毎日俳壇 | 小川軽舟選 2014年

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月22日

◎ 悴〔かじか〕めり目印の本胸に抱き 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】初対面の人との待ち合わせだ。期待とともに不安もある。改札口を出る人々を目で追う。

○ 鰭酒や口ついて出し褒め言葉 藤沢市 田中修
【軽舟先生評】河豚ちりに鰭(ひれ)酒ですっかり上機嫌。ふだんなら照れくさい褒め言葉もすんなり出る。

向うから日の当り来て落葉道 大阪 池田壽夫
ほつほつと灯る山裾雁の声 水戸市 安方墨子
しぐるるや古書肆の奥の深かりし 明石市 岩田英二
膝掛けのあるテラス席照紅葉 横浜市 村上玲子
墨をすり葉書十枚冬の雨 姫路市 板谷繁
スポーツ紙読める小春の喫茶店 東大阪市 細川満弘
古びたる啄木歌集返り花 さいたま市 大浦健
鵯〔ひよどり〕の鋭く鳴きて開戦日 逗子市 若杉小兵衛
地下街の込み合ふ十二月八日 神奈川 中島やさか
車積む巨船に高く鷹渡る 愛知 平松桂

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月14日

◎ 終電に間のある同士おでん酒 兵庫 小林恕水
【軽舟先生評】家の遠い仲間は先に帰った。腕時計をちらちら見ながら名残惜しくて熱燗をもう一本頼む。

○ 冬帽子離ればなれに海を見る近江八幡市 橋本重夫
【軽舟先生評】一緒に海を見に来たのだが、気づくと砂浜に散ってそれぞれの思いで沖を見つめている。

読み止しの詩集に葉書ラフランス 水戸市 安方墨子
着ぶくれて直談判に行くと言ふ 名古屋市 可知豊親
スパイスに遠き国の名秋深む 周南市 藤井香子
アトリエの明かりの漏るる夜長かな 名古屋市 大島知津
ミステリー佳境に入りぬ膝毛布 平塚市 藤森弘上
水澄むや妻と別れし人と飲む 鎌倉市 高橋暢
鉄棒の鉄の匂ひや冬来る 宇部市 中村有爲子
ペン皿に爪切りのあり一葉忌 篠山市 新家保子
寒月や塾の子二人ほたえ合ふ 堺市 成山清司
みそ汁に声もらしたり冬隣 秋田市 鈴木華奈子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月8日

◎ 七五三小さくなつた靴幾つ 沼津市 堀野一郎
【軽舟先生評】幼子の靴はあっという間に小さくなる。履けなくなった靴の数が成長の軌跡なのだ。

○ 年金をぱつぱと遣ふ小春かな 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】年金暮らしだからとしみったれるのは嫌。明日は明日、楽しく使って朗らかに生きよう。

木の実落つ待つ人のゐる倖せに 奈良市 渡部弘道
ルオーの黒ユトリロの白冬景色 いわき市 坂本玄々
秋高し画布に素描の船泊り 周南市 河村弘
しらじらと夜半のテレビのうそ寒き 常総市 前岡博
オペ室へ続く廊下や冬の朝 東村山市 竹内恵美
支へあふ梁に柱や冬構 横浜市 畠山洋二
小鳥来て明日になれば判る事 宇都宮市 大渕久幸
前山の影濃くありぬ落し水 神奈川 新井たか志
駅前の地方銀行落葉掃く 枚方市 松木元
室戸より欠席投句秋遍路 大阪 池田壽夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年12月1日

◎ 秋収め湯治宿より案内あり 四国中央市 近藤実
【軽舟先生評】湯治宿の常連客なのだろう。秋収めの頃を見計らって届く案内に思わず気持ちが動く。

○ 団栗や巣箱のやうな投句箱 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】投句箱など詠んでもつまらないものだが比喩で生きた。俳句が羽ばたいて巣立ちそう。

無灯貨車動きて月の操車場 稲沢市 杉山一三
頬に雪きららかなりきライブ果つ 滋賀 塚本深雪
噴煙の夜を磯に立ち鳳作忌 大阪市 中岡草人
冬麗の景色の中に母のゐる 鎌倉市 上杉次郎
夕時雨駐輪場に合羽着る 鈴鹿市 岩口巳年
金木犀咲いて万屋店じまひ 周南市 木村しづを
杣小屋にうたかたの夢冬の蜂 東大阪市 三村まさる
清張の文学講座秋日濃し 四日市市 四本知子
葛湯飲み胃を切りし腹温むる 和歌山市 岬十三
薄紅葉居眠りする子横にをり 埼玉 池垣陽子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月24日

◎ 老二人背戸に狸の餌を置く 藤沢市 杉野子太郎
【軽舟先生評】郊外の一戸建で静かに老後を過ごす夫婦か。ささやかな話題の一つに近所に現れる狸のことも。

○ 手相見の己が手さする夜寒かな 大垣市 大井公夫
【軽舟先生評】夜道で客を待つと手足が冷えてくることだろう。ウィットも利いた俗世のスケッチ。

病室の妻が手を振る十三夜 茅ケ崎市 清水呑舟
冬菊や妻なき部屋の桐箪笥 吹田市 坂口銀海
墓山を駅に見上ぐる小春かな 東京 木内百合子
惑星の自転公転冬隣 名古屋市 鈴木幸絵
稲子麿飛んで男の付け睫毛 水戸市 安方墨子
静かなる皆既月食ちちろ鳴く 四国中央市 近藤実
息吐いて終る体操草の花 龍ケ崎市 清水正浩
白芙蓉咲けば明るき雨の庭 神奈川 大久保武
熊楠のやうな親父や茸狩 札幌市 江田三峰
秋深し夢にしばしば父と母 ひたちなか市 道化稚春

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月17日

◎ 秋ともし子が珍しく素直なり 水戸市 島崎かおる
【軽舟先生評】子の素直さを怪訝(けげん)に思いながらやっぱりうれしい。親子の静かな時間を秋の灯が照らす。

○ ひとりには広すぎる部屋障子貼る 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】妻に先立たれた日々を暮らす部屋か。それでも昔と同じように季節が来れば障子を貼る。

校庭にオリーブの木や小鳥来る 横浜市 大西三恵子
種瓢〔たねふくべ〕をんなはひとり眉を画く 東京 四倉ハジメ
下請のその下請の夜業かな 横浜市 宮本素子
走る子に直情の血や秋の雲 千曲市 中村みき子
洋菓子の洋酒の香り秋深む 東京 松嶋光秋
木枯や山の祠に散る小銭 由利本荘市 松山蕗州
コーヒーに砂糖を足して冬隣 玉野市 松本真麻
かりがねや新聞ひらき爪を切る 東京 神谷文子
分譲の幟ばたばたねこじやらし 水戸市 安方墨子
タクシーに抜け道があり星月夜 大田市 森井晃一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月9日

◎ ポストまで行かむ文書く月今宵 宇部市 谷藤弘子
【軽舟先生評】中秋の名月。月明かりの夜道を歩きたくなった。そうだ、あの人に手紙を書いて出しに行こう。

○ 偕老の色違ひなる冬帽子 武蔵野市 相坂康
【軽舟先生評】偕老とは夫婦が仲良く年をとること。色違いの冬帽子は妻の手編みの毛糸帽かもしれない。

甲板にコック出てゐる良夜かな 吹田市 末岡たかし
山近き門前町や新豆腐 東京 喜納とし子
問ひ返す残る人生憂国忌 奈良市 上田秋霜
秋深し貼り紙古りし空店舗 京都市 丹治芳章
無住寺の雨戸朽ちたり金木犀 富士宮市 渡邉春生
灯下親し床屋のサインポールさへ 仙台市 小林水明
廃校にのこる大木鳥渡る  由利本荘市 松山蕗州
垣根にはおけらが鳴きてもらひ風呂 松阪市 山中ひろし
白萩や腰まで垂れて巫女の髪 福岡 松浦麻子
阪神が負けて早寝やそぞろ寒 大田市 森井晃一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年11月3日

◎ 豆多き母の赤飯小鳥来ぬ 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】久しぶりに食べた母の赤飯。この赤飯を食べた小さい頃の祝い事のあれこれが頭をよぎる。

○ 遠き日のままの家並み金木犀 奈良 高尾山昭
【軽舟先生評】寂れはしたが昔のままに変わらない家並み。金木犀の香りが遠き日の記憶を呼び覚ます。

宿坊の高き庇や草紅葉 八王子市 田谷敬子
道行に蝉静かなり村歌舞伎 青梅市 中村和男
振り返りまた振り返り露の墓 水戸市 安方墨子
顔みしり増ゆる散歩やななかまど 松本市 太田明美
両岸に竿の忙しき鯊〔はぜ〕日和 神戸市 森川勧
空爆に終る政治や曼珠沙華 京都市 新宮里栲
児が先に走りて待てる墓参かな 大和市 杉浦正章
鍋に湯のたぎれる釣瓶落としかな 東京 木内百合子
水澄みて人の心は直ぐ変はる 川口市 高橋さだ子
茄子つけて厨仕事の終りとす 滋賀 中村慶子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月27日

◎ 秋風や売物件の両隣 加古川市 西岡旅
【軽舟先生評】地方都市では今後めずらしくもないことになるのかもしれない。それにしても両隣とは……。

○ 邯鄲や端山に残る暁の星 青梅市 中村和男
【軽舟先生評】明け方に目が覚めて眠れなくなったか。こんなしみじみとした情景に出会えれば儲けもの。

霧の山下る熊笹膝に分け 水戸市 安方墨子
新涼の茶畑わたる夕鴉〔がらす〕 入間市 松井史子
篁〔たかむら〕に沈む夕日や冬初め 沼津市 堀野一郎
公園に競馬紙広ぐ秋暑し 藤沢市 青木敏行
雲走る湖岸の径〔みち〕や檀〔まゆみ〕の実 那須塩原市 谷口弘
せつかちに鳴る踏切や稲架襖〔はざぶすま〕 町田市 松本はな
暮の秋電車に映る姿老ゆ 藤沢市 杉野子太郎
白壁の小児病棟カンナ燃ゆ 加須市 野口勇一
鬱の字の二十九画蚯蚓〔みみず〕鳴く 川越市 益子さとし
入院のその後を聞かず秋の蝉 東京 野上卓

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月20日

◎ ベトナムに妻子残して夜学生 さいたま市 大石大
【軽舟先生評】昼は働き妻子に仕送りをする。グローバル化した現代の出稼ぎだとも言えるだろう。

○ 山の幸海の幸盛り月祀る 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】東日本大震災と原発事故から三年半。こうあってほしいという祈りも籠められているようだ。

みんみんや幻住庵の長い坂 大阪 北本迷愚
居待月棚引く雲の夜も白し 伊丹市 山地美智子
ハモニカの「麦と兵隊」敬老日 東京 吉田かずや
小鳥屋の跡地にすだく昼の虫 玉野市 松本真麻
秋耕に鳶の輪高き日和かな 大垣市 大井公夫
縁側の釘の緩みやちちろ虫 土浦市 小川智昭
後ろ手に閉める折戸や秋日傘 山口市 池岡火帆
雨去りし椰子の葉騒〔はざい〕や後の月 八王子市 秋山マキ子
一村の寝につくころや鉦叩〔かねたたき〕 所沢市 田川愼郎
浜木綿〔はまゆう〕や海に向ひて椅子ひとつ 延岡市 九鬼勉

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月13日

◎ 白髪を束ねて軽し十三夜 千葉市 新原藍
【軽舟先生評】なるほど黒髪より白髪のほうが軽そう。白髪の自分を受け容れた心やすさもあるに違いない。

○ さやけしや店先借りる野草展 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】鉢植えの山野草が商店街の店先を借りて並べられている。そこにだけ野の香りが立つようだ。

秋深し寡婦は小さき部屋に住む 藤沢市 杉野子太郎
校庭の隅の鉄棒木の実ふる 宮崎市 十河三和子
秋風や天守に鳶の笛高し 浜松市 北河覚
老いふたり二階から見る風の盆 豊橋市 河合清
市庁舎の展望ロビー秋日和 香芝市 矢野達生
鷹渡る大百姓の冠木門 水戸市 安方墨子
弁当の投げ売りさるる夜寒かな 大阪市 中岡草人
雨あとのポプラの葉擦れ涼新た 名古屋市 大島知津
吹きだまるはづれ馬券に時雨かな 東京 小林シゲ
夕暮れの手を洗ひをり法師蝉 横浜市 畠山洋二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年10月6日

◎ 夜学生神田須田町交差点 香取市 嶋田武夫
【軽舟先生評】駿河台から坂を下ると広い交差点に出る。この地名に作者の青春時代も重ねられているようだ。

○ 八朔の沖に新しオリオン座 津市 本多一
【軽舟先生評】オリオン座は冬の星座。八朔の頃なら夜更けに海から昇って来たか。新鮮な驚きが伝わる。

秋風やベンチの端の忘れもの 青森市 小山内豊彦
一人住む大きな家の秋の風 鎌倉市 上杉次郎
樫の実の降る夜や妻の死化粧 吹田市 坂口銀海
銀杏散る駅前食堂饂飩〔うどん〕喰ふ 鈴鹿市 岩口己年
大寺に雨上りたる芙蓉の実 奈良市 佐々木元嗣
岸壁の潮澄んでをり鰯雲 今治市 井門さつき
夕刊のバイクを待つや秋の風 春日市 林田久子
新涼や間口二間の骨董屋 神戸市 田代真一
木の橋は木の橋の音小鳥来る 松原市 西田鏡子
虫籠の雨に濡れをり新学期 埼玉 細淵勝子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月29日

◎ 百日紅暮れ残りつつ暮れてゆく いわき市 坂本玄々
【軽舟先生評】いかにも夕暮れ時の百日紅だと思う。美しい時間を惜しむ。しかしとどめることはできない。

○ 蟻の道蟻の国まで続きをり 国分寺市 越前春生
【軽舟先生評】総ての道はローマに通ず。けれども蟻の道は実直に蟻の国まで続く。寓話的なおもしろさ。

吾子にみるごま塩頭敗戦日 東京 金子文子
隧道のはざまの駅の星月夜 豊橋市 河合清
玉砕の島の熱砂に仏桑花 八尾市 高安春蘭
かなかなや山懐の登り窯 吹田市 三島あきこ
秋暑し風動かざる閻魔堂 和歌山 奥田瞳
長月や柱時計のねぢを巻く 東京 五十嵐ひとみ
丁寧に掃く行儀良く散る木槿 東京 井藤ひろみ
幕間の隣の席の秋扇 藤枝市 山村昌宏
鰯雲仰ぎ旅先定まらず 大阪市 森田光
さくさくと木を彫る音の涼しさよ さいたま市 大浦健

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月22日

◎ ポケットの外は教室雨蛙 霧島市 久野茂樹
【軽舟先生評】授業中もポケットの雨蛙が気になってまさぐる子ども。雨蛙から見た視点がユニークだ。

○ ボサノヴァのあはき旋律秋めけり 東京 木村史子
【軽舟先生評】「あはき旋律」と言われればボサノヴァは確かにそんな感じ。秋風の似合いそうな一句。

海渡る夕立見下ろす峠かな 大分市 首藤勝二
こすもすや館長のゐる休館日 日高市 金沢高栄
廃線の鉄路の先の星月夜 熊本市 寺崎久美子
工場の事務所に狭庭白式部 名古屋市 鈴木幸絵
偕老の影ゆらめくや霊迎 岡崎市 金田智行
営庭で見し富士同じ敗戦日 吹田市 葉山芳一
としよりの日のとしよりの独り言 みよし市 稲垣長
葛の花峠に残る悲話あまた つくば市 村越陽一
変はらずに咲く百日紅わが団地 千葉市 片山久
新涼や碁石置く音迷ひなし 入間市 中村恵子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月15日

◎ 子の好きな西瓜今年は帰らざる 明石市 小田慶喜
【軽舟先生評】都会暮らしでは大きな西瓜を買うこともない。帰省するといつもよろこんで齧りつくのだが。

○ 大方は手ぶらなりけり蟻の列 周南市 木村しづを
【軽舟先生評】そう言われてみればその通り。何のための列なのか。蟻の列にひもじさとやるせなさが走る。

仕事場へ向ふ人波原爆忌 堺市 柞山敏樹
抱きあげし子は夏草の匂ひせり 名古屋市 大島知津
厨窓あけて涼しき寝酒かな 仙台市 小林水明
金次郎像灼け土光敏夫の忌 牛久市 清水秋生
立秋や諸味の匂ふ煉瓦蔵 銚子市 久保正司
祭笛山の暮るるを待ちてをり 千曲市 中村みき子
秒数を数え雷鳴待つ子かな 水戸市 島崎かおる
いつまでも青田明るき日暮かな 羽生市 小菅純一
夏過ぎぬいつもの顔のいつもの目 春日部市 遠藤久美
草刈機小石を撥ねし音混じる 土浦市 小川智昭

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月8日

◎ 日に二便通ふバス待つ日傘かな 館林市 寺内和光
【軽舟先生評】どうしてもそのバスに乗って行かなければならない用事がある。日傘に意志が感じられる。

○ 草笛や日に三本の路線バス 東京 種谷良二
【軽舟先生評】急ぐ用事もないからのんびり行こう。季語の違いで前の句とこんなにも雰囲気が変わる。

朝刊のなき日は長し立葵 東京 喜納とし子
海境の夕日に母艦風死せり 三浦市 安田勝洋
風鈴や女性誌並ぶ貸本屋 横浜市 村上玲子
豆腐屋の布巾は真白秋立ちぬ 一宮市 渡辺邦晴
炎天のまつすぐな道ふりかへる 坂戸市 戸田九作
蝉時雨カーテンコール浴びるかに 周南市 藤井香子
夏草の戦ぐ更地や未だ売れず 調布市 田中泰彦
拝殿を風吹き抜くる涼しさよ みやま市 紙田幻草
梅雨明や爪切り心軽くせり 山梨市 浅川青磁
炎天や渡る人なき歩道橋 東京 石川昇

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年9月1日

◎ 見渡して出席簿閉づ秋の蝉 松本市 太田明美
【軽舟先生評】二学期最初の朝だろう。教壇から見渡す子どもたちの日焼した顔が頼もしい。

○ 真菰〔まこも〕刈真菰にすがり刈りすすむ 津市 山中はじめ
【軽舟先生評】小舟を操って真菰を刈る。足許のおぼつかない作業の様子が中七の描写で見えてくる。

水鶏〔くいな〕鳴く父の蔵書の不審紙 和歌山市 西山純子
遠雷や犬埋めし木の太りけり 奈良市 荒木かず枝
入道雲今日の興亡始まりぬ 可児市 金子嘉幸
星祭単身赴任終りけり 前橋市 河村葉子
長靴の田舎ぐらしや月見草 長野 矢島晩成
帰省駅待つ人のなく山河あり 調布市 佐藤悠紀子
蠅取リボン無理を承知の頼みごと 小平市 八木峰子
泰山木の花に雨霧濃く淡く 西宮市 大谷睦雄
腹這ひになれば涼しき畳かな 堺市 柞山敏樹
汁粉あたため遠泳の子らを待つ 埼玉 酒井忠正

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月25日

◎ 短夜や猫飼ひたしと妻の言ふ 藤沢市 杉野子太郎
【軽舟先生評】夏の夜更け、夫も目が覚めているのに気付いて妻がふと言う。二人きりになった夫婦の小景。

○ 時鳥遠き谺となりにけり 洲本市 小川吉祥子
【軽舟先生評】空を鳴き渡った時鳥の声がまだ遠い谺のようにかすかに聞こえる。時鳥の本情に適う一句。

捨て切れぬ夢白玉の茹で上る 別府市 渡辺小枝子
夏座敷山河の青き風通す 町田市 枝沢聖文
酒好きの不意の客あり冷奴 平塚市 森本富美子
緑陰や大き鳥籠吊るしある 東京 松嶋光秋
下駄箱の奥の暗闇原爆忌 上尾市 鈴木良二
豆腐屋の喇叭ちかづく土用かな 東京 永島忠
人気〔ひとけ〕なき簡裁の庭立葵 東京 永井和子
蝉の声しばし聞き入りペンを擱く 茨木市 赤畑博
無人駅トランクひとつ夏燕 東大阪市 三村まさる
夕虹をくぐり大漁船帰る 唐津市 吉田智美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月18日

◎ 風紋の青き砂丘や月涼し 奈良 高尾山昭
【軽舟先生評】砂丘が青いというのでは平凡。風紋が青いと言ったことで月明かりの砂丘が克明に描かれた。

○ 蟻の列つづくダーウィン進化論 周南市 藤井香子
【軽舟先生評】蜿蜒と続く蟻の列と進化論の二物衝撃。無言の蟻の列が進化の夢を見ているような気がした。

白南風に食堂〔じきどう〕広く開けにけり 福岡市 後藤啓之
夕凪や酒場に恋の流行歌 京都市 小川舟治
一人の灯消して一人の遠花火 茅ケ崎市 清水呑舟
西の空まだ明るくて月見草 いわき市 坂本玄々
路地裏の縁台将棋ところてん 芦屋市 大森敏光
青大将納屋に消えたりそれつきり 水戸市 安達とよ子
中国人かたまり歩く夜の秋 由利本荘市 松山蕗州
弟の門出の夕餉冷奴 芦屋市 水越久哉
兜虫二階の窓に飛礫なす 滋賀 塚本深雪
ガソリンを満タンにして雲の峰 熊本市 寺崎久美子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月10日

◎ 出口なき少年逃ぐる走馬灯 川越市 益子さとし
【軽舟先生評】走馬灯の少年の絵が廻る。それを見ていると自分の少年時代の心情がふいにかぶさってくる。

○ 上りつつ磨く手摺や百日紅 松本市 太田明美
【軽舟先生評】家の階段の手摺を雑巾で磨きながら上る。汗を拭い二階の窓から眺める百日紅のすこやかさ。

蟻地獄日輪白く濁りけり 八王子市 田谷敬子
三更の月に出て鳴く青葉木菟 和歌山市 かじもと浩章
梅雨寒や花袋全集傍らに 館林市 寺内和光
看護婦の来る楽しみも秋の昼 奈良市 佐々木元嗣
冷奴父の愚直に輪をかけて 周南市 木村しづを
恋愛の苦手な同士アイスティー 東京 遠藤米子
天井の高き広間に昼寝かな 羽生市 小菅やすし
炎昼や薬缶煤けし飯場跡 いわき市 鈴木潔
もち古りし母の手紙や木葉木菟 日高市 田辺和子
杉木立せまりて昏き鮎の宿 東京 村上勤

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年8月4日

◎ のぞき込む穴の深さや敗戦日 箕面市 山田加代子
【軽舟先生評】目の前にぽっかり口を開けた穴が戦争へ思いをいざなう。光と影の強い対照が印象に残る。

○ 静かなる行列の先泉汲む 座間市 北原久子
【軽舟先生評】おのおのタンクなどに汲んで帰るのだろう。泉の静けさが行列の人々にも伝わっているよう。

青梅の落つるがままの離村かな 奈良市 斎藤利明
梅雨寒や男ひとりの灯を点す 国分寺市 越前春生
ラムネ売将棋さしつつ客を待つ 大分市 首藤勝二
籐椅子を軋ませながら採点す 常総市 前岡博
家の灯の映る植田や夕近し 京都市 新宮里栲
山小屋の夕映ながき土用かな 八王子市 田谷敬子
早朝のからだ重たし行々子 龍ケ崎市 白取節子
仙人掌の花や場末のトリスバー 吹田市 坂口銀海
山の端の暮れ残りけり河鹿笛 つくば市 小口智英
梁太き納屋を住処や青大将 大津市 井深信男

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月28日

◎ 教室の窓開け放つ沖縄忌 名古屋市 大島知津
【軽舟先生評】沖縄の犠牲のもとに今の日本の平和があることを語り継ぐ。まばゆい光と風が沖縄を思わせる。

○ ネクタイ締め我も会社へ蟻の列 羽曳野市 二階堂武士
【軽舟先生評】玄関を出たら蟻の列に気づいた。俺も同じ働き蟻だな。苦笑しながら駅へ急ぐ。

紫陽花に夜の通勤電車かな 東京 神谷文子
処暑の風吹く黒松の御陵かな 奈良市 佐々木元嗣
夕端居旅の一日すぐ終はる 奈良市 梅本幸子
父の日や踵のへりし父の靴 東京 東賢三郎
蒸し暑き夏至曇天のまま暮れる 堺市 野口康子
軽トラが茅花流しに妻拾ふ 恵那市 春日井文康
籐敷きて自づと風の生まれけり 出雲市 久家和子
昼酒の肴はするめ太宰の忌 青森市 小山内豊彦
若鳥の声定まらず梅雨晴間 水戸市 島崎かおる
目印はダリアと聞きし角曲がる 所沢市 中野祐輔

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月21日

◎ 父の日や『氷島』初版など遺し 東京 吉竹純
【軽舟先生評】萩原朔太郎の『氷島』であるところがよい。父の望郷の念に思いを巡らすようでもある。

○ 古書店の主の顔も夜の秋 奈良市 佐々木元嗣
【軽舟先生評】狭い古書店のいちばん奥で本など読む主人。いつも通りの情景だが季節は少しずつ移ろう。

先づ箸の影があたりぬ冷奴 稲沢市 杉山一三
桜の実踏み通勤の人の列 前橋市 河村葉子
沢蟹や勝手知つたる岩のくぼ 大垣市 大井公夫
ががんぼやローカル線の夜の駅 京都市 小川舟治
遠泳のしんがりを待つ立泳ぎ 茅ケ崎市 清水呑舟
存分に鳴いて眠りぬ梅雨の犬 香芝市 福井信之
教会の薄き座ぶとん梅雨じめり さいたま市 大石大
孑孑〔ぼうふら〕や一つ覚えの立ち泳ぎ 香取市 嶋田武夫
派出所の女性警官水打てり 日高市 金沢高栄
庶民には庶民の匂ひ夏の草 近江八幡市 橋本重夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月14日

◎ 夕端居旅の話の続き聞く 奈良市 渡部弘道
【軽舟先生評】「続き」としたことで長旅だったことがうかがえる。夕空に異国の情景がぼんやりうかぶよう。

○ 卯の花や水溜りある通学路 千葉市 新原藍
【軽舟先生評】通学路とだけ言って子供たちの様子は読者の想像にまかせた句。卯の花がよく似合う。
大盛の漁師の飯や額の花 日南市 宮田隆雄
紫陽花や蕎麦屋に一つ奥座敷 東京 吉竹純
風鈴が迎える島の港かな 大分市 坪内勉
諳ずる円周率や行々子 須賀川市 木村繁子
フロントをベルに呼びたる夏炉かな 横浜市 宮本素子
トラクターの土が路上に初蛙 新潟市 小林一之
梅雨鯰捕りし小川もU字溝 福島市 今野美子
夕焼けにトタンの納屋の錆匂ふ 稲沢市 杉山一三
ぶらんこに尽きぬはなしや夜のふける 立川市 竹崎しずか
ほうたるや雨後の田川の薄濁り 水戸市 くろさわ遊

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年7月6日

◎ 埋め立ての遅れに遅れ行々子 藤沢市 田中修
【軽舟先生評】さまざまな利害の渦巻く人の世のもめごとをそ知らぬふりで葭切の声がけたたましく響く。

○ 履歴書を書きなほす夜秋近し 東京 原信一郎
【軽舟先生評】作者の年齢から推すに定年退職後の仕事探しらしい。まだまだ世の中の役には立つはずだと。

馬鈴薯の花や帰郷の妻送る 富士宮市 渡辺春生
梅雨晴間月一湾の隅に出づ 沼津市 堀野一郎
青簾間使〔まづかい〕欲しき夜なりけり 松本市 太田明美
板前の青き剃り跡初鰹 長野市 小林明男
出漁の船脚見ゆる青葉かな 三重 山本十代保
若楓湯殿に桶の音ひびく 由利本荘市 松山蕗州
紫陽花や小雨に昏るる池の端 豊中市 亀岡和子
薔薇園の洋館窓を開け放つ 東京 永島忠
鰹節かく音軽し生麦酒 三浦市 安田勝洋
風の夜の草づたひなる蛍かな 滋賀 塚本深雪

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月30日

◎ これからが正念場なり羽抜鶏 一宮市 渡辺邦晴
【軽舟先生評】作者自身の正念場なのだろう。その姿を羽抜鶏に重ねている。自嘲の中に決意は窺える。

○ 巣立鳥街の玩具屋閉店す 水戸市 安方墨子
【軽舟先生評】量販店に押され後継ぎもなく閉店。かつての子どもたちの夢と笑顔を呼び覚ますような季語だ。

打水に発ちたる蝶の戻りけり 東京 神谷文子
沖遠くまで花冷の波がしら 奈良市 伊藤隆
柔らかく鉛筆削る春夕焼 沼津市 堀野一郎
バスタブに泡掻き立つる白夜かな 小平市 土居ノ内寛子
国境峠上るや桐の花 福岡 石田耕
時の日や同時に二つ鳴る時計 枚方市 竹内昭夫
サイダーや人まばらなるカーフェリー 東京 秋山雅子
沙羅咲くや後姿の父と母 吹田市 三島あきこ
探幽の虎のつそりと今年竹 前橋市 河村葉子
筒鳥や鎖で辿る行者道 岸和田市 岩田公子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月23日

◎ 社史編纂室に風入れ蔦若葉 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】創業五十年か百年か。倉庫から運んできた埃まみれの資料に先輩たちの努力の軌跡をたどる。

○ つばくろも葉書も海を越えてくる 町田市 枝沢聖文
【軽舟先生評】海外から届いた絵葉書と軒に巣をかけた燕。普段通りの生活にふいに広い海が現れるよう。

小刀で削る鉛筆芙美子の忌 宇部市 阿部高麗子
訝しき店の構へや夕薄暑 川口市 平山繁寿
味失せしガムなほも噛み桜桃忌 玉野市 松本真麻
牛蛙夜の底より鳴きにけり 白井市 毘舎利愛子
枇杷熟れて切支丹墓地暮れなづむ 下関市 小林知吉
蛍狩少年の声まつすぐに 船橋市 小沢光世
間近より鶯のこゑ雨上る 奈良市 佐々木元嗣
脚細き茶房の椅子や蔦若葉 松本市 太田明美
みどり児の寝足りし瞳柿若葉 大分市 猪原アヤ子
桜貝少年の夢失はず 和歌山市 堀江和子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月16日

◎ 新薬の名前長しよ春の雲 周南市 藤井香子
【軽舟先生評】医者の説明に半信半疑ながらこの新薬に賭けてみようと思う。春の雲の取合せに希望がある。

○ 富士を見よ筑波を見よと揚雲雀 いわき市 坂本玄々
【軽舟先生評】西に富士、東に筑波がはっきり遠望できる。雲雀を通して関東平野の大景を称えているのだ。

晩涼やキューピー狙ふ空気銃 東京 気多恵子
流鏑馬の射手は少年風薫る 岡崎市 金田智行
町工場若葉の窓を開けつらね 川口市 狩野睦子
本棚に返す歳時記明易し 別府市 渡辺小枝子
白日傘くるくる回し妻の客 宍粟市 宗平圭司
店たたむ洋品店や鳥雲に 沼津市 堀野一郎
金庫室昭和の匂ひ春惜しむ 松阪市 奥俊
二人居の静けさにあり夕蛙 坂東市 林きよ子
菖蒲湯や末は博士か大臣か 横浜市 大西三恵子
重ね塗る油絵具や麦の秋 神戸市 松ケ崎恵子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月8日

◎ 憲法記念日樹影に靴を磨きけり 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】休日に玄関先で自分の靴を磨く。「樹影に」とした清々しさが平和への思いを感じさせる。

○ 染付の山水に汲む新茶かな 調布市 佐藤悠紀子
【軽舟先生評】呉須の藍一色で湯呑に描かれた山水。新茶を注ぐと家のまわりの新緑が映り込んだようだ。

すれ違ふ日傘と日傘立ち止まる さいたま市 大石大
豆飯や貸農園の日曜日 吹田市 葉山芳一
少年に少女気高し姫女苑 可児市 金子嘉幸
空家には空家の空気夏の草 坂戸市 浅野安司
花冷やまづ熱々のもつ煮込み 東京 種谷良二
藤棚を抜けきし風のなまぐさし 銚子市 久保正司
高楼の春を惜しむや遠眼鏡 岡崎市 金田智行
早苗饗の継ぎ当てしたる幟かな 久慈市 和城弘志
子雀に雨後の明るき日暮かな 小田原市 守屋まち
野良犬に潮騒絶えぬ薄暑哉 下妻市 神谷たくみ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年6月2日

◎ 船室に島の子の絵や夏近し 立川市 葛井早智子
【軽舟先生評】島の暮らしの足になっているフェリー。過疎や高齢化が進んでも子どもたちの絵は明るい。

○ チューリップみな太陽を向いてをり 奈良市 梅本幸子
【軽舟先生評】花壇に咲きそろったチューリップはまさにこの句の通り。童心に帰ったような素直さ。

夏めくや勝手口なる男下駄 東京 気多恵子
見えてゐて陽炎のバスまだ着かず 水戸市 安方墨子
古着屋に軍服売られ昭和の日 大阪市 中岡草人
研究室泊の娘明易し 大和市 杉浦正章
葉桜や寮歌にうたふ吉田山 香芝市 矢野達生
音もなく明るき雨や著莪の花 千葉市 笹沼郁夫
薫風や天守は蔀開け放ち 今治市 井門さつき
葉桜や暖簾をくぐり昼の酒 青森市 柳野達男
家中の物音鈍し春の風邪 箕面市 今林淡花
雛僧の大き眼鏡や栗の花 東京 喜多島啓子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月26日

◎ 花ちるや競馬場より肩車 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】ギャンブル好きは困ったものだが子煩悩な父親らしい。肩車の一語で親子の情を描いた。

○ 行く春や父の書棚の日記帳 四條畷市 植松徳延
【軽舟先生評】かなりの冊数の古びた日記帳が眼に見えるようだ。父の年齢になったら読んでみようか。

屋根へ抛る乳歯ひとつぶ蜂光る 川越市 益子さとし
出迎へのなき赴任地の桜かな 行田市 新井圭三
春闌くや近くに二軒売家札 京都市 北村峰月
仕立屋の採寸終へし薄暑かな 小平市 八木峰子
花は葉に雀の声のよく通る 岡崎市 金田智行
葉桜にはげしき雨の夜明かな 奈良市 佐々木元嗣
汲む水のカルキの匂ふ穀雨かな 名古屋市 鈴木幸絵
夕霞子を呼ぶ声の尖りけり 入間市 安原勝広
ぶらんこに嬰抱く母の腰かけて 伊万里市 田中秋子
竹皮を脱ぐやまだ無理きく体 長野 矢島晩成

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月19日

◎ 葉桜や父の蔵書のもう増えず さいたま市 根岸青子
【軽舟先生評】読書家だったのだろう。廊下にまで積み上がった本の数に困らされたことも今はなつかしい。

○ カーテンを引けば朝ありチューリップ 東京 今泉忠芳
【軽舟先生評】チューリップが咲いてまるで絵に描いたような朝の風景。「朝あり」がユニークな表現だ。

葱坊主言ふこときかぬ奴ばかり 奈良市 上田秋霜
単語帳握りふらここ揺りもせず 東京 望月清彦
咲き切つて怖いものなしチューリップ 米子市 永田富基子
牛筋のシチュウことこと養花天 札幌市 塩見俊一
爺さんが婆さん写す花の下 大阪市 吉長道代
鳥交るタクシーを待つ浦和駅 深谷市 瀬下坐高
しやぼん玉透ける昭和の空遠し 稲沢市 杉山一三
鴨帰る川の向ふの家普請 福岡 石田耕
鶴島にまた亀島に春の雪 福岡市 千鳥由貴
風光る伊勢の奉納相撲かな 東村山市 竹内恵美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月12日

◎ 月に一度子に出す手紙水温む 大分市 坪内勉
【軽舟先生評】遠く住む子に手紙を書くことで季節の移ろいを感じる。故郷の山河にまた春がやって来た。

○ つひに見えぬ雲雀となりて吾を残す 東京 神谷文子
【軽舟先生評】広野に一人取り残された作者の孤愁。雲雀は作者の人生を去ったものの暗喩でもあろう。

風鐸の鈍き響きや雲雀東風 つくば市 村越陽一
囀や木枠に並ぶ試験管 小平市 八木峰子
のどけしや音おつとりとプロペラ機 坂戸市 浅野安司
日当たりが取り得の狭庭クロッカス 藤沢市 田中修
しやぼん玉新婦の頬にはじけたり 仙台市 小林水明
隣室もシーツ干したり風光る 横浜市 村上玲子
取的がスマホいじくる麗かな 東京 野上卓
畑打や夕刊の来ぬ峡暮し 周南市 木村しづを
琵琶法師徳利転がし春の昼 大牟田市 山口正男
花の雨散歩の犬と擦れ違ふ 我孫子市 加藤裕子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年5月5日

◎ 二人居て幸せ一つ春炬燵 宇佐市 安倍昭一郎
【軽舟先生評】「二人居て幸せ一つ」は俗っぽいフレーズではあるが、二人で春炬燵にあたる情景が見える。

○ 寺の名の駅降りにけり遅桜 東京 木内百合子
【軽舟先生評】読者それぞれの記憶にある寺の名の駅を思い出せば、それぞれに遅桜の景色が甦るだろう。

春愁や机小さきカフェテラス 山口市 中野元太郎
薫風やボーイ椅子引く予約席 大津市 若本輝子
青き踏む空を仰げば飛行船  岡山市 三好泥子
囀や小瓶にうつすオリーブ油 豊中市 後藤慶子
涅槃西風帽子おさへて橋渡る 埼玉 町田節子
スクランブル交差点ゆく虚子忌かな 東京 金子文子
ゆく春や畳の下の新聞紙 平塚市 保田一文字
春が来て毛布獣の肌ざはり 兵庫 桜井雅恵
春風や八ツ橋わたる影法師 さいたま市 木本光春
想ひ出を捨てつ拾ひつリラの花 松戸市 原田由樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月28日

◎ 一雨に大きく春の動きけり 吹田市 葉山芳一
【軽舟先生評】大らかな調べで季節の移ろいを詠いあげた。雨があがって一気に春めいて感じられたのだ。

○ 鳥雲につばさ無き身は腕を振り いわき市 坂本玄々
【軽舟先生評】鳥たちが去った地上で翼のない人間はせめて腕を振って歩く。作者の生き方にも通じるか。

白酒や四人姉妹の膝頭 別府市 渡辺小枝子
初蝶や古城に立てば人恋し 長崎市 田中正和
雨一日静かに降りて水温む 名古屋市 大島知津
木の根開く机一つの駐在所 一宮市 渡辺邦晴
春寒や役者は奈落だだ走り 東京 段原羊子
母の部屋階下に移す暮春かな さいたま市 根岸青子
投稿の職業無職春の雪 常陸太田市 塙経男
筑豊のボタ山消えて霾れり つくば市 矢野しげ子
白梅や古刹の瓦照り返す 神奈川 広井弘太郎
春の空時計と共に暮れてゆく 川越市 清野桃花

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月21日

◎ 小鳥屋に降り立つ小鳥春の雪 坂戸市 浅野安司
【軽舟先生評】籠に入った売り物の小鳥と自由に飛びめぐる小鳥。春の雪の日の出会いに静かな詩情がある。

○ 合格子まづコンビニに立ち寄れり 香取市 数合信也
【軽舟先生評】合格発表の後にもふだん通りの日常がある。コンビニを出して今の時代の若者らしさが出た。

野火煙次ぎつぎ電車呑み込めり 那須塩原市 谷口弘
軍艦のまどろむ入江初桜 東京 永井和子
はかり売りのジェリービーンズうららなり 東京 木村史子
無線機の応答間遠山笑ふ 神戸市 松田薫
亡き人の蔵書束ぬる余寒かな 館林市 寺内和光
啓蟄や書斎に籠る本の虫 宮崎市 吉原波路
春の灯に母音やさしき子守唄 東京 酒井徹
物干しにそよぐ産衣や暖かし 津島市 木下茂克
歌声の揺蕩ふ水辺猫柳 京都市 肥塚墨童
折紙の本を見て折る春灯下 和歌山市 池田和枝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月13日

◎ 転勤の荷は海わたる四月かな 宮崎市 十河三和子
【軽舟先生評】転勤する子の引越を手伝ったか。グローバル経済の時代をたくましく生きてほしいと願う。

○ 閉店の貼紙剥がす春の風 北九州市 中原徹
【軽舟先生評】どこの地方都市にもあるシャッター街。それでもこの店は幸い次の店の目処がついたらしい。

卒塔婆に鵯留まる余寒かな 調布市 田中泰彦
日筋差すところ緑や水の春 東京 望月清彦
冴返るガードレールに絶えぬ花 京都市 植村容治
春潮やマングローブの森の奥 千葉市 新原藍
料亭の松高ければ鴉の巣 大分市 首藤勝二
これはこの辺りの者と初蝶来 福岡市 林〓
退職者見送る門に燕来る 東京 種谷良二
如月や山の祠に小銭散り 桐生市 小島しげる
心中のありし左京区春の雪 浜松市 宮田久常
海を見る少年一人鳥雲に 東京 松岡正治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年4月7日

◎ 湯たんぽの冷めるころ見る母の夢 大和市 杉浦正章
【軽舟先生評】明け方近く母の夢を見る。湯たんぽの冷めるころという捉え方にせつない思いがにじむ。

○ 篝火のうしろの闇の落花かな 宇佐市 安倍昭一郎
【軽舟先生評】篝火に白く照り映えた花びらが深い闇に飲みこまれてゆく。日本画のような幽玄な情景。

春寒やきんつばを買ふ寄席帰り 高萩市 小林紀彦
芽柳や雨に濁りし川に風 松原市 平畑和子
好きなものばかりのおでんひとり酒 京都市 滝村実
囀やカーテン白き保健室 さいたま市 大石大
日曜もパソコンの前雛祭 坂東市 林きよ子
水温む人によくしてもらひけり 高知市 山路一夢
路地裏の寒灯低く螺子工場 加須市 野口勇一
立春や湖の鴎の耀へる 宗像市 梯寛
啓蟄の卓にひろげる日本地図 玉名市 竹下俊之
文いつも一筆箋や細雪 香取市 数合信也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月31日

◎ 凍蝶に遙かなる日の深空かな 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】空を飛びめぐった日々を今は遙かに思うばかり。作者の人生の暗喩とも読める一句だ。

○ 下萌や子の自転車は子が磨く 伊丹市 山地美智子
【軽舟先生評】自分のものは自分で大事にする。当たり前のことをきちんと教えられた子どもが凜々しい。

啄木忌会社休みて海に来し 東京 東賢三郎
赦されて仰ぐ大空草萌ゆる 岡崎市 金田智行
春の水小石ゆつくり沈みける 大和市 杉浦正章
校庭にものの芽の影やはらかし 名古屋市 大島知津
春兆す箸屋ブラシ屋豆かん屋 東京 鈴木利恵子
顔寄せて母に応ふる春炬燵 豊中市 清田檀
回廊を素足の僧や浅き春 藤沢市 山崎南風
水音に春の寒さのつのりけり みやま市 末崎充昭
ししむらに湯浴のほてり亀鳴けり 徳島市 椎野千代子
センター試験門が開いて列動く 徳島市 豊田牧

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月24日

◎ 法服の下にブラウス木の芽晴 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】若い女性裁判官を想像する。作者は法曹界の人。女性の進出をまぶしく見ているのだろう。

○ 春隣石段下りて川に沿ふ 洲本市 小川吉祥子
【軽舟先生評】欲のない描写だけれどいろいろなものが目に浮かぶ。枯色の川原にも春は近づいている。

セミナーは遺書の書方水草生ふ 沼津市 堀野一郎
集落に蜂飼来たる彼岸かな 奈良市 荒木かず枝
寒稽古終へて朝日の眩しかり 奈良市 上田秋霜
冬菊の吹かれて白し無縁墓地 奈良市 伊藤隆
口取のうぐひす餅にきれいな手 川崎市 木村きよみ
紅梅や空の青さの痛々し 名古屋市 鈴木幸絵
縁先に爪切る夫や春隣  日野市 坂巻恭子
春日和漁網繕ふ漁師をり 宇治市 原智夫
木枯や一等星が六つ見ゆ 龍ケ崎市 芳住久江
白鳥の呼び合ふ雪の夕べかな 郡山市 斎藤万亀子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月17日

◎ パンジーを植ゑたる花壇退職す 四條畷市 植松徳延
【軽舟先生評】自分の家の花壇でも駅前や公園の花壇でもよい。余生に向けて明るい一歩が踏み出される。

○ 待つ五分長し雪降る雪積もる 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】約束した人はまだ来ない。畳みかける雪の描写に心情が窺える。今年の大雪ならではの句。

立春のくさめ三つが続けざま 川越市 峰尾雅彦
生来の短躯健啖山笑ふ 香芝市 矢野達生
唇の云ふこと聞かぬ寒さかな 横浜市 守安雄介
額髪あげて書きもの春浅し 東京 木村史子
突堤の端に画架据ゑ風光る 周南市 河村弘
寒灯や書き溜めしもの枕辺に 島根 高橋多津子
老農の家の真上を鳥帰る 秋田市 嶋田由紀夫
赤飯にかける胡麻塩春立てり 箕面市 山田加代子
オルガンに届く日差や春隣 神戸市 田代真一
春寒や客ひとりなる理髪店 芦屋市 水越久哉

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月10日

◎ 毎日が一人暮らしや枇杷の花 奈良 中川潤二
【軽舟先生評】新しい一日が来るたびに一人であることを実感する。枇杷の花のように穏やかで静かな暮らし。

○ 卵焼詰めて弁当春めきぬ 大阪市 佐竹三佳
【軽舟先生評】長い菜箸を器用に使って弁当のおかずを詰めていく。卵焼を詰めたらぱっとはなやいだ。

牧場に夕映移る余寒かな 八王子市 田谷敬子
狐鳴く町から消えし赤電話 山口市 正木千鶴子
造船所冬たんぽぽの絮とべり 奈良市 荒木かず枝
春めくや幟はためく自転車屋 野田市 塩野谷慎吾
スカーフに箪笥の匂ひ春隣 横浜市 畠山洋二
水仙と聖書とタイプライターと 船橋市 小沢光世
根の赤きはうれんさうや母恋し 日高市 落合清子
卓上の眼鏡と葉書日脚伸ぶ 千葉市 畠山さとし
石段の隅に日差や冬菫 今治市 井門さつき
機音のかそけき雪の十日町 水戸市 安方墨子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年3月3日

◎ 樹林帯凍裂の音谺せり 東京 山口照男
【軽舟先生評】冬山の登山だろうか。雪嶺をめざして樹林帯を進む静寂と寒気と畏怖が伝わってくる。

○ 伊東屋に選ぶ便箋春の雨 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】銀座に出たついでに立ち寄った伊東屋。舗道を行き交う色とりどりの傘まで目に浮かぶ。

春立つや男鰥〔やもめ〕の水仕事 大阪 北本迷愚
黄昏は人攫ふ色風疼く 別府市 渡辺小枝子
蟷螂の卵焼かるる榾火かな 横浜市 芝公男
雀呼ぶ米の白さや春隣 横浜市 宮本素子
独り居の足の寂しき炬燵かな 白井市 毘舎利愛子
この空は世界に続く冬の虹 倉敷市 瀬戸初音
煖炉燃ゆ杣は白河夜舟かな 橿原市 近藤八重子
煎餅焼く香に雪が降る小路かな 奥州市 白石忠平
春寒や人見ぬ午後の苑の木々 鈴鹿市 岩口巳年
三が日過ぎ玉子かけご飯かな 下関市 籾倉祥吾

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月24日

◎ 空港も河口も分かず吹雪きけり 新潟市 小林一之
【軽舟先生評】茫漠たる吹雪の大景を格調高く詠っている。河口の先には荒れた日本海が広がっているはず。

○ 墨香の仄かに甘き雪夜かな 松本市 太田明美
【軽舟先生評】雪の降る夜に静かに墨をおろす。その香りを仄かに甘いとまで感じる作者の心持ちが快い。

大寒や富士見坂より引き返す 東京 松崎夏子
さみしさの谺してゐる耳袋 東京 木村史子
図書室の天井高し冴返る 宇部市 阿部高麗子
ショールして後ろ映せる鏡かな 東京 神谷文子
室咲や二階の広き喫茶店 奈良市 荒木かず枝
嫁に受く安産守り冬桜 豊中市 谷良子
夫と子に就職遠し冬かもめ 霧島市 久野茂樹
牛丼にコツンと割りし寒卵 奈良市 上田秋霜
巻きずしの海苔つやつやと女正月 姫路市 前田嘉代
旧任地無人駅舎に寒牡丹 名古屋市 浅井清比古

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月17日

◎ 煮凝や夫の出張一日目 周南市 藤井香子
【軽舟先生評】少々長い出張らしい。夫のいない家の不安と緊張が季語から伝わってくるようだ。

○ 文鳥は物音立てず雪催 玉野市 松本真麻
【軽舟先生評】文鳥の物音くらいしかしない静かな暮らしなのだろう。その文鳥すら息をひそめた静けさ。

牡丹鍋灰汁ぎらつかせ滾りをり 霧島市 久野茂樹
朳〔えぶり〕摺るまだ童顔の烏帽子かな 久慈市 和城弘志
甘露子〔ちょうろぎ〕やむかしは何処も子沢山 神戸市 森川勧
火の心もて牡丹の冬芽立つ 弥富市 富田範保
臘梅や暮六つの鐘地を這へる 福岡市 三浦啓作
雪の夜の転轍器燃ゆ操車場  東京 野上卓
日の射せば微塵見えたり冬泉 洲本市 小川吉祥子
津軽発つ日の停車場の氷柱かな 狭山市 平野和士
不忍の鴨帰るなりうす曇 東京 小暮恵三
コンビニの珈琲すすり初仕事 四條畷市 植松徳延

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月10日

◎ 鶏の目のうらがへる寒さかな 市川市 杉森日出夫
【軽舟先生評】寒さのあまり白目を剥いているのか。江戸絵画の奇想の系譜に連なるような「うらがへる」。

○ 猫抱いて女同士の御慶かな 沼津市 堀野一郎
【軽舟先生評】なんだか女同士もニャーニャー言っているみたい。作者の皮肉な目の効いた世俗的な正月詠。

陰膳に置く太箸の白さかな 小平市 土居ノ内寛子
餅を焼く単身赴任最後の日 茅ケ崎市 清水呑舟
輪中村青く沈みて月冴ゆる 可児市 金子嘉幸
冬萌やユニセフギフト注文す 福島市 清野幸男
風やみし尾根の入り日や鹿の声 青梅市 中村和男
集落を南面に抱き山眠る 名古屋市 可知豊親
寒菊や一人暮しの日曜日 東京 東賢三郎
農を継ぐ人減りて村寒きかな 秋田市 嶋田由紀夫
ランナーをゴールに包む毛布かな 周南市 河村弘
たなごころまだ熱いチャイもてあます 兵庫 桜井雅恵

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年2月3日

◎ どの家も灯り惜しまず大晦日 須賀川市 関根邦洋
【軽舟先生評】年の夜の深い闇と家々の灯の豊かさ。東日本大震災の被災地と知ればなおさらありがたい。

○ 寒に入る琅玕〔ろうかん〕なせる濠の面〔おも〕 福岡市 三浦啓作
【軽舟先生評】琅玕とは竹や硬玉の深い緑。寒に入り静まり返った水面を見つめる作者の心持ちも伝わる。

青空に源流ひびく若菜摘 大阪市 中岡草人
寒禽や地にやはらかき槻の影 町田市 枝沢聖文
古井戸に柊の花こぼれけり 長野市 内山太郎
みどり子の寝足りし顔や白障子 大分市 猪原アヤ子
大利根を船下りゆく冬の雨 さいたま市 佐々木力
昏れなづむ甲斐駒雪をあらたにす 西東京市 針ケ谷里三
餅を買ひ買物籠の傾きぬ 可児市 金子嘉幸
しぐれ去る車窓まもなく降車駅 東京 木村史子
デッサンに鉛筆十本煖炉燃ゆ 亀山市 松本美江子
数へ日や丸めて絞る歯磨粉 京都市 植村容治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月27日

◎ 放たれて全身狩の犬となる 松阪市 松江山水子
【軽舟先生評】「全身」の一語で猟犬の四肢の先までみなぎる緊張感と躍動感が伝わってきた。

○ 幾重にも白きたてがみ冬の海 延岡市 九鬼勉
【軽舟先生評】沖から寄せてくる白波を白きたてがみと見立てたわけだが、勇壮で冬の海らしい。

夕暮の薄彩〔だ〕みの町暖炉燃ゆ 京都市 小川舟治
雪催客なきバスの折り返す 鯖江市 木津和典
背伸びして焼藷を買ふ子供かな 坂東市 林秀峰
プレートの鬩〔せめ〕ぐ列島年詰まる 東京 吉竹純
けんけんに遊ぶ礎石や散紅葉 弥富市 富田範保
耳さとき大型犬や花八ツ手 高崎市 福田怜子
熱燗や甲斐性なしの意気地なし 伊丹市 奥本七朗
昼の海おだやかなりし冬至かな 周南市 河村弘
弁当を温めてをり焚火番 川口市 平山繁寿
山国の駅舎を灯し年暮るる 豊田市 小沢光洋

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月20日

◎ 母と子の月日は淡し都鳥 富士吉田市 川井里子
【軽舟先生評】子が巣立って会うことは減っても母の思いは変わらない。都鳥が謡曲「隅田川」を暗示する。

○ 年取つて何が目出たし年明くる 香取市 嶋田武夫
【軽舟先生評】いまさら何がめでたいものか。そうぶちまけながら、それでもなぜかめでたさが出ている。

聖夜なり枕辺照らす読書灯 大阪市 佐竹三佳
なまはげの行きも帰りも酒臭し 秋田市 嶋田由紀夫
緞通の藍深き奥座敷かな 松本市 太田明美
冬菜畑しやがめば影もしやがみけり 福知山市 衣川登代
短日や掃除機かくる修行僧 横浜市 村上玲子
チェンバロを弾く白い手や冬灯 西都市 子安美和子
角打ちの足速に去る師走かな 長崎市 原田やすこ
数へ日や灯りてくらきたこ焼屋 豊中市 亀岡和子
冬の蝶日の菜園にまぎれつつ 兵庫 井上節夫
短日の瞬いてつく蛍光灯 つくば市 小川井子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月13日

◎ 南朝の果てし吉野や返り花 香芝市 矢野達生
【軽舟先生評】教科書にも書いてある程度の常識が季語一つで詩になる。季語は作者の思いそのものだ。

○ 初霜や勝手口より母の声 加須市 野口勇一
【軽舟先生評】初霜の降りた朝。勝手口が開いている。聞こえてきた母の声は現実なのか幻なのか。

寒満月下り最終電車過ぐ 龍ケ崎市 白取節子
にんじん買ふフランス映画みての帰途 豊橋市 河合清
鷹の羽の栞美し黙示録 みよし市 稲垣長
百均のレインコートや小夜時雨 明石市 小田慶喜
義理すます年金暮らし年の暮 常総市 前岡博
音立てて桜紅葉に朝の雨 洲本市 小川吉祥子
一村に一寺一社の豊の秋 常陸大宮市 笹沼実
冬晴や掃き清めたる石畳 筑西市 大久保朝一
明け遣らぬ空に三日月欅散る 東京 鈴木利恵子
漱石派鴎外派灯下親しかり 札幌市 塩見俊一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2014年1月6日

◎ 妻はまだ掌を合せをり初詣 名古屋市 可知豊親
【軽舟先生評】妻の願い事はよほど多いらしい。といっても、そのほとんどは自分以外の家族のことなのだ。

○ 返信のかはりに電話冬桜 奈良市 渡部弘道
【軽舟先生評】電話の声にはメールやファックスでは伝わらない何かがある。そんな気持ちに冬桜が似合う。

宵待ちてつける耳環やクリスマス 松本市 太田明美
ライターの火が蝋燭に近松忌 大阪市 中岡草人
方丈さん大黒さんの落葉掻 可児市 金子嘉幸
黒びかりして朝市の寒蜆 久慈市 和城弘志
猿山に一悶着や神の留守 高崎市 猿渡道子
雪蛍飛ぶケネディが撃たれた日 上尾市 鈴木良二
百姓に焚くもの多しひたき来る 青梅市 中村和男
三面鏡閉ぢしままなり笹子鳴く 吹田市 御前保子
猟犬の総毛逆立つ川辺かな 大和市 小早川隆男
仏壇の母に日矢射す冬至かな 香取市 諏訪好道

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月23日

◎ 茶の花や農学校へ続く坂 名古屋市 大島知津
【軽舟先生評】農学校の実習用の小さな茶畑。いつもの散歩道だが花に気づくと何か得した気分になった。

○ 一雨のあとの茶の花月夜かな 藤沢市 田中修
【軽舟先生評】うるんだ夜気に白い茶の花がぼんやり浮かぶ。明日はどうやら小春日和になりそうだ。

表具師の薬缶鳴りづめ年つまる 弥富市 富田範保
完走のランナー包む毛布かな 川口市 狩野睦子
晨朝を告ぐる鐘の音冬に入る 福岡 水本辰次
大学芋蜜たつぷりと小春かな 富士市 麻生好子
冬晴の湖を見下ろす樹間かな 入間市 大矢勲
雲水の雑巾しぼる霜夜かな 香芝市 福井信之
襖絵に釣り人のゐる小春かな 亀山市 ふじわら紅沙
冬ざれや満月照らすボート小屋 東京 永井和子
雨去りし朝の眩しき石蕗の花 鯖江市 矢部佳子
短日やそこはかとなく急ぎ足 八王子市 福岡悟

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月16日

◎ 霜月の一番星に鎌の月 河内長野市 北阪英一
【軽舟先生評】夕空に鎌のような三日月と一番星がさえざえと輝く。霜月らしい空気の冷たさを感じる。

○ かけそばに玉子落して十二月 由利本荘市 松山蕗州
【軽舟先生評】十二月としたのがよい。小腹を満たすかけそばに浮かんだ玉子の黄身がほっとさせる。

旋盤の一つ明りの夜なべかな 川口市 平山繁寿
長き夜やすこやかに鳴る古時計 名古屋市 浅井清比古
野良猫のつかずはなれず末枯るる 宮城 藤井儀和
百円の缶コーヒーや秋の風 川崎市 岡村還
立冬や湯気立つ飯と梅干と さいたま市 佐々木力
長き文書きたくなりぬ冬はじめ 大阪市 永井経子
金券屋ばかり混み合ふ初時雨 東京 野上卓
はるかなる海を眺めて七五三 奈良市 佐々木元嗣
舟唄と下る小舟や白秋忌 奈良 簗川和夫
新しき木道を継ぎ水葵 新潟市 小林一之

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月8日

◎ 校庭に松葉焚きをり白秋忌 大阪市 中岡草人
【軽舟先生評】北原白秋の忌日は十一月二日。冬の近づく学校の静かな情景に白秋の作品世界が重なる。

○ 病棟を死に神歩く寒暮かな 静岡市 牧田春雄
【軽舟先生評】静まりかえった病棟。死に神に向き合うことは自分自身に向き合うことでもあるのだろう。

邯鄲や即かず離れず老夫婦 東京 沢田倭平
小春日や佃の路地に写生会 つくば市 村越陽一
蘆刈の鎌のきらめく湖北かな 東大阪市 三村まさる
履物をきちんと揃へ菊日和 横浜市 畠山洋二
夜の雨に黄葉しるきポプラかな 入間市 松井史子
熊捌く手順に見入るマタギの子 名古屋市 可知豊親
霜月の朝の薬を呑みにけり 秋田市 嶋田由紀夫
水脈曳いて渡船往き交ふ小春かな 河内長野市 伏谷勝博
ヘリコプター長蔵小屋の冬仕度 西東京市 橋本温実
単線の車窓に続く曼珠沙華 石岡市 野口明子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年12月2日

◎ 右に富士左に筑波草紅葉 日高市 滝秀子
【軽舟先生評】これぞ関東平野の大景。澄んだ空気に二つの名山がはっきり見える。草紅葉の広がりがよい。

○ 身にしむや訃報に乗りし夜のバス 長崎市 田中正和
【軽舟先生評】訃報を聞いてすぐに夜行バスに飛び乗った。親しい仲だったのだろう。季語に実感がこもる。

まつり笛太白仰ぎ帰りけり 大津市 若本輝子
コスモスのしとどに雨の日比谷かな 東京 永島忠
新藁を刻み仔牛の飼葉桶 町田市 枝沢聖文
金柑や藁屋に聞こえ嬰の声 明石市 岩田英二
高窓に秋のひかりや朝の弥撒 松本市 太田明美
鯊釣りの夫につきあふ日和かな 入間市 松井史子
再婚のほどほどの仲栗御飯 京都市 小川舟治
校長室本棚ひとつ榠樝の実 四條畷市 植松徳延
独り身の息子は初老秋あかね 一宮市 渡辺邦晴
天高し妻まるまるとリバウンド 名古屋市 可知豊親

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2013年11月25日

◎ 恐竜の夢のゆふぐれ芒原〔すすきはら〕 東京 吉竹純
【軽舟先生評】夕暮れの広い芒原をひとりゆく。絶滅前に恐竜が見た夢の中もこんな寂しさだったろうか。

○ 焼魚定食日和白木槿 名古屋市 鈴木幸絵
【軽舟先生評】午前中の勤務を終え昼食をとりに外へ出る。こう呼びたくなる日和に白木槿がよく似合う。

無住寺に狐棲みつく神の留守 愛西市 坂元二男
ゆく秋や眼鏡ことりと木の机 上尾市 鈴木良二
大汐の河遡る良夜かな 市川市 杉森日出夫
月の宿ともしび明う迎へらる 国分寺市 越前春生
七十の恋は岡惚れ秋うらら 神戸市 中野道雄
色鳥や揉洗ひして化粧パフ 松本市 太田明美
初時雨店主早めの灯を点す 調布市 佐藤悠紀子
受付のガラスコップに秋桜 糸島市 村上明
床本に太夫の手擦れ近松忌 芦屋市 大森敏光
バーテンがグラス拭きをる居待月 調布市 田中泰彦