「それミー関西」吟行句会 01 に参加しました

2017年06月25日(日)、中山月波さま ならびに 小川めぐる さま の発起された「それミー関西支部」吟行句会に参加しました。

それミー関西支部 は、夏井いつき氏を組長と仰ぐ いつき組 のみなさまが催される吟行会のうち、新たに設立された関西地域の句会です。わたしは、いつき組でもハイポニストでもありませんが、これを称する方々のご厚情によって、新たな吟行句会に加えていただきました。俳句ポスト から離れて一年も経ちますが、不調法者にもかかわらず温かく迎えてくださり、心より御礼申し上げます。

吟行地は、大阪難波の 千日前道具屋筋商店街 です。わたしの住まう四日市から難波まで、近鉄特急で二時間。季寄せを繙きながら、当日の季に合う季語を探します。あいにくの天候でしたが、仲夏の季の吟行で梅雨に恵まれるのは、むしろ 僥倖。なんという僥倖…!

吟行に臨む姿勢として、「句を持っていかない(持ち句しない)」こと、「当日の季(当季の雨)を取り合わせる」こと、「上限数まで出句する」こと、「そのすべてを “名句” と思い込む」こと、を自ら課しました。その他は、緩やかに散策を満喫。道具屋筋は出張の折に通り過ぎるのみでしたが、じっくりと目を凝らして、たっぷりと手に触れて、それぞれを巡ることができて嬉しく思います。

句会は、9名のご投句者さまより3〜5句ずつ出して、互選。当日の季も巧く織り込めて、吟行地に恵まれました。

◆ ビリケンの蹠(あうら)ひらたし半夏雨 / 7点

◆ 虎が雨柳刃の銘ならびけり / 6点

◆ 舟皿のソース残りて梅雨ぐもり / 6点

◆ マネキンの睫毛伸びゐる黴雨かな / 4点

◆ 梅霖や盛込舟は死を載せよ / 3点

ご挨拶の折に多くの方々から「俳号、なんて読むの?」と仰っていただきましたので、拙記の紹介 に号の読みを加えました。由来は、わたしの悪癖である 衒(知や理をひけらかす)叟(老いた翁あるいは爺)のふたつを戒める意です。夏目漱石(負け惜しみが強い)や鍋島閑叟(暇をもてあます隠居)の自嘲や露悪に似ているかもしれません。

作句は始めたときは、座右の銘である「以春風接人、以秋霜自粛」から号して「春霜」などの名を考えていたのですが、些か狙い過ぎていて類想類号が窺えたので、今に至ります。春風秋霜は、佐藤一斎『言志四録』のうち「言志後録」の箴言です。

自ら責むること厳なる者は、人を責むることも亦た厳なり。人を恕すること寛なる者は、自ら恕することも亦た寛なり。皆一偏たるを免れず。君子は、則ち躬み自ら厚うして、薄く人を責む。春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む。

自らの過失を責めて厳しく咎める者は、他人を責めるときも厳しい。他人に思いやりを持つ者は、自らにも寛容である。しかしこれは、一方に偏っている。教養ある者は、自らを責めるときは厳しく、他人を責めるときは寛容である。春の爽やかで温かく優しい風のように人に接して、秋の霜のように凛として気が引き締まる厳しさで自らを慎む。

春風の温かさをもって人に接し、秋霜の厳しさをもって自ら慎むのは、とても難しいことです。句会においても、拙記をご覧いただいた方々から 「とても怖そうな人だと思っていた」 と仰っていただきました。拙記は、まさに自らを慎むために書き殴っているため、その秋霜が顕われているのかもしれません。みなさまと交わるときや係わるときは、努めて春風で在りたいものです。

皆が同じ場で同じ季を詠む吟行句会は、同じ制約を課されるため、「ふだんの作句姿勢」が顕われやすいのではないでしょうか。限られた時間で作句に臨んだため、「基本の型を恃む自分」 にあらためて気付かされました。

わたしの作法はすべて、藤田湘子の入門書「廿週俳句入門」「実作俳句入門」「俳句作法入門」「俳句の入口」から学んでいます。同著に従い、基本の型で1,000句つくること、を進めている途上であり、基本の型から外れた句は つくったことがありません。吟行句会の機会と時間に急かされるからこそ、「ふだんの自分」 が恃む基本と忠実に向き合えるのかもしれません。

あいにく懇親会の参加は適いませんでしたが、次の機会は酒宴にも陪席させていただきます。世話人の労をとってお骨折りいただいた 中山月波(つきなみ)さま と 小川めぐるさま にあらためて御礼申し上げます。新たな場を敷かれるご苦労や困難も少なくなかったものと拝察しますが、それを感じさせない行き届いたご差配の数々、ありがとうございました。

おふたりとみなさまの春風に、感謝します。


濃口泗寸 4sun.jp