「る印日記」にて 『融点』 をご批評いただきました

小川めぐる 氏の る印日記 において、拙作 『融点』 をご批評いただきました。ここに記して 心より御礼申し上げます。

群居の気配りに乏しく 賑々しい交わりを不得手とする私は、俳句を愛好される方々のウェブやブログへ言葉を残すことも少なく、自身の考えや想いを発することを遠ざけています。このような「淡々と」句作のみ続ける私の拙い活動を援けていただいているのが、小川めぐるさんです。いつも丁寧に拙句をお読みいただき、いつも温かいお言葉をお寄せいただき、ありがとうございます。私が静けさや穏やかさを好むあまり、却ってお気遣いを強いているかもしれませんが、これからも懲りずにお見守りたまわり 少しでもお近くへお導きいただければ嬉しく思います。


る印日記 / くしふのやうなもの「融点」伊藤衒叟

(抄出)

ご厚意で ワケアリ版 をお譲り頂きました。淡々と一日一句を続けておられる衒叟さま。季語が違えばどう印象が変わるのか、助詞の選び方でどう変わるのか。日々の取り組みから、多くの学びを頂きました。古語をよく使われるので、古文書を開くような楽しみ、言葉を調べる喜びも頂きました。私の拙い感想も大きく受け止めて下さる衒叟さまの懐の深さに感銘を受け、私自身も「読み手に任せる」というスタンスに近づくことが出来たのです。衒叟さまからの影響は計り知れません。好きな句も数え切れないほどあります。今回は、その中から、特に大好きな御句を幾つか紹介させて頂きます。

外套や字画の多き顛末書

「字画の多き」というところに、問題のややこしさ、個性が感じられ、「何が起こったんだろう…」「どんな人が書いたんだろう…」と想像が膨らみます。主人公が黙々と顛末書を書くのがラストシーンの2時間ドラマシリーズ(主演:伊武雅刀とか…鹿賀丈二)を想像したり。後に季語「数え日」に替えて句会に出され、票を得た句でもあります。「数え日」に変わったことで、「この忙しい時に!」といった要素、何か年末ならではの特殊な案件を想像する余地も加わりましたが、個人的には「外套」の方が好きです。季語「外套」から「宗像教授」を連想してしまう私。「字画の多き顛末書」を書いていそうです。

かげろふや徒歩七分の父の家

近いはずなのに遠く感じている・・・心理的な壁としての「かげろふ」に感じました。歩いて行っているのに、全然距離が縮まらないような、あるいは陽炎の向うの父の家を見やりながら、辿り着けない場所のように感じている。「かげろふ」を揺らめいて掴めないもの…と認識している部分、そして私の実家への思いが反映されての感想です。季語「陽炎」は春ののどかな陽気を表すのが本意。それに則って考えると、「スープの冷めない距離」にある実家を思った時の安心感、近くに親が健在でいることへのまろやかな心持ちなど、暖かいものが立ち上がってきます。句はただ、季語と実家の距離を述べているだけ。どのように解釈するにしても、破綻がありません。「読み手に委ねる」ということを、この句によって教わった気がしています。

夏の夜やイブはアダムの浮遊肋

一読、「このイブ、奔放なんだろ~な」とクスっとした一句です。聖書によると、神はアダムの肋骨からイブを創ったそうですが、肋骨を何本使ったのかとか、どの部分なのかという言及はないみたいですね。その肋骨が浮遊肋であったとの俳句的断定で、軽やかなイブを想像させます。浮遊肋は、胸郭を覆うに至らない不完全な存在?のようでいて、実は首・腰・肩に連動する大事な部分のようです。アダムとイブの関係性も想像させますし、読み手をトリップさせてくれる「SF(すこし・ふしぎ)」な世界でもあると思います。季語「夏の夜」から、いろいろと立ち上がってくるものもあり、非常に新鮮に感じて特別印象深い句でもあります。

海山に降る彩や大旦

「大旦(おおあした)」に照らされ、世界がモノトーンからフルカラーに変わっていく。その、光の広がるさまが目の前に感じられるようで、圧倒された一句です。神様が手をかざして光を降らせているような、荘厳さを感じました。「海山」という言葉が「天地創造」のイメージを呼ぶのかも知れません。心までもが新しく塗り替えられていくようで、清々しい気持ち、まさに「元旦」の景であり、心持ちであろうと思います。

てのひらに享くるしづけさ緑さす

美しい一句です。私の脳内で、透明感あふれる少女が深い森の中で木漏れ日をてのひらに受けている、そんなイメージがありありと浮かび上がってきたのです。「てのひら」の平仮名表記がやわらかい窪みまで感じさせますし、助詞「に」に能動性があり「うくる」に「享受」の「享」をあてているのも見事。てのひらの一点から全身のすみずみにまで満ちていくような豊かさを感じさせます。「緑さす」は「初夏の目覚めるような若葉のみどり」。緑のきらめきに華やぐ心を感じる季語です。閉ざされた空間(森)の中にいる少女が、爽やかな緑の季節を迎え、世界はこんなにも「しづか」できらめいていると感じ、やがて今まで踏み出せなかった一歩を踏み出すのではないか…。そんな印象を抱きました。難解な言葉も複雑な言い回しもなく、ひとつひとつの言葉が十分に吟味され、完璧に機能している。読み手を無限の物語に誘ってくれる、「THE衒叟さま」の一句であると思います。


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2件のコメント

  1. 衒叟さん、こんばんは!
    ひぃい~~~恥ずかしい~~~~ですね(汗汗汗・・・(≧□≦)アワワ
    どうにも子供っぽい感想しか書けなくて申し訳ありません(汗汗汗・・・
    私自身、「一日一句」を目指しているはずなのにすぐ挫折してしまうので、
    本当にこのようにコツコツと続けておられる衒叟さんには、
    限りない尊敬の念を頂いています。
    私の方こそ、衒叟さんのお近くにお導き頂きたく、
    これからもよろしくお見守り下さいますよう、
    くれぐれもお願い致すところであります・・・!

    そうそう、感想記事を書いている最中に、かつて掲示板のやりとりの中で
    frip Sideの話したなあと思い出し、先日カラオケに行った際に久しぶりに歌ってみたら、
    案の定置いて行かれて散々な点数でした(^^;
    でも、好きだからまた挑戦するーーー。希望を信じてぇ~~~↑↑↑
    俳句も一緒ですね。
    ボロボロになることもありますが、希望を信じて、また書いていきたいと思っています。

    1. めぐるさん

      出張や外出につき、お返事が遅くなってしまいました。

      一日一句ずつ「更新」しているものの、実態としては一週分をまとめて投稿するなど、一日一「句作」には至っていないのが現状です。日々の生活のなかで 気負わずにさらりと句作が融けてゆくとよいのですが、まだまだ「作ろう」とする気概と時間に頼っています。この一年をかけて、日常に融け込ませていきたいですね。

      ジョルノさんの曲、云い立ても早くて声域も高いですよね。水樹奈々や茅原実里の曲も、歌う難しさが似ているように感じます。友人が「王国民」なので軍事演習に何度か誘われましたが、口上や約束事が多くて苦労しました。カラオケのような場では、却って盛り上がるかもしれませんね。

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