま市 根岸青子
正直に詫びて帰りぬ冬の月 横浜市 芝公男
風花や我慢がまんの昭和の子 北九州市 吉松正彦
貧乏神棲みつく蒲団打ちに打つ 茅ケ崎市 清水呑舟
星冴ゆる水仕終へたる割烹着 東京 喜納とし子
元日は青空のまま暮れゆけり 伊賀市 菅山勇二
見通しのきかぬ世の中冬深し 奈良 高尾山昭

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月14日

◎ 花を買ひ本屋をのぞき日脚のぶ 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】町でぶらぶら用を足しながら、ふと日が長くなったと気づくときのうれしさ。

○ 城門に威儀を正せる鶲かな 岡崎市 金田智行
【軽舟先生評】翼に白い斑のある鶲は紋付鳥の異称がある。「威儀を正せる」はそれを踏まえたユーモア。

酢蛸切る妻の俎始かな 東京 種谷良二
茶の花やあなたが笑ふから笑ふ 熊本市 寺崎久美子
揉み手して釣銭を出す寒波かな 東京 野上卓
としよりの早寝早起き根深汁 名取市 里村直
均しある畑の土やみそさざい 東京 氣多恵子
夕鶴の声いつまでも干拓地 北九州市 宮上博文
日脚伸ぶ話せば長くなる話 川越市 峰尾雅彦
新海苔を軽く焙りし朝餉かな 奈良市 斎藤利明
屑籠にたまる紙屑日脚伸ぶ 由利本荘市 松山蕗州
新しき杖を下ろして初詣 吹田市 初坂宣子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月6日

◎ 日溜りは宇宙の匂ひ冬薔薇 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】冬の日溜りで目をつぶると太陽の存在をじかに感じる。それは宇宙を感じることでもある。

○ 軍神の古びし家や花八つ手 東久留米市 夏目あたる
【軽舟先生評】軍神と崇められた戦死者を出した家。死者も遺族もその家も静かに忘れられてゆく。

医師一人離島に年を守りをり 神戸市 田代真一
初明り兄の遺影にトロフィーに 東京 東賢三郎
小刀で削る鉛筆山眠る 日高市 落合清子
基地囲む有刺鉄線クリスマス 福岡市 礒邉孝子
元朝や枕辺にある割烹着 須賀川市 関根邦洋
冬晴や柩にひびくクラクション 龍ケ崎市 清水正浩
青年の買物かごの冬林檎 秋田市 鈴木華奈子
舟の灯の橋くぐり来る寒夜かな 東京 木内百合子
冬晴や青みおびたる富士見ゆる 東京 金子文子
一生を青春とせん寒昴 青森市 天童光宏

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月30日

◎ 残業の社屋の肩に冬の月 東京 吉竹純
【軽舟先生評】肩と言ったところにわが社屋に対する親しみが感じられる。蕎麦でも啜(すす)って戻ったところか。

○ 枯庭やしばし日の差す猫の墓 京都市 市川俊枝
【軽舟先生評】庭の隅に目印の石でも据えてあるのか。日溜りを好んだ猫の姿が目に浮かぶよう。

牡蠣船の紅き提灯爆心地 福岡市 三浦啓作
母子寮の灯り小さし年の暮 大牟田市 本田守親
寒気団鯖街道を南下せり 福岡市 林〓
大屋根のしづかに濡るる除夜の雨 東大阪市 北埜裕巳
一人居のつれづれも良しおでん酒 尼崎市 松井博介
払暁の月皓々と年暮るる 真岡市 下和田真知子
ストーブに鉄瓶の唄しんしんと 厚木市 田中啓介
髪切りし女小春の喫茶店 金沢市 青木英昭
テーブルにひらく手のひら冬暖か 小田原市 林梢
スチームや会議に評論家の多し 東京 根岸哲也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月23日

◎ 水兵の花舗のぞきをりクリスマス 吹田市 末岡たかし
【軽舟先生評】米軍基地の水兵か。基地の是非にかかわらず、そこには兵士たちと街の日々の暮らしがある。

○ 闇蒼き当麻の道や冬銀河 名古屋市 山内基成
【軽舟先生評】星明りで闇が蒼く見えるのだろう。古代の人々の息遣いを感じながら一筋の道を歩く。

並び待つ寄席の灯あはし十二月 太宰府市 上村慶次
駅前の蕎麦屋柊咲きにけり 市原市 稲澤雷峯
連結の合図の旗や山眠る 豊中市 清田檀
壁炉燃ゆ古書に挿める革栞 福島市 清野幸男
侘助や生活保護費振り込まる 玉野市 松本真麻
息白しハンバーガーの蝋引紙 四日市市 伊藤衒叟
氏神の大楠や息白し 池田市 黒木淳子
新劇の酒場女のショールかな 川口市 渡辺しゅういち
雀らへ一撒きの米冬ぬくし つくば市 村越陽一
たそがれの一本径や冬菜畑 松江市 曽田薊艸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月16日

◎ 机にも表情のあり十二月 堺市 井崎雅大
【軽舟先生評】確かに机には使う人の人柄や仕事ぶりを映して表情がある。慌しい年末となればなおさら。

○ 頭より外す手拭暮早し 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】手拭を被って家事に勤しむ姿が古風で懐かしい。もう日が暮れて次は夕餉の支度だ。

雑沓のノイズの白し風花す 東京 木村史子
埋火や柱しづかな祖父の家 町田市 枝澤聖文
冬ざれや納屋の柱の五寸釘 稲沢市 杉山一三
陸続と雲また雲や冬来る 青森市 小山内豊彦
ほろ酔ひの夜寒を夢と歩くかな 芦屋市 瀬々英雄
初雪やけふははやめに酒支度 新居浜市 正岡六衛
極月の一番星に月細し 豊田市 松本文
しぐるるや古刹の庇しばし借る 鎌倉市 松崎靖弘
数へ日の戸口に使ひ走りの子 和歌山市 西山純子
島の灯のかたまつてゐる寒さかな 佐倉市 野手花子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月9日

◎ くくられしベッドの老よ冬の蠅 川口市 狩野睦子
【軽舟先生評】ベッドに拘束された老人の枕もとを蠅が行き来する。認知症患者の厳しい現実におののく。

○ ストーブや帰りの時刻表を見る 鈴鹿市 岩口已年
【軽舟先生評】待合室でだるまストーブを焚くローカル線の駅。帰りの列車を確かめてから町に出る。

大藁屋山の眠りにしたがへり 大村市 森宏二
天心に月泰然と神の留守 岡崎市 金田智行
落葉焚生徒なかなか下校せず 浜松市 宮田久常
軒下で臓物〔もつ〕炙る店暮早し 東京 四倉ハジメ
寒禽や雑木の奥の版画館 町田市 友野瞳
ガム噛みて待つ上映や冬の雨 彦根市 飯島白雪
長々と飛行機雲や冬日和 名古屋市 鈴木幸絵
冬麗や沖を見て吹くハーモニカ 金沢市 島田星花
鉄瓶の白湯の匂ひや冬に入る 神戸市 細井朔
しまひ湯に柚子とふやけてゐたりけり 八幡市 奥環

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年12月26日

◎ 七人の敵すでに無き小春かな 和歌山市 かじもと浩章
【軽舟先生評】家を出てももう「七人の敵」はいない。競争社会をリタイヤした安らかさと一抹の寂しさ。

○ 冬の夜の切磋琢磨の湯玉かな 別府市 渡辺小枝子
【軽舟先生評】鍋の湯が煮えたぎって次々に湯玉が沸く。互いに切磋琢磨するようだとの見立てに納得。

しぐるるやハチ公前のまちぼうけ 東京 石川昇
ほんの少し増えし手当や冬に入る 山梨市 浅川青磁
暖炉燃ゆ一角獣の壁飾 羽曳野市 細田義門
時雨るるや曳かれてのぼる達磨船 日高市 佐藤隆夫
世に残すものなく老いぬ鵙の贄 国分寺市 越前春生
冬靄を夜勤帰りのオートバイ 入間市 中村恵子
風花や廊下の奥の軽音部 彦根市 飯島白雪
ふとももに絆創膏や冬浅し 四日市市 伊藤衒叟
作業着の乾く勤労感謝の日 豊田市 内山幸子
煎餅の海苔の青さや冬きたる 川崎市 佐々木光政

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年12月19日

◎ 海底山脈頂上の島蝶渡る 豊橋市 河合清
【軽舟先生評】アサギマダラは秋に南方へ渡る。定着した季語ではないが雄渾な詠みぶりに感服した。

○ 初冬やあへてふびんな一人旅 東京 木村史子
【軽舟先生評】自分自身に同情しながら風景の中で癒されていく。そんな一人旅もあってよい。

初雪やあきらめに似て安堵感 秋田市 鈴木華奈子
マロニエの落葉踏み行く東西屋 福岡市 三浦啓作
ひと日をり病む掌に胡桃遊ばせて 太宰府市 上村慶次
路地裏や無月の顔とすれちがふ 尼崎市 吉川佳生
冬日和靴の先まで輝ける 可児市 金子嘉幸
番鴨日向に翼伸ばしをり 四條畷市 植松徳延
亀有の叔母はおでん屋して元気 東京 吉田かずや
冬晴や機上に読める業界紙 千葉市 新原藍
青き目の双子通りぬ冬すみれ 我孫子市 加藤裕子
柿熟れて島の朝刊船で来る 尼崎市 小石絹子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年12月13日

◎ 女の手に先づかさかさと冬が来る 神戸市 松田薫
【軽舟先生評】冬が来たと感じるきっかけはさまざま。水仕事の後にハンドクリームが欠かせなくなった。

○ 鈴虫にもらひし妻の寝息かな 鴻巣市 荻野道宏
【軽舟先生評】鈴虫の声を聴きながら妻は気持ちよく眠りに落ちた。その寝息が今度は作者の眠りを誘う。

母のごとく諭す占ひ冬隣 東京 木村史子
よく懐く都会の雀一茶の忌 川口市 平山繁寿
極月や妻に優しきことを言ふ 福岡市 後藤啓之
片雲もなし冬凪の田子の浦 伊豆の国市 山岸文明
人類の性よ木の実を拾ふのは 東京 種谷良二
鵯発つてこぼす赤い実白い糞 岡山市 三好泥子
島の背を越ゆる坂鳥花すすき 三浦市 安田勝洋
冬に入る妹山背山川豊か 奈良 岩田まさこ
無口なり親子でつつくおでん鍋 北九州市 吉松正彦
碁会所の日差し明るし冬はじめ 北九州市 胸形静男

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年12月5日

◎ 伊能図の山容やさし鳥渡る 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】伊能忠敬の地図には山々が描かれている。渡り鳥の目に今の日本の山々はどう映っているか。

○ 七五三鳩けちらして転びけり 東京 神谷文子
【軽舟先生評】七五三の子どもが境内の鳩を得意気に蹴散らす。最後の「転びけり」が可愛らしい落ち。

連山の主峰に朝日鮭のぼる 千葉市 新原藍
節電に相親しみて日向ぼこ 春日市 林田久子
月白に石炭ヤード蒼く浮く 名古屋市 山内基成
貴顕来よ金木犀の散り敷けば 岡崎市 金田智行
妹は生涯パート一葉忌 豊橋市 河合清
産土の朔旦参り神の留守 鴨川市 冨川康雄
秋日濃し鳩の飛び立つ石畳 福岡市 礒邉孝子
竜の玉塵外にゐてまどろめり 神奈川 中島やさか
月末の支払済みて冬に入る 大阪市 富田千恵子
白き猫黒き猫門柱に座す 伊勢市 奥田豊

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年11月28日

◎ 秋陰や米一合の水加減 調布市 田中泰彦
【軽舟先生評】曇天の下で水に沈んだ米が白い。一合炊けば十分の暮らし。少量の米は水加減が難しい。

○ 枯蟷螂とつくに覚悟できてをり 仙台市 小林水明
【軽舟先生評】この覚悟は作者自身の覚悟。枯蟷螂に自分の姿を重ねたその胸中にあるのはどんな思いか。

風ひゆうひゆう秋のむら雲千切れ雲 つくば市 前岡博
雨月また佳し銀〔しろがね〕の月球儀 茅野市 植村一雄
飽食に血のにごりたり文化の日 小平市 土居ノ内寛子
赤松の古木の林夕月夜 大阪市 山田喜美
末枯れや日差しに寧き無人駅 稲沢市 杉山一三
老人が犬を遊ばす秋の浜 吹田市 三島明子
苦瓜の咲くアパートの老母かな 直方市 江本洋
日もすがら風の栖や芒原 うきは市 江藤哲男
母情より父情の淡し月祀る 和歌山市 溝口圭子
木洩れ陽の明るき秋の疎林かな 所沢市 川田信一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年11月21日

◎ 赤い羽根銀座楽しくなくなりぬ 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】赤い羽根をつけて銀座に来たが何か違う。銀座も変わったが作者自身も昔とは変わったのだ。

○ 朝露や一騎駆けぬけ馬場広し 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】目の前を駆け抜けた一騎が馬場を忽ち遠ざかる。作者の視線の移動が読者を引き込む。

初鴨や滲みて乾く水彩画 横浜市 宮本素子
笹子鳴く山の教会椅子五十 大村市 森宏二
小鳥来る時計要らずの爺婆に 茅野市 植村一雄
秋風や遺跡の下にまた遺跡 鎌倉市 高橋暢
ドア開けて新車の匂ひ秋日和 さいたま市 大石誠
机にも椅子にもなりて林檎箱 諫早市 麻生勝行
秋天や駅の看板医者ばかり 福岡市 三浦啓作
芋よりも蒟蒻旨し芋煮会 兵庫 小林恕水
夜話や寒き背後に誰かゐる 所沢市 山本雪彦
秋澄みてコンビナートの夜景かな 東京 東賢三郎

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年11月15日

◎ 野分去り区民まつりの鼓笛隊 東京 鈴木利恵子
【軽舟先生評】区民まつりと言えばその様子は想像がつく。幸い台風も過ぎ去って鼓笛隊が繰り出した。

○ どぶろくの特区に遠野物語 久慈市 和城弘志
【軽舟先生評】どぶろくの特区認定と遠野物語。民俗学の聖地もまた観光振興と地域再生に懸命なのだ。

臥して読む宇治十帖や月鈴子 奈良市 荒木かず枝
独り旅雑木紅葉の道歩む 明石市 小田慶喜
秋風の墓にマッチをすりにけり 周南市 河村弘
歳晩の小路行くなり東西屋 大阪市 阪東英政
踏切を渡る黒猫竹の春 伊豆の国市 山岸文明
伸び切りし飛行機雲や蝗捕 国分寺市 藤田まさ子
銀杏を掃き寄せてゐる巫女二人 佐倉市 小池成功
酒蔵に沿うて静かや秋の川 門真市 田中たかし
車椅子手はどんぐりに届かずに 堺市 井崎雅大
日帰りのバス旅ひとり鱗雲 行橋市 野田文子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年11月7日

◎ 馬追に推敲の夜の更けにけり 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】原稿用紙と向き合ううちに夜も更けた。スイーッチョという声にまた励まされる。

○ 公園は老人占拠草の花 東大阪市 三村まさる
【軽舟先生評】子供の姿はなく老人ばかりの公園。占拠と興じてみせたのは作者もその一人だからか。

やはらかな朝の瀬音や白芙蓉 名古屋市 大島知津
鉄柵に流るる霧や異人館 明石市 岩田英二
秋の虹淡くはかなし樹木葬 さいたま市 田中久真
小鳥来るからりからりと日和下駄 川越市 峰尾雅彦
山の日は暮るるも早し崩れ簗 北九州市 宮上博文
陽は落ちて月上るなり遊園地 鈴鹿市 岩口已年
ひつぢ田や老人犬に引かれ行き 真岡市 下和田真知子
あかあかと都庁の灯る無月かな 羽曳野市 細田義門
雲流れ月さやかなり汽笛聞く 神戸市 藤本博久
猫通る虚子のなき世の秋簾 八王子市 藤井昭明

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年10月31日

◎ 衣被正岡子規は月の人 東京 四倉ハジメ
【軽舟先生評】太陽の人ではなく月の人だ。衣被で一杯やりながら子規の人生に共感する。

○ 鉦叩少し打つては休みをり 埼玉 町田節子
【軽舟先生評】素直な描写が鉦叩らしい。もう終わりかと思うと忘れたころにまたチンチンと鳴き始める。

刈るほどもなき髪刈りて敬老日 福岡市 山北如春
縁側に鈴虫の籠ランドセル 千葉市 新原藍
手にとりて日のあたためし櫟の実 由利本荘市 松山蕗州
小鳥来る午後より開く喫茶店 大津市 若本輝子
学食にノート広ぐる秋の夜 藤沢市 青木敏行
こすもすや雲一つなき空の果 大阪市 永井経子
秋寒や鳩濡れそぼつ南口 東京 関口昭男
秋雨や沓脱石に下駄二足 東京 永井和子
桔梗やサラリーマンはネクタイに 富士宮市 渡邉春生
底紅や選挙ポスター色褪せて 香取市 香取一郎

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年10月24日

◎ 手をつなぐシネマ帰りの月の下 鯖江市 大森弘美
【軽舟先生評】映画がよかったからか、月がきれいだからか、気づいたらつないでいた手が意外なほど自然。

○ 夜の枯野から武士〔もののふ〕の血の匂ひ 宍粟市 宗平圭司
【軽舟先生評】そこは古戦場だったのだろうか。冴え冴えと冷えた空気に殺気を感じ取ったのだ。

銀座の夜意外と早し虫時雨 東京 種谷良二
一雨に秋めく路地の暮らしかな 豊田市 小澤光洋
男にも紅さし指や火恋し 山梨市 浅川青磁
窓ごとに物語ある良夜かな 市原市 稲澤雷峯
草雲雀銭湯の湯の熱きかな 彦根市 飯島白雪
自転車の夜光塗料や蚯蚓鳴く 亀山市 藤原さらさ
屋上に空を眺めて秋惜しむ 玉野市 松本真麻
弁当箱洗ふ男や天高し 古賀市 大野兼司
ほろ酔ひに帰る堤や虫時雨 高山市 直井照男
骨格の美しくある鳥渡る 尼崎市 吉川佳生

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年10月17日

◎ 流星や宿の迎への四駆来る 奈良市 荒木かず枝
【軽舟先生評】四輪駆動車で林道を揺られると秘湯のランプが見えてくる。白樺林の上を流星がよぎった。

○ 漕ぎ揃ふオールは翼水の秋 青梅市 中村かづを
【軽舟先生評】ボート競技のオールの動きは見ているだけでも美しい。選手の息が合って一つの翼をなす。

糠床に秋茄子男所帯なり 豊中市 清田檀
飼主逝き眠る老犬秋の午後 宍粟市 宗平圭司
晩学の古書店通ひ星涼し 別府市 渡辺小枝子
抱き上げて仔犬は温し秋来る 秋田市 西村靖孝
初潮の伊良湖水道蝶渡る 豊橋市 河合清
夜鍋する母はいつでも向う向き 東京 松岡正治
鮫よけのネットを外す晩夏かな 和歌山市 かじもと浩章
駆け込みし市バスに開く秋扇 横浜市 村上玲子
虫の音や介護ベッドも母も失せ 流山市 小林紀彦
炎天下若き僧侶の指白し 大阪市 小熊光子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年10月10日

◎ 吉良様を飾る三河の菊師かな 名古屋市 山内基成
【軽舟先生評】忠臣蔵では悪役ながら地元三河では名君と伝わる。郷土の誇りと胸を張る菊人形だ。

○ 往診に急ぐ夜道や虫時雨 吹田市 坂口銀海
【軽舟先生評】昔も今も往診を厭わない土地の人には心強い医師。鳴きしきる虫の声にも急かされるよう。

遠花火首手拭に手を拭ふ 小平市 土居ノ内寛子
卓袱台に新香ひと皿今朝の秋 奈良市 斎藤利明
見送りの後のホームや鰯雲 調布市 佐藤悠紀子
数珠玉や樹間流るる雲迅き 福岡市 三浦啓作
蝉の穴土竜の穴や宮掃除 洲本市 小川吉祥子
転勤の話の出たる休暇明け 東京 野上卓
武蔵野の雑木林や曼珠沙華 東京 永島忠
工場の午報に急ぐ日傘かな 福岡 村岡昇藏
最北の地に鉄路果つ鰯雲 横浜市 石川元子
好きな時好きなだけ寝て夏果てる 葛城市 八木誠

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年10月3日

◎ 天皇と同じ学年終戦日 京都市 小川舟治
【軽舟先生評】学年が同じということでずっと身近な存在と感じていた。生前退位のご意向が胸に沁みる。

○ 新涼や風に吹かるる草の色 東京 松嶋光秋
【軽舟先生評】まことに淡い内容ではあるけれど、秋の訪れはこのように感じとられるものなのだと思う。

木歩忌の墨水渡り手を合はす 東京 吉嶋大二
駅前のシャッター通り月照らす 名取市 里村直
掃除して無住寺閉ざす秋彼岸 堺市 野口康子
新涼や産褥に母子みづみづし 甲府市 中村彰
つくつくしコンクリートの街に鳴く 可児市 金子嘉幸
犬の仔が乳奪ひ合ふ今年藁 名古屋市 可知豊親
焼肉の後の冷麺地虫鳴く 仙台市 小林水明
新涼の少女に似合ふワンピース 秋田市 西村靖孝
踊り子と踊り子の間や月明かり 京都市 若狭愛
星祭業平道の山険し 八尾市 岡山茂樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年9月26日

◎ 甘藷畑雨に潤ひ朝の弥撒 大村市 森宏二
【軽舟先生評】痩せた土地と信仰を代々守ってきた人々の生活を思う。「雨に潤ひ」が優しい眼差し。

○ 除草して売物件となりにけり 大阪 池田壽夫
【軽舟先生評】空き家の庭が急にさっぱりして売家の看板が立つ。晴れがましくて、そして寂しい。

闊歩せり片陰長き丸の内 東京 喜納とし子
湯上りの体重計や涼新た 秋田市 鈴木華奈子
新生姜洗うて紅のほのかなり 日高市 落合清子
目ぐすりの一すぢ頬に夜の秋 芦屋市 井門さつき
白波を追ふ白波や秋の色 銚子市 久保正司
雲照らしながらに響く遠花火 東大阪市 北埜裕巳
老いてなほ飯の甘さよ萩の花 川口市 狩野睦子
昧爽の風の軽しや一葉落つ 川崎市 立石明子
寄する波受けて大岩揺ぎなし 朝来市 福本千歳
橋立の海に浮かびて望の月 宇治市 坂下徹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年9月19日

◎ 工場に小さき事務所秋簾 名古屋市 鈴木幸絵
【軽舟先生評】秋簾がいかにも町工場らしい。西日の当たる事務所で効きの悪い冷房機が唸っている。

○ 新涼や爪切り仕舞ふ小抽出 大阪市 佐竹三佳
【軽舟先生評】あるべき場所にあるべき物がある。使い勝手よく片付いた生活空間の心地よさ。

連れられて殯の森へ露の玉 東京 木村史子
独り身の息子も初老遠花火 一宮市 渡辺邦晴
二三日まとめて日記夜の秋 東京 野上卓
豪農の黒き畳や軒風鈴 長岡市 柳村光寛
野仏に供華して去りぬ白日傘 名古屋市 浅井清比古
雪渓の明くるともなく白みたり 東京 石川黎
蚊帳吊草放課後の道川に沿ふ 郡山市 佐藤祥子
折り皺に畳む風呂敷秋立ちぬ 平塚市 藤森弘上
路地の奥門灯一つ虫の声 茨木市 桐田昶子
手の甲の静脈太し草いきれ 千葉市 鈴木千ひろ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年9月13日

◎ 病院の屋上の恋花火果つ 釜石市 佐藤裕子
【軽舟先生評】入院患者同士の恋だろうか。今夜は町の花火大会。特殊なシチュエーションがせつない。

○ 氷雨降る阿蘇馬耳を振るばかり 福岡市 後藤啓之
【軽舟先生評】雷雲がにわかに押し寄せ草千里に雹が降る。大景の中で放牧される馬の静けさが印象的。

タクシーを待たせたままの墓参かな 厚木市 石井修
ホチキスをがつんと一打夏終る 熊本市 寺崎久美子
蛇口みな上を向きたる原爆忌 川越市 峰尾雅彦
かなかなや湯上りに切る足の爪 高萩市 小林紀彦
木刀の素振り百回今朝の秋 奈良市 上田秋霜
参道に日は真面なり氷旗 東京 木内百合子
水着の子水着の母の影の中 大村市 森宏二
炎天の駅のホームを風がぬけ 東京 黒木順
鴉の子空におぼれてゐるごとし 鶴ケ島市 伊勢陽子
青柿や悪友つひに会はぬまま 堺市 井崎雅大

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年9月5日

◎ 母の待つ離島航路や盆の月 津市 田山はじめ
【軽舟先生評】離島への帰省。季語がよい。帰ったら母と門火を焚いて亡き父を迎えることだろう。

○ 月見草みづうみ遠く見てひとり 龍ケ崎市 清水正浩
【軽舟先生評】日が暮れて湖面がしろじろと見える。ひとりきりでいることの心やすさとさびしさ。

日盛や江の島巡る郵便夫 横浜市 宮本素子
砂利軋む大社〔おおやしろ〕なり終戦忌 神奈川 新井たか志
オリーブの沈むグラスや窓花火 水戸市 安方墨子
立秋や団地は古き坂登る 鈴鹿市 岩口已年
秋彼岸雨具小さく畳みけり 町田市 友野瞳
桃甘ししみじみ黙す妻と吾 仙台市 野々村務
この坂を登らば我が家油照 今治市 越智ミツヱ
動くとも見えぬ真夏の観覧車 倉敷市 安永雄
登り来て古城本丸花は葉に 伊賀市 菅山勇二
見上ぐればみんみんの声静かなり 豊中市 荒井遥

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年8月29日

◎ 緑陰や地べたに憩ふ除染工 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】仕事にたっぷり汗を流したあと木陰で休憩する。健やかな情景に下五の暗転が衝撃的。

○ 剃刀の切れ味悪き我鬼忌かな 尼崎市 松井博介
【軽舟先生評】芥川龍之介の死は七月二十四日。この句の剃刀は怜悧な頭脳を覆った不安を連想させる。

工場の裏に銭湯梅雨の月 名古屋市 鈴木幸絵
玫瑰やしきなみ遠きひびきあり 札幌市 村上紀夫
新涼や母の形見の筆二本 神戸市 三木福一
貝風鈴沖に波立つ日なりけり 吹田市 末岡たかし
朝凪や始業ベル鳴る町工場 福井市 堤ひろお
教会の鐘の植田へひろがれり 宗像市 梯寛
嵐電の大きく揺れて秋涼し 神戸市 田代真一
睡蓮の花閉づる頃ははと逢ふ 泉佐野市 中瀬幸子
流灯や彼方に父母の声を聴く 福岡市 内匠良子
寝不足の窓より逃す朝の蜘蛛 船橋市 岡崎由美子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年8月22日

◎ 盆明けや北洋目差す漁船群 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】次に帰って来るのは正月だろうか。遠洋漁業の町だからこそ盆の明けるのが名残惜しい。

○ 留守番のひとりの昼餉冷奴 香芝市 矢野達生
【軽舟先生評】「ひ」の音の繰り返しが軽快で楽しい。留守番もまたそれなりに楽しいに違いない。

青梅や湯上りの児の蒙古斑 京都市 小川舟治
三伏や京の土産の黒七味 東京 尾上恵子
夕立やうちとけてゆく心地よさ 平塚市 藤森弘上
西日濃し古本市の店仕舞 彦根市 飯島白雪
朝涼のコンビニ前の紫煙かな 東京 神谷文子
海の日や空のガレージ古タイヤ 調布市 田中泰彦
冷麦や贔屓の力士休場す 島根 百合本暁子
梅雨寒やひねもす倦まず歎異抄 甲府市 中村彰
鬼百合の墓地を抜ければ日向灘 宮崎市 早川寶
蜜豆やルソン島より父帰る 真岡市 下和田真知子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年8月15日

◎ 記念日の夫婦の夕餉冷奴 芦屋市 水越久哉
【軽舟先生評】結婚記念日だろうか。いろいろ考えてみたけれど、結局家でいつもの晩御飯がいちばん。

○ 帰省子に突つ掛けでゆく水辺あり 東京 望月清彦
【軽舟先生評】そこに行くと、ああ帰ってきたと思える水辺なのだ。都会に出ても心から離れなかった風景。

打水に暖簾小さき寿司屋かな 東京 喜納とし子
熱帯魚銀ぶらの歩を休めたる 松本市 太田明美
白壁に葉柳ゆるる逢瀬かな 芦屋市 瀬々英雄
盆支度整ひし部屋風とほす 銚子市 久保正司
割箸の檜の匂ふあらひかな 大牟田市 山口正男
なほ北へ行く貨物船夏の月 水戸市 安方墨子
胡瓜もみモロッコ産の蛸入れて 和歌山市 かじもと浩章
青田まで支所の午報の届きけり 伊丹市 山地美智子
病葉や未来が未来だつた頃 宇都宮市 大渕久幸
片虹や甘えてみたし思ひきり 松戸市 原田由樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年8月8日

◎ 馬鈴薯の花航空路直下なり 市原市 稲澤雷峯
【軽舟先生評】馬鈴薯畑に立つ作者のはるか上空を飛行機が過る。広い空と広い大地が見えてくる。

○ 梅雨の傘巻いて通勤電車かな 神戸市 松田薫
【軽舟先生評】混雑した電車で互いの傘に服が濡れるのは嫌なもの。「巻いて」に作者の生き方を感じる。

八百政の裸電球さみだるる 福島市 清野幸男
五月雨や駐輪場の三輪車 横浜市 村上玲子
レクラムを神田に買へり鴎外忌 名古屋市 山内基成
小雨のち晴れわたりたる海開き 神奈川 中島やさか
雨になる風の匂ひや行々子 三条市 宮島勝
船旅のキャンセル待ちや熱帯夜 武蔵野市 三井一夫
病は得るものほうたるは放つもの 京都市 若狭愛
あめんぼの押へつけたる水面かな 大牟田市 本田守親
水打ちて遠来の客迎へをり 岡山市 久山順子
白靴や出発ロビー人の波 北上市 三宅清房

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年8月1日

◎ 呼鈴に子ども出てきしカンナかな 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】「お母さんは?」と聞くと、子どもは走って引っ込む。呼鈴をめぐる懐かしい風景。

○ 百年後につぽんありや日向水 羽曳野市 北山正人
【軽舟先生評】常識的なフレーズも取り合わせる季語一つで詩になる。日向水に作者の思いが照り映える。

母も来て捜すボールや夏の雨 鯖江市 大森弘美
アロワナは死に屑金魚残りけり 松阪市 松江山水子
野球部の部員七人雲の峰 川越市 峰尾雅彦
決勝の太陽浮かぶプールかな 北本市 萩原行博
植ゑし田に故山の星の瑞々し 札幌市 塩見俊一
あぢさゐや明日の色はケセラセラ 秋田市 鈴木華奈子
肩ふれて妻の日傘の中に入る 入間市 大矢勲
緑蔭にマーク・トウェーン読書会 東京 山口照男
夕立や一人で入る喫茶店 門真市 武田利子
人見知りする子や天瓜粉匂ふ 米子市 永田富基子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年7月25日

◎ 梅漬けて今年半分過ぎにけり 東京 橘田麻伊
【軽舟先生評】年とともに月日の過ぎるのが早くなった。今年ももう半分、といつもこの時期に思う。

○ 今年また風に吹かれに帰省かな 稲沢市 杉山一三
【軽舟先生評】帰省したからといって特別にすることもないが、それでも生き返った心地になるのだ。

炎昼や野良犬あばら浮き上がり 彦根市 飯島白雪
青柿や爪立ち干せるバスタオル 逗子市 山崎南風
夕闇に夏炉の灰の匂ひかな 太宰府市 上村慶次
白波の沖ゆく船や月涼し 奈良 高尾山昭
五月雨や船路の絶えし遊女町 下関市 石田健
稲の花葬列山へ向かひけり 市原市 稲澤雷峯
火取虫秘仏の厨子のほのあかり 奈良 栗田秀子
大道芸トランク一つ木下闇 札幌市 江田三峰
峡住みになれたる夜や青葉木菟 島根 高橋多津子
梅雨空やラジオ載せたる将棋盤 土浦市 清川永作

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年7月18日

◎ カツ丼の出前とどくや田草取 亀山市 藤原さらさ
【軽舟先生評】田んぼの傍らに止めた軽トラックまで出前が届く。みんな顔見知りの親しい村の暮らし。

○ 夏帽子訃報に天を仰ぐのみ 芦屋市 瀬々英雄
【軽舟先生評】夏帽子の明るい印象が訃報の衝撃を際立たせる。炎天を仰ぐ作者の姿が見えてくる。

水口へ投げたる早苗風を切る 岡崎市 矢野久造
しろがねに光る来し方なめくぢり 岡山市 三好泥子
夕顔や潮入川の釣舟屋 東京 氣多恵子
便箋の白さ眩しく夏に入る 愛西市 坂元二男
夏立つや父の嗽のアエイオウ 国分寺市 藤田まさ子
擦れ違ふ列車待ちをり栗の花 福岡市 三浦啓作
日の暮の空の青さやカーニバル 別府市 渡辺小枝子
畑小屋の裸電球火蛾舞へり 明石市 岩田英二
青梅を太らせて過ぐ朝の雨 常陸大宮市 笹沼實
紫陽花や訪なふ人もなき墓に ひたちなか市 衛藤稚春

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年7月11日

◎ パソコンもスマホも持たず電波の日 福岡市 林〓
【軽舟先生評】電波の日は六月一日。その恩恵から遠く暮らす生き方を自ら肯(うけが)っているようである。

○ 時の日や時報に合す掛時計 鴨川市 冨川康雄
【軽舟先生評】時の記念日は六月十日。すぐに遅れる古い掛時計を踏台に乗って直す。これもまた生き方。

初夏の潮の香にあり理髪店 鎌倉市 松崎靖弘
突堤に足ぶらぶらと夜涼の子 北九州市 宮上博文
こめかみに新香ひびくや朝曇 秋田市 鈴木華奈子
うら若き母の俤桐の花 町田市 枝澤聖文
雨の日の電灯昏し柚子の花 大阪市 佐竹三佳
昭和の日けふもコロッケ飽きもせず 松山市 楠本武
冷酒や同じ苗字の氏子たち 横浜市 宮本素子
山法師いよいよ白し雨の中 大分市 首藤勝二
みどり児の黒き瞳や天花粉 門真市 武田利子
父の日ややつと決まりしプレゼント 鶴ケ島市 伊勢陽子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年7月4日

◎ 辻に待つ夫へ日傘高うせり 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】差していた日傘を思わず高く掲げて合図するのは人ごみに夫を見つけたうれしさから。

○ こんこんと最後の水場青胡桃 国分寺市 伊澤敬介
【軽舟先生評】ここから先の登山道に水場はない。水筒にたっぷり汲んで前途に思いを馳せる。

少年の白き目覚めや栗の花 川越市 益子さとし
海凪ぎてひとり跣足の凱歌かな 東京 木村史子
てのひらに享くるしづけさ緑さす 四日市市 伊藤衒叟
恃み合ふ老の夫婦や胡瓜もみ 大田市 森井晃一
麦秋や白き卓布にクロワッサン 福岡市 礒邉孝子
家々に夕餉の明かり遠蛙 名古屋市 大島知津
読みかけの本に団扇を挟みけり 田辺市 川口修
身は半ば炎となりぬ恋蛍 延岡市 橋本京子
伊吹山〔いぶき〕よりパラグライダー麦の秋 上尾市 中久保まり子
目高浮く雨いつぱいの古火鉢 岡山市 今井操庵

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年6月27日

◎ あぢさゐ医院治りますかと妻が訊く 一宮市 渡辺邦晴
【軽舟先生評】あじさいが季語だが医院の名のようでもある。隣にいた妻が急に身を乗り出して医者に問う。

○ 万緑や古りゆくものに開港史 大村市 森宏二
【軽舟先生評】開国と文明開化の時代は遥かな昔。変わらないのは港町を抱く山の緑だ。

まつくらな橋となりけり青葉木菟 国分寺市 越前春生
河口より海鳥の声みなみかぜ 東京 望月清彦
アカシヤの花雨に散る夕間暮れ 上野原市 小俣一雄
老農の厚き手の平朴の花 つくば市 前岡博
青桐の影さす母の机かな 東京 今泉忠芳
麦刈りて夕風甘くなりにけり 前橋市 矢端桃園
落書きのガードをくぐる燕かな 神奈川 大久保武
湯治場の山滴るや米洗ふ 須賀川市 関根邦洋
シャム猫に白壁の路地夕永し 東大阪市 伊藤雅子
草笛や雲より遅く時流る 東京 磯野絵璃奈

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年6月20日

◎ 花の雨手鏡ほどのにはたづみ 水戸市 安方墨子
【軽舟先生評】小さな水たまり。手鏡ほどと見立てたのが花の雨に似合って艶やかな風情がある。

○ みづうみに深き月光ほととぎす 奈良市 荒木かず枝
【軽舟先生評】山中の澄んだ湖水に月光が深く差し入る。時鳥が鳴き渡ってこの世ならざる雰囲気が漂う。

あやめ挿す祇園の燐寸貰ひけり 津市 田山はじめ
見送りの後の港や夏の雲 松本市 太田明美
豆飯や昔も今も人恋し 松阪市 奥俊
路地裏に兵の墓見ゆ白桜忌 四條畷市 植松徳延
緑蔭にバンドの仲間集ひけり 福岡市 林〓
新樹光カーテンコール鳴りやまず 大阪市 安東明美
青嵐少女は背伸びして語る 長崎市 田中正和
誘蛾灯ともり鶏舎の灯もともり 深谷市 酒井清次
鰺釣りに賑わっている波止場かな 田辺市 川口修
走り梅雨母と嘆いて探しもの 神戸市 福原雅子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年6月14日

◎ 遠雷やオイルライター匂ひ立つ 鈴鹿市 岩口已年
【軽舟先生評】百円ライターでは味気ないのだ。オイルライターへのこだわりに遠雷の緊張感が似合う。

○ 刷りたての名刺ひと箱風光る 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】春は人事異動の季節だ。引継ぎの挨拶回りを皮切りに新しい職場の毎日が始まる。

作業着の白き二の腕今朝の夏 宇部市 中村有爲子
パティシエのひつつめ髪や夏に入る 横浜市 宮本素子
パナマ帽海の広さに風の吹く 大分市 高柳和弘
水中花弾かぬピアノの上にあり 池田市 黒木淳子
それぞれに仕事持つ身や風炉手前 さいたま市 根岸青子
コンビニで新聞買ふや明易し 東京 野上卓
大空に雲遊ばせて麦の秋 神戸市 田代真一
鎌倉駅見ゆる茶房や春惜しむ 東京 喜納とし子
新緑やゴム長に押す猫車 日野市 坂巻恭子
友達と机に馴れて新入生 行橋市 小森慶子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年6月6日

◎ 敷藁にまだ草色の苺かな 名古屋市 大島知津
【軽舟先生評】小さく草色でもちゃんといとけない苺の形をしている。敷藁の褥〔しとね〕で大事に育てられている。

○ 春落葉子ら来ずなりて砂場老ゆ 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】住民がすっかり高齢化した団地の砂場といったところか。砂場もまた「老ゆ」なのだ。

夏めくや有田の皿の青海波 静岡市 生江八重子
春灯下不条理劇の椅子ひとつ 東京 尾上恵子
藤咲けり伊達と相馬の国境 福島市 清野幸男
崖下の海人の集落幟立つ 和歌山市 西山純子
井の頭公園午後の花筏 苫小牧市 吉田京子
窯と窯つなぐ坂道つばくらめ 名古屋市 浅井清比古
山笑ふ上着一枚腰に巻き 春日市 林田久子
出張に泊まるわが家や豆の飯 神戸市 松田薫
銀紙のチョコとろけたる春深し 大牟田市 山口正男
夏立つや自転車と乗る渡し船 吹田市 三島明子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年5月30日

◎ 仏壇の饅頭さげて春のくれ 東京 神谷文子
【軽舟先生評】仏壇の饅頭を卓袱台にさげて一人で味わう。亡き人が好み、いつも一緒に食べた饅頭か。

○ 澎湃と天仰ぎたる芽吹きかな 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】澎湃とは水がみなぎるように勢いの盛んなこと。春を待ちかねていた北国の芽吹きを思う。

紙飛行機海をこえけり修司の忌 東京 四倉ハジメ
女子大の裏に銭湯巣立鳥 日高市 佐藤隆夫
人形の眠らぬ瞳夕薄暑 龍ケ崎市 清水正浩
春風やワゴンセールの洋雑誌 横浜市 村上玲子
朝練のローラー掛けや花水木 さいたま市 大石誠
永き日や会社帰りに寄る本屋 東京 種谷良二
うろくづの遡る翳春の川 福岡市 山北如春
夕空に春月淡し大江山 京都 千賀壱郎
菜の花や島の女の泣き上戸 古賀市 大野兼司
菜の花や小学校の昼餉時 東京 野藤哲子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年5月23日

◎ 独活掘るや蝮息づく雨後の山 松阪市 松江山水子
【軽舟先生評】自然の懐にとびこんで自然の恵みをいただく暮らし。危険はあっても楽しそうだ。

○ 春の星数へて妻と旅にあり 愛西市 坂元二男
【軽舟先生評】あ、一番星。ほら、あそこにも。一日の旅程を終えた夕暮れ時だと想像する。

薫風や二間続きに宗和膳 横浜市 宮本素子
少年は馬上少女は花の下 津市 田山はじめ
捨金魚育つ小溝や菖蒲の芽 宇部市 谷藤弘子
山近き海近き町風光る 武蔵野市 渡辺一甫
単線の女車掌と春の海 鎌倉市 松崎靖弘
角落ちし鹿の剣突食らひけり 小平市 土居ノ内寛子
バケット車掛けて覗くや鴉の巣 名古屋市 山内基成
通勤の満員電車樟若葉 名古屋市 鈴木幸絵
特急の過ぎたる後の日永かな 周南市 河村弘
春宵や片鎌槍の螺鈿の柄 四日市市 伊藤衒叟

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年5月16日

◎ パンジーや褒めれば褒めるほど咲いて 米子市 永田富基子
【軽舟先生評】花壇いっぱいに咲くパンジーは確かにこんな感じだ。ご褒美の如雨露の水がうれしそう。

○ アルパカの睫は長し花ぐもり 宇都宮市 大渕久幸
【軽舟先生評】アルパカは遥かインカ帝国の昔から飼われてきた。異国の空をどんな思いで眺めているか。

濃く淡く綾なす海や白子干 姫路市 板谷繁
半世紀経てぼた山の笑ひをり 福岡市 三浦啓作
つばくらやバス停前の町工場 東京 永島忠
屋根職人梯子下り来る日永かな 千葉市 新原藍
山宿に湯桶ひびける朝桜 水戸市 安方墨子
風光る遮るものの何もなく 秋田市 鈴木華奈子
路叩きゆく白杖の夕永し 調布市 田中泰彦
街道の松の日和や狂ひ凧 山口市 池ノ岡火帆
残業のビニール傘に落花あり 東京 吉嶋大二
囀や大樹の抱く日の光 大津市 深田弥栄子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年5月9日

◎ 老いらくの恋やいきなり幹に花 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】桜の古木の幹にいきなり花が咲くのはしばしば見る。まるでわが老いらくの恋のごとく。

○ ネットカフェ帰る巣のない夜の鳩 彦根市 飯島白雪
【軽舟先生評】煌々と街灯の照る都会の夜をうろつく鳩。「おまえもか…」と呟く作者がそこにいる。

掃き寄せて匂へり樟の春落葉 名古屋市 大島知津
算盤に電池切れ無し昭和の日 香取市 嶋田武夫
赴任地の空気の甘し山笑ふ 宮崎市 十河三和子
傘雨忌や午後から点る飲み屋の灯 東京 吉田かずや
巣燕や長所から書く通信簿 東京 氣多恵子
牛乳と卵買ふ道夕桜 東京 野上卓
花の雨石の聖衣をひた濡らす 大村市 森宏二
海猫渡る仮設店舗の屋根低く 福島市 清野幸男
担任は新任教師ミモザ咲く つくば市 矢野しげ子
バス停の小さき椅子や桃の花 東京 松岡正治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年5月2日

◎ いきいきと残る靴跡春の土 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】雪が消え、やわらかな土を踏むうれしさ。靴跡もいきいきと春の訪れを告げる。

○ 赴任地の水の冷たし雪柳 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】蛇口から出る水の冷たさに気が引き締まる。新しい生活への期待が雪柳の花に表れている。

風船売まぼろしの町とほりけり 東京 四倉ハジメ
天壌の風生ぐさし夕蛙 市原市 稲澤雷峯
大津絵の鬼に涙や忘れ霜 太宰府市 上村慶次
赤飯の湯気立ちのぼる朝桜 日高市 落合清子
少年の白き腕や半仙戯 静岡 吉岡千春
蒲公英やにはかに降りて土匂ふ 秋田市 西村靖孝
海峡を行き交ふ舟や春の海 下関市 小島理恵子
夕闇に蛙合戦五十鈴川 神戸市 三木福一
中之島母と一周春日傘 大阪市 香林綾子
こきこきと首の骨鳴る日永かな 東京 倉下鏡

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年4月25日

◎ 曲水の烏帽子の父の髪白し 神戸市 田代真一
【軽舟先生評】ゆったりと時間の流れる古式ゆかしい行事のさなか、ふと父の老いが胸に迫った。

○ 初虹や何度聞いてもいい話 由利本荘市 松山蕗州
【軽舟先生評】近所で聞いたか、ニュースで見たか、とげとげしい世相を忘れさせるいい話だったのだ。

春雨や濡れて荷を押す配達子 東京 鈴木利恵子
灯台の沖は黒潮鰆東風 田辺市 川口修
蝌蚪の田の雨にしづもるひと日かな 千葉市 笹沼郁夫
春宵や居間の決〔さく〕りの滑り佳き 福岡市 三浦啓作
ポスターに恋する少年地虫出づ 清瀬市 峠谷清広
蕗の薹返しそびれし本のあり 愛西市 坂元二男
菜の花や外国船のゆつくりと 鳥栖市 重松石削
囀りや研究室に届くピザ 調布市 佐藤悠紀子
路地裏のジャングルジムや春の月 東京 関口昭男
冴え返る隣家の庭の水の音 東京 黒木順

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年4月18日

◎ 母は子に子は風船に引かれ野へ みよし市 稲垣長
【軽舟先生評】風船と子と母が一つながりに野へ駆け出す。絵本のような世界に読者も引き込まれそう。

○ 盃の紅ぬぐふゆび遠山火 川越市 益子さとし
【軽舟先生評】遠く燃える山火は現実のものなのか作者の心象なのか。女の何気ないしぐさが匂い立つ。

暮れきつてよりの潮騒貝雛 吹田市 末岡たかし
花時や軽く過ぎたる誕生日 神奈川 新井たか志
閉校の校歌流るる桜かな 我孫子市 加藤裕子
分校に黒板ひとつ山桜 北本市 萩原行博
しんしんと仏間の畳冴返る 周南市 木村しづを
川幅に潮上げてくる蘆の角 市原市 稲澤雷峯
のどけしや古き酒場の昼の酒 尼崎市 松井博介
玄関に犬の留守番日脚伸ぶ 水戸市 安方墨子
辛夷咲く小径配達楽しかり 直方市 江本洋
ケーキ屋のケース覗く子蝶の昼 熊本市 江藤明美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年4月12日

◎ 田螺鳴くここにまだ人がをります 東京 吉竹純
【軽舟先生評】僻村の限界集落か。あるいは原発事故の周辺か。田螺に託された言葉が切々と響く。

○ 教へ子の庭より来たりクロッカス 可児市 金子嘉幸
【軽舟先生評】教師と教え子の親しい関係が目に浮かぶ。春先の庭がまるで教え子の未来のように明るい。

間夜の待ちきれなくて雉になる 日高市 金澤高栄
梅二月金のかからぬもの食ぶる 福岡市 山北如春
囀や俎をふく麻布巾 東京 喜納とし子
山沿ひは雪の予報や花菜漬 松本市 太田明美
鳥雲に使ひ古りたる羽箒 平塚市 藤森弘上
かぐはしき加賀の棒茶や古雛 小田原市 守屋まち
流氷の海へ岬のせり出しぬ 弥富市 富田範保
春疾風コルシカへ帆を上げにけり 和泉市 白井恭郎
半島の夜明けは近し若布刈舟 名取市 里村直
榾に酒こぼして終る稲荷講 青梅市 中村かづを

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年4月4日

◎ 差潮を上る短艇いぬふぐり 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】河口を渡る風はまだ頬を刺すようだが、作者の足元にはいぬふぐりが春を告げる。

○ 旧正や点心に湯気立ち上る 明石市 久保勲
【軽舟先生評】中国では春節と称して旧正月を賑やかに祝う。この句の向こうに爆竹の音が聞こえるよう。

針魚群れ出港を待つ定期船 大分市 首藤勝二
春風や島から島の通学路 北本市 萩原行博
鳥帰る遠くの島がよく見えて 熊本市 寺崎久美子
むき出しの鉄骨赤き余寒かな 新居浜市 正岡六衛
店子老い大家老いたり青木の実 横浜市 宮本素子
自治会の集金終へぬ春の星 横浜市 村上玲子
啓蟄や車出はらふ駐車場 川越市 峰尾雅彦
青き踏む河童伝説残る村 つくば市 村越陽一
米をとぐ独居の夕べ水ぬるむ 鎌倉市 渡辺マキ
春ひなたげんのうの音雀躍す 狛江市 三上栄次

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年3月28日

◎ 街の春わけても婦人靴の店 明石市 岩田英二
【軽舟先生評】商店街の店の様子が春めいてきた。なかでも婦人靴の店の明るさに作者の心は動いたらしい。

○ 仕事場に匂ふ木屑や立雛 奈良市 梅本幸子
【軽舟先生評】棚の上に一対の立雛。散らかった木屑のひんやりした匂いとの取り合わせがよい。

春風や僧に貰ひし子の名前 別府市 渡辺小枝子
神楽坂小店ばかりの春浅し 東京 松嶋光秋
襖絵の山紫水明春炬燵 奈良 中川潤二
若き日の満洲恋し黄砂降る 川口市 狩野睦子
食卓に旅のカタログ春を待つ 平塚市 森本富美子
子猫出てくるよ箪笥のすきまから 池田市 黒木淳子
デージーや色鉛筆の十二色 神戸市 田代真一
白梅や雨の中へと郵便夫 鹿児島市 大島正晴
春隣歯科医の次の予約して 津市 田中亜紀子
靴あふれおり古寺の雛飾り 小林市 市來義輝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年3月21日

◎ 鷹峯月の切先冴返る 吹田市 末岡たかし
【軽舟先生評】本阿弥光悦が工房を構えた洛北の鷹峯か。鋭い筆致が光悦の美意識にも通じるようだ。

○ ほほづゑつく肘に毛玉や二月尽 東京 木村史子
【軽舟先生評】毛玉まで言ったのがよい。頬杖ばかりついていた冬が終わり、春の光が作者に呼びかける。

春浅しコピー配りて早春賦 秋田市 鈴木華奈子
大空へのぼる烟や放哉忌 東京 東賢三郎
バスのりばタクシーのりば名残雪 一宮市 渡辺邦晴
遅き日や四条大橋混み合へる 大阪 池田壽夫
初蝶やFM局の電波塔 鈴鹿市 岩口已年
教室に活けてありけり桃の花 尼崎市 松井博介
春夕焼風に煽られバスを待つ 我孫子市 加藤裕子
節分の門灯あはく点りけり 福岡市 礒邉孝子
アルバムに探る来し方夕永し 茅野市 植村一雄
寒明けの鳩の声聞く朝かな 呉市 岩崎秀俊

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年3月14日

◎ さえざえと襟足さむき桜貝 津市 田山はじめ
【軽舟先生評】襟足に感じる春の寒さと汀に散らばる桜貝。その取り合わせが桜貝の色を引き立てる。

○ 雛壇の明かりのとどく畳かな 市原市 稲澤雷峯
【軽舟先生評】雛壇から少し目を逸らして雛祭の雰囲気を伝える。見慣れた畳が艶めいて見える。

朝東風や波音響く始発駅 藤沢市 田中修
手のひらにさくら貝あり失意あり豊橋市 河合清
吾も石もやさしくなりぬ春の雨 日高市 落合清子
駅裏の官舎目刺を焼く匂ひ 奈良市 上田秋霜
トーストにシナモン振つて春間近 彦根市 飯島白雪
切り離す暦の音も春隣 平塚市 藤森弘上
春しぐれ税務署までの道とほし さいたま市 田中久真
いとほしや稚児の洟〔すすばな〕春を待つ 高槻市 石田義男
梅咲きし庭先に出て歯をみがく 深谷市 酒井清次
草萌のはじまる風の匂かな 武蔵野市 渡辺一甫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年3月7日

◎ 新駅に広場東西春隣 二本松市 野里安のり
【軽舟先生評】東口にも西口にも駅前広場ができた。まだ店もまばらだが町がどう変わっていくのか楽しみ。

○ 春近しL二個ぶんの目玉焼 東京 木村史子
【軽舟先生評】朝食の目玉焼を作る。卵がLサイズでしかも二個というところに春を迎える気分がある。

雪の夜や吸取紙に残る文字 宗像市 梯寛
春立つやハノイの路上理髪店 横浜市 村上玲子
ふるみちの郵便局の雛かな 和歌山市 西山純子
塾の灯の残る寒夜の二階かな 流山市 小林紀彦
黒板に日直ふたり春隣 日高市 金澤高栄
寒梅や日向に人の集まり来 奈良市 渡部弘道
畦を焼く煙の中に父母の墓 明石市 小田慶喜
冬芽立つ女子大までの並木道 名古屋市 大島知津
窯出しの大鉢小鉢風光る 大津市 山本浩
蕗味噌や生涯抜けぬ国なまり 東京 猪股みず

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年2月29日

◎ 寒暁やシャッター上げる始発駅 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】「シャッター上げる」に臨場感がある。まだ真っ暗な空を見上げる作者の吐く息が白い。

○ 張り紙にギター教室梅早し 宇都宮市 大渕久幸
【軽舟先生評】粗末な張り紙ながら思わず身を乗り出した。春先は人の心を明るく前向きにするのだ。

遠ざかる子供の声や雪兎 松本市 太田明美
最高裁巌のごとく冬景色 東京 野上卓
菓子盆に菓子とりどりや冬座敷 東京 氣多恵子
冬晴や映画のロケの無人駅 鎌倉市 松崎靖弘
紅梅や盲導犬の去りし庭 名古屋市 鈴木幸絵
海見えて母病床に春を待つ 龍ケ崎市 白取せち
冴ゆる夜の空港にまた着陸機 福岡市 林〓
風光る運動場の時計台 東京 永井和子
粉雪や道頓堀の二人連れ 奈良 栗田秀子
寒波来る老いの独居は食べて寝て 堺市 野口康子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年2月22日

◎ 歯ブラシをくわえたとたん風邪心地 東京 野上卓
【軽舟先生評】ゾクッと悪寒に気づくのはなるほどこんなとき。日常生活の実感をさらりとすくい上げた。

○ スクラムに己突刺すラガーマン 名古屋市 山内基成
【軽舟先生評】スクラムを組むときの一人一人の動きは確かに「突刺す」だ。力強い写生になった。

兎罠示すリボンや〓の森 横浜市 村上玲子
鯛焼を食うて幕間の老いふたり 那須塩原市 谷口弘
犬が見えやがて人見え落葉径 町田市 枝澤聖文
白砂踏む音と松籟冬うらら 今治市 井門さつき
猟犬の傷を舐めては眠りけり 和歌山市 かじもと浩章
試着する鏡の中のシクラメン 調布市 佐藤悠紀子
膝かぶの囲める鏡開かな 秋田市 鈴木華奈子
着ぶくれて屋台に酒をこぼしけり 東大阪市 三村まさる
肩すぼめバス待つ人や寒雀 神戸市 川村充
番犬の役には立たず日向ぼこ 大牟田市 本田守親

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年2月16日

◎ 氷柱折り沸かすコーヒー避難小屋 東京 山口照男
【軽舟先生評】冬山の登山らしい。凍りついた稜線の風雪を逃れてほっとするひととき。

○ 咳きこんで肩胛骨を尖らする 国分寺市 越前春生
【軽舟先生評】つらそうに咳きこむ背中をさすってやる。若い頃見た結核患者の背中と重なって見えたか。

冬籠して雲呑を啜りけり 市原市 稲澤雷峯
工場の煙まつすぐ若菜摘む 岡山市 三好泥子
文机に祖父の筆筒日脚伸ぶ 横浜市 村上玲子
仕舞湯のまろき温もり雪催 名古屋市 山内基成
七草や朝餉のふたり老いふたり 四條畷市 植松徳延
縄文の顔の集まる夕焚火 久慈市 和城弘志
顔の泥拭へる騎手や冬木立 横浜市 宮本素子
戎笹さげて蕎麦屋の二階席 吹田市 坂口銀海
早逝の母の忌日や落椿 国分寺市 伊澤敬介
初座敷屯田兵の末として 苫小牧市 吉田京子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年2月8日

◎ 抱きついてマネキン運ぶ息白し 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】「抱きついて」がユーモラス。写生の目で街を歩けばこんな場面に出くわすこともあるのだ。

○ バーテンの鬢の剃り跡クリスマス 太宰府市 上村慶次
【軽舟先生評】もみあげを剃った跡が青々としている。鬢〔びん〕という古めかしい一語が現代に生かされた。

黄ばみたる夫の釣書寒すずめ 横浜市 村上玲子
赴任地へ夫を見送る四日かな 神戸市 松田薫
嚔や肩を寄せあふ喫煙所 名古屋市 山内基成
教会の椅子四人掛クリスマス さいたま市 大石誠
摩天楼見はるかす空初鴉 東京 四倉ハジメ
冬晴やぬた場すつかり乾きたる 大阪 池田壽夫
電球の切れたる廊下冬の月 彦根市 飯島白雪
中天の朝月うすき三日かな 姫路市 板谷繁
ポケットに押し込む希望冬銀河 長崎市 田中正和
ふる里や白鳥が来て母がゐて 桶川市 井上和枝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年2月1日

◎ 全身に朝の青空冬木の芽 宗像市 梯寛
【軽舟先生評】冷たくはりつめた青空に向かって、気持ちよく背筋を伸ばす。作者の心身の充実が伝わる。

○ 妻と居る窓の曇りや雪催 下関市 堤ひろお
【軽舟先生評】居間の温もりに窓が曇る。それが妻と二人で生きている証のようにも思われる。

宮仕へ最後の年の日記果つ 青森市 小山内豊彦
砂浜の足跡にふる冬の雨 奈良市 伊藤隆
冬深し柱の罅に蛾の卵 東京 望月清彦
行年や粗熱とれてマドレーヌ 東京 氣多恵子
星辰を天にちりばめ初電車 由利本荘市 松山蕗州
日だまりに一軒の家笹子鳴く 明石市 岩田英二
ポケットにトリスと句帳梅探る 名古屋市 可知豊親
湯気盛んなる大寒の中華街 神奈川 中島やさか
駄菓子屋がコンビニになる十二月 宍粟市 宗平圭司
着ぶくれて二十世紀の資本主義 宇都宮市 大渕久幸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年1月25日

◎ 読みさしの卓の朝刊暮早し 静岡市 生江八重子
【軽舟先生評】続きは後で読もうと家事に取りかかったら、もう日が暮れた。続きを読むのは寝る前か。

○ 煤逃げのパチンコ調子付いてをり 大阪市 佐竹三佳
【軽舟先生評】家の煤払を避けて外に出た退屈しのぎのパチンコが大当たり。日が暮れても帰るに帰れない。

船の灯は船の形にクリスマス 東大阪市 北埜裕巳
忘年や海の星座の瑞瑞し 市原市 稲澤雷峯
白妙の産着を干すや冬牡丹 山陽小野田市 平原廉清
渡り鳥仰ぎゐる間に舟の着く 可児市 金子嘉幸
ペン先は十四金や冬の星 鈴鹿市 岩口已年
餡パンで済ます師走の昼餉かな 米子市 永田富基子
板屋なる裸電球クリスマス 船橋市 村田敏行
吹かしをるピザ屋のバイク年の暮 横浜市 村上玲子
魚の目死して映せり冬の海 秋田市 西村靖孝
自転車に括るトロ箱年の暮 堺市 柞山敏樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年1月18日

◎ 冬ざれや一僕たりし古帽子 札幌市 村上紀夫
【軽舟先生評】ずっと人に使われて働いてきた。古帽子には自嘲とともにささやかな矜持も感じられる。

○ 枯園やアカペラの輪の女学生 大阪市 中岡草人
【軽舟先生評】伴奏もなく女声だけが美しい綾をなす。そこが枯園であることで若さがいっそうまばゆい。

心ここにあらずセーター編んでゐる 東京 喜納とし子
赤茶けし線路の小石冬の蝶 東京 神谷文子
捏ねをへし陶土一塊冬に入る 太宰府市 上村慶次
訴訟記録机上に積みてクリスマス 福岡市 三浦啓作
病院は年中無休冬灯 みやま市 紙田幻草
一合の酒ちびちびと鯨汁 神戸市 田代真一
足踏みに待つなり雪の停留所 秋田市 西村靖孝
冬至なり病院食に南瓜でて 可児市 羽貝昌夫
暁に仰ぐ明星秋気澄む 松山市 楠本武
朱欒〔ざぼん〕の黄映える朝日の庭先に 直方市 江本洋

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年1月11日

◎ 風花や同窓会の通知来る 我孫子市 加藤裕子
【軽舟先生評】なつかしさとかすかな戸惑い。風花の取り合わせから作者のそんな心情を想像する。

○ 山寒し手斧仕上げの太柱 神奈川 新井たか志
【軽舟先生評】山からしんしんと寒さが下りてくる。柱や梁の黒光りする旧家の長い冬籠りが始まる。

寒柝〔かんたく〕の去りて潮鳴り高まりぬ 銚子市 久保正司
旧交をあたためてゐる木の葉髪 周南市 木村しづを
後ろからセーターの肩小突かるる 水戸市 安方墨子
来客の多き一日や暖炉燃ゆ 豊中市 後藤慶子
レノン忌や冬の林檎を真二つ 宗像市 梯寛
掌にかをるハンドクリーム霜の花 横浜市 宮本素子
青空に風鳴る日なり枇杷咲きぬ 洲本市 小川吉祥子
年惜しむ駅北口の跨線橋 宇都宮市 大渕久幸
子守柿子熊は山に帰りしか 津市 田山はじめ
金星のきらめき出でし枯野かな 羽生市 小菅純一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2016年1月4日

◎ しぐるるや愛を求むる子猫の目 尼崎市 松井博介
【軽舟先生評】こう思うのは作者自身が愛を求めていたからではないか。濡れた子猫に自分の姿を見た。

○ 癌切つて冬日のごとき粥の味 宇佐市 安倍昭一郎
【軽舟先生評】胃潰瘍の夏目漱石は「膓に春滴るや粥の味」と詠んだ。どうも違うな、作者はそう思った。

船宿の船出払つて冬日出づ 日高市 佐藤隆夫
嫁がせて楽になりたる炬燵かな 松本市 太田明美
ぽんぽん蒸気島に初刷下しけり 府中市 天地わたる
荒縄の結び目の立つ雪囲ひ 国分寺市 越前春生
短日や世間話もせず帰る 鴨川市 冨川康雄
月高し外湯をめぐる下駄の音 神奈川 大久保武
口中の飴玉ぬくし枯野原 神戸市 松田薫
ホットミルク冷める早さや今朝の冬 宇部市 中村有爲子
忘れゆくことの幸せ鯨汁 大垣市 七種年男
工場を見下ろす丘も蜜柑山 防府市 倉重遥代

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年12月21日

◎ レノン忌や共に年取る同級生 日向市 内田遊木
【軽舟先生評】ジョン・レノンが凶弾に倒れたのは十二月八日。あれからもう三十五年が過ぎたのだ。

○ 機上より海を見てゐる開戦日 東京 吉田かずや
【軽舟先生評】遮る雲もなく海原が広がる。気づくと戦闘機のパイロットの視線になっている。

古本に押花のあり冬麗 東京 木村史子
表戸をかたかた鳴らし冬来る 新居浜市 正岡六衛
鴨撃ちて銃口にぶく光らしむ 常総市 前岡博
ラッパ吹くピエロ壊れて十三夜 彦根市 飯島白雪
着ぶくれて通り過ぎたり泉岳寺 神奈川 中島やさか
冬構庭に刈るもの括るもの つくば市 村越陽一
駅前の郵便局も松飾る 鈴鹿市 岩口已年
旅先の妻より電話神の留守 神戸市 森川勧
黒ぼくに並ぶ穴ぼこ大根引 岡山市 三好泥子
納屋の戸をギイと閉ざして冬構 下関市 堤ひろお

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年12月15日

◎ 靴を売る店の後ろの冬の海 大田市 森井晃一
【軽舟先生評】日本海に面した町の小景。背後にいきなり冬の海が広がることでシュールな印象が残る。

○ ネクタイをきつちり締めて冬に入る 東京 石川昇
【軽舟先生評】多くの職場がクールビズを十月末まで続けている。クールビズが終るとすぐに立冬だ。

落葉して森は淋しさ紛らはす 千葉市 畠山さとし
空艙のタンカー浮かび湾寒し 和歌山市 岬十三
腕組は楽な恰好冬日向 堺市 柞山敏樹
小春日の午後には乾く木のベンチ 金沢市 泉耿介
小春日や病癒ゆれば旅心 長崎市 田中正和
小春日や鳥の餌台出来上る 堺市 野口康子
寒月や留守居の母と長電話 横浜市 村上玲子
黄落や押し手も老いし車椅子 京都市 市川俊枝
二次会のイノダコーヒに秋惜しむ 京都市 小川舟治
二杯目はストレートなり冬来る 秋田市 鈴木華奈子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年12月7日

◎ めざす山展けし峠草の花 宇部市 谷藤弘子
【軽舟先生評】山道をひとしきり登ったところで見晴らしのよい稜線に出た。爽やかな風に汗が引く。

○ 小春日の道で拾ひしいい話 奈良 高尾山昭
【軽舟先生評】ばったり会った知り合いからいい話を聞いた。今度はそれを誰かに話したくてならない。

冬木立人は何かと淋しがり 可児市 金子嘉幸
落葉して落葉して森眠りけり 松原市 西田鏡子
野阜〔のづかさ〕に村の墓原女郎花 福岡市 三浦啓作
立冬やオートミールの陶の匙 小平市 土居ノ内寛子
メーターの並ぶ団地の寒さかな 別府市 渡辺小枝子
はじめての単身赴任冬支度 神戸市 松田薫
一代のめし屋ののれん花八手 門真市 田中たかし
待ちわびる往復書簡秋の庭 池田市 黒木淳子
父も禿げ子も禿げ朝のたき火かな 兵庫 石塚律子
喫茶店長居は無用秋日和 西尾市 岩瀬勇

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年11月30日

◎ 無精髭ほとほと白き夜業かな 名古屋市 山内基成
【軽舟先生評】艱難〔かんなん〕の末に霜が降りたように白くなった髪を歎じたのは中国の詩人杜甫。そして作者は……。

○ 明治草新幹線を仰ぎ見る 豊橋市 河合清
【軽舟先生評】明治草は帰化植物のヒメムカシヨモギ。鉄道草とも呼ばれ、鉄道史を見守ってきた。

ゆく秋や小石混じれる玩具箱 郡山市 佐藤祥子
枕火を姉と守りたる冬初め 奈良市 荒木かず枝
色鳥や社宅の庭の三輪車 大津市 若本輝子
冬銀河再び会ふはかなはぬと 東大阪市 西羅梢
一村の宴のあとの冬田かな 川口市 星野良一
手水舎の水あふれゐる十三夜 田辺市 川口修
谷底の犬の遠吠夜這星 船橋市 村田敏行
牛の値に弾む話や秋祭 にかほ市 細矢てつを
出張の居酒屋出でて月の影 茨木市 遠藤一鳥
夕寒し焼き芋売りののろのろと 秋田市 西村靖孝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年11月23日

◎ 威し銃谷をへだてて相撃てる 大村市 森宏二
【軽舟先生評】獣による畑の被害が絶えない。谷の向こうも同じらしい。静かな谷に銃声が谺する。

○ 冬隣蒸器のタオル湯気ゆたか 龍ケ崎市 井原仁子
【軽舟先生評】床屋の熱い蒸しタオルが湯気をあげる。確かにこんな時、もうすぐ冬だなと感じる。

銀河淡く天竜もただしづかなる 岡崎市 金田智行
待ち合はす橋のたもとや十三夜 東大阪市 北埜裕巳
本棚に琥珀の洋酒白秋忌 吹田市 末岡たかし
銀座とは名のみの通り鯛焼屋 亀山市 ふじわら紅沙
銀杏散る人生何といふはやさ 大阪市 永井経子
風船葛いち日雨に揺れやまず 町田市 枝澤聖文
無聊なり妻が剥きたる柿喰らふ 調布市 田中泰彦
さえざえと風澄みわたり十三夜 兵庫 櫻井雅恵
受付に木犀香る美術館 彦根市 飯島白雪
老猫が添ひ寝求めし夜寒かな 高槻市 山田すすむ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年11月16日

◎ 政治家もアナウンサーも赤い羽根 横浜市 大西三恵子
【軽舟先生評】テレビを見ていて、ああ、もう赤い羽根の季節かと気づく。そんな気づき方もあってよい。

○ 村中が見えて柿もぐ梯子かな 大垣市 七種年男
【軽舟先生評】澄み渡った空の下、視界をさえぎるビルもない。収穫の喜びが晴れ晴れと詠われている。

軍艇の舳先鋭角冬に入る 太宰府市 上村慶次
夕刊の差しある戸口柿紅葉 横浜市 宮本素子
白秋の日を照り返すガスタンク 稲沢市 杉山一三
霧に消ゆ砦も町も教会も 西宮市 大谷睦雄
発電機屋台に唸り秋祭 市原市 稲澤雷峯
ロケ隊のバスの去りたる花野かな 東京 吉竹純
秋風の窓のひとつに手を振りぬ 東京 石川黎
鬼灯やランタン揺るる洋食屋 吹田市 坂口銀海
そぞろ寒雨に打たれし万国旗 宮崎市 吉原波路
行秋の山門もなき谷戸の寺 鎌倉市 松崎靖弘

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年11月10日

◎ 父宛の母の恋文十三夜 下関市 小林知吉
【軽舟先生評】妻の恋文をずっと大事にしまっていたのだ。作者には父の意外な一面だったのではないか。

○ 燈火親し晩酌の酔ひ醒めてより 神奈川 中島やさか
【軽舟先生評】ひと眠りして酔いが醒めたら今度は読書だ。秋の夜長をたっぷり楽しむ暮らしぶり。

黄落や鹿角掛くる銃器店 亀山市 ふじわら紅沙
点すほど山霧ふかし巡視道 名古屋市 山内基成
廃業のクリーニング店小鳥来る 岡崎市 矢野久造
電車よりバスに乗りたき柿日和 白井市 毘舎利愛子
稲刈機降り信号の釦押す 日高市 金澤高栄
啄木鳥に寡黙の幹が応へをり 青梅市 中村和男
生涯を名刺無き身の夜学かな 出水市 清水昌子
高台に移りし母校小鳥来る 交野市 近田弘子
身に入むやオペ室前のパイプ椅子 鯖江市 大森弘美
ぬるま湯の半身浴や残る虫 金沢市 泉耿介

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年11月2日

◎ 夜勤終へ霧笛の町に帰りけり 富山市 藤島光一
【軽舟先生評】労働の哀感にあふれた一句。霧の立ちこめた明け方の家路に港から汽笛が響いた。

○ もつさりと裏山暮れぬ秋の蝉 東京 木内百合子
【軽舟先生評】「もつさりと」が山に対してユニークな形容。ぱっとしない地味な裏山だが親しみがあるのだ。

水澄みて午後の校外授業かな さいたま市 根岸青子
金閣に金の鳳凰秋高し 伊丹市 山地美智子
無人駅おりて砂利道虫しぐれ 奈良市 坪内香文
帰宅してすぐに作業衣大根蒔く 西都市 子安美和子
牧師館暗き灯ともす秋の暮 和歌山市 岬十三
がちやがちやや一戸灯れる峠口 大分市 首藤勝二
石膏像デッサン窓の秋日濃し 市原市 稲澤雷峯
名月や心ほぐれし酒二合 尼崎市 松井博介
マシュマロを紅茶に浮かべ秋深し 我孫子市 加藤裕子
美術館出れば目眩む秋の昼 防府市 倉重洋二郎

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年10月26日

◎ 母と子に木犀匂ふ家裁かな 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】例えば子の親権を争う離婚訴訟。木犀を匂わせたのは作者の優しさだろう。

○ 大皿に秋果を盛りて家族葬 奈良市 荒木かず枝
【軽舟先生評】参列を断る家族葬が随分増えてきた。家族ごとに故人にふさわしいやり方があるのだろう。

棍棒を舟にのこして鮭運ぶ さいたま市 田中久真
西鶴忌天ぷら油首に跳ね 松本市 太田明美
草の花きのふのやうにけふも生き 青森市 小山内豊彦
年寄りを寂しくさせてちちろ鳴く 入間市 大矢勲
月の雨猫の足跡濡れ縁に 恵那市 春日井文康
駅裏の屋台に月見コップ酒 神戸市 田代真一
もず日和コロッケ揚げただけ売れる 一宮市 渡辺邦晴
名月やビジネス街の日曜日 東京 永島忠
グレービーボートのカレーいわし雲 静岡 吉岡千春
星月夜G線上のアリア聞く 清瀬市 飯塚幸彦

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年10月19日

◎ 校正は肩凝る仕事地虫鳴く 東京 野上卓
【軽舟先生評】私たちが書物を読めるのも校正者の苦労のおかげ。季語のせいか活版印刷の雰囲気がある。

○ 背なの子が手に靴をもつ秋出水 羽曳野市 鎌田武
【軽舟先生評】テレビ俳句かもしれないが臨場感たっぷり。親子の様子に作者は胸を打たれたのだろう。

乾きたる出水の芥よりちちろ 仙台市 小林水明
放生会鳩は巣箱に戻りけり 大阪 池田壽夫
風にのり風をのりつぎ秋の蝶 奈良市 坪内香文
自治会の守る名水萩の花 横浜市 宮本素子
電柱の無き空広し鰯雲 日南市 宮田隆雄
雨やみて朝もやの道竹の春 上野原市 小俣一雄
秋の夜や燗をしつかり灘の酒 明石市 岩田英二
早稲の香の湖国のかくれ仏かな 大阪市 吉長道代
英和辞典最後はZZZ秋灯下 龍ケ崎市 清水正浩
秋風の待合室や小海線 三鷹市 土居靖隆

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年10月12日

◎ 駐在の定年近し韮の花 秋田市 神成石男
【軽舟先生評】田舎の駐在所を一人で守ってきたのだろう。韮の白くつつましい花が駐在の人柄を伝える。

○ 霧が霧押す教会の鐘幽か 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】「霧が霧押す」の表現に迫力がある。自然の荒々しさと敬虔な信仰の対照が効いている。

仰向けに空を見てゐる子規忌かな 東京 木村史子
秋暁の工業団地道広き 鈴鹿市 岩口已年
盛塩に夜の帳や新酒酌む 太宰府市 上村慶次
実家より移す本籍渡り鳥 福島市 清野幸男
空高し脚で操る象遣ひ 東京 山口照男
蟋蟀やちらりほらりと馴染客 東京 松岡正治
稲刈ると雲は平らにひろがりぬ 津市 田山はじめ
金風や名士の祝辞長かりし さいたま市 田中久真
ちちろ鳴く明日は妻と釣に行く 北九州市 小倉康弘
稲の花田川の水面ひかり増す 鳥栖市 重松石削

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年10月5日

◎ 月光に鉄道草の絮〔わた〕青し 豊橋市 河合清
【軽舟先生評】鉄道草はヒメムカシヨモギ。帰化植物の広がる風景が月光の下で幻想的に見える。

○ それぞれの子を呼ぶ母や芒原 東大阪市 北埜裕巳
【軽舟先生評】なぜか子のいない母、母のいない子に思いを誘われる。芒原の広がりのせいか。

鉦たたき稿の遅れを急かすなり 福岡市 三浦啓作
軽トラの集ふ村民体育祭 熊本市 寺崎久美子
バスの客女ばかりや稲雀 東京 木内百合子
新涼や草のにほひの和蝋燭 郡山市 佐藤祥子
棗〔なつめ〕の実つまむ少女の手の細き 東大阪市 三村まさる
湯の町の銀座すぐ尽く花芙蓉 東京 喜納とし子
檣頭〔しょうとう〕に月の出でたり志賀島 宗像市 梯寛
少年にささやかな夢ばつた跳ぶ 玉野市 松本真麻
校庭は猫の近道夏休み 四国中央市 近藤実
萩こぼる谷中の長き築地塀 さいたま市 佐々木力

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年9月28日

◎ 角曲るとき振返る日傘かな 和歌山市 かじもと浩章
【軽舟先生評】角を曲るまで作者が見送っていることも、日傘の女性が振返ることも、互いにわかっている。

○ 連絡先書いて退職爽やかに 仙台市 小林水明
【軽舟先生評】職場に未練があるわけではない。気持ちは晴れ晴れと人生の次の舞台に向かっている。

母の髪束ねて細し花芙蓉 龍ケ崎市 白取せち
秋の日や大聖堂に車椅子 東京 松岡正治
鰯雲荒縄まるめ鍬洗ふ 国分寺市 越前春生
スナックの小型テレビの残暑かな 横浜市 村上玲子
アインシュタイン永久に舌出す夜学かな 大阪市 山田喜美
鶏頭や靴洗ひをる男の子 和歌山市 西山純子
川霧にわが家の灯うるみをり 鹿嶋市 津田正義
昼食はカップラーメン秋近し 奈良市 坪内香文
青林檎少女かじりし跡残し 彦根市 飯島白雪
氏神の夏の落葉を焚きにけり 唐津市 梶山守

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年9月21日

◎ 男等は北洋にあり大根蒔く 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】男等は北洋漁業に勤(いそ)しむ。女等はその間に畑仕事をする。銚子の人々の暮らしぶりを思う。

○ 処女作の小さき破綻黒葡萄 東京 木村史子
【軽舟先生評】小説だろうか。その破綻は書き損じではなく、作者の心の奥底から出た必然だったと思わせる。

攻窯の火の粉止みたる星月夜 茅ケ崎市 清水呑舟
楽団の真白きチューバ涼新た 名古屋市 大島知津
校庭の樟の大樹や終戦日 別府市 渡辺小枝子
つくねんと座したる祖父や盆の月 秋田市 鈴木華奈子
山の端に月車椅子たたみたる 東京 海棠あき
稲咲くやバス北上のまつしぐら 福島市 清野幸男
優曇華や百科辞典のうすぼこり 東京 神谷文子
東京へ帰る子送り盆の月 神戸市 田代真一
ご詠歌の鈴の遅速や地蔵盆 奈良 栗田ひでこ
学生寮窓に灯残る夜長かな 彦根市 松本勝幸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年9月15日

◎ 木の枝に残るブランコ休暇果つ 神奈川 中島やさか
【軽舟先生評】山荘の庭の手作りのブランコ。子どもたちの歓声を思い出すように風に揺れ続ける。

○ 詰め物に新聞丸め敗戦日 平塚市 藤森弘上
【軽舟先生評】荷造りの隙間に古新聞を丸めて詰める。七十年を経て平凡な日常になった敗戦日の小景。

花火見る一人に広き二階かな 稲沢市 杉山一三
炎天につけ雨につけ整備員 川口市 平山繁寿
緑陰につばさ休めて一輪車 霧島市 久野茂樹
駅弁の蓋の飯粒秋高し 太宰府市 上村慶次
鰻屋の階段けはし一位の実 福岡市 三浦啓作
バンダナに包む弁当小鳥来る 松本市 太田明美
ラーメンに胡椒効かせて秋暑し 玉野市 松本真麻
色街の庇寄せ合ふ大暑かな 奈良市 斎藤利明
夕涼し鳶の舞ひをる伊良湖崎 名古屋市 浅井清比古
幼子の真似て西瓜を叩きけり 鴨川市 冨川康雄

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年9月7日

◎ これまでとこれからと夏暁の空 稲沢市 杉山一三
【軽舟先生評】誰しもこんな気持ちで空を仰ぐ転機がある。作者はもうこれからのことを見据えている。

○ 盂蘭盆の陸〔くが〕打つ波の谺かな 吹田市 末岡たかし
【軽舟先生評】生者が死者を迎える行事の背景をなす自然を雄渾に描いた。切字が朗々と響く。

盆仕度整ひし部屋灯し置く 銚子市 久保正司
朝涼や神棚高き醤蔵 奈良市 斎藤利明
ひとり来て故山の墓を洗ひをり 常総市 前岡博
新涼の耳掻き耳になじみける 由利本荘市 松山蕗州
廃校の壁の校章晩夏光 豊中市 亀岡和子
蜑小屋の裸電球夏果つる 太宰府市 上村慶次
この風の先に教会青芒 北本市 萩原行博
物干しに真白きタオル秋茜 東京 山崎八津子
猛暑日の夜半も火照る足の裏 神奈川 笠原浩二
脛出して麦藁帽子甲子園 鳥栖市 重松石削

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年8月31日

◎ 桃冷ゆるまで水切りを子と競ふ 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】渓流に桃を冷やし、河原の石で水切りをする。思い出に残る夏休みになることだろう。

○ 遠雷やばたばた閉づる土産店 周南市 河村弘
【軽舟先生評】これは夕立になるぞ。観光客そっちのけでいっせいに店先を片付ける様子がおかしい。

古賀政男忌なり楽器屋通り灼け 牛久市 清水秋生
ぐいのみの火襷愛でつ冷奴 入間市 松井史子
老人の大きな夢や雲の峰 奈良市 坪内香文
夏空や旅の三日はすぐ終はる 奈良市 梅本幸子
裏返す秋の団扇の白さかな 鴻巣市 荻野道宏
教会の鐘のひびける日傘かな 宗像市 梯寛
秋澄むや旅の朝餉の銀食器 つくば市 村越陽一
秋風や十歩あゆめば十歩暮る 松原市 西田鏡子
灼くる道灼くる車の蜒蜒と 大阪 池田壽夫
腹這ひになりて本読む夏休 松阪市 松岡信一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年8月24日

◎ 酔芙蓉今生の紅つくしけり 別府市 藤岡田鶴子
【軽舟先生評】咲き初めは白く次第に紅になって萎(しぼ)む酔芙蓉の花。それは一人の女性の人生のようでもある。

○ 米国に戦後はあらず原爆忌 香取市 嶋田武夫
【軽舟先生評】戦後七十年。自らは戦地となることなく戦争を繰返す米国とは戦後の意味が違うのだ。

蟻の列中国株の暴落す 大阪市 佐竹三佳
サングラス監視カメラを睨〔ね〕めかへす 名古屋市 山内基成
福分けの平包みなり庭涼し 豊中市 後藤慶子
拘置所の点呼の笛や百日紅 太宰府市 上村慶次
妻あての軍事郵便晒しあり 銚子市 久保正司
リヤカーを曳く坂道や蝉時雨 豊橋市 野副昭二
抽斗のリコーダー吹く残暑かな 鈴鹿市 岩口已年
雨止みて沢蟹庭を這つてをり 奈良 岩田まさこ
はまなすや故郷の浜に泣きに来し 富山市 藤島光一
膝丈の簡単服の母素足 八王子市 八王子石虎

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年8月18日

◎ 梅雨明けて任地に夫を訪ねけり 横浜市 村上玲子
【軽舟先生評】単身赴任先の夫を訪ねるのだろう。早くもその土地になじんだ夫の姿がまぶしく見える。

○ 風涼し始業のラジオ体操に 亀山市 ふじわら紅沙
【軽舟先生評】始業前の工場か。中庭に揃ってラジオ体操をする。なつかしく健やかな職場風景だ。

吾亦紅泣いてすむこと何もなし 宇佐市 安倍昭一郎
夕刊に雨の匂ひや半夏生 東京 喜納とし子
カーテンを繰れば炎昼しずかなり 春日市 林田久子
新聞を広げ爪切る大暑かな 東京 野上卓
青竹の切り口匂う半夏雨 静岡市 牧田春雄
ペンキ絵の富士に向かひて髪洗ふ 東京 石川黎
人台に仮縫の服梅雨上る 別府市 渡辺小枝子
デイケアの妻を迎へんさくらんぼ 宇都宮市 中尾硫苦
心配を掛くる親無し夏燕 日田市 豊田直也
遊園地はげたペンキに夏の蝶 彦根市 飯島里湖

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年8月10日

◎ 原発の万丈の壁てんと虫 名古屋市 山内基成
【軽舟先生評】てんと虫に聳える壁は、廃炉までの途方もない歳月のよう。それでも攀(よ)じ登るしかない。

○ 籐椅子の凹みや父の夢の跡 東京 東賢三郎
【軽舟先生評】父が愛用した籐椅子。今は作者が身をゆだね、父の見た夢の先を紡いでいるのだろう。

眠さうな母を寝かせて月見草 龍ケ崎市 白取せち
新聞の肱にひつつく暑さかな 東京 山口照男
小説の明治は遠く鴎外忌 神戸市 森川勧
妻といふ女ありけり枇杷の種 宇都宮市 大渕久幸
少年のミサに遅れし靴白し 大村市 森宏二
花火終へ小さな浜に戻りけり 松原市 西田鏡子
操車場あと夕風の姫女苑 吹田市 末岡たかし
旅先の床屋に入る夏神楽 東京 藤沢弘樹
理容院都合四日の盆休 札幌市 村上紀夫
迷子札見せる迷子や夏祭 長岡市 柳村光寛

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年8月3日

◎ 先頭を行く蟻見たし蟻の列 大村市 森宏二
【軽舟先生評】そう言えば蟻の列の先頭というものを見たことがない。どんな面構えで列を率いているのか。

○ 畳にて目覚し鳴れる帰省かな 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】ふだんはベッドで暮らしているのだろう。畳の上で鳴る目覚し時計に帰省の実感がある。

紫陽花や明るき声に雨上る 吹田市 坂口銀海
ひまはりの直立不動無人駅 山口市 池岡火帆
梅雨寒や人それぞれの通勤着 東京 石川昇
上手い話信じぬ母と麦茶飲む 清瀬市 峠谷清広
蓮の花五重塔を遥かにす 東京 永島忠
紫陽花や受話器の向かう雨が降る 東京 紫野春
川沿ひのマンション群や行々子 多賀城市 矢崎英敏
掛け直す額の賞状夏座敷 鴨川市 冨川康雄
風薫る湖の木陰の古き椅子 京都 千賀壱郎
静かなる年金暮らし単帯 飯能市 野村茂子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年7月27日

◎ 蟻地獄年寄り顔を寄せゐたり 市原市 稲澤雷峯
【軽舟先生評】老人が蟻地獄を覗きこんでいる。何人かが顔を寄せ合って覗きこんでいるようでもある。

○ 甲斐性なき男サングラスが似合ふ 日向市 内田遊木
【軽舟先生評】気障な出で立ちの様になる男。甲斐性なしだとわかっていても放っておけないらしい。

明易しノートにペンを放りだす 小田原市 村場十五
廃鉱の島の瓦礫や雲の峰 明石市 久保勲
遠雷や妻の手術の日の決まる 山陽小野田市 平原廉清
紫陽花や予報通りに雨の音 水戸市 安方墨子
紫陽花や坂道多き陶の町 京都市 小川舟治
炎天や岸壁に寄る油槽船 明石市 岩田英二
列島の天気晴朗昭和の日 四国中央市 近藤実
緑蔭や図書館前の木のベンチ 藤沢市 青木敏行
沈んだつてかまはないんだ浮いてこい 羽曳野市 北山史人
暇人の昼の銭湯夏柳 東京 樋口ふさ子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年7月20日

◎ 夕暮は忘却の色桐の花 日高市 落合清子
【軽舟先生評】一日のすべてを忘れ去るように夕空が色を深める。暮れ残る桐の花がひときわなつかしい。

○ 有平棒廻り始める朝曇 仙台市 小林水明
【軽舟先生評】床屋の有平棒が廻り始めると、静かな商店街も少し活気づく。今日も暑い一日になりそう。

昼顔や木橋朽ちたる村境 新居浜市 正岡六衛
警策の僧羅〔うすもの〕をからげ立つ 大牟田市 山口正男
お師さんを迎ふる水を打ちにけり 奈良市 荒木かず枝
父の日や日記三行あれば足る 香芝市 矢野達生
あぢさゐを活けてひばりの忌を修す 小平市 土居ノ内寛子
打ち水や夫婦の守る鮮魚店 調布市 佐藤悠紀子
網戸入れ夫亡きあとのひとりの身 宮崎市 十河三和子
らつきようも梅も漬け終へ映画見に 東京 松崎夏子
束の間に暮れゆく空や合歓の花 那珂市 小宅進
唸る波玄界灘の梅雨けむり 八王子市 堀青子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年7月14日

◎ 湘子の沖草田男の沖炎天下 松原市 西田鏡子
【軽舟先生評】「愛されずして沖遠く泳ぐなり」「玫瑰や今も沖には未来あり」、そして作者の見つめる沖。

○ 風鈴もうつらうつらの音色かな 坂戸市 浅野安司
【軽舟先生評】真夏の昼下り。ときどき思い出したように風鈴が鳴る。もちろん作者もうつらうつら。

蒸し暑し裸電球土間照らす 宇治市 原智夫
黒南風や灯りて暗き喫煙所 東京 尾上恵子
船笛は太く短く鴎外忌 東京 吉田かずや
足で足こすり洗ふや早女房〔さにょうぼう〕 亀山市 ふじわら紅沙
父の日や兄にたづねし父の夢 香取市 数合信也
花を買ふための外出や梅雨最中 日向市 内田遊木
梅雨寒の明るきものに妻のこゑ 水戸市 安方墨子
甲高き香具師の口上梅雨晴間 東村山市 岡崎多加之
五月雨やたつた一人の映画館 下関市 堤宏夫
ねそべりし犬の鼻先石たたき 京都市 橋口清人

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年7月6日

◎ 日盛や街蚕食の駐車場 東京 木内百合子
【軽舟先生評】空家や空店舗が壊されると駐車場になる。街を食い荒らすような蚕食の比喩が真に迫る。

○ 雑巾のやうな野良猫さみだるる 玉野市 松本真麻
【軽舟先生評】「襤褸(ぼろ)切れのよう」では慣用句。雑巾として作者自身の目が感じられた。抱いて帰ったか。

手を掛けてひとりの昼餉若葉雨 神奈川 中島やさか
紫陽花や癒えたる妻の薄化粧 茅ケ崎市 清水呑舟
小綬鶏の声そこここに売家あり 須賀川市 木村繁子
蟻曳くや立て直しては蝶の翅 国分寺市 越前春生
浜木綿や廃船にある羅針盤 和泉市 白井恭郎
泣きやまぬ赤子抱きて夕薄暑 入間市 中村恵子
ひきがへるチニハタラケバカドガタツ 川越市 峰尾雅彦
晩春や世間に生きて切手買ふ 調布市 田中泰彦
青嵐迦陵頻伽も跳ぶ構へ 福岡市 後藤啓之
縁側によき風来たり胡瓜もみ 下妻市 神郡貢

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年6月29日

◎ 葉桜や献血車より菜つ葉服 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】菜つ葉服とは労働者の作業服。昼休みにでも立ち寄ったか。その生き方を応援したい。

○ 寂しいか片陰の猫腹へつたか 東京 四倉ハジメ
【軽舟先生評】片陰の猫に呼びかける。気が付くとそれは自分自身への呼びかけになっている。

水打つて女将遠くの空眺む 東大阪市 三村まさる
一円玉ひかる蛙の目借時 ひたちなか市 衛藤稚春
神職の脚立に立ちて実梅〓ぐ 大阪市 井上敦子
川舟の櫓臍きしみて夕薄暑 大田市 森井晃一
紫陽花や午前の小雨午後の晴 周南市 河村弘
時の日やきのふの録画早送り 東京 永井和子
とほくより雨匂ひ来る網戸かな 町田市 枝澤聖文
沖をゆく漁船一隻夏つばめ 青森市 小山内豊彦
法事終へタクシーを待つ白日傘 舞鶴市 秋山よし子
ベビーカー木蔭に寄せる薄暑かな 静岡 小池秀子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年6月22日

◎ いつの間に同じ飴色竹夫人 八王子市 間渕昭次
【軽舟先生評】新しい竹夫人がいつの間にか古い竹夫人と同じ飴色。歳月はいつの間にか過ぎてゆく。

○ 空蝉や少年脱皮くりかへす 和歌山市 かじもと浩章
【軽舟先生評】会うたびに大人びて作者を驚かす少年。蝉の残した殻を見て、ふとその少年を思い出した。

水中花蝶くることを信じをり 東京 金子文子
風薫るサスペンダーのY字の背 東京 木村史子
ほろほろと男泣く酒夏灯 白井市 毘舎利道弘
終電の出れば灯を消す天使魚 東京 野上卓
どんたくや蝙蝠傘を腕に掛け 福岡市 三浦啓作
囀りや洋菓子の名のややこしく 大阪市 中岡草人
墓の名の一人は朱文字桐の花 川越市 益子さとし
岬宮の幣白々と夏に入る 藤沢市 関口あつ子
漫然と卯の花腐しひと夜聞く 土浦市 大和田豪
飛行灯ひとつまぎれて星涼し 宇都宮市 中尾硫苦

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年6月16日

◎ 日本はどこへ行くのか蟻の道 羽曳野市 豊田裕世
【軽舟先生評】行く先がわからないから不安が募る。蟻の列をじっと見ていると、自分もその一匹のよう。

○ 子雀をしきりに呼ぶや親雀 松阪市 山中ひろし
【軽舟先生評】まだ飛ぶ力の弱い子雀か。作者自身の子育ての昔を思い出して、ふいに目頭が熱くなる。

立葵嗤〔わら〕ふ奴には嗤はせて 熊本市 寺崎久美子
子の汗を拭ふ沖縄復帰の日 名古屋市 大島知津
すだ椎の小暗き樹下や鳥の恋 東京 神谷文子
雨迫る早暁の山ほととぎす 奈良市 渡部弘道
薫風や女主人のほつれ髪 埼玉 町田節子
小皿にはくぎ煮遺影の妻と酌む 奈良 中川潤二
隠沼〔こもりぬ〕はすでに影濃し夏来る 岡崎市 金田智行
自転車を肩でこぎたり青嵐 秋田市 鈴木華奈子
日時計の影が移れるリラの花 堺市 志賀克毅
新緑や地学の時間雲母見る 東大阪市 西羅梢

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年6月8日

◎ 地下街も雨の匂ひや桜桃忌 玉野市 松本真麻
【軽舟先生評】太宰治が玉川上水で心中したのは六月十三日。梅雨時の鬱陶しさが地下街にも立ちこめる。

○ 夏場所や額に分くる藍暖簾 東京 木内百合子
【軽舟先生評】人物は力士ではなく作者自身と読んでよいだろう。本場所で賑わう両国あたりの料理屋か。

鏡落ち砕け散りたり春の空 稲沢市 杉山一三
玉苗にすがる井守の腹赤し 津市 本多一
鬱の手にかなぶん這はせ妻若し 奈良市 荒木かず枝
母の日や花屋も吾も母の無き 流山市 小林紀彦
老農の仕草間〔ま〕鈍〔のろ〕し麦の秋 常総市 前岡博
夕薄暑仕出弁当匂ひけり 入間市 松井史子
先生も髪さつぱりと更衣 由利本荘市 松山蕗州
春蚊出て話の腰を折られけり 周南市 木村しづを
降り止まぬ柿の花また庭を掃く 厚木市 石井修
通り抜け禁止の札やつばくらめ 神戸市 三浦皓子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年6月1日

◎ 麦秋やボヤより帰る消防車 東大阪市 北埜裕巳
【軽舟先生評】野次馬も集まって田舎町は一時騒然。幸いボヤで済み、何もなかったように日常が戻る。

○ 梅雨寒や酒場に本を忘れたる 吹田市 坂口銀海
【軽舟先生評】酒場で一人本を読みふけるのが愉しみ。少し飲み過ぎたか、家に帰ったら鞄に本がない。

風薫る空へ空へと観覧車 愛西市 坂元二男
初蝶や仕立て下ろしのソフト帽 水戸市 安方墨子
つばくろやのこぎり屋根をかすめとぶ 東京 喜納とし子
終演の上野の森の新樹かな 松本市 太田明美
居酒屋にいつもの灯り走り梅雨 米子市 杉原徹勇
音読の声重なれり青嶺立つ 東村山市 竹内恵美
夕暮れの街角に立つ夏近し 上野原市 小俣一雄
三食を筍飯で通したり 昭島市 宮下龍巳
遠目にもカラーの白し新社員 東京 尾上恵子
啓蟄や一人二人と畑に出づ 一関市 佐藤泉

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年5月25日

◎ リラ冷や連休明けの時計台 神戸市 田代真一
【軽舟先生評】札幌の時計台だろう。ゴールデンウィークの賑わいも去り、ふだんの街の表情になった。

○ 花水木手を挙げ妻に応へたり 水戸市 安方墨子
【軽舟先生評】街中で妻に出くわした。先に気づいた妻に夫が応える。挙げた手に気づくと照れくさい。

降下するヘリの風圧樺の花 大阪市 佐竹三佳
風やんで新樹明るき日暮かな 羽生市 小菅純一
今生の残花に風雨容赦なく みやま市 紙田幻草
関山や道白くして遅ざくら 枚方市 竹内昭夫
雀隠れスコップの土洗ひけり 八王子市 田谷敬子
朝五時のニュース清しやゆり匂ふ 鈴鹿市 岩口已年
木苺の花や川瀬に稚魚の群 市原市 稲澤雷峯
羅〔うすもの〕や汀に寄する朝の波 福岡市 三浦啓作
小さき子ととことん遊ぶ端午の日 川口市 平山繁寿
寅さんの全話見終はり春さびし 東京 藤沢弘樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年5月18日

◎ タクシーの嫌がる坂や菜種梅雨 一宮市 渡辺邦晴
【軽舟先生評】作者の家に向かう坂なのだろう。「タクシーの嫌がる」で狭く急な坂道が目に浮かぶ。

○ 藤咲くや鄙に嫁ぎし京女 長崎市 田中正和
【軽舟先生評】田舎に嫁に行っても都で身に着いた振る舞いにはどこか華がある。藤の花が似つかわしい。

女房とふたりの夕餉蜆汁 神戸市 森川勧
荷風忌や沓脱石にハイヒール 東京 氣多恵子
流れゆく落花の下の緋鯉かな 東京 今泉忠芳
花を買ふ男ひとりの春の夜 奈良市 佐々木元嗣
腥き畦の煙や竹の秋 洲本市 小川吉祥子
寺町の辻のスナック竹の秋 秋田市 神成石男
峠への一本道や夕蛙 明石市 岩田英二
肝心なときに出ぬ名や葱坊主 平塚市 藤森弘上
春の雨羽のあるもの皆休む 周南市 藤井香子
群衆の誰かが犯人鳥曇り 清瀬市 峠谷清広

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年5月11日

◎ 母の日のさざ波ひかる忘れ潮 吹田市 末岡たかし
【軽舟先生評】磯に残った潮だまり。風が吹いてさざ波が立つ。母への思いを投影したなつかしい叙景。

○ 島を出ることが遠足船速し 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】島の小学校の遠足である。港を出て速度を上げる船に目を輝かす子どもたちがいる。

桜蘂降る振り向かず俯かず 神奈川 中島やさか
八千草に雨やはらかき弥生かな 豊中市 亀岡和子
柏餅息子の顔も忘れたり 大和市 千葉喜久子
栄転の先も窓際四月馬鹿 藤沢市 田中修
放哉と井泉水と冷し酒 東京 東賢三郎
絎台〔くけだい〕にひねもす母や沈丁花 名古屋市 山内基成
春風や打解け顔の饅頭屋 東京 橘田麻伊
戦争を好む政治家草矢打つ 宮城 藤井儀和
本堂に一筋の香冴返る 青森市 〓野達男
春の海母を偲びてまどろみぬ 平塚市 原道雄

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年5月4日

◎ 廃船の深き吃水水母寄る 和歌山市 岬十三
【軽舟先生評】繋留されたまま長く放置されているのだろう。「深き吃水」に船の嘆きが聞こえるようだ。

○ 退りつつ使ふ塵取遅桜 東京 木内百合子
【軽舟先生評】「退りつつ使ふ」が的確な写生。晩春の庭のたたずまいが目に浮かぶ。

草川の橋の眺めや春夕焼 千葉市 新原藍
囀りや公園の木々名札下ぐ 水戸市 安方墨子
背表紙の傷みし字引花の雨 姫路市 板谷繁
リラ冷えを老に残して雨上る 可児市 金子嘉幸
屋根替や村に川音高鳴りて 富士宮市 渡邉春生
結界の石の冷たし山桜 奈良市 荒木かず枝
何を捨て何を残すや兼好忌 下関市 石田健
花筵にも自ら上座あり 銚子市 久保正司
花の雨食べ終へし子の走りをり 東京 中嶋憲武
うららかな日差しの中で猫眠る 東京 佐藤千帆

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年4月28日

◎ 奈良漬に添へし旅信や春の雲 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】奈良の旅か、楽しそうだな。奈良漬をかじりながら、作者も旅に出たくなっている。

○ 八重桜国内線に乗り替へる 宍粟市 宗平圭司
【軽舟先生評】海外から成田空港に着き、国内線に乗り替えて帰途に着く。八重桜の咲く日本がなつかしい。

啓蟄や畳の下の新聞紙 行田市 新井圭三
長梯子下る庭師の手に古巣 国分寺市 越前春生
明日送る小さき荷物や夕桜 東京 上川畑裕文
うららかや自転車で来て畑を打つ 奈良市 梅本幸子
との曇る岬に卯波きりもなし 松江市 曽田薊艸
白樺の淡き木立や木の芽雨 奈良 高尾山昭
茶碗酒眼下に花の蔵王堂 奈良市 上田秋霜
万馬券当てて桜は二分咲きに 調布市 田中泰彦
うぐひすや日の当りたる古墳群 今治市 井門さつき
近道の線路づたひや甘茶寺 大阪市 城山小代子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年4月20日

◎ 苗木植うスコップの肩強く踏み 仙台市 小林水明
【軽舟先生評】立派に育てよ。スコップの肩をぐっと踏む力に作者の願いも籠められているようだ。

○ 幸せか幸せだつたか椿落つ 松原市 西田鏡子
【軽舟先生評】今は幸せか、これまでは幸せだったか、畳み掛ける自問に読者も思わず自分を省みる。

文旦や滄波隔つる桜島 福岡市 三浦啓作
社友誌に同期の訃見る鳥曇 高萩市 小林紀彦
峠越ゆ次の峠に霞立ち 姫路市 板谷繁
子が吹けば爺が目で追ひ石鹸玉 藤沢市 田中修
病室にハンガー二本春の雪 別府市 渡辺小枝子
風光るハモニカ捜す小抽斗 米子市 永田富基子
惜春や旅の一日すぐ終る 由利本荘市 松山蕗州
燕来る無人の駅の切符箱 大牟田市 山口正男
裏町の古屋こぼたれうららけし 大阪市 井上敦子
折畳椅子ひとつある春野かな 高槻市 東谷直司

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年4月14日

◎ 夜桜や老妻にして手をつなぐ 東京 小暮惠三
【軽舟先生評】「老妻と手をつなぐ」では甘い。「老妻にして」の言い回しに含羞と慈しみがある。

○ 街朧売りたる実家その先に 龍ケ崎市 白取せち
【軽舟先生評】この先にあるとわかっていても行くのはためらわれる。思い出は思い出のままがよい。

足裏のふれし板の間春隣 入間市 安原勝広
うららかや花にそれぞれ花言葉 香芝市 矢野達生
青白き夜の塾生沈丁花 名古屋市 鈴木幸絵
鮭汁の今朝の鹹さや多喜二の忌 水戸市 安方墨子
雨の日のひとりはさみし風信子 日向市 内田遊木
一片の雲もなき空春愁 秋田市 鈴木華奈子
畑返す老いの一振り狂ひなし 兵庫 井上節夫
風荒の坂難儀なる虚子忌なり 小田原市 村場十五
啓蟄やこもりて好きな本を読む 新発田市 佐藤昌子
閉鎖せし工場の門春愁 茨城 石川昌利

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年4月6日

◎ 城壁の中の学校山桜 西都市 子安美和子
【軽舟先生評】明治の御一新の後、郷土の優秀な人材を送り出そうと設立された名門校が目に浮かぶ。

○ 韃靼の蹄の音や霾〔よな〕ぐもり 国分寺市 伊澤敬介
【軽舟先生評】黄沙の降る空を仰ぎ、遥かな黄土地帯を駆け抜けた騎馬民族の馬蹄の響きに思いを馳せる。

掛軸の桃源郷も霞かな 大阪 池田壽夫
二月堂三月堂と青き踏む 銚子市 久保正司
家計簿に挟む半券夕永し 周南市 藤井香子
かき揚げに蕎麦つゆ染みて春寒し 東京 種谷良二
啓蟄や浪人生の無精髯 東大阪市 北埜裕巳
遠くから響く鐘の音風信子 我孫子市 加藤裕子
日が替はりラジオを切れば春の雨 鈴鹿市 岩口已年
目測で計る樹高や春祭 秋田市 嶋田由紀夫
春愁や明け方にみる父の夢 熊本市 寺崎久美子
桃咲くや草に埋れし遊女塚 岡崎市 矢野久造

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年3月30日

◎ 大空も海も暮れきる放哉忌 東京 東賢三郎
【軽舟先生評】尾崎放哉が小豆島の寺の庵で死んだのは四月七日。「暮れきる」にその人生が暗示される。

○ 囀〔さえずり〕に明けては暮るるケアハウス 大阪狭山市 江草純子
【軽舟先生評】単調に見える老人施設の生活にも季節は確かに巡るのだ。自然に随順した穏やかな余生。

眼鏡打つ雪解雫や〓〔ぶな〕の道 東京 山口照男
分校の閉校式や花の雨 東大阪市 三村まさる
梅日和法事済ませて散り散りに 牛久市 中村栄子
誰とでも分け隔てなく春の月 宇都宮市 大渕久幸
初恋の人は年上桃の花 岡山市 三好泥子
引鴨のまだ見えてをり夕茜 加賀市 正藤宗郎
病む心春のひかりは誰にでも 貝塚市 山口尚子
何するにあらねど老に日脚のぶ 観音寺市 清水正子
草間より昇りし雲雀昇り切る 糸島市 古賀浩一
白粥のひと口づつや笹子鳴く 東京 海棠あき

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年3月23日

◎ 春潮や全島さたうきびの波 長岡京市 みつきみすず
【軽舟先生評】句またがりの大らかな調べから砂糖黍畑と珊瑚礁の海を目の当たりにした感動が伝わる。

○ 赴任地の最終勤務木の根開く 一宮市 渡辺邦晴
【軽舟先生評】雪国の根雪がゆるみ始めた矢先の辞令。この土地への愛着と次の赴任地への期待が交錯する。

しづしづと硝子曇りて春の雪 東京 吉竹純
黒板に雨ニモマケズ卒業す 久慈市 和城弘志
ふらここやひつそり逝きしコメディアン 川越市 峰尾雅彦
春浅し木に登れる子登らぬ子 佐倉市 戸塚伊昫雄
ラーメンに列なす人や鳥雲に 北本市 萩原行博
竹やぶを抜け無住寺の寒椿 奈良市 石田昇己
竹林に射し込む夕日春浅し 東大阪市 北埜裕巳
探梅やポケットに指冷えてをり 鯖江市 木津和典
薪を割る男の背中雪催〔ゆきもよい〕 ひたちなか市 衛藤稚春
生欠伸妻に移りて春隣 防府市 江山豊

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年3月16日

◎ 浮かれ猫月の裏より現れし 可児市 金子嘉幸
【軽舟先生評】陋巷(ろうこう)に大きな月が昇る。その月の裏から現れたようだとは恋猫の浮かれようを捉えて痛快だ。

○ 春隣米を研ぐ手に水ほぐる 宇治市 原智夫
【軽舟先生評】米を研ぐうちに冷たい水がほぐれてくる。毎日繰り返す営みにふと春も近いと感じたのだ。

習作のスケッチの束春の星 東京 木村史子
血の色の小さき寒灯カテドラル 水戸市 安方墨子
音のなき雨や翁忌嵐雪忌 洲本市 小川吉祥子
三椏〔みつまた〕の花や蕎麦屋の白襷 松本市 太田明美
寒の雨郵便局の灯は点り 我孫子市 加藤裕子
潮溜りひとつひとつに風光る 京都市 石川かおり
探梅の水辺薬莢拾ひけり 市原市 稲澤雷峯
強東風〔つよごち〕や潮入川の波荒き 水戸市 安達とよ子
玄関に腰を下ろして春を待つ 砂川市 光安澄子
春の空爆音低く聞こえける 所沢市 水口進

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年3月9日

◎ 日めくりをめくる楽しさ日脚伸ぶ 苫小牧市 吉田京子
【軽舟先生評】寒さは厳しくても日が伸びれば気分は明るくなる。楽しみな予定が近づくなら尚更。

○ 暗算のはやき母なり鳥雲に 横浜市 村上玲子
【軽舟先生評】年老いても暗算だけは早い。算盤を使って商売をしていたか。母の生涯が背景に広がるよう。

水仙や昂ぶりやまぬ海の紺 周南市 河村弘
冴返る男ばかりの喫煙所 神奈川 中島やさか
東尋坊大寒の波駈け登る 吹田市 竹岡江見
もつきりをたのむ小上り春の雪 入間市 松井史子
闘士たりし眉も霜置く冬帽子 高崎市 猿渡道子
呼べばすぐ来るタクシーや春隣 青森市 小山内豊彦
日向ぼこ膝に顎乗せ爪を切る 愛知 平松桂
鶴引くや高みに長き棹なして 出水市 清水昌子
ストーブの上に鍋おき子守する 近江八幡市 満嶋かおり
ばらの芽や経済学の厚き本 調布市 万木一幹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年3月2日

◎ 生コンのホース波打つ二月かな 川口市 狩野睦子
【軽舟先生評】風流韻事だけが俳句の素材ではない。殺風景な建築現場に春の訪れを力強く捉えた一句。

○ 母子寮の窓ふくよかに梅匂ふ 常総市 前岡博
【軽舟先生評】それぞれの事情を抱えて入居している母と子どもたち。梅の香りは作者のやさしさの現れだ。

バレンタインデーもぐらの土のほつこりと 船橋市 小澤光世
妣の国の篝火見ゆる寒茜 所沢市 山本泥牛
ボート屋の腰伸ばしをり春隣 東京 野上卓
雪もいいものだ本読み手紙書き 東京 喜納とし子
少年は雨に走らず冬木の芽 大阪市 佐竹三佳
駅そばの海老天小さし冬の暮 堺市 野口康子
足踏みしバスを待つ子の息白し 下野市 和田正
曳き売りの花烏賊捌く路地の奥 鎌倉市 鳥飼伊知郎
寒鯉や妻の旧姓武田なり 大東市 川口寿通
有明の月白くして霜の花 山陽小野田市 平原廉清

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年2月23日

◎ 冬濤の顎引いて立ち上がりけり 東京 望月清彦
【軽舟先生評】「顎(あご)引いて」は擬人化だが、確かに見たという手応えがある。写生の目が利いているのだ。

○ 関帝の蝋燭赤し春の雪 姫路市 板谷繁
【軽舟先生評】三国志の英雄関羽を祀る廟。中華街の派手な色彩に春の雪が似合う。春節の賑わいも近いか。

死はこはく生はさみしき老の冬 いわき市 坂本玄々
絨毯の赤きロビーや多喜二の忌 大阪市 中岡草人
折紙の裏は真白し春炬燵 平塚市 藤森弘上
雪晴や卒塔婆に止まる大鴉 和泉市 白井恭郎
下町に裁縫教へ針供養 藤沢市 杉野子太郎
牛乳とあんぱん一つ帰り花 宇都宮市 大渕久幸
寒すずめ砂浴びをして飛び立ちぬ 神奈川 大久保武
冬日中犬の毛を梳く少女かな 吹田市 三島あきこ
風花やいやがる犬を丸洗ひ 福島 金成幸枝
寒梅に今朝気づきたり厨窓 相模原市 真田ふさえ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年2月16日

◎ 冬銀河すでに夜明を感じをり 大田市 森井晃一
【軽舟先生評】揺るぎない暗闇にも夜明が近い気配は感じられる。真冬の銀河が大きく息をするようだ。

○ 国老いて嵩む借金雪下し 水戸市 安方墨子
【軽舟先生評】「国老いて嵩む借金」は偽りない日本の姿。何くそという気持ちを込めて屋根の雪を下ろす。

石削〔はつ〕る鑿の火花の寒さかな 龍ケ崎市 清水正浩
雪晴やたたみて小さき妻の傘 神戸市 田代真一
一月の風の群がる夕べかな 愛西市 坂元二男
ゴムタイヤ潰〔へしや〕ぐリアカー蕗の薹 鈴鹿市 岩口已年
尼寺に赤子の育つ冬の蝶 国分寺市 越前春生
道化師は帽子の手入日脚伸ぶ 入間市 中村恵子
涸川を渡りて町へ酒買ひに 羽生市 小菅純一
不忍の鴨帰るなりうすぐもり 東京 小暮恵三
冬の夜やシェイクスピアのラジオ劇 神戸市 松田薫
冬うらら手押し車に腰をかけ 和歌山 馬谷富貴子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年2月10日

◎ 大寒や白馬の如き波がしら 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】雄勁(ゆうけい)な比喩だ。寒気を轟かせ、まるで鬣(たてがみ)をなびかせた白馬のように颯爽と波頭が寄せる。

○ 凩や電車賃にもならぬ利子 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】駅前の銀行で定期預金の記帳でもしたところか。「電車賃にもならぬ」の具体性に実感あり。

枯菊や犬にやさしき男の手 水戸市 安方墨子
日だまりの椅子を離れぬ冬の蜂 明石市 岩田英二
樹氷林ケーブルカーは碧空へ 鈴鹿市 岩口已年
カーテンに遊ぶ鳥影七日粥 生駒市 山村修
長寿とはめでたきことか冬の蜂 長崎市 田中正和
日向ぼこ巨艦のごとき母なりし 大津市 西村千鶴子
又別の雲来て遊ぶ桃の花 沼津市 堀野一郎
雨あとの空は縹〔はなだ〕になづな粥 吹田市 末岡たかし
途中からマフラー腰に巻く散歩 奈良市 岸野春子
保育所へ急ぐ母子の耳袋 三木市 磯田信

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年2月2日

◎ 非正規も正規も同期おでん酒 名取市 里村直
【軽舟先生評】正社員、契約社員、嘱託社員、派遣社員…。身分は違っても同期入社、現代の職場風景だ。

○ 声掛けて配る区報や冬木の芽 松本市 太田明美
【軽舟先生評】一人暮らしの老人の見守りを兼ねて区報を配る。地域を良くしたい思いが季語に表れた。

風花や餌台の鳥の入れ替り 岸和田市 岩田公子
漂白す仕事納のマグカップ 東京 木村史子
湖近き観音堂へ霜の道 大阪市 吉長道代
松籟を聞く砂浜の寒さかな 藤枝市 山村昌宏
缶詰をぱかんと開けて開戦日 逗子市 若杉小兵衛
空青く海青き丘冬たんぽぽ いわき市 坂本玄々
初雪やカフェの重たきマグカップ 横浜市 村上玲子
数へ日の窓磨きつつ空見つつ 秋田市 鈴木華奈子
がたがたと雨戸を開けて開戦日 神奈川 藤堂次郎
初詣拍手強く父となる 羽曳野市 豊田裕世

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年1月26日

◎ 地球儀の七つの海やクリスマス 東京 木村史子
【軽舟先生評】大航海時代に思いを馳せ、人種も風土も違う世界中の人々とともにクリスマスを祝う。

○ 天領の紙漉小屋の軒高し 藤枝市 山村昌宏
【軽舟先生評】昔ながらの製法で和紙を漉(す)く。「軒高し」という構えに天領の矜持(きょうじ)が示されているようだ。

地下酒場長靴の雪落としけり 奈良市 荒木かず枝
茎の石猫の墓石となりにけり みよし市 稲垣長
鯛焼の箱しなしなと終電車 吹田市 坂口銀海
灯を返す肉屋の鏡大晦日 小平市 十居ノ内寛子
雀きて家居しづかな師走かな 東京 喜納とし子
煮魚の血合がうまし冬の暮 周南市 藤井香子
裏川の水神様や葱洗ふ 神奈川 新井たか志
硝子器の木端微塵の寒気かな 東京 東賢三郎
中古車に金のモールや空つ風 東京 氣多恵子
大空を鶏鳴わたる冬至かな 吹田市 末岡たかし

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年1月19日

◎ 遊説の声の奔〔はし〕れり冬田道 つくば市 村越陽一
【軽舟先生評】選挙カーのウグイス嬢が人気(ひとけ)のない冬田の中でも連呼を惜しまない。選挙戦もいよいよ終盤。

○ リビングが夫の書斎や室の花 日高市 滝秀子
【軽舟先生評】書斎のない夫が最近はリビングで何やら熱心に勉強している。それを見守る妻の視線がよい。

越して来し隣家に赤子春隣 東京 吉田かずや
眠る子に薄きまぶたや雪催〔ゆきもよい〕 周南市 藤井香子
綿虫のわつと町内案内図 水戸市 安方墨子
傘借りて外湯めぐりや夕しぐれ 和歌山市 かじもと浩章
暖炉燃ゆ山のホテルの読書室 松本市 太田明美
女傘借りて僧立つ村時雨 千葉市 畠山さとし
大白鳥翔ちて日の出の連山へ 前橋市 吉藤青楊
沖合に残る明るさ片時雨 大分市 松田紀子
顔見世のかへりの道や鰊蕎麦 京都市 土井令子
年金の暮し身につき年用意 八千代市 高橋みち子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年1月12日

◎ 映りたきものを拒まず冬の水 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】すべてのものを克明に映す冬の水。草田男の「冬の水一枝の影も欺かず」とはまた別の切口。

○ 冬の雨映画一本見て帰る 大阪 池田壽夫
【軽舟先生評】寒々とした雨の帰り道。それでも心の中は今見た映画の印象で温もっている。

宇陀口の小鍛冶の打てる鼬罠 津市 本多一
鯨来るすべて投げ出したくなる夜 熊本市 寺崎久美子
寒夜なり箸割つて待つ駅の蕎麦 松本市 太田明美
寒昴葉書と酒を買ひに出る 鈴鹿市 岩口巳年
焼芋や市場の角に椅子二つ 常陸大宮市 笹沼實
犬のこゑ噛みついてくる寒夜かな 松原市 西田鏡子
家路の灯年末賞与明細書 東京 木村史子
正面の富士暮れゆける暖炉かな 小田原市 守屋まち
初雪や深きカップのミルクティー 名古屋市 大島知津
夜焚火にベテルギウスの火を加ふ さいたま市 齋藤正美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2015年1月5日

◎ 凩や父に似てきし咳払ひ 京都市 小川舟治
【軽舟先生評】年をとるにつれて子は親に似てくるもの。咳払いが似れば人柄まで父に似てきたと思われる。

○ 吾を待つ男の傘や近松忌 東京 木内百合子
【軽舟先生評】雨の中で自分を待つ男の姿が雑踏に見えた。近松忌を配して悲劇の予感が漂い始める。

一歩づつ音楽しみぬ冬の庭 明石市 小田慶喜
向き合ひて手話の二人や暖房車 東京 木村史子
マグカップ両手で包み雪の窓 秋田市 鈴木華奈子
八歳のときの傷なり鎌鼬〔かまいたち〕 福島市 今野美子
小春日や喪中葉書に返し文 島根 高橋多津子
母病んで父の遺影の冬日かな 流山市 小林紀彦
食初のあてこの白し春隣 奈良市 荒木かず枝
薪割るや森の中なるレストラン 羽生市 小菅純一
下町の隣は近し石蕗の花 川口市 渡邉しゅういち
村中で蒲団干したり叩いたり 北本市 萩原行博

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月22日

◎ 悴〔かじか〕めり目印の本胸に抱き 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】初対面の人との待ち合わせだ。期待とともに不安もある。改札口を出る人々を目で追う。

○ 鰭酒や口ついて出し褒め言葉 藤沢市 田中修
【軽舟先生評】河豚ちりに鰭(ひれ)酒ですっかり上機嫌。ふだんなら照れくさい褒め言葉もすんなり出る。

向うから日の当り来て落葉道 大阪 池田壽夫
ほつほつと灯る山裾雁の声 水戸市 安方墨子
しぐるるや古書肆の奥の深かりし 明石市 岩田英二
膝掛けのあるテラス席照紅葉 横浜市 村上玲子
墨をすり葉書十枚冬の雨 姫路市 板谷繁
スポーツ紙読める小春の喫茶店 東大阪市 細川満弘
古びたる啄木歌集返り花 さいたま市 大浦健
鵯〔ひよどり〕の鋭く鳴きて開戦日 逗子市 若杉小兵衛
地下街の込み合ふ十二月八日 神奈川 中島やさか
車積む巨船に高く鷹渡る 愛知 平松桂

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月14日

◎ 終電に間のある同士おでん酒 兵庫 小林恕水
【軽舟先生評】家の遠い仲間は先に帰った。腕時計をちらちら見ながら名残惜しくて熱燗をもう一本頼む。

○ 冬帽子離ればなれに海を見る近江八幡市 橋本重夫
【軽舟先生評】一緒に海を見に来たのだが、気づくと砂浜に散ってそれぞれの思いで沖を見つめている。

読み止しの詩集に葉書ラフランス 水戸市 安方墨子
着ぶくれて直談判に行くと言ふ 名古屋市 可知豊親
スパイスに遠き国の名秋深む 周南市 藤井香子
アトリエの明かりの漏るる夜長かな 名古屋市 大島知津
ミステリー佳境に入りぬ膝毛布 平塚市 藤森弘上
水澄むや妻と別れし人と飲む 鎌倉市 高橋暢
鉄棒の鉄の匂ひや冬来る 宇部市 中村有爲子
ペン皿に爪切りのあり一葉忌 篠山市 新家保子
寒月や塾の子二人ほたえ合ふ 堺市 成山清司
みそ汁に声もらしたり冬隣 秋田市 鈴木華奈子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月8日

◎ 七五三小さくなつた靴幾つ 沼津市 堀野一郎
【軽舟先生評】幼子の靴はあっという間に小さくなる。履けなくなった靴の数が成長の軌跡なのだ。

○ 年金をぱつぱと遣ふ小春かな 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】年金暮らしだからとしみったれるのは嫌。明日は明日、楽しく使って朗らかに生きよう。

木の実落つ待つ人のゐる倖せに 奈良市 渡部弘道
ルオーの黒ユトリロの白冬景色 いわき市 坂本玄々
秋高し画布に素描の船泊り 周南市 河村弘
しらじらと夜半のテレビのうそ寒き 常総市 前岡博
オペ室へ続く廊下や冬の朝 東村山市 竹内恵美
支へあふ梁に柱や冬構 横浜市 畠山洋二
小鳥来て明日になれば判る事 宇都宮市 大渕久幸
前山の影濃くありぬ落し水 神奈川 新井たか志
駅前の地方銀行落葉掃く 枚方市 松木元
室戸より欠席投句秋遍路 大阪 池田壽夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月1日

◎ 秋収め湯治宿より案内あり 四国中央市 近藤実
【軽舟先生評】湯治宿の常連客なのだろう。秋収めの頃を見計らって届く案内に思わず気持ちが動く。

○ 団栗や巣箱のやうな投句箱 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】投句箱など詠んでもつまらないものだが比喩で生きた。俳句が羽ばたいて巣立ちそう。

無灯貨車動きて月の操車場 稲沢市 杉山一三
頬に雪きららかなりきライブ果つ 滋賀 塚本深雪
噴煙の夜を磯に立ち鳳作忌 大阪市 中岡草人
冬麗の景色の中に母のゐる 鎌倉市 上杉次郎
夕時雨駐輪場に合羽着る 鈴鹿市 岩口巳年
金木犀咲いて万屋店じまひ 周南市 木村しづを
杣小屋にうたかたの夢冬の蜂 東大阪市 三村まさる
清張の文学講座秋日濃し 四日市市 四本知子
葛湯飲み胃を切りし腹温むる 和歌山市 岬十三
薄紅葉居眠りする子横にをり 埼玉 池垣陽子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月24日

◎ 老二人背戸に狸の餌を置く 藤沢市 杉野子太郎
【軽舟先生評】郊外の一戸建で静かに老後を過ごす夫婦か。ささやかな話題の一つに近所に現れる狸のことも。

○ 手相見の己が手さする夜寒かな 大垣市 大井公夫
【軽舟先生評】夜道で客を待つと手足が冷えてくることだろう。ウィットも利いた俗世のスケッチ。

病室の妻が手を振る十三夜 茅ケ崎市 清水呑舟
冬菊や妻なき部屋の桐箪笥 吹田市 坂口銀海
墓山を駅に見上ぐる小春かな 東京 木内百合子
惑星の自転公転冬隣 名古屋市 鈴木幸絵
稲子麿飛んで男の付け睫毛 水戸市 安方墨子
静かなる皆既月食ちちろ鳴く 四国中央市 近藤実
息吐いて終る体操草の花 龍ケ崎市 清水正浩
白芙蓉咲けば明るき雨の庭 神奈川 大久保武
熊楠のやうな親父や茸狩 札幌市 江田三峰
秋深し夢にしばしば父と母 ひたちなか市 道化稚春

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月17日

◎ 秋ともし子が珍しく素直なり 水戸市 島崎かおる
【軽舟先生評】子の素直さを怪訝(けげん)に思いながらやっぱりうれしい。親子の静かな時間を秋の灯が照らす。

○ ひとりには広すぎる部屋障子貼る 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】妻に先立たれた日々を暮らす部屋か。それでも昔と同じように季節が来れば障子を貼る。

校庭にオリーブの木や小鳥来る 横浜市 大西三恵子
種瓢〔たねふくべ〕をんなはひとり眉を画く 東京 四倉ハジメ
下請のその下請の夜業かな 横浜市 宮本素子
走る子に直情の血や秋の雲 千曲市 中村みき子
洋菓子の洋酒の香り秋深む 東京 松嶋光秋
木枯や山の祠に散る小銭 由利本荘市 松山蕗州
コーヒーに砂糖を足して冬隣 玉野市 松本真麻
かりがねや新聞ひらき爪を切る 東京 神谷文子
分譲の幟ばたばたねこじやらし 水戸市 安方墨子
タクシーに抜け道があり星月夜 大田市 森井晃一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月9日

◎ ポストまで行かむ文書く月今宵 宇部市 谷藤弘子
【軽舟先生評】中秋の名月。月明かりの夜道を歩きたくなった。そうだ、あの人に手紙を書いて出しに行こう。

○ 偕老の色違ひなる冬帽子 武蔵野市 相坂康
【軽舟先生評】偕老とは夫婦が仲良く年をとること。色違いの冬帽子は妻の手編みの毛糸帽かもしれない。

甲板にコック出てゐる良夜かな 吹田市 末岡たかし
山近き門前町や新豆腐 東京 喜納とし子
問ひ返す残る人生憂国忌 奈良市 上田秋霜
秋深し貼り紙古りし空店舗 京都市 丹治芳章
無住寺の雨戸朽ちたり金木犀 富士宮市 渡邉春生
灯下親し床屋のサインポールさへ 仙台市 小林水明
廃校にのこる大木鳥渡る  由利本荘市 松山蕗州
垣根にはおけらが鳴きてもらひ風呂 松阪市 山中ひろし
白萩や腰まで垂れて巫女の髪 福岡 松浦麻子
阪神が負けて早寝やそぞろ寒 大田市 森井晃一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月3日

◎ 豆多き母の赤飯小鳥来ぬ 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】久しぶりに食べた母の赤飯。この赤飯を食べた小さい頃の祝い事のあれこれが頭をよぎる。

○ 遠き日のままの家並み金木犀 奈良 高尾山昭
【軽舟先生評】寂れはしたが昔のままに変わらない家並み。金木犀の香りが遠き日の記憶を呼び覚ます。

宿坊の高き庇や草紅葉 八王子市 田谷敬子
道行に蝉静かなり村歌舞伎 青梅市 中村和男
振り返りまた振り返り露の墓 水戸市 安方墨子
顔みしり増ゆる散歩やななかまど 松本市 太田明美
両岸に竿の忙しき鯊〔はぜ〕日和 神戸市 森川勧
空爆に終る政治や曼珠沙華 京都市 新宮里栲
児が先に走りて待てる墓参かな 大和市 杉浦正章
鍋に湯のたぎれる釣瓶落としかな 東京 木内百合子
水澄みて人の心は直ぐ変はる 川口市 高橋さだ子
茄子つけて厨仕事の終りとす 滋賀 中村慶子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月27日

◎ 秋風や売物件の両隣 加古川市 西岡旅
【軽舟先生評】地方都市では今後めずらしくもないことになるのかもしれない。それにしても両隣とは……。

○ 邯鄲や端山に残る暁の星 青梅市 中村和男
【軽舟先生評】明け方に目が覚めて眠れなくなったか。こんなしみじみとした情景に出会えれば儲けもの。

霧の山下る熊笹膝に分け 水戸市 安方墨子
新涼の茶畑わたる夕鴉〔がらす〕 入間市 松井史子
篁〔たかむら〕に沈む夕日や冬初め 沼津市 堀野一郎
公園に競馬紙広ぐ秋暑し 藤沢市 青木敏行
雲走る湖岸の径〔みち〕や檀〔まゆみ〕の実 那須塩原市 谷口弘
せつかちに鳴る踏切や稲架襖〔はざぶすま〕 町田市 松本はな
暮の秋電車に映る姿老ゆ 藤沢市 杉野子太郎
白壁の小児病棟カンナ燃ゆ 加須市 野口勇一
鬱の字の二十九画蚯蚓〔みみず〕鳴く 川越市 益子さとし
入院のその後を聞かず秋の蝉 東京 野上卓

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月20日

◎ ベトナムに妻子残して夜学生 さいたま市 大石大
【軽舟先生評】昼は働き妻子に仕送りをする。グローバル化した現代の出稼ぎだとも言えるだろう。

○ 山の幸海の幸盛り月祀る 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】東日本大震災と原発事故から三年半。こうあってほしいという祈りも籠められているようだ。

みんみんや幻住庵の長い坂 大阪 北本迷愚
居待月棚引く雲の夜も白し 伊丹市 山地美智子
ハモニカの「麦と兵隊」敬老日 東京 吉田かずや
小鳥屋の跡地にすだく昼の虫 玉野市 松本真麻
秋耕に鳶の輪高き日和かな 大垣市 大井公夫
縁側の釘の緩みやちちろ虫 土浦市 小川智昭
後ろ手に閉める折戸や秋日傘 山口市 池岡火帆
雨去りし椰子の葉騒〔はざい〕や後の月 八王子市 秋山マキ子
一村の寝につくころや鉦叩〔かねたたき〕 所沢市 田川愼郎
浜木綿〔はまゆう〕や海に向ひて椅子ひとつ 延岡市 九鬼勉

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月13日

◎ 白髪を束ねて軽し十三夜 千葉市 新原藍
【軽舟先生評】なるほど黒髪より白髪のほうが軽そう。白髪の自分を受け容れた心やすさもあるに違いない。

○ さやけしや店先借りる野草展 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】鉢植えの山野草が商店街の店先を借りて並べられている。そこにだけ野の香りが立つようだ。

秋深し寡婦は小さき部屋に住む 藤沢市 杉野子太郎
校庭の隅の鉄棒木の実ふる 宮崎市 十河三和子
秋風や天守に鳶の笛高し 浜松市 北河覚
老いふたり二階から見る風の盆 豊橋市 河合清
市庁舎の展望ロビー秋日和 香芝市 矢野達生
鷹渡る大百姓の冠木門 水戸市 安方墨子
弁当の投げ売りさるる夜寒かな 大阪市 中岡草人
雨あとのポプラの葉擦れ涼新た 名古屋市 大島知津
吹きだまるはづれ馬券に時雨かな 東京 小林シゲ
夕暮れの手を洗ひをり法師蝉 横浜市 畠山洋二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月6日

◎ 夜学生神田須田町交差点 香取市 嶋田武夫
【軽舟先生評】駿河台から坂を下ると広い交差点に出る。この地名に作者の青春時代も重ねられているようだ。

○ 八朔の沖に新しオリオン座 津市 本多一
【軽舟先生評】オリオン座は冬の星座。八朔の頃なら夜更けに海から昇って来たか。新鮮な驚きが伝わる。

秋風やベンチの端の忘れもの 青森市 小山内豊彦
一人住む大きな家の秋の風 鎌倉市 上杉次郎
樫の実の降る夜や妻の死化粧 吹田市 坂口銀海
銀杏散る駅前食堂饂飩〔うどん〕喰ふ 鈴鹿市 岩口己年
大寺に雨上りたる芙蓉の実 奈良市 佐々木元嗣
岸壁の潮澄んでをり鰯雲 今治市 井門さつき
夕刊のバイクを待つや秋の風 春日市 林田久子
新涼や間口二間の骨董屋 神戸市 田代真一
木の橋は木の橋の音小鳥来る 松原市 西田鏡子
虫籠の雨に濡れをり新学期 埼玉 細淵勝子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月29日

◎ 百日紅暮れ残りつつ暮れてゆく いわき市 坂本玄々
【軽舟先生評】いかにも夕暮れ時の百日紅だと思う。美しい時間を惜しむ。しかしとどめることはできない。

○ 蟻の道蟻の国まで続きをり 国分寺市 越前春生
【軽舟先生評】総ての道はローマに通ず。けれども蟻の道は実直に蟻の国まで続く。寓話的なおもしろさ。

吾子にみるごま塩頭敗戦日 東京 金子文子
隧道のはざまの駅の星月夜 豊橋市 河合清
玉砕の島の熱砂に仏桑花 八尾市 高安春蘭
かなかなや山懐の登り窯 吹田市 三島あきこ
秋暑し風動かざる閻魔堂 和歌山 奥田瞳
長月や柱時計のねぢを巻く 東京 五十嵐ひとみ
丁寧に掃く行儀良く散る木槿 東京 井藤ひろみ
幕間の隣の席の秋扇 藤枝市 山村昌宏
鰯雲仰ぎ旅先定まらず 大阪市 森田光
さくさくと木を彫る音の涼しさよ さいたま市 大浦健

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月22日

◎ ポケットの外は教室雨蛙 霧島市 久野茂樹
【軽舟先生評】授業中もポケットの雨蛙が気になってまさぐる子ども。雨蛙から見た視点がユニークだ。

○ ボサノヴァのあはき旋律秋めけり 東京 木村史子
【軽舟先生評】「あはき旋律」と言われればボサノヴァは確かにそんな感じ。秋風の似合いそうな一句。

海渡る夕立見下ろす峠かな 大分市 首藤勝二
こすもすや館長のゐる休館日 日高市 金沢高栄
廃線の鉄路の先の星月夜 熊本市 寺崎久美子
工場の事務所に狭庭白式部 名古屋市 鈴木幸絵
偕老の影ゆらめくや霊迎 岡崎市 金田智行
営庭で見し富士同じ敗戦日 吹田市 葉山芳一
としよりの日のとしよりの独り言 みよし市 稲垣長
葛の花峠に残る悲話あまた つくば市 村越陽一
変はらずに咲く百日紅わが団地 千葉市 片山久
新涼や碁石置く音迷ひなし 入間市 中村恵子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月15日

◎ 子の好きな西瓜今年は帰らざる 明石市 小田慶喜
【軽舟先生評】都会暮らしでは大きな西瓜を買うこともない。帰省するといつもよろこんで齧りつくのだが。

○ 大方は手ぶらなりけり蟻の列 周南市 木村しづを
【軽舟先生評】そう言われてみればその通り。何のための列なのか。蟻の列にひもじさとやるせなさが走る。

仕事場へ向ふ人波原爆忌 堺市 柞山敏樹
抱きあげし子は夏草の匂ひせり 名古屋市 大島知津
厨窓あけて涼しき寝酒かな 仙台市 小林水明
金次郎像灼け土光敏夫の忌 牛久市 清水秋生
立秋や諸味の匂ふ煉瓦蔵 銚子市 久保正司
祭笛山の暮るるを待ちてをり 千曲市 中村みき子
秒数を数え雷鳴待つ子かな 水戸市 島崎かおる
いつまでも青田明るき日暮かな 羽生市 小菅純一
夏過ぎぬいつもの顔のいつもの目 春日部市 遠藤久美
草刈機小石を撥ねし音混じる 土浦市 小川智昭

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月8日

◎ 日に二便通ふバス待つ日傘かな 館林市 寺内和光
【軽舟先生評】どうしてもそのバスに乗って行かなければならない用事がある。日傘に意志が感じられる。

○ 草笛や日に三本の路線バス 東京 種谷良二
【軽舟先生評】急ぐ用事もないからのんびり行こう。季語の違いで前の句とこんなにも雰囲気が変わる。

朝刊のなき日は長し立葵 東京 喜納とし子
海境の夕日に母艦風死せり 三浦市 安田勝洋
風鈴や女性誌並ぶ貸本屋 横浜市 村上玲子
豆腐屋の布巾は真白秋立ちぬ 一宮市 渡辺邦晴
炎天のまつすぐな道ふりかへる 坂戸市 戸田九作
蝉時雨カーテンコール浴びるかに 周南市 藤井香子
夏草の戦ぐ更地や未だ売れず 調布市 田中泰彦
拝殿を風吹き抜くる涼しさよ みやま市 紙田幻草
梅雨明や爪切り心軽くせり 山梨市 浅川青磁
炎天や渡る人なき歩道橋 東京 石川昇

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月1日

◎ 見渡して出席簿閉づ秋の蝉 松本市 太田明美
【軽舟先生評】二学期最初の朝だろう。教壇から見渡す子どもたちの日焼した顔が頼もしい。

○ 真菰〔まこも〕刈真菰にすがり刈りすすむ 津市 山中はじめ
【軽舟先生評】小舟を操って真菰を刈る。足許のおぼつかない作業の様子が中七の描写で見えてくる。

水鶏〔くいな〕鳴く父の蔵書の不審紙 和歌山市 西山純子
遠雷や犬埋めし木の太りけり 奈良市 荒木かず枝
入道雲今日の興亡始まりぬ 可児市 金子嘉幸
星祭単身赴任終りけり 前橋市 河村葉子
長靴の田舎ぐらしや月見草 長野 矢島晩成
帰省駅待つ人のなく山河あり 調布市 佐藤悠紀子
蠅取リボン無理を承知の頼みごと 小平市 八木峰子
泰山木の花に雨霧濃く淡く 西宮市 大谷睦雄
腹這ひになれば涼しき畳かな 堺市 柞山敏樹
汁粉あたため遠泳の子らを待つ 埼玉 酒井忠正

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月25日

◎ 短夜や猫飼ひたしと妻の言ふ 藤沢市 杉野子太郎
【軽舟先生評】夏の夜更け、夫も目が覚めているのに気付いて妻がふと言う。二人きりになった夫婦の小景。

○ 時鳥遠き谺となりにけり 洲本市 小川吉祥子
【軽舟先生評】空を鳴き渡った時鳥の声がまだ遠い谺のようにかすかに聞こえる。時鳥の本情に適う一句。

捨て切れぬ夢白玉の茹で上る 別府市 渡辺小枝子
夏座敷山河の青き風通す 町田市 枝沢聖文
酒好きの不意の客あり冷奴 平塚市 森本富美子
緑陰や大き鳥籠吊るしある 東京 松嶋光秋
下駄箱の奥の暗闇原爆忌 上尾市 鈴木良二
豆腐屋の喇叭ちかづく土用かな 東京 永島忠
人気〔ひとけ〕なき簡裁の庭立葵 東京 永井和子
蝉の声しばし聞き入りペンを擱く 茨木市 赤畑博
無人駅トランクひとつ夏燕 東大阪市 三村まさる
夕虹をくぐり大漁船帰る 唐津市 吉田智美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月18日

◎ 風紋の青き砂丘や月涼し 奈良 高尾山昭
【軽舟先生評】砂丘が青いというのでは平凡。風紋が青いと言ったことで月明かりの砂丘が克明に描かれた。

○ 蟻の列つづくダーウィン進化論 周南市 藤井香子
【軽舟先生評】蜿蜒と続く蟻の列と進化論の二物衝撃。無言の蟻の列が進化の夢を見ているような気がした。

白南風に食堂〔じきどう〕広く開けにけり 福岡市 後藤啓之
夕凪や酒場に恋の流行歌 京都市 小川舟治
一人の灯消して一人の遠花火 茅ケ崎市 清水呑舟
西の空まだ明るくて月見草 いわき市 坂本玄々
路地裏の縁台将棋ところてん 芦屋市 大森敏光
青大将納屋に消えたりそれつきり 水戸市 安達とよ子
中国人かたまり歩く夜の秋 由利本荘市 松山蕗州
弟の門出の夕餉冷奴 芦屋市 水越久哉
兜虫二階の窓に飛礫なす 滋賀 塚本深雪
ガソリンを満タンにして雲の峰 熊本市 寺崎久美子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月10日

◎ 出口なき少年逃ぐる走馬灯 川越市 益子さとし
【軽舟先生評】走馬灯の少年の絵が廻る。それを見ていると自分の少年時代の心情がふいにかぶさってくる。

○ 上りつつ磨く手摺や百日紅 松本市 太田明美
【軽舟先生評】家の階段の手摺を雑巾で磨きながら上る。汗を拭い二階の窓から眺める百日紅のすこやかさ。

蟻地獄日輪白く濁りけり 八王子市 田谷敬子
三更の月に出て鳴く青葉木菟 和歌山市 かじもと浩章
梅雨寒や花袋全集傍らに 館林市 寺内和光
看護婦の来る楽しみも秋の昼 奈良市 佐々木元嗣
冷奴父の愚直に輪をかけて 周南市 木村しづを
恋愛の苦手な同士アイスティー 東京 遠藤米子
天井の高き広間に昼寝かな 羽生市 小菅やすし
炎昼や薬缶煤けし飯場跡 いわき市 鈴木潔
もち古りし母の手紙や木葉木菟 日高市 田辺和子
杉木立せまりて昏き鮎の宿 東京 村上勤

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月4日

◎ のぞき込む穴の深さや敗戦日 箕面市 山田加代子
【軽舟先生評】目の前にぽっかり口を開けた穴が戦争へ思いをいざなう。光と影の強い対照が印象に残る。

○ 静かなる行列の先泉汲む 座間市 北原久子
【軽舟先生評】おのおのタンクなどに汲んで帰るのだろう。泉の静けさが行列の人々にも伝わっているよう。

青梅の落つるがままの離村かな 奈良市 斎藤利明
梅雨寒や男ひとりの灯を点す 国分寺市 越前春生
ラムネ売将棋さしつつ客を待つ 大分市 首藤勝二
籐椅子を軋ませながら採点す 常総市 前岡博
家の灯の映る植田や夕近し 京都市 新宮里栲
山小屋の夕映ながき土用かな 八王子市 田谷敬子
早朝のからだ重たし行々子 龍ケ崎市 白取節子
仙人掌の花や場末のトリスバー 吹田市 坂口銀海
山の端の暮れ残りけり河鹿笛 つくば市 小口智英
梁太き納屋を住処や青大将 大津市 井深信男

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月28日

◎ 教室の窓開け放つ沖縄忌 名古屋市 大島知津
【軽舟先生評】沖縄の犠牲のもとに今の日本の平和があることを語り継ぐ。まばゆい光と風が沖縄を思わせる。

○ ネクタイ締め我も会社へ蟻の列 羽曳野市 二階堂武士
【軽舟先生評】玄関を出たら蟻の列に気づいた。俺も同じ働き蟻だな。苦笑しながら駅へ急ぐ。

紫陽花に夜の通勤電車かな 東京 神谷文子
処暑の風吹く黒松の御陵かな 奈良市 佐々木元嗣
夕端居旅の一日すぐ終はる 奈良市 梅本幸子
父の日や踵のへりし父の靴 東京 東賢三郎
蒸し暑き夏至曇天のまま暮れる 堺市 野口康子
軽トラが茅花流しに妻拾ふ 恵那市 春日井文康
籐敷きて自づと風の生まれけり 出雲市 久家和子
昼酒の肴はするめ太宰の忌 青森市 小山内豊彦
若鳥の声定まらず梅雨晴間 水戸市 島崎かおる
目印はダリアと聞きし角曲がる 所沢市 中野祐輔

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月21日

◎ 父の日や『氷島』初版など遺し 東京 吉竹純
【軽舟先生評】萩原朔太郎の『氷島』であるところがよい。父の望郷の念に思いを巡らすようでもある。

○ 古書店の主の顔も夜の秋 奈良市 佐々木元嗣
【軽舟先生評】狭い古書店のいちばん奥で本など読む主人。いつも通りの情景だが季節は少しずつ移ろう。

先づ箸の影があたりぬ冷奴 稲沢市 杉山一三
桜の実踏み通勤の人の列 前橋市 河村葉子
沢蟹や勝手知つたる岩のくぼ 大垣市 大井公夫
ががんぼやローカル線の夜の駅 京都市 小川舟治
遠泳のしんがりを待つ立泳ぎ 茅ケ崎市 清水呑舟
存分に鳴いて眠りぬ梅雨の犬 香芝市 福井信之
教会の薄き座ぶとん梅雨じめり さいたま市 大石大
孑孑〔ぼうふら〕や一つ覚えの立ち泳ぎ 香取市 嶋田武夫
派出所の女性警官水打てり 日高市 金沢高栄
庶民には庶民の匂ひ夏の草 近江八幡市 橋本重夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月14日

◎ 夕端居旅の話の続き聞く 奈良市 渡部弘道
【軽舟先生評】「続き」としたことで長旅だったことがうかがえる。夕空に異国の情景がぼんやりうかぶよう。

○ 卯の花や水溜りある通学路 千葉市 新原藍
【軽舟先生評】通学路とだけ言って子供たちの様子は読者の想像にまかせた句。卯の花がよく似合う。

大盛の漁師の飯や額の花 日南市 宮田隆雄
紫陽花や蕎麦屋に一つ奥座敷 東京 吉竹純
風鈴が迎える島の港かな 大分市 坪内勉
諳ずる円周率や行々子 須賀川市 木村繁子
フロントをベルに呼びたる夏炉かな 横浜市 宮本素子
トラクターの土が路上に初蛙 新潟市 小林一之
梅雨鯰捕りし小川もU字溝 福島市 今野美子
夕焼けにトタンの納屋の錆匂ふ 稲沢市 杉山一三
ぶらんこに尽きぬはなしや夜のふける 立川市 竹崎しずか
ほうたるや雨後の田川の薄濁り 水戸市 くろさわ遊

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月6日

◎ 埋め立ての遅れに遅れ行々子 藤沢市 田中修
【軽舟先生評】さまざまな利害の渦巻く人の世のもめごとをそ知らぬふりで葭切の声がけたたましく響く。

○ 履歴書を書きなほす夜秋近し 東京 原信一郎
【軽舟先生評】作者の年齢から推すに定年退職後の仕事探しらしい。まだまだ世の中の役には立つはずだと。

馬鈴薯の花や帰郷の妻送る 富士宮市 渡辺春生
梅雨晴間月一湾の隅に出づ 沼津市 堀野一郎
青簾間使〔まづかい〕欲しき夜なりけり 松本市 太田明美
板前の青き剃り跡初鰹 長野市 小林明男
出漁の船脚見ゆる青葉かな 三重 山本十代保
若楓湯殿に桶の音ひびく 由利本荘市 松山蕗州
紫陽花や小雨に昏るる池の端 豊中市 亀岡和子
薔薇園の洋館窓を開け放つ 東京 永島忠
鰹節かく音軽し生麦酒 三浦市 安田勝洋
風の夜の草づたひなる蛍かな 滋賀 塚本深雪

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月30日

◎ これからが正念場なり羽抜鶏 一宮市 渡辺邦晴
【軽舟先生評】作者自身の正念場なのだろう。その姿を羽抜鶏に重ねている。自嘲の中に決意は窺える。

○ 巣立鳥街の玩具屋閉店す 水戸市 安方墨子
【軽舟先生評】量販店に押され後継ぎもなく閉店。かつての子どもたちの夢と笑顔を呼び覚ますような季語だ。

打水に発ちたる蝶の戻りけり 東京 神谷文子
沖遠くまで花冷の波がしら 奈良市 伊藤隆
柔らかく鉛筆削る春夕焼 沼津市 堀野一郎
バスタブに泡掻き立つる白夜かな 小平市 土居ノ内寛子
国境峠上るや桐の花 福岡 石田耕
時の日や同時に二つ鳴る時計 枚方市 竹内昭夫
サイダーや人まばらなるカーフェリー 東京 秋山雅子
沙羅咲くや後姿の父と母 吹田市 三島あきこ
探幽の虎のつそりと今年竹 前橋市 河村葉子
筒鳥や鎖で辿る行者道 岸和田市 岩田公子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月23日

◎ 社史編纂室に風入れ蔦若葉 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】創業五十年か百年か。倉庫から運んできた埃まみれの資料に先輩たちの努力の軌跡をたどる。

○ つばくろも葉書も海を越えてくる 町田市 枝沢聖文
【軽舟先生評】海外から届いた絵葉書と軒に巣をかけた燕。普段通りの生活にふいに広い海が現れるよう。

小刀で削る鉛筆芙美子の忌 宇部市 阿部高麗子
訝しき店の構へや夕薄暑 川口市 平山繁寿
味失せしガムなほも噛み桜桃忌 玉野市 松本真麻
牛蛙夜の底より鳴きにけり 白井市 毘舎利愛子
枇杷熟れて切支丹墓地暮れなづむ 下関市 小林知吉
蛍狩少年の声まつすぐに 船橋市 小沢光世
間近より鶯のこゑ雨上る 奈良市 佐々木元嗣
脚細き茶房の椅子や蔦若葉 松本市 太田明美
みどり児の寝足りし瞳柿若葉 大分市 猪原アヤ子
桜貝少年の夢失はず 和歌山市 堀江和子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月16日

◎ 新薬の名前長しよ春の雲 周南市 藤井香子
【軽舟先生評】医者の説明に半信半疑ながらこの新薬に賭けてみようと思う。春の雲の取合せに希望がある。

○ 富士を見よ筑波を見よと揚雲雀 いわき市 坂本玄々
【軽舟先生評】西に富士、東に筑波がはっきり遠望できる。雲雀を通して関東平野の大景を称えているのだ。

晩涼やキューピー狙ふ空気銃 東京 気多恵子
流鏑馬の射手は少年風薫る 岡崎市 金田智行
町工場若葉の窓を開けつらね 川口市 狩野睦子
本棚に返す歳時記明易し 別府市 渡辺小枝子
白日傘くるくる回し妻の客 宍粟市 宗平圭司
店たたむ洋品店や鳥雲に 沼津市 堀野一郎
金庫室昭和の匂ひ春惜しむ 松阪市 奥俊
二人居の静けさにあり夕蛙 坂東市 林きよ子
菖蒲湯や末は博士か大臣か 横浜市 大西三恵子
重ね塗る油絵具や麦の秋 神戸市 松ケ崎恵子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月8日

◎ 憲法記念日樹影に靴を磨きけり 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】休日に玄関先で自分の靴を磨く。「樹影に」とした清々しさが平和への思いを感じさせる。

○ 染付の山水に汲む新茶かな 調布市 佐藤悠紀子
【軽舟先生評】呉須の藍一色で湯呑に描かれた山水。新茶を注ぐと家のまわりの新緑が映り込んだようだ。

すれ違ふ日傘と日傘立ち止まる さいたま市 大石大
豆飯や貸農園の日曜日 吹田市 葉山芳一
少年に少女気高し姫女苑 可児市 金子嘉幸
空家には空家の空気夏の草 坂戸市 浅野安司
花冷やまづ熱々のもつ煮込み 東京 種谷良二
藤棚を抜けきし風のなまぐさし 銚子市 久保正司
高楼の春を惜しむや遠眼鏡 岡崎市 金田智行
早苗饗の継ぎ当てしたる幟かな 久慈市 和城弘志
子雀に雨後の明るき日暮かな 小田原市 守屋まち
野良犬に潮騒絶えぬ薄暑哉 下妻市 神谷たくみ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月2日

◎ 船室に島の子の絵や夏近し 立川市 葛井早智子
【軽舟先生評】島の暮らしの足になっているフェリー。過疎や高齢化が進んでも子どもたちの絵は明るい。

○ チューリップみな太陽を向いてをり 奈良市 梅本幸子
【軽舟先生評】花壇に咲きそろったチューリップはまさにこの句の通り。童心に帰ったような素直さ。

夏めくや勝手口なる男下駄 東京 気多恵子
見えてゐて陽炎のバスまだ着かず 水戸市 安方墨子
古着屋に軍服売られ昭和の日 大阪市 中岡草人
研究室泊の娘明易し 大和市 杉浦正章
葉桜や寮歌にうたふ吉田山 香芝市 矢野達生
音もなく明るき雨や著莪の花 千葉市 笹沼郁夫
薫風や天守は蔀開け放ち 今治市 井門さつき
葉桜や暖簾をくぐり昼の酒 青森市 柳野達男
家中の物音鈍し春の風邪 箕面市 今林淡花
雛僧の大き眼鏡や栗の花 東京 喜多島啓子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月26日

◎ 花ちるや競馬場より肩車 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】ギャンブル好きは困ったものだが子煩悩な父親らしい。肩車の一語で親子の情を描いた。

○ 行く春や父の書棚の日記帳 四條畷市 植松徳延
【軽舟先生評】かなりの冊数の古びた日記帳が眼に見えるようだ。父の年齢になったら読んでみようか。

屋根へ抛る乳歯ひとつぶ蜂光る 川越市 益子さとし
出迎へのなき赴任地の桜かな 行田市 新井圭三
春闌くや近くに二軒売家札 京都市 北村峰月
仕立屋の採寸終へし薄暑かな 小平市 八木峰子
花は葉に雀の声のよく通る 岡崎市 金田智行
葉桜にはげしき雨の夜明かな 奈良市 佐々木元嗣
汲む水のカルキの匂ふ穀雨かな 名古屋市 鈴木幸絵
夕霞子を呼ぶ声の尖りけり 入間市 安原勝広
ぶらんこに嬰抱く母の腰かけて 伊万里市 田中秋子
竹皮を脱ぐやまだ無理きく体 長野 矢島晩成

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月19日

◎ 葉桜や父の蔵書のもう増えず さいたま市 根岸青子
【軽舟先生評】読書家だったのだろう。廊下にまで積み上がった本の数に困らされたことも今はなつかしい。

○ カーテンを引けば朝ありチューリップ 東京 今泉忠芳
【軽舟先生評】チューリップが咲いてまるで絵に描いたような朝の風景。「朝あり」がユニークな表現だ。

葱坊主言ふこときかぬ奴ばかり 奈良市 上田秋霜
単語帳握りふらここ揺りもせず 東京 望月清彦
咲き切つて怖いものなしチューリップ 米子市 永田富基子
牛筋のシチュウことこと養花天 札幌市 塩見俊一
爺さんが婆さん写す花の下 大阪市 吉長道代
鳥交るタクシーを待つ浦和駅 深谷市 瀬下坐高
しやぼん玉透ける昭和の空遠し 稲沢市 杉山一三
鴨帰る川の向ふの家普請 福岡 石田耕
鶴島にまた亀島に春の雪 福岡市 千鳥由貴
風光る伊勢の奉納相撲かな 東村山市 竹内恵美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月12日

◎ 月に一度子に出す手紙水温む 大分市 坪内勉
【軽舟先生評】遠く住む子に手紙を書くことで季節の移ろいを感じる。故郷の山河にまた春がやって来た。

○ つひに見えぬ雲雀となりて吾を残す 東京 神谷文子
【軽舟先生評】広野に一人取り残された作者の孤愁。雲雀は作者の人生を去ったものの暗喩でもあろう。

風鐸の鈍き響きや雲雀東風 つくば市 村越陽一
囀や木枠に並ぶ試験管 小平市 八木峰子
のどけしや音おつとりとプロペラ機 坂戸市 浅野安司
日当たりが取り得の狭庭クロッカス 藤沢市 田中修
しやぼん玉新婦の頬にはじけたり 仙台市 小林水明
隣室もシーツ干したり風光る 横浜市 村上玲子
取的がスマホいじくる麗かな 東京 野上卓
畑打や夕刊の来ぬ峡暮し 周南市 木村しづを
琵琶法師徳利転がし春の昼 大牟田市 山口正男
花の雨散歩の犬と擦れ違ふ 我孫子市 加藤裕子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月5日

◎ 二人居て幸せ一つ春炬燵 宇佐市 安倍昭一郎
【軽舟先生評】「二人居て幸せ一つ」は俗っぽいフレーズではあるが、二人で春炬燵にあたる情景が見える。

○ 寺の名の駅降りにけり遅桜 東京 木内百合子
【軽舟先生評】読者それぞれの記憶にある寺の名の駅を思い出せば、それぞれに遅桜の景色が甦るだろう。

春愁や机小さきカフェテラス 山口市 中野元太郎
薫風やボーイ椅子引く予約席 大津市 若本輝子
青き踏む空を仰げば飛行船  岡山市 三好泥子
囀や小瓶にうつすオリーブ油 豊中市 後藤慶子
涅槃西風帽子おさへて橋渡る 埼玉 町田節子
スクランブル交差点ゆく虚子忌かな 東京 金子文子
ゆく春や畳の下の新聞紙 平塚市 保田一文字
春が来て毛布獣の肌ざはり 兵庫 桜井雅恵
春風や八ツ橋わたる影法師 さいたま市 木本光春
想ひ出を捨てつ拾ひつリラの花 松戸市 原田由樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月28日

◎ 一雨に大きく春の動きけり 吹田市 葉山芳一
【軽舟先生評】大らかな調べで季節の移ろいを詠いあげた。雨があがって一気に春めいて感じられたのだ。

○ 鳥雲につばさ無き身は腕を振り いわき市 坂本玄々
【軽舟先生評】鳥たちが去った地上で翼のない人間はせめて腕を振って歩く。作者の生き方にも通じるか。

白酒や四人姉妹の膝頭 別府市 渡辺小枝子
初蝶や古城に立てば人恋し 長崎市 田中正和
雨一日静かに降りて水温む 名古屋市 大島知津
木の根開く机一つの駐在所 一宮市 渡辺邦晴
春寒や役者は奈落だだ走り 東京 段原羊子
母の部屋階下に移す暮春かな さいたま市 根岸青子
投稿の職業無職春の雪 常陸太田市 塙経男
筑豊のボタ山消えて霾れり つくば市 矢野しげ子
白梅や古刹の瓦照り返す 神奈川 広井弘太郎
春の空時計と共に暮れてゆく 川越市 清野桃花

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月21日

◎ 小鳥屋に降り立つ小鳥春の雪 坂戸市 浅野安司
【軽舟先生評】籠に入った売り物の小鳥と自由に飛びめぐる小鳥。春の雪の日の出会いに静かな詩情がある。

○ 合格子まづコンビニに立ち寄れり 香取市 数合信也
【軽舟先生評】合格発表の後にもふだん通りの日常がある。コンビニを出して今の時代の若者らしさが出た。

野火煙次ぎつぎ電車呑み込めり 那須塩原市 谷口弘
軍艦のまどろむ入江初桜 東京 永井和子
はかり売りのジェリービーンズうららなり 東京 木村史子
無線機の応答間遠山笑ふ 神戸市 松田薫
亡き人の蔵書束ぬる余寒かな 館林市 寺内和光
啓蟄や書斎に籠る本の虫 宮崎市 吉原波路
春の灯に母音やさしき子守唄 東京 酒井徹
物干しにそよぐ産衣や暖かし 津島市 木下茂克
歌声の揺蕩ふ水辺猫柳 京都市 肥塚墨童
折紙の本を見て折る春灯下 和歌山市 池田和枝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月13日

◎ 転勤の荷は海わたる四月かな 宮崎市 十河三和子
【軽舟先生評】転勤する子の引越を手伝ったか。グローバル経済の時代をたくましく生きてほしいと願う。

○ 閉店の貼紙剥がす春の風 北九州市 中原徹
【軽舟先生評】どこの地方都市にもあるシャッター街。それでもこの店は幸い次の店の目処がついたらしい。

卒塔婆に鵯留まる余寒かな 調布市 田中泰彦
日筋差すところ緑や水の春 東京 望月清彦
冴返るガードレールに絶えぬ花 京都市 植村容治
春潮やマングローブの森の奥 千葉市 新原藍
料亭の松高ければ鴉の巣 大分市 首藤勝二
これはこの辺りの者と初蝶来 福岡市 林〓
退職者見送る門に燕来る 東京 種谷良二
如月や山の祠に小銭散り 桐生市 小島しげる
心中のありし左京区春の雪 浜松市 宮田久常
海を見る少年一人鳥雲に 東京 松岡正治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月7日

◎ 湯たんぽの冷めるころ見る母の夢 大和市 杉浦正章
【軽舟先生評】明け方近く母の夢を見る。湯たんぽの冷めるころという捉え方にせつない思いがにじむ。

○ 篝火のうしろの闇の落花かな 宇佐市 安倍昭一郎
【軽舟先生評】篝火に白く照り映えた花びらが深い闇に飲みこまれてゆく。日本画のような幽玄な情景。

春寒やきんつばを買ふ寄席帰り 高萩市 小林紀彦
芽柳や雨に濁りし川に風 松原市 平畑和子
好きなものばかりのおでんひとり酒 京都市 滝村実
囀やカーテン白き保健室 さいたま市 大石大
日曜もパソコンの前雛祭 坂東市 林きよ子
水温む人によくしてもらひけり 高知市 山路一夢
路地裏の寒灯低く螺子工場 加須市 野口勇一
立春や湖の鴎の耀へる 宗像市 梯寛
啓蟄の卓にひろげる日本地図 玉名市 竹下俊之
文いつも一筆箋や細雪 香取市 数合信也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月31日

◎ 凍蝶に遙かなる日の深空かな 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】空を飛びめぐった日々を今は遙かに思うばかり。作者の人生の暗喩とも読める一句だ。

○ 下萌や子の自転車は子が磨く 伊丹市 山地美智子
【軽舟先生評】自分のものは自分で大事にする。当たり前のことをきちんと教えられた子どもが凜々しい。

啄木忌会社休みて海に来し 東京 東賢三郎
赦されて仰ぐ大空草萌ゆる 岡崎市 金田智行
春の水小石ゆつくり沈みける 大和市 杉浦正章
校庭にものの芽の影やはらかし 名古屋市 大島知津
春兆す箸屋ブラシ屋豆かん屋 東京 鈴木利恵子
顔寄せて母に応ふる春炬燵 豊中市 清田檀
回廊を素足の僧や浅き春 藤沢市 山崎南風
水音に春の寒さのつのりけり みやま市 末崎充昭
ししむらに湯浴のほてり亀鳴けり 徳島市 椎野千代子
センター試験門が開いて列動く 徳島市 豊田牧

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月24日

◎ 法服の下にブラウス木の芽晴 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】若い女性裁判官を想像する。作者は法曹界の人。女性の進出をまぶしく見ているのだろう。

○ 春隣石段下りて川に沿ふ 洲本市 小川吉祥子
【軽舟先生評】欲のない描写だけれどいろいろなものが目に浮かぶ。枯色の川原にも春は近づいている。

セミナーは遺書の書方水草生ふ 沼津市 堀野一郎
集落に蜂飼来たる彼岸かな 奈良市 荒木かず枝
寒稽古終へて朝日の眩しかり 奈良市 上田秋霜
冬菊の吹かれて白し無縁墓地 奈良市 伊藤隆
口取のうぐひす餅にきれいな手 川崎市 木村きよみ
紅梅や空の青さの痛々し 名古屋市 鈴木幸絵
縁先に爪切る夫や春隣  日野市 坂巻恭子
春日和漁網繕ふ漁師をり 宇治市 原智夫
木枯や一等星が六つ見ゆ 龍ケ崎市 芳住久江
白鳥の呼び合ふ雪の夕べかな 郡山市 斎藤万亀子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月17日

◎ パンジーを植ゑたる花壇退職す 四條畷市 植松徳延
【軽舟先生評】自分の家の花壇でも駅前や公園の花壇でもよい。余生に向けて明るい一歩が踏み出される。

○ 待つ五分長し雪降る雪積もる 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】約束した人はまだ来ない。畳みかける雪の描写に心情が窺える。今年の大雪ならではの句。

立春のくさめ三つが続けざま 川越市 峰尾雅彦
生来の短躯健啖山笑ふ 香芝市 矢野達生
唇の云ふこと聞かぬ寒さかな 横浜市 守安雄介
額髪あげて書きもの春浅し 東京 木村史子
突堤の端に画架据ゑ風光る 周南市 河村弘
寒灯や書き溜めしもの枕辺に 島根 高橋多津子
老農の家の真上を鳥帰る 秋田市 嶋田由紀夫
赤飯にかける胡麻塩春立てり 箕面市 山田加代子
オルガンに届く日差や春隣 神戸市 田代真一
春寒や客ひとりなる理髪店 芦屋市 水越久哉

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月10日

◎ 毎日が一人暮らしや枇杷の花 奈良 中川潤二
【軽舟先生評】新しい一日が来るたびに一人であることを実感する。枇杷の花のように穏やかで静かな暮らし。

○ 卵焼詰めて弁当春めきぬ 大阪市 佐竹三佳
【軽舟先生評】長い菜箸を器用に使って弁当のおかずを詰めていく。卵焼を詰めたらぱっとはなやいだ。

牧場に夕映移る余寒かな 八王子市 田谷敬子
狐鳴く町から消えし赤電話 山口市 正木千鶴子
造船所冬たんぽぽの絮とべり 奈良市 荒木かず枝
春めくや幟はためく自転車屋 野田市 塩野谷慎吾
スカーフに箪笥の匂ひ春隣 横浜市 畠山洋二
水仙と聖書とタイプライターと 船橋市 小沢光世
根の赤きはうれんさうや母恋し 日高市 落合清子
卓上の眼鏡と葉書日脚伸ぶ 千葉市 畠山さとし
石段の隅に日差や冬菫 今治市 井門さつき
機音のかそけき雪の十日町 水戸市 安方墨子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月3日

◎ 樹林帯凍裂の音谺せり 東京 山口照男
【軽舟先生評】冬山の登山だろうか。雪嶺をめざして樹林帯を進む静寂と寒気と畏怖が伝わってくる。

○ 伊東屋に選ぶ便箋春の雨 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】銀座に出たついでに立ち寄った伊東屋。舗道を行き交う色とりどりの傘まで目に浮かぶ。

春立つや男鰥〔やもめ〕の水仕事 大阪 北本迷愚
黄昏は人攫ふ色風疼く 別府市 渡辺小枝子
蟷螂の卵焼かるる榾火かな 横浜市 芝公男
雀呼ぶ米の白さや春隣 横浜市 宮本素子
独り居の足の寂しき炬燵かな 白井市 毘舎利愛子
この空は世界に続く冬の虹 倉敷市 瀬戸初音
煖炉燃ゆ杣は白河夜舟かな 橿原市 近藤八重子
煎餅焼く香に雪が降る小路かな 奥州市 白石忠平
春寒や人見ぬ午後の苑の木々 鈴鹿市 岩口巳年
三が日過ぎ玉子かけご飯かな 下関市 籾倉祥吾

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月24日

◎ 空港も河口も分かず吹雪きけり 新潟市 小林一之
【軽舟先生評】茫漠たる吹雪の大景を格調高く詠っている。河口の先には荒れた日本海が広がっているはず。

○ 墨香の仄かに甘き雪夜かな 松本市 太田明美
【軽舟先生評】雪の降る夜に静かに墨をおろす。その香りを仄かに甘いとまで感じる作者の心持ちが快い。

大寒や富士見坂より引き返す 東京 松崎夏子
さみしさの谺してゐる耳袋 東京 木村史子
図書室の天井高し冴返る 宇部市 阿部高麗子
ショールして後ろ映せる鏡かな 東京 神谷文子
室咲や二階の広き喫茶店 奈良市 荒木かず枝
嫁に受く安産守り冬桜 豊中市 谷良子
夫と子に就職遠し冬かもめ 霧島市 久野茂樹
牛丼にコツンと割りし寒卵 奈良市 上田秋霜
巻きずしの海苔つやつやと女正月 姫路市 前田嘉代
旧任地無人駅舎に寒牡丹 名古屋市 浅井清比古

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月17日

◎ 煮凝や夫の出張一日目 周南市 藤井香子
【軽舟先生評】少々長い出張らしい。夫のいない家の不安と緊張が季語から伝わってくるようだ。

○ 文鳥は物音立てず雪催 玉野市 松本真麻
【軽舟先生評】文鳥の物音くらいしかしない静かな暮らしなのだろう。その文鳥すら息をひそめた静けさ。

牡丹鍋灰汁ぎらつかせ滾りをり 霧島市 久野茂樹
朳〔えぶり〕摺るまだ童顔の烏帽子かな 久慈市 和城弘志
甘露子〔ちょうろぎ〕やむかしは何処も子沢山 神戸市 森川勧
火の心もて牡丹の冬芽立つ 弥富市 富田範保
臘梅や暮六つの鐘地を這へる 福岡市 三浦啓作
雪の夜の転轍器燃ゆ操車場  東京 野上卓
日の射せば微塵見えたり冬泉 洲本市 小川吉祥子
津軽発つ日の停車場の氷柱かな 狭山市 平野和士
不忍の鴨帰るなりうす曇 東京 小暮恵三
コンビニの珈琲すすり初仕事 四條畷市 植松徳延

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月10日

◎ 鶏の目のうらがへる寒さかな 市川市 杉森日出夫
【軽舟先生評】寒さのあまり白目を剥いているのか。江戸絵画の奇想の系譜に連なるような「うらがへる」。

○ 猫抱いて女同士の御慶かな 沼津市 堀野一郎
【軽舟先生評】なんだか女同士もニャーニャー言っているみたい。作者の皮肉な目の効いた世俗的な正月詠。

陰膳に置く太箸の白さかな 小平市 土居ノ内寛子
餅を焼く単身赴任最後の日 茅ケ崎市 清水呑舟
輪中村青く沈みて月冴ゆる 可児市 金子嘉幸
冬萌やユニセフギフト注文す 福島市 清野幸男
風やみし尾根の入り日や鹿の声 青梅市 中村和男
集落を南面に抱き山眠る 名古屋市 可知豊親
寒菊や一人暮しの日曜日 東京 東賢三郎
農を継ぐ人減りて村寒きかな 秋田市 嶋田由紀夫
ランナーをゴールに包む毛布かな 周南市 河村弘
たなごころまだ熱いチャイもてあます 兵庫 桜井雅恵

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月3日

◎ どの家も灯り惜しまず大晦日 須賀川市 関根邦洋
【軽舟先生評】年の夜の深い闇と家々の灯の豊かさ。東日本大震災の被災地と知ればなおさらありがたい。

○ 寒に入る琅玕〔ろうかん〕なせる濠の面〔おも〕 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】琅玕とは竹や硬玉の深い緑。寒に入り静まり返った水面を見つめる作者の心持ちも伝わる。

青空に源流ひびく若菜摘 大阪市 中岡草人
寒禽や地にやはらかき槻の影 町田市 枝沢聖文
古井戸に柊の花こぼれけり 長野市 内山太郎
みどり子の寝足りし顔や白障子 大分市 猪原アヤ子
大利根を船下りゆく冬の雨 さいたま市 佐々木力
昏れなづむ甲斐駒雪をあらたにす 西東京市 針ケ谷里三
餅を買ひ買物籠の傾きぬ 可児市 金子嘉幸
しぐれ去る車窓まもなく降車駅 東京 木村史子
デッサンに鉛筆十本煖炉燃ゆ 亀山市 松本美江子
数へ日や丸めて絞る歯磨粉 京都市 植村容治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月27日

◎ 放たれて全身狩の犬となる 松阪市 松江山水子
【軽舟先生評】「全身」の一語で猟犬の四肢の先までみなぎる緊張感と躍動感が伝わってきた。

○ 幾重にも白きたてがみ冬の海 延岡市 九鬼勉
【軽舟先生評】沖から寄せてくる白波を白きたてがみと見立てたわけだが、勇壮で冬の海らしい。

夕暮の薄彩〔だ〕みの町暖炉燃ゆ 京都市 小川舟治
雪催客なきバスの折り返す 鯖江市 木津和典
背伸びして焼藷を買ふ子供かな 坂東市 林秀峰
プレートの鬩〔せめ〕ぐ列島年詰まる 東京 吉竹純
けんけんに遊ぶ礎石や散紅葉 弥富市 富田範保
耳さとき大型犬や花八ツ手 高崎市 福田怜子
熱燗や甲斐性なしの意気地なし 伊丹市 奥本七朗
昼の海おだやかなりし冬至かな 周南市 河村弘
弁当を温めてをり焚火番 川口市 平山繁寿
山国の駅舎を灯し年暮るる 豊田市 小沢光洋

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月20日

◎ 母と子の月日は淡し都鳥 富士吉田市 川井里子
【軽舟先生評】子が巣立って会うことは減っても母の思いは変わらない。都鳥が謡曲「隅田川」を暗示する。

○ 年取つて何が目出たし年明くる 香取市 嶋田武夫
【軽舟先生評】いまさら何がめでたいものか。そうぶちまけながら、それでもなぜかめでたさが出ている。

聖夜なり枕辺照らす読書灯 大阪市 佐竹三佳
なまはげの行きも帰りも酒臭し 秋田市 嶋田由紀夫
緞通の藍深き奥座敷かな 松本市 太田明美
冬菜畑しやがめば影もしやがみけり 福知山市 衣川登代
短日や掃除機かくる修行僧 横浜市 村上玲子
チェンバロを弾く白い手や冬灯 西都市 子安美和子
角打ちの足速に去る師走かな 長崎市 原田やすこ
数へ日や灯りてくらきたこ焼屋 豊中市 亀岡和子
冬の蝶日の菜園にまぎれつつ 兵庫 井上節夫
短日の瞬いてつく蛍光灯 つくば市 小川井子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月13日

◎ 南朝の果てし吉野や返り花 香芝市 矢野達生
【軽舟先生評】教科書にも書いてある程度の常識が季語一つで詩になる。季語は作者の思いそのものだ。

○ 初霜や勝手口より母の声 加須市 野口勇一
【軽舟先生評】初霜の降りた朝。勝手口が開いている。聞こえてきた母の声は現実なのか幻なのか。

寒満月下り最終電車過ぐ 龍ケ崎市 白取節子
にんじん買ふフランス映画みての帰途 豊橋市 河合清
鷹の羽の栞美し黙示録 みよし市 稲垣長
百均のレインコートや小夜時雨 明石市 小田慶喜
義理すます年金暮らし年の暮 常総市 前岡博
音立てて桜紅葉に朝の雨 洲本市 小川吉祥子
一村に一寺一社の豊の秋 常陸大宮市 笹沼実
冬晴や掃き清めたる石畳 筑西市 大久保朝一
明け遣らぬ空に三日月欅散る 東京 鈴木利恵子
漱石派鴎外派灯下親しかり 札幌市 塩見俊一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月6日

◎ 妻はまだ掌を合せをり初詣 名古屋市 可知豊親
【軽舟先生評】妻の願い事はよほど多いらしい。といっても、そのほとんどは自分以外の家族のことなのだ。

○ 返信のかはりに電話冬桜 奈良市 渡部弘道
【軽舟先生評】電話の声にはメールやファックスでは伝わらない何かがある。そんな気持ちに冬桜が似合う。

宵待ちてつける耳環やクリスマス 松本市 太田明美
ライターの火が蝋燭に近松忌 大阪市 中岡草人
方丈さん大黒さんの落葉掻 可児市 金子嘉幸
黒びかりして朝市の寒蜆 久慈市 和城弘志
猿山に一悶着や神の留守 高崎市 猿渡道子
雪蛍飛ぶケネディが撃たれた日 上尾市 鈴木良二
百姓に焚くもの多しひたき来る 青梅市 中村和男
三面鏡閉ぢしままなり笹子鳴く 吹田市 御前保子
猟犬の総毛逆立つ川辺かな 大和市 小早川隆男
仏壇の母に日矢射す冬至かな 香取市 諏訪好道

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月23日

◎ 茶の花や農学校へ続く坂 名古屋市 大島知津
【軽舟先生評】農学校の実習用の小さな茶畑。いつもの散歩道だが花に気づくと何か得した気分になった。

○ 一雨のあとの茶の花月夜かな 藤沢市 田中修
【軽舟先生評】うるんだ夜気に白い茶の花がぼんやり浮かぶ。明日はどうやら小春日和になりそうだ。

表具師の薬缶鳴りづめ年つまる 弥富市 富田範保
完走のランナー包む毛布かな 川口市 狩野睦子
晨朝を告ぐる鐘の音冬に入る 福岡 水本辰次
大学芋蜜たつぷりと小春かな 富士市 麻生好子
冬晴の湖を見下ろす樹間かな 入間市 大矢勲
雲水の雑巾しぼる霜夜かな 香芝市 福井信之
襖絵に釣り人のゐる小春かな 亀山市 ふじわら紅沙
冬ざれや満月照らすボート小屋 東京 永井和子
雨去りし朝の眩しき石蕗の花 鯖江市 矢部佳子
短日やそこはかとなく急ぎ足 八王子市 福岡悟

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月16日

◎ 霜月の一番星に鎌の月 河内長野市 北阪英一
【軽舟先生評】夕空に鎌のような三日月と一番星がさえざえと輝く。霜月らしい空気の冷たさを感じる。

○ かけそばに玉子落して十二月 由利本荘市 松山蕗州
【軽舟先生評】十二月としたのがよい。小腹を満たすかけそばに浮かんだ玉子の黄身がほっとさせる。

旋盤の一つ明りの夜なべかな 川口市 平山繁寿
長き夜やすこやかに鳴る古時計 名古屋市 浅井清比古
野良猫のつかずはなれず末枯るる 宮城 藤井儀和
百円の缶コーヒーや秋の風 川崎市 岡村還
立冬や湯気立つ飯と梅干と さいたま市 佐々木力
長き文書きたくなりぬ冬はじめ 大阪市 永井経子
金券屋ばかり混み合ふ初時雨 東京 野上卓
はるかなる海を眺めて七五三 奈良市 佐々木元嗣
舟唄と下る小舟や白秋忌 奈良 簗川和夫
新しき木道を継ぎ水葵 新潟市 小林一之

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月8日

◎ 校庭に松葉焚きをり白秋忌 大阪市 中岡草人
【軽舟先生評】北原白秋の忌日は十一月二日。冬の近づく学校の静かな情景に白秋の作品世界が重なる。

○ 病棟を死に神歩く寒暮かな 静岡市 牧田春雄
【軽舟先生評】静まりかえった病棟。死に神に向き合うことは自分自身に向き合うことでもあるのだろう。

邯鄲や即かず離れず老夫婦 東京 沢田倭平
小春日や佃の路地に写生会 つくば市 村越陽一
蘆刈の鎌のきらめく湖北かな 東大阪市 三村まさる
履物をきちんと揃へ菊日和 横浜市 畠山洋二
夜の雨に黄葉しるきポプラかな 入間市 松井史子
熊捌く手順に見入るマタギの子 名古屋市 可知豊親
霜月の朝の薬を呑みにけり 秋田市 嶋田由紀夫
水脈曳いて渡船往き交ふ小春かな 河内長野市 伏谷勝博
ヘリコプター長蔵小屋の冬仕度 西東京市 橋本温実
単線の車窓に続く曼珠沙華 石岡市 野口明子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月2日

◎ 右に富士左に筑波草紅葉 日高市 滝秀子
【軽舟先生評】これぞ関東平野の大景。澄んだ空気に二つの名山がはっきり見える。草紅葉の広がりがよい。

○ 身にしむや訃報に乗りし夜のバス 長崎市 田中正和
【軽舟先生評】訃報を聞いてすぐに夜行バスに飛び乗った。親しい仲だったのだろう。季語に実感がこもる。

まつり笛太白仰ぎ帰りけり 大津市 若本輝子
コスモスのしとどに雨の日比谷かな 東京 永島忠
新藁を刻み仔牛の飼葉桶 町田市 枝沢聖文
金柑や藁屋に聞こえ嬰の声 明石市 岩田英二
高窓に秋のひかりや朝の弥撒 松本市 太田明美
鯊釣りの夫につきあふ日和かな 入間市 松井史子
再婚のほどほどの仲栗御飯 京都市 小川舟治
校長室本棚ひとつ榠樝の実 四條畷市 植松徳延
独り身の息子は初老秋あかね 一宮市 渡辺邦晴
天高し妻まるまるとリバウンド 名古屋市 可知豊親

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年11月25日

◎ 恐竜の夢のゆふぐれ芒原〔すすきはら〕 東京 吉竹純
【軽舟先生評】夕暮れの広い芒原をひとりゆく。絶滅前に恐竜が見た夢の中もこんな寂しさだったろうか。

○ 焼魚定食日和白木槿 名古屋市 鈴木幸絵
【軽舟先生評】午前中の勤務を終え昼食をとりに外へ出る。こう呼びたくなる日和に白木槿がよく似合う。

無住寺に狐棲みつく神の留守 愛西市 坂元二男
ゆく秋や眼鏡ことりと木の机 上尾市 鈴木良二
大汐の河遡る良夜かな 市川市 杉森日出夫
月の宿ともしび明う迎へらる 国分寺市 越前春生
七十の恋は岡惚れ秋うらら 神戸市 中野道雄
色鳥や揉洗ひして化粧パフ 松本市 太田明美
初時雨店主早めの灯を点す 調布市 佐藤悠紀子
受付のガラスコップに秋桜 糸島市 村上明
床本に太夫の手擦れ近松忌 芦屋市 大森敏光
バーテンがグラス拭きをる居待月 調布市 田中泰彦