毎日俳壇 | 小川軽舟選 2017年

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月25日

◎ 坂道を転げる企業返り花 青森市 天童光宏

【軽舟先生評】戦略の失敗や不祥事で大企業がたちまち瓦解する今日この頃。季語に小さな希望がある。
○ 小春日や父の遺品の将棋盤 明石市 北前波塔
【軽舟先生評】小春日和の縁側で駒を並べていた父を思い出す。埃(ほこり)を払って久しぶりに使ってやろうか。

葱きざむ昨日と同じ朝が来て 東京 喜納とし子
初雪やコンビナートの夜明け前 東京 東賢三郎
音絶えて久しき生家石蕗の花 和歌山市 松葉ナリ子
薬局の軽音楽や冬の雨 津市 渡邊健治
雨となり休む勤労感謝の日 宍粟市 宗平圭司
初雪や徳利揃へて友を待つ 鎌倉市 高橋暢
呉服屋の夜は碁会所暮早し 横浜市 村上玲子
雀荘に美人プロ来る小春かな 東京 氣多恵子
古セーター毛玉取り取り捨てもせず 門真市 田中たかし
冬月やキャバレー従業員出口 東京 野上卓

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月18日

◎ 冬深し洋間の祖父の肖像画 東京 今泉忠芳
【軽舟先生評】洋間という言葉が懐かしい味わい。「冬深し」の季語にその家の時間の奥行きを感じた。

○ 沢庵や国際線の機内食 神戸市 松田薫
【軽舟先生評】海外旅行からの帰路だろうか。添えられた沢庵漬に帰国の思いが俄かに高まる。

オカリナを風に聞かせて枯野人 高山市 直井照男
ミサイルの避難訓練鶴来る 北九州市 吉松正彦
菩提寺はたそがれ早し石蕗の花 松江市 曽田薊艸
白猫の小〔ち〕さき頭〔つむり〕も冬に入る 松戸市 花嶋八重子
色変へぬ松大学の時計台 福岡市 三浦啓作
鸚哥〔いんこ〕死んでみるみるちぢむ小春かな 奈良市 荒木かず枝
何ひとつまとまらぬまま冬ざるる 東京 齋木百合子
朝寒の新幹線の乗り場かな 川口市 平山繁寿
恐竜の化石の山も時雨れけり 久慈市 和城弘志
昼休み行くあてもなし虎落〔もがり〕笛〔ぶえ〕 川崎市 山田友樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月12日

◎ 行く秋やプールサイドの白き椅子 和泉市 白井恭郎
【軽舟先生評】今は人気のないプールサイドの光景。白い椅子が季節に置き去りにされたように見える。

○ 人生は途中で終わる冬の虹 土浦市 今泉準一
【軽舟先生評】完成する人生などない。冬の虹を見上げて、だからこそ日々を大切に生きようと思う。

寛解の短き秋を惜しみけり 神奈川 中島やさか
虫しぐれ通夜へ行く道帰る道 熊本市 寺崎久美子
指先にインクの染や夜業果つ 太宰府市 上村慶次
栞〔しおり〕紐禿〔ち〕びし古本柿紅葉 東京 種谷良二
路地裏に木の実降らせて雨上る 大津市 深田弥栄子
立冬や高さ貪るビルの群 由利本荘市 松山蕗州
木枯しや用務員室白湯〔さゆ〕匂ふ 東京 吉田かずや
まじまじと夢問ふ上司菊膾〔なます〕 東京 木村史子
でたらめに吹く口笛や黄落期 尼崎市 吉川佳生
立冬や膝を崩さず囲碁を打つ 横浜市 牧野晋也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年12月4日

◎ 蘆原や空港近き斜張橋 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】海に近い空港か。昔のままの蘆原と現代的なデザインの斜張橋が新しい風景をなす。

○ ひと眠りしに行く床屋冬隣 古賀市 大野兼司
【軽舟先生評】うとうとまどろむのも散髪の楽しみ。蒸しタオルを顔に当てられて冬も近いなと思う。

夕風を払ふ夜風や虫送 北本市 萩原行博
銀杏散る学生街の古本屋 東京 喜納とし子
行く秋や新婚家庭椅子二つ 茨木市 遠藤一鳥
明けきらぬ夜の群青に鵙〔もず〕の声 寝屋川市 荒木ひろみ
信長の城下の桐の返り花 津市 田山はじめ
夕影の遠浅の海冬隣 船橋市 村田敏行
本店の高き吹抜けそぞろ寒 東京 根岸哲也
看護師の消灯告げる夜寒かな 太宰府市 武富まさの
死んだことまだ知らぬ貌〔かお〕鵙の贄〔にえ〕 可児市 羽貝昌夫
来た道を引きかへすほど秋深し 池田市 黒木淳子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月27日

◎ みちのくや触るるばかりに鳥渡る 東京 永島忠
【軽舟先生評】澄み切った空にくっきりと渡り鳥の姿が見えるのだろう。鎮魂の思いも感じられた。

○ 赤い羽根今朝の背広に移しけり 東京 種谷良二
【軽舟先生評】募金の子供たちに昨日つけてもらった赤い羽根。ささやかな晴れがましさを今日も味わう。

色鳥や婚礼今し始りぬ 秋田市 神成石男
秋夕焼消えて平らに水残る 稲沢市 杉山一三
降り止まぬ雨や夕餉の栗おこは 吹田市 三島あきこ
一日にひとつの仕事胡麻叩く 日向市 黒木鳩典
蕭条と秋雨平家物語 町田市 枝澤聖文
チョコレート割つて夜長の机かな 東京 神谷文子
鯛焼に並ぶ老若男女かな 春日市 林田久子
秋雨や路肩に細く水たまり 静岡市 森保郎
秋場所や時折止まる床屋の手 下関市 福永浩隆
暫くは飛蝗〔ばった〕とびかふ散歩みち 飯塚市 倉田幸男

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月20日

◎ 人肌の酒の恋しき既望〔きぼう〕かな 奈良市 斎藤利明
【軽舟先生評】既望とは望月を過ぎた十六夜の月。人肌の燗酒とともに、人肌そのものも恋しく思われる。

○ 行く秋や櫂立ち並ぶボート小屋 千葉市 畠山さとし
【軽舟先生評】ボートを漕ぐ人はまばらで、櫂がずらっと立ち並ぶ。行く秋を惜しむ心が風景に表れている。

針箱にボタンの小筥〔こばこ〕小鳥来る 福岡市 三浦啓作
風呂敷の上の着替へや菊香る 東京 木内百合子
夕刊を読み返しをり虫時雨 我孫子市 加藤裕子
菊日和朝の川面のしづかなる 伊万里市 田中秋子
小包みを出し葉書買ふ鰯雲 鈴鹿市 岩口已年
秋冷や立ち食ひ蕎麦に背を丸め 流山市 小林紀彦
おでん屋の点る駅裏通りかな 唐津市 梶山守
波頭寄する浜辺や法師蝉 京都 千賀壱郎
見舞客去にし病室秋の暮 大阪 池田壽夫
冬近き庭に鋏の響きけり 東京 菊池和正

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月14日

◎ 風神も袋繕ふ良夜かな 長岡京市 みつきみすず
【軽舟先生評】風もなく穏やかに晴れた名月の夜。風を起こす袋を繕っている風神を空想したのが楽しい。

○ スカーフは風に奔放秋の浜 横浜市 宮本素子
【軽舟先生評】潮風にはためく派手なスカーフを奔放だと感じた。それを纏(まと)う女性もまた、と思わせる。

正面に月振りむけばネオン街 東京 野上卓
朝霧のまつはる支社や異動先 東京 吉竹純
眠らない街の片隅ちちろ鳴く 一宮市 渡辺邦晴
捨猫に呼ばるる路地の月明り 東久留米市 夏目あたる
冷やかや箒持ち寄る清掃日 八尾市 岡山茂樹
新しきノートに秋の日射しかな 鹿嶋市 津田正義
机の傷なでつつ秋を惜しみけり 香取市 中野弘
妻の肩揉んで凡夫の夜長かな 袖ケ浦市 浜野まさる
テレビ消し月の光に眠りけり 明石市 北前波塔
細筆に墨含ませて月今宵 浜松市 田中安夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年11月06日

◎ 鯖雲や大阪港の検潮所 豊中市 亀岡和子
【軽舟先生評】空には鯖雲が広がり、港にはひたひたと潮が寄せる。検潮所に目をつけたのがおもしろい。

○ 初霜や漬物石の干されたる 国分寺市 伊澤敬介
【軽舟先生評】初霜の降りた冬晴の空の下、洗った漬物石が干してある。白菜に大根、漬物シーズン到来だ。

父とゐて淋しがる児や夜の秋 深谷市 酒井清次
亡き父の声木犀の風の中 福岡市 内匠良子
残業のデスク実家の青蜜柑 東京 木村史子
暮れてまだ海見てをりぬ秋袷〔あわせ〕 日高市 落合清子
千鳥足秋の夜風に吹かれゆく 高山市 直井照男
妻の鬱癒えて二人の後の月 習志野市 長尾登
水澄みて湖底の村の夜が白む 長門市 山田耕二
唄ひつつブッセの空へ鳥帰る 札幌市 小仏三郎
本堂の金の天蓋今朝の秋 八王子市 干〓きん子
鐘楼に風吹き上がる秋の暮 大阪 芹澤由美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月30日

◎ やや固きシングルノット爽やかに 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】シングルノットはネクタイの結び方の基本。クールビズが終わったサラリーマンの感慨だ。

○ 紐を二度引いて消す灯や望の月 国分寺市 越前春生
【軽舟先生評】どうでもよい些細なことだが、「紐を二度引いて消す」に「そう、そう」と頷きたくなる。

磔像の脚地に触れず草の花 吹田市 末岡たかし
黒煙を噴いて出航秋の海 古賀市 大野兼司
荒海に負けぬうねりや芒〔すすき〕原 横浜市 横山一夫
体重の少し戻りし子規忌かな 東京 松嶋光秋
むさし野の鳥獣保護区小鳥来る 町田市 枝澤聖文
敬老の日を曖昧に終はりけり 東大阪市 北埜裕巳
水澄んで低き峰から暮れにけり 福知山市 森井敏行
茅葺〔かやぶ〕きに厚き軒端や蛍草 平塚市 藤森弘上
人生の流れは早し秋の雲 東京 高山親典
迷ひたる金木犀の風の中 寝屋川市 荒木ひろみ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月22日

◎ 台風一過フロントガラス光満つ 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】澄んだ空、ボンネットの青い落葉、そして光に満ちたフロントガラスに台風一過を実感。

○ こほろぎや母に厨〔くりや〕の広きこと さいたま市 根岸青子
【軽舟先生評】昔はそうは思わなかった。母に厨が広いと感じるのは、母が年老いたからなのだ。

冷〔すさ〕まじき市塵〔しじん〕の監視カメラかな 水戸市 砂金祐年
団地の中通りぬけたる良夜かな 東京 喜納とし子
コスモスや校門前の文具店 町田市 友野瞳
雲水の托鉢日和鴨渡る 神奈川 中島やさか
伊勢に行く舟道あをし鷹渡る 津市 田山はじめ
石屋には石の音して鰯雲 伊勢市 奥田豊
竹林に一族の墓曼殊沙華 藤沢市 石上節子
店番と思〔おぼ〕しき猫や秋の昼 渋川市 石坂智子
芒〔すすき〕原あかがね色に風渡る 久喜市 因泥啓子
法師蝉我忘るなと鬨〔とき〕の声 川崎市 山田友樹

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月16日

◎ 一灯を分けて読書と夜なべかな 深谷市 酒井清次
【軽舟先生評】一つの電灯の下で夫は読書、妻は夜なべ仕事(逆でもよい)。無言でも気持ちは通じている。

○ 長き夜や妻も輾転反側〔てんてんはんそく〕す 兵庫 小林恕水
【軽舟先生評】夫婦共通の心配事でもあるのか。「輾転反側」の大仰な表現がユーモラスでもある。

夜の雨一気に秋を引き寄せる 岡山市 久山順子
秋高し本を売りまた本を買ふ 西尾市 岩瀬勇
梧桐〔あおぎり〕や酒家の土蔵の格子窓 水戸市 砂金祐年
がちやがちやにいよよ明るき晴夜かな 嘉麻市 堺成美
軽トラの荷台が店ぞ秋茄子〔なすび〕 鯖江市 大森弘美
突堤へつつかけで行く良夜かな 調布市 佐藤悠紀子
木槿〔むくげ〕咲くひと日ひと日を小走りに 東京 齋木百合子
秋深し前行く人が角曲がる 堺市 成山 清司
祈ることやめずにゐるよ曼殊沙華 松戸市 原田由樹
天高し妻のレシピに挑戦す 香取市 中野弘

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月9日

◎ 帰省子に薬を買ひに走りけり 東京 小栗しづゑ
【軽舟先生評】実家に帰ったとたんに熱でも出したか。大きくなってもわが子のことは心配なのだ。

○ 解体のビルへ放水秋うらら 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】見慣れた街の風景が変わっていく。それを未来志向で明るく受け止める季語がよい。

木槿〔むくげ〕咲く煮物上手の弁当屋 東京 氣多恵子
虫時雨手枕解きてだまり居る 坂戸市 戸田九作
己が血の熱きを恃〔たの〕み鳥渡る 茅ケ崎市 清水呑舟
大学の休みは長し花薄〔はなすすき〕 岡山市 三好泥子
切れさうな蛍光灯や蚯蚓〔みみず〕鳴く 白井市 毘舎利道弘
秋燕や角の区画に家建ちぬ 羽曳野市 細田義門
遠花火国道一人帰りけり 直方市 江本洋
夕菅〔ゆうすげ〕や今日といふ日の茜空 神戸市 大岩正彦
秋燕いのち一つの旅に出る 福岡市 中田里美
八月尽バス停の影伸びをりぬ 吹田市 渡邉建彦

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年10月2日

◎ 朝寒〔あささむ〕の膝並びゐる電車かな 鎌倉市 松崎靖弘
【軽舟先生評】秋も深まった朝の通勤風景。向かいのシートに並ぶ膝小僧も季節の変化を感じているよう。

○ 秋暑し仕事が仕事つれて来る 由利本荘市 松山蕗州
【軽舟先生評】自営業ならありがたく、サラリーマンなら少々つらい。汗を拭き拭きがんばるのみ。

赤とんぼ群れて団地の昼深し 北九州市 宮上博文
屈みたる母を真中や門火焚く 太宰府市 上村慶次
アパートの長き廊下や秋の蝉 秋田市 鈴木華奈子
螻蛄〔けら〕鳴くや就寝早き両隣 横浜市 村上玲子
廃校に百葉箱や草の花 今治市 越智ミツヱ
悪友の吾も悪友吾亦紅〔われもこう〕 香取市 嶋田武夫
子が誘ふラジオ体操朝ぐもり 青森市 小山内豊彦
かなかなや愛宕〔あたご〕の山の杉険し 門真市 田中たかし
萩の路地傘高くして通しけり 会津若松市 国府鐘一郎
畑屑を燃やす煙や秋うらら 所沢市 木戸昭

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月25日

◎ 燐寸〔マッチ〕の火消ゆる匂ひや流れ星 横浜市 畠山洋二
【軽舟先生評】燐寸の火も流れ星も一瞬で消えるもの。その取り合わせに秋めいた余情がある。

○ 水澄みて日差しが軽くなりしかな 唐津市 梶山守
【軽舟先生評】じりじり照りつける夏の日差しではない。「軽くなりしかな」は感覚が捉えた秋の日差しだ。

吾が住み処見下す墓に参りけり 周南市 河村弘
七夕や猫が隣に来て坐る 市原市 稲澤雷峯
新涼や五番ホームのラーメン屋 福岡 村岡昇藏
秋めくや新生活の鍋と皿 茨木市 遠藤一鳥
初秋や風に誘はれ昼の酒 我孫子市 矢澤準二
電気柵めぐらす峡や田水沸く 弥富市 富田範保
初秋や盥〔たらい〕の底に光る砂 福岡市 三浦啓作
馬追のうかがふ小屋の敷居かな 奥州市 生田東
酷暑なり犬の舌先地まで伸び 東村山市 遠藤恵子
秋澄むや造酒屋の水の音 横浜市 横山一夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月18日

◎ 朝顔や下駄の片方裏返り 東京 種谷良二
【軽舟先生評】慌てて家に上がったのだろう。下駄の様子から切り取ったなんでもない日常の一齣。

○ 妻の留守をかしくもなし冷奴 堺市 井崎雅大
【軽舟先生評】「をかしくもなし」の憮然とした口ぶりがおかしい。本当は心細いのだ。

しあはせはいつも普段着草の花 東久留米市 矢作輝
カンナ燃ゆ限界集落の故山 四條畷市 植松徳延
夏蓬長〔た〕けて久しき売地なり 宇部市 谷藤弘子
鈴虫を飼ひて孤老となりにけり みよし市 稲垣長
阿波踊嬋娟〔せんけん〕としてをみなの手 豊橋市 河合清
休日の校庭広し蝉時雨 東京 今泉忠芳
ヘルメット被りバイクの盆の僧 奈良市 渡部弘道
転〔うた〕た寝の醒めて鼻かむ夜の秋 京都市 小川舟治
のこされし吸ひ殻ひとつ墓の前 北九州市 岡田成司
窓少し開けて星見る夜の秋 京都市 柴田芙美子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月12日

◎ 盆の月青し一条戻橋 東京 石川黎
【軽舟先生評】固有名詞の生きた句。死者がこの世に戻ったという橋の名の由来に盂蘭盆(うらぼん)の満月が合う。

○ 片蔭や平和を歩み夫婦老ゆ 八尾市 岡山茂樹
【軽舟先生評】日差しを避けて片蔭をたどる。その歩みが夫婦で無事に生きられた来し方に重なるのだ。

龍馬展出て炎天の街を行く 静岡市 生江八重子
緞帳〔どんちょう〕の金糸銀糸や夜の秋 横浜市 宮本素子
色悪〔いろあく〕の深傷〔ふかで〕負ひたる夜の秋 川越市 峰尾雅彦
アスファルトに雨のにほひや草田男忌 東京 木村史子
キャンプまづ北斗七星子に教へ 東京 吉田かずや
洗ひ髪丁寧に梳〔す〕き明日想ふ 苫小牧市 吉田京子
ハンガーにタオル掛かれり流れ星 鈴鹿市 岩口已年
水道水生温く飲み夏果つる 太宰府市 上村慶次
水たまりのぞくと淋し晩夏光 姫路市 榊原れもん
年寄りの肌つややかに風薫る つくば市 前岡博

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年9月4日

◎ 御僧の手に銀行の団扇〔うちわ〕かな 和歌山市 西山純子
【軽舟先生評】銀行の団扇をぱたぱたやっているのが世俗的でおかしい。そこを逃さずスケッチした。

○ 伶人〔れいじん〕の流れる汗を拭はずに 熊本市 加藤いろは
【軽舟先生評】伶人は雅楽の奏者。古式ゆかしい装束をまとって、夏はさぞかし暑いことだろう。

じくじくと蝉鳴き残る夕餉かな 神戸市 松田薫
カーテンをひるがへし入る風涼し 島根 百合本暁子
看護師が抱き来る嬰児夏の朝 京都市 新宮里栲
夏雲や母校敗れし紙面閉づ 調布市 田中泰彦
街路樹を揺さぶる風や夏の月 芦屋市 井門さつき
ラジオよりシャンソン聞こえ夜の秋 芦屋市 水越久哉
校庭に響くチャイムや夏休み 京都 千賀壱郎
傷つきて鴎死を待つ夏の海 三浦市 安田勝洋
鮒鮨を漬けん桶の輪締め直し 高島市 駒井堅次
バス停に蜥蜴〔とかげ〕と母と男の子 諫早市 麻生勝行

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月28日

◎ 風鈴の風海からも山からも 福岡市 林〓
【軽舟先生評】山の迫った海辺の町が目に浮かぶ。風通しのよい軒先に吊るした風鈴の忙しいこと。

○ 坂道の白き教会夕焼雲 福岡市 礒邉孝子
【軽舟先生評】上り坂の先に白い教会。背景の空には夕焼雲。シンプルな色彩の構成が印象的だ。

涼しさやアユタヤ仏の降魔印〔ごうまいん〕 東京 氣多恵子
スプリンクラー回る芝生やソーダ水 東京 喜納とし子
隠寮〔いんりょう〕の竹垣低し梅雨の蝶 横浜市 村上玲子
寝そべれば天井高し夏座敷 奈良市 斎藤利明
昼寝より覚むれば天地森閑と 岡崎市 金田智行
合歓〔ねむ〕咲けり石灰山の道白し 福岡市 三浦啓作
碁敵の逝きて淋しき遠花火 佐倉市 小池成功
ビヤジョッキ頭突の如く乾杯す 町田市 枝澤聖文
落し文差出人のなかりけり 和歌山市 かじもと浩章
麦こがし一人むせれば皆むせて つくば市 樽本いさお

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月21日

◎ 聖堂は巨〔おお〕き楽器や旱星〔ひでりぼし〕 四日市市 伊藤衒叟
【軽舟先生評】旱続きの星空を背に聳え立つ聖堂。森閑とした闇に作者は荘厳な音楽を聴きとったのだろう。

○ サイダーの記憶畳を渡る風 我孫子市 矢澤準二
【軽舟先生評】卓袱台〔ちゃぶだい〕を据えた茶の間に窓から風が吹き込む。サイダーを飲むと思い出すなつかしい情景。

子の帰るまでの門灯五月闇 愛西市 坂元二男
八月や石工〔いしく〕の腰の塩袋 北本市 萩原行博
何もかも役所の所為〔せい〕にして涼し 名取市 里村直
一仕事終へて眺むる夕焼かな 東京 種谷良二
かき氷事情飲み込み許したる 東京 永島忠
いつときも休むことなし夏つばめ 奈良市 上田秋霜
菩提寺に午後五時の鐘百日紅〔さるすべり〕 流山市 小林紀彦
リーゼントして伊達メガネ夏の海 西尾市 岩瀬勇
早朝の補習授業や蝉時雨 豊中市 亀岡和子
葉桜や青銅の馬濡らす雨 太宰府市 武富まさの

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月14日

◎ 遠雷や雀の親子鳴き交はす 池田市 黒木淳子
【軽舟先生評】雀の巣立ちから親離れまでは二週間ほど。親はその間に雀として生きる術(すべ)を子に教える。

○ 水打つて赤ちやうちんの灯りけり 入間市 安原勝広
【軽舟先生評】暑さの残る路地で水を打ったそこだけがわずかに涼しい。思わず暖簾をくぐりたくなる。

形見児の明るきこゑや盆施餓鬼〔せがき〕 岡崎市 金田智行
預かりし迷子の熱きカンナかな 横浜市 宮本素子
いかづちやボトルシップは今日も真帆〔まほ〕 川口市 渡辺しゅういち
抱籠〔だきかご〕や虫歯のうづく休診日 大阪 池田壽夫
カレー屋の匂へる小路梅雨の月 広島市 紀わかこ
事故車囲む大人三人夏の闇 仙台市 野々村務
草履履きラジオ体操夏休み 東大阪市 北埜裕巳
七夕や磨き終へたる風呂の桶 長崎市 山本雅範
面倒なこと考へず冷奴 京都 中尾悦生
日盛りの男ばかりの定食屋 大阪市 西原千津子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年8月7日

◎ 鮒鮓〔ふなずし〕や近江の兄の一周忌 東京 東賢三郎
【軽舟先生評】実家を継いで近江で生涯を終えた兄。一周忌の法事で出た鮒鮓にそんな兄の一生を思う。

○ 少年の胸の白さよ海開き 横浜市 斉藤和夫
【軽舟先生評】水着になった胸の白さが初々しい。これからひと夏、思いっきり日焼けすることだろう。

朝顔やちんちん電車始発駅 和泉市 白井恭郎
梅雨寒や木魚の響く百畳間 鎌倉市 松崎靖弘
夏の蝶ジャングルジムをすり抜けて 名古屋市 大島知津
近づくと思へばはるか西瓜売 由利本荘市 松山蕗州
昼顔は人に飼はれぬ花なりけり 川越市 峰尾雅彦
リカちやんの眠らぬ瞳熱帯夜 調布市 佐藤悠紀子
白日傘小さき嘘か冗談か 龍ケ崎市 清水正浩
老人もコンビニに慣れ夏の宵 伊丹市 山地美智子
短夜〔みじかよ〕のテレビの深夜映画かな 東京 関口昭男
合歓〔ねむ〕の花だらだら坂の峠かな 明石市 岩田英二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月31日

◎ 水打つて素顔に暮るるひと日かな 東京 喜納とし子
【軽舟先生評】どこへも出かけず、誰も来ず、素顔のまま過ごした一日。それでも心は豊かだ。

○ 遠雷や帰宅途中の惣菜屋 鎌倉市 高橋暢
【軽舟先生評】夕飯のおかずを買いに寄ったか。遠く聞こえる雷の音に帰り道が心配で気持ちが急ぐ。

夜の雨茉莉花〔まつりか〕重く匂ひけり 神戸市 細井朔
子燕や間口二間の履物屋 逗子市 山崎南風
夜濯〔よすすぎ〕や独身寮のにぎやかに 東京 小栗しづゑ
雨の中働き蟻は出勤す 羽曳野市 鎌田二三朗
老鶯や公民館の畳の間 横浜市 村上玲子
旅人に昼の駅舎の麦茶かな さいたま市 根岸青子
譲られし優先席の西日かな 富士見市 新藤征夫
煽〔おだ〕てにはのらぬ扇を畳みけり 唐津市 浦田幸一
赤屋根の山小屋遠し夕郭公 高萩市 小林紀彦
夕焼のきらめく波間舟もどる 観音寺市 清水正子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月24日

◎ 洗ひたる手のすぐ乾く南風 大村市 森宏二
【軽舟先生評】庭仕事を終えて外の蛇口で洗った手か。振っただけですぐ乾く。日常の中で夏を実感。

○ 校庭のホース伸び切る暑さかな 藤沢市 青木敏行
【軽舟先生評】いっぱいに伸ばしたホースの先から水がほとばしる。暑さをむしろ満喫しているよう。

五月闇一灯あはき摂社かな 金沢市 青木英昭
軒下に自転車二台夏の月 鈴鹿市 岩口已年
教科書のパラパラ漫画田水沸く 宇都宮市 大渕久幸
封人〔ほうじん〕の家まで一里青胡桃 福島市 清野幸男
山開〔やまびらき〕先頭の禰宜幣〔ぬさ〕かかげ 直方市 林信雄
梅雨晴や新刊に押す蔵書印 別府市 渡辺小枝子
夕端居〔はしい〕とつぷりと日の暮るるまで 高山市 直井照男
春蝉や漣〔さざなみ〕もなき昼の池 洲本市 小川吉祥子
夕焼と海鳴りだけの無人駅 堺市 野口康子
あちこちに生まれし空地姫女苑〔ひめじょおん〕 東京 小池清晴

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月17日

◎ 草笛の父子日暮の坂くだる 深谷市 酒井清次
【軽舟先生評】休日を一日たっぷり楽しんだ父と子。いつかこの坂道をなつかしく思い出す日が来る。

○ 朝顔市猫がよけたる水溜り 大阪市 佐竹三佳
【軽舟先生評】水溜りを残して幸い雨はあがってくれた。これから本格的な人出になりそう。

松蝉やこんなところに別荘地 大阪 池田壽夫
七月の雨脚海へ移りけり 市原市 稲澤雷峯
木曽谷の昼を灯して梅雨に入る 岡崎市 金田智行
郭公や湿原の霧濃く迅〔はや〕し 八王子市 山口隆一
夕顔や棚の上には月の影 津市 田山はじめ
山藤や谷をへだてて発電所 鎌倉市 渡辺マキ
風鈴を吊し寡夫〔やもめ〕の十年目 葛城市 八木誠
夏めくや海を見にゆく日曜日 にかほ市 細矢てつを
夕立や大窓のある美容院 東京 井上富士子
蛍火や遠くゆき交ふ車の灯 尾道市 山口恭子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月10日

◎ 波攫〔さら〕ふ麦稈〔ばっかん〕帽をもう追はず 大阪市 山田喜美
【軽舟先生評】風に飛ばされ波に攫われた麦わら帽。人生でまた一つ何かをあきらめたような寂しさ。

○ 露涼し野外授業の乳しぼり 東京 木内百合子
【軽舟先生評】牧場いちめんに降りた朝露がすがすがしい。子どもたちの好奇心一杯の表情が目に浮かぶ。

蛍火や兄妹愛に似て淡し 四條畷市 植松徳延
甍〔いらか〕ある暮しは重し梅雨曇 町田市 枝澤聖文
百合の木の花教会の鐘ひびく 東京 神谷文子
逃れたる蟻蟻地獄覗きけり 可児市 金子嘉幸
着陸の前の旋回夏隣 横浜市 宮本素子
たてがみをなびかす風や黄砂降る 長岡京市 みつきみすず
花りんごリンゴ追分口ずさむ 北海道 藤谷郁子
荒梅雨や女結びの包み解く 伊豆の国市 菊池ひろ子
五月晴護衛艦二隻出航す 福岡市 井手義浩
菜の花や島に二人の小学生 長崎市 中村英子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年7月3日

◎ 黒靴の列ながくぢりぢり暑し 東京 吉竹純
【軽舟先生評】例えば焼香の順番を待つ長い列。ローアングルで黒靴だけを見せながら人の心理まで描く。

○ たかんなや下から生ゆる赤子の歯 東京 種谷良二
【軽舟先生評】初めて生えた赤子の歯。すべての生命の輝く初夏、筍も赤子の歯も生命の力に満ちている。

進水のドックに満つる青葉潮 明石市 久保いさを
針箱にビーズ散らばる薄暑かな 吹田市 三島明子
時計見る店のガラスや若葉映ゆ 仙台市 野々村務
風鈴や旧姓残すペンネーム 龍ケ崎市 井原仁子
田の水に映る夏山ランドセル 長崎市 田中正和
夏来る橋に町の名遺りけり 四日市市 伊藤衒叟
紫陽花や花屋の磨くドアガラス 流山市 小林紀彦
薫風や洗濯物を干す男 古賀市 大野兼司
夏めくやふだん磨かぬ場所磨く 池田市 黒木淳子
皿洗ふ老いのひとり居おぼろ月 奈良 中川潤二

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月26日

◎ 熊穴を出でて対策本部あり 久慈市 和城弘志
【軽舟先生評】冬眠中は平穏だった山里にまた熊が現れた。ふだんは静かな役場がにわかに騒々しい。

○ 石竹や美童揃へし奥小姓 東京 氣多恵子
【軽舟先生評】奥小姓は主君の身辺の世話係。石竹の花と美しい若衆を配して歴史絵巻の一コマを再現した。

マロニエの大き花房パリを恋ふ 見附市 岡村文子
淋しくて大きく育つ金魚かな 奈良市 荒木かず枝
玉苗や水音高き畦の朝 真岡市 下和田真知子
薫風や工作機械フル稼働 東京 東賢三郎
蟻の道よこぎつてゆく人の道 由利本荘市 松山蕗州
薫風や根付の店の家紋集 横浜市 村上玲子
豆飯を炊ける匂ひの二階まで 高山市 直井照男
翻る白き暖簾〔のれん〕や柏餅 福知山市 森井敏行
古書店の奥の稀覯〔きこう〕書熱帯魚 城陽市 緒方順一
五月雨のひと日ゆつたり墨を磨〔す〕る 伊東市 藤木惠子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月19日

◎ 鉄工所たちまち更地青嵐 福島市 清野幸男
【軽舟先生評】景気の波を乗り越え、戦後を生き抜いた鉄工所。更地になるのはあまりにあっけない。

○ 卯の花の匂ふ垣根や人住まず 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】そういう時世なのか空家を詠んだ俳句が増えている。卯の花垣のなつかしさがせつない。

教会の色ガラスより新樹光 奈良 高尾山昭
憲法記念日柱時計の螺子〔ねじ〕を巻く 秋田市 神成石男
春寒や真夜の海鳴閨〔ねや〕に聞き 太宰府市 上村慶次
水張りしばかりの門田夕蛙 羽生市 小菅純一
母の日や母の声する古手紙 川口市 平山繁寿
すぐなつきさうな子犬や草の花 唐津市 梶山守
映画館ひとつなき町さみだるる 玉野市 松本真麻
自転車を木に立てかけてハンモック 京都市 小川舟治
鮒鮓〔ふなずし〕や酒呑む父の上機嫌 大津市 小野寛
朝焼や静かに明ける並木道 府中市 島村芳夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月13日

◎ 菜の花や老人会の村おこし 和歌山市 かじもと浩章
【軽舟先生評】老人ばかりの村だから村おこしも老人会が担う。菜の花を配した明るさが前向きでよい。

○ たかんなを一本抱きて僧ゆけり 東大阪市 三村まさる
【軽舟先生評】檀家からもらったものか。大きな筍を赤ん坊のように抱いて帰る僧の姿がおかしい。

うららかや掃除洗濯長電話 秋田市 鈴木華奈子
豆腐屋に油の匂ふ薄暑かな 三条市 宮島勝
こどもの日こどもだつた日思ひ出す 神戸市 中野道雄
春雷や宇治十帖の講なかば 吹田市 末岡たかし
村ぢゆうといへど五軒の田植かな 新居浜市 正岡六衛
選良の思考貧しき菜種梅雨 福岡市 後藤啓之
研修を終へて鎌倉桜貝 東京 吉竹純
行く春を細ぼそと食ひつなぎたり 東京 吉嶋大二
児に甘く猫に厳しく春障子 高萩市 小林紀彦
行く春や己に向かふための旅 津市 渡邊健治

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年6月5日

◎ 桜蘂〔しべ〕降る白髪に禿頭に 神奈川 中島やさか
【軽舟先生評】年寄ばかりの昼間の公園だろうか。白髪と禿頭、行き交う頭だけを描いたおかしさ。

○ 初蝶や童ひきつれ遊ぶなり 池田市 後藤和豊
【軽舟先生評】童が初蝶を追いかけている。その主従を引っ繰り返してみればおとぎ話のような情景に。

解体の家ぺらぺらや昭和の日 仙台市 小林水明
桜蘂降るコンビニの募金箱 宇都宮市 大渕久幸
フェリーより新任教師青葉風 北本市 萩原行博
酒蒸しのてんでに開く浅蜊かな 奈良市 斎藤利明
雉子〔きじ〕啼くや藪の彼方に大江山 京都 千賀壱郎
弔ひの終はりてひとり花の雨 船橋市 村田敏行
三国志読み終へし夜や春惜しむ 奈良市 石田昇己
店荒むほどの安売春暑し 京都市 新宮里栲
子は小さく手を振り消えぬ巣立鳥 出水市 清水昌子
立ち話長くなりたる暮春かな 小山市 小川鶴枝

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月29日

◎ 土星の輪遠し夜明けの青葡萄〔ぶどう〕 市川市 吉住威典
【軽舟先生評】土星の輪と青葡萄。現実には一つの情景を形作らないものが、俳句の上では響き合う。

○ 春風や旅客機窓を閉ぢて飛ぶ 稲沢市 杉山一三
【軽舟先生評】当然のことをあえて言ってみればそれが発見になる。春風を頬に受けた汽車旅がなつかしい。

次男には次男の風や鯉のぼり 東村山市 竹内恵美
春の雲記憶の摩滅ただならず 平塚市 藤森弘上
眠くなる床屋の鋏目借り時 鯖江市 木津和典
花冷の書架漱石を抜出しぬ 茅野市 植村一雄
みちのくの河童かくるる霞かな 久慈市 和城弘志
ことごとく子どもは未来風光る 青森市 小山内豊彦
鳥帰る雨の新宿歌舞伎町 東京 関口昭男
杣〔そま〕小屋の卓に一輪著莪〔しゃが〕の花 和歌山市 溝口圭子
いたどりや音して来たる山の雨 北九州市 宮上博文
青空にぼんやり寂し猫柳 神奈川 大久保武

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月22日

◎ 先生の渾名〔あだな〕チクタク新学期 名取市 里村直
【軽舟先生評】生徒たちの観察眼とユーモア。チクタクの渾名のついた教師は几帳面で遅刻に厳しそう。

○ 花冷やマトリョーシカとゆで玉子 島根 高橋多津子
【軽舟先生評】あるものを無造作に並べただけなのに、花冷の季語によって食卓の風景が浮かび上がった。

ドーナツの匂ふ駅前夕薄暑 入間市 松井史子
初燕フロントガラス掠〔かす〕めけり 豊橋市 野副昭二
晩酌にすこし間のあり桃の花 伊豆の国市 山岸文明
のどかさや樟〔くす〕に凭〔もた〕れて風を聴く 明石市 岩田英二
町のどか地図を逆さに家探す 東久留米市 夏目あたる
花冷や5番ホームのかけうどん 北九州市 吉松正彦
島医者としての生涯若布〔わかめ〕干す 茅ケ崎市 清水呑舟
馬鈴薯の芽吹きうながす朝の雨 高島市 駒井堅次
花万朶〔ばんだ〕フォークダンスの輪に入りぬ 御殿場市 小川光子
坂登る老婆三人山笑ふ 福岡市 杉鞠子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月15日

◎ しやぼん玉虹色なれど四面楚歌 別府市 渡辺小枝子
【軽舟先生評】何に触れてもはじけてしまう。幸せそうに漂っていても、実は四面楚歌なのだと同情する。

○ 今日からは単身赴任蜷〔にな〕のみち 東京 野上卓
【軽舟先生評】泥の上をうねうねと這い回る蜷の通りみち。これからの単身赴任生活が思いやられるのだ。

つちふるやけふだんまりの桜島 和歌山市 松葉ナリ子
花冷や銀座の朝の裏通 東京 松岡正治
うららかやぼんぼん時計昼を告ぐ 鎌倉市 松崎靖弘
突風に続くどしや降り雪柳 坂戸市 浅野安司
麗かや名札立ちたる植木鉢 秋田市 鈴木華奈子
春雷や父が横から口を出す 日高市 金澤高栄
教会のパイプオルガン朝桜 和歌山 奥田瞳
廻廊の神官と巫女松の花 国分寺市 越前春生
つばめ来る母の十三回忌なり 千葉 阿部尚子
よその猫庭に来てゐる春の雨 広島市 紀わかこ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月9日

◎ 桜蘂〔しべ〕降る大学の守衛室 町田市 友野瞳
【軽舟先生評】桜とともに入学式の季節が過ぎ、ふだんのキャンパスに戻る。守衛室もまたふだん通りに。

○ 食卓は勉強机夕蛙 諫早市 麻生勝行
【軽舟先生評】自分の机はあるけれど食卓で宿題を広げる。夕飯の支度をする母親の監視付きだ。

飼猫を捜す張り紙朧月 宇治市 坂下徹
夕風に紺の暖簾〔のれん〕や桜餅 伊賀市 菅山勇二
耕人の時計代はりの電車過ぐ つくば市 村越陽一
花冷や鏡の並ぶ化粧室 東京 木内百合子
駄菓子屋に童の集ふ遅日〔ちじつ〕かな 札幌市 江田三峰
木蓮や祖母の箪笥〔たんす〕に太き鐶〔かん〕 東京 齋木百合子
啓蟄や土手の踏切三歩半 東久留米市 矢作輝
角砂糖紅茶に沈む春の夜 市川市 吉住威典
なき夫の携帯電話さくら咲く 高槻市 宮里すみ子
春風や乗る子のをらぬ滑り台 橿原市 奥井葵子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年5月1日

◎ 世界史は今動きつつ燕来る 鎌倉市 高橋暢
【軽舟先生評】世界史は転換点を迎えているのではないか。そう思う日々に、今年も変わらず燕が来た。

○ 辛夷〔こぶし〕咲き職場の椅子に今もゐる 松阪市 奥俊
【軽舟先生評】定年延長や再雇用で働き続けるシニア世代。この年まで会社にいるとは思わなかったなあ。

春の海このまま暮れてよき日かな 東京 木村史子
人形に心音のなき春の暮 奈良市 荒木かず枝
門前のだらだら坂や初燕 高山市 直井照男
春寒しニコライ堂に燭点す 藤沢市 青木敏行
霞立つ黄鶴楼の別れかな 八王子市 藤井昭明
うららかや席ゆづる人もらふ人 川口市 平山繁寿
陵〔みささぎ〕にその陪冢〔ばいちょう〕に涅槃西風 香芝市 矢野達生
目の開かぬ子猫ひかりを探しをり 池田市 黒木淳子
自転車と乗り込む電車春立てり 滋賀 塚本深雪
口笛を吹きたくなりぬ葱坊主 大阪市 永井経子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月24日

◎ 広辞苑繕つてゐる日永かな 可児市 金子嘉幸
【軽舟先生評】電子辞書にするつもりはない。表紙のとれかけた広辞苑はかけがえのない同志なのだ。

○ 囀や窓いつぱいに空がある 東京 四倉ハジメ
【軽舟先生評】窓の大きさは春夏秋冬変わらないのに、囀が聞こえると青空が窓枠を押し広げんばかり。

水潺潺〔せんせん〕遠き初音と和してをり 伊万里市 田中秋子
年下の下戸の上司や花筵〔はなむしろ〕 香取市 嶋田武夫
若き日の満洲恋し黄沙降る 川口市 狩野睦子
ふらここに〓〔さく〕りあぐる子ひとりゐて 札幌市 村上紀夫
ふるさとの河口なつかし蜆〔しじみ〕汁 芦屋市 水越久哉
白きもの干す病棟の日永かな 豊田市 小澤光洋
桜貝少年の手の汚れけり 龍ケ崎市 清水正浩
長靴の泥落とすなり初燕 鈴鹿市 岩口已年
淡雪や改札駆ける女学生 徳島 坂尾佳久
アネモネや耳のうしろにある黒子〔ほくろ〕 東京 小栗しづゑ

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月17日

◎ 春深し無駄な音せぬ町工場 東大阪市 北埜裕巳
【軽舟先生評】機械のリズミカルで単調な音。下請の納期は厳しい。黙々と部品が作られていく。

○ 午後二時にドビッシー聞く蝶の昼 京都市 武本保彦
【軽舟先生評】窓の外を蝶が飛びめぐる麗らかな日和。ドビュッシーの音楽には午後二時が似合う。

啓蟄〔けいちつ〕や異動の内示待つ小部屋 東京 根岸哲也
玄関につけしスロープ桃の花 東京 氣多恵子
蜆売〔しじみうり〕日当りに来て荷を下す 深谷市 酒井清次
雛〔ひな〕道具北前船の運びたる 札幌市 金山敦観
古書店のヘルマンヘッセ春近し 福岡 村岡昇藏
パソコンの画像フリーズ鳥雲に 宇都宮市 大渕久幸
鮊子〔いかなご〕漁鴎と船とせめぎあふ 神戸市 大岩正彦
春水を大きく押して鯉来たり 新発田市 中野義雄
麗らかや豆腐売る声風に乗り 宮崎市 境雅子
海風と菜の花畑目に眩し 千葉市 吉岡竜一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月11日

◎ 梅咲くや彗星に尾の未だなし 防府市 倉重遥代
【軽舟先生評】地球に接近中の彗星。馥郁(ふくいく)たる梅の香りが遠い宇宙からやって来る天体を迎え出るようだ。

○ 春隣躓〔つまず〕きながら結婚す 京都市 若狭愛
【軽舟先生評】結婚までに紆余曲折があったのだろう。まだ不安は拭い切れないが春はそこまで来ている。

義仲忌晴嵐梢鳴らしけり 豊橋市 河合清
一筋の門前町や燕来る 羽生市 小菅純一
啓蟄〔けいちつ〕の土起こしたる重機かな 釜石市 佐藤裕子
三月や橋の袂の立飲み屋 秋田市 神成石男
ぬる燗の地酒つき出し田螺和〔たにしあえ〕 東京 吉田かずや
窓外に幹の林立大試験 大村市 森宏二
暮れてなほ花菜畑に夕あかり 稲沢市 杉山一三
猫逝きててのひら寂し春炬燵 玉野市 松本真麻
仕舞はれて箱で向き合ふ雛〔ひいな〕かな 小田原市 林梢
猫撫でて客待つママや春の雨 熊本市 江藤明美

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年4月3日

◎ 髪切つて春一番を帰りけり 小田原市 守屋まち
【軽舟先生評】美容院帰りにあいにくの大風。でも、作者は案外楽しそう。短くした髪が気に入ったらしい。

○ 畑打つやときにぽかんと空を見て 伊豆の国市 山岸文明
【軽舟先生評】本業の農家ではなく、定年後の慰みに畑仕事を始めたと見える。こんな余生もいい。

春昼や猫のじやれつく箱の紐 佐倉市 野手花子
公園のヨガ教室や日脚伸ぶ 我孫子市 加藤裕子
菜の花や愛宕の峰に雪すこし 京都市 小川舟治
貝釦〔ボタン〕取り出す小箱蝶の昼 千葉市 新原藍
やはらかき雨の日曜畦青む 別府市 渡辺小枝子
マラソンへ打ち振る小旗春浅し 東京 松嶋光秋
新任の家庭訪問初つばめ さいたま市 田中久真
目覚め良き朝続きをりチューリップ 富士見市 新藤征夫
日矢〔ひや〕射して枯野の先の法事かな 前橋市 黒渕紀夫
茎立〔くくたち〕や囲ふ物なき島畑 唐津市 浦田幸一

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月27日

◎ 春水の讃歌となりて谿を出づ 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】山の根雪が解けて水嵩が増した。勢いよく谿を下る水の響きは、まさに自然の讃歌だ。

○ 寒晴の羽田の空の広さかな 青森市 小山内豊彦
【軽舟先生評】鈍色の雪雲が覆う青森の空とは大違い。寒晴の真っ青な空にしみじみ感心したのだろう。

絶叫し冬の夜汽車はすれちがふ 青森市 天童光宏
行春や堆朱の盆の花鳥文 東京 氣多恵子
満月に町は眠れり猫の恋 伊勢市 奥田豊
ポイントに雪溶かす火や入試の日 羽曳野市 細田義門
春の雪杉の苗木を起こしけり 厚木市 石井修
啓蟄や亡き子の時計正確に 国分寺市 越前春生
分校に転校生や山笑ふ 浜松市 宮田久常
水温む今日は仕事にあぶれた日 彦根市 飯島白雪
球根の声の聞こえる雨水かな 明石市 南中孝代
客足の途切れがちなる余寒かな 神奈川 岡本一夫

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月20日

◎ マンションの畳の小部屋桜餅 横浜市 畠山洋二
【軽舟先生評】最近は和室なしのマンションも多いが、桜餅は畳の上で食べたい。たとえ四畳半でも。

○ クラクション短き謝意や冬木立 川口市 狩野睦子
【軽舟先生評】車同士で道を譲ってもらったときなどクラクションを軽く鳴らす。互いの気持ちが温まる。

寝姿の女体めく島若布刈る 弥富市 富田範保
つくねんと門先に犬春浅し 大阪 池田壽夫
昼餉どき社員連れ立つ春浅し 八王子市 三好純子
重なつて一番下の亀鳴けり 宗像市 梯寛
角曲り商店街や燕来ぬ 大阪市 阪東英政
ひとまはり大き鳶の輪寒明る 松江市 曽田薊艸
薄氷や髪のみどりを思ひたる 神奈川 新井たか志
寒がらす鳴いておまへも一人者 大津市 深田弥栄子
寝過して電車待つ間の鼻寒し 我孫子市 矢澤準二
扉撫で句帳二冊目春を待つ 見附市 岡村文子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月13日

◎ 君に貸すリップクリーム春浅し 横浜市 村上玲子
【軽舟先生評】唇が荒れてるわね――。自分のリップクリームを使わせてやれる親しさがいい。

○ 図書室にゲーテを戻し卒業す 嘉麻市 堺成美
【軽舟先生評】読書好きのこんな古風な生徒が今でもいてほしい。『若きウェルテルの悩み』か。

ふるさとは佳し文旦の皮厚し 福岡市 三浦啓作
雀来て薄氷しくと崩れけり 市原市 稲澤雷峯
畳屋のあをき匂ひや春の雪 川越市 益子さとし
涙ぐむ大き星あり鬼やらひ 岡崎市 金田智行
春待つや背広の裾の仕付け糸 流山市 小林紀彦
拭きあげて赤絵の皿や春近し 熊本市 加藤うゐ
禅林へ続く小道や寒明くる 奈良市 渡部弘道
ドリーネに日矢の射し込む時雨かな 直方市 林信雄
紙雛この家のをみな妻ひとり 栃木 小林たけし
入学の子のスキップよ名札揺れ 姫路市 榊原れもん

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年3月6日

◎ 探梅やリュックの中のワンカップ 川越市 峰尾雅彦
【軽舟先生評】梅を見るのが目的なのか、酒を飲むのが目的なのか。両方だから楽しさも一入なのだ。

○ 編棒の十字のままに遺品なり 塩釜市 藤岡昌雄
【軽舟先生評】毛糸編みの途中で亡くなり、編棒は十字に交わったまま。故人の温かな心がそこに息づく。

ゴッホ観て日帰りの旅梅日和 鈴鹿市 岩口已年
梅咲いて宿の温泉玉子かな 奈良市 荒木かず枝
ピッコロの独奏パート春近し 真岡市 下和田真知子
看護師の子連れ出勤冬木の芽 つくば市 矢野しげ子
春泥の靴づかづかとバスに乗る 川口市 高橋さだ子
高校に献血車来る春立つ日 宍粟市 宗平圭司
雪止みし峡の小村に月上る 京都 千賀壱郎
鳰潜る速さ静かさ朝の川 洲本市 小川吉祥子
亡き父の書斎の廊下隙間風 直方市 江本洋
警備員その場駈け足息白し 川崎市 小方春慧

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月27日

◎ 冬波の背に冬波の追ひすがる 北九州市 宮上博文
【軽舟先生評】繰り返し寄せる荒波。擬人化により男女の愁嘆場を見るような人間くさい情景になった。

○ 立春や背中抱かるるバイク旅 芦屋市 瀬々英雄
【軽舟先生評】立春を迎えてもバイクの旅はまだ寒かろう。背中から伝わる連れの体温がうれしい。

初電車乗り継げばまた富士の見ゆ 東京 関口昭男
赤人の歌碑に仰ぐや雪の富士 入間市 松井史子
春光の離陸見送る羽田かな 東京 永島忠
寒昴地上の闇の深まりぬ 豊田市 内山幸子
泣く夢に覚めてしばらく寒灯下 神戸市 松田薫
引潮の川のさざなみ百合鴎 東京 神谷文子
日向ぼこ油汚れの作業服 入間市 安原勝広
縁側は爺の楽園梅ふふむ 潮来市 萱原祥暢
灯油売り声の向うは闇凍る 東村山市 松井孝司
風呂の湯の肌に染み入る寒さかな 岡山 丸山敏幸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月20日

◎ 捧げ行く福笹の鯛跳ねどほし 岡山市 三好泥子
【軽舟先生評】十日戎の福笹に結んだ赤い鯛の飾り物。「跳ねどほし」には迎春の心の弾みも表れている。

○ 陸橋に立てば初富士初筑波 羽生市 小菅純一
【軽舟先生評】東を見やれば初筑波、振り返れば彼方に初富士。これぞ晴れやかな関東平野の正月。

天狼やおくつき囲ふ樅の闇 市原市 稲澤雷峯
駅伝の小旗振る橋冬かもめ さいたま市 大石誠
事切れし父の胸より鷹起ちぬ 東京 東賢三郎
初夢に育ちし家の間取かな さいたま市 根岸青子
正直に詫びて帰りぬ冬の月 横浜市 芝公男
風花や我慢がまんの昭和の子 北九州市 吉松正彦
貧乏神棲みつく蒲団打ちに打つ 茅ケ崎市 清水呑舟
星冴ゆる水仕終へたる割烹着 東京 喜納とし子
元日は青空のまま暮れゆけり 伊賀市 菅山勇二
見通しのきかぬ世の中冬深し 奈良 高尾山昭

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月14日

◎ 花を買ひ本屋をのぞき日脚のぶ 銚子市 久保正司
【軽舟先生評】町でぶらぶら用を足しながら、ふと日が長くなったと気づくときのうれしさ。

○ 城門に威儀を正せる鶲かな 岡崎市 金田智行
【軽舟先生評】翼に白い斑のある鶲は紋付鳥の異称がある。「威儀を正せる」はそれを踏まえたユーモア。

酢蛸切る妻の俎始かな 東京 種谷良二
茶の花やあなたが笑ふから笑ふ 熊本市 寺崎久美子
揉み手して釣銭を出す寒波かな 東京 野上卓
としよりの早寝早起き根深汁 名取市 里村直
均しある畑の土やみそさざい 東京 氣多恵子
夕鶴の声いつまでも干拓地 北九州市 宮上博文
日脚伸ぶ話せば長くなる話 川越市 峰尾雅彦
新海苔を軽く焙りし朝餉かな 奈良市 斎藤利明
屑籠にたまる紙屑日脚伸ぶ 由利本荘市 松山蕗州
新しき杖を下ろして初詣 吹田市 初坂宣子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年2月6日

◎ 日溜りは宇宙の匂ひ冬薔薇 北本市 萩原行博
【軽舟先生評】冬の日溜りで目をつぶると太陽の存在をじかに感じる。それは宇宙を感じることでもある。

○ 軍神の古びし家や花八つ手 東久留米市 夏目あたる
【軽舟先生評】軍神と崇められた戦死者を出した家。死者も遺族もその家も静かに忘れられてゆく。

医師一人離島に年を守りをり 神戸市 田代真一
初明り兄の遺影にトロフィーに 東京 東賢三郎
小刀で削る鉛筆山眠る 日高市 落合清子
基地囲む有刺鉄線クリスマス 福岡市 礒邉孝子
元朝や枕辺にある割烹着 須賀川市 関根邦洋
冬晴や柩にひびくクラクション 龍ケ崎市 清水正浩
青年の買物かごの冬林檎 秋田市 鈴木華奈子
舟の灯の橋くぐり来る寒夜かな 東京 木内百合子
冬晴や青みおびたる富士見ゆる 東京 金子文子
一生を青春とせん寒昴 青森市 天童光宏

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月30日

◎ 残業の社屋の肩に冬の月 東京 吉竹純
【軽舟先生評】肩と言ったところにわが社屋に対する親しみが感じられる。蕎麦でも啜(すす)って戻ったところか。

○ 枯庭やしばし日の差す猫の墓 京都市 市川俊枝
【軽舟先生評】庭の隅に目印の石でも据えてあるのか。日溜りを好んだ猫の姿が目に浮かぶよう。

牡蠣船の紅き提灯爆心地 福岡市 三浦啓作
母子寮の灯り小さし年の暮 大牟田市 本田守親
寒気団鯖街道を南下せり 福岡市 林〓
大屋根のしづかに濡るる除夜の雨 東大阪市 北埜裕巳
一人居のつれづれも良しおでん酒 尼崎市 松井博介
払暁の月皓々と年暮るる 真岡市 下和田真知子
ストーブに鉄瓶の唄しんしんと 厚木市 田中啓介
髪切りし女小春の喫茶店 金沢市 青木英昭
テーブルにひらく手のひら冬暖か 小田原市 林梢
スチームや会議に評論家の多し 東京 根岸哲也

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月23日

◎ 水兵の花舗のぞきをりクリスマス 吹田市 末岡たかし
【軽舟先生評】米軍基地の水兵か。基地の是非にかかわらず、そこには兵士たちと街の日々の暮らしがある。

○ 闇蒼き当麻の道や冬銀河 名古屋市 山内基成
【軽舟先生評】星明りで闇が蒼く見えるのだろう。古代の人々の息遣いを感じながら一筋の道を歩く。

並び待つ寄席の灯あはし十二月 太宰府市 上村慶次
駅前の蕎麦屋柊咲きにけり 市原市 稲澤雷峯
連結の合図の旗や山眠る 豊中市 清田檀
壁炉燃ゆ古書に挿める革栞 福島市 清野幸男
侘助や生活保護費振り込まる 玉野市 松本真麻
息白しハンバーガーの蝋引紙 四日市市 伊藤衒叟
氏神の大楠や息白し 池田市 黒木淳子
新劇の酒場女のショールかな 川口市 渡辺しゅういち
雀らへ一撒きの米冬ぬくし つくば市 村越陽一
たそがれの一本径や冬菜畑 松江市 曽田薊艸

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月16日

◎ 机にも表情のあり十二月 堺市 井崎雅大
【軽舟先生評】確かに机には使う人の人柄や仕事ぶりを映して表情がある。慌しい年末となればなおさら。

○ 頭より外す手拭暮早し 大津市 若本輝子
【軽舟先生評】手拭を被って家事に勤しむ姿が古風で懐かしい。もう日が暮れて次は夕餉の支度だ。

雑沓のノイズの白し風花す 東京 木村史子
埋火や柱しづかな祖父の家 町田市 枝澤聖文
冬ざれや納屋の柱の五寸釘 稲沢市 杉山一三
陸続と雲また雲や冬来る 青森市 小山内豊彦
ほろ酔ひの夜寒を夢と歩くかな 芦屋市 瀬々英雄
初雪やけふははやめに酒支度 新居浜市 正岡六衛
極月の一番星に月細し 豊田市 松本文
しぐるるや古刹の庇しばし借る 鎌倉市 松崎靖弘
数へ日の戸口に使ひ走りの子 和歌山市 西山純子
島の灯のかたまつてゐる寒さかな 佐倉市 野手花子

◆ 毎日俳壇 小川軽舟・選 2017年1月9日

◎ くくられしベッドの老よ冬の蠅 川口市 狩野睦子
【軽舟先生評】ベッドに拘束された老人の枕もとを蠅が行き来する。認知症患者の厳しい現実におののく。

○ ストーブや帰りの時刻表を見る 鈴鹿市 岩口已年
【軽舟先生評】待合室でだるまストーブを焚くローカル線の駅。帰りの列車を確かめてから町に出る。

大藁屋山の眠りにしたがへり 大村市 森宏二
天心に月泰然と神の留守 岡崎市 金田智行
落葉焚生徒なかなか下校せず 浜松市 宮田久常
軒下で臓物〔もつ〕炙る店暮早し 東京 四倉ハジメ
寒禽や雑木の奥の版画館 町田市 友野瞳
ガム噛みて待つ上映や冬の雨 彦根市 飯島白雪
長々と飛行機雲や冬日和 名古屋市 鈴木幸絵
冬麗や沖を見て吹くハーモニカ 金沢市 島田星花
鉄瓶の白湯の匂ひや冬に入る 神戸市 細井朔
しまひ湯に柚子とふやけてゐたりけり 八幡市 奥環