【visionary club】01-05

【05】藤沢武夫『経営に終わりはない』文藝春秋 1998/07/10
2018/09/02 Sunday visionary 39

本田宗一郎とともに町工場を世界企業へ育てあげた、藤沢武夫。本田は、みずから技術者に徹して、実印と経営の全権を藤沢に委ねた。経営とは、一歩先を照らし、二歩先を語り、三歩先を見つめるもの。参謀として影から支えた藤沢の半生。

◆ 引用〔空〕

>> 「私は人と組める男じゃない。それはわかっている。だけど、この人となら面白いんだ。だから、おれやってみるからやらせてくれ」

>> 私は若いときから、自分の精一杯の知恵を出してみたいと思っていました。自分の持っている才能の限界を知りたいということが、わたしの夢だった。だれかの鞄もちをして、なんとかその無名の人の持っている才能をフルに生かしてあげたい、というのが夢だったんです。だれかとっつかまえて、いっしょに組んで自分の思い通りの人生をやってみたいと思っていました。大きな夢を持っている人の、その夢を実現する橋がつくれればいい。自分の一生を賭けて、持っていた夢をその人といっしょに実現したいという気持だった。

>> なにしろ仕事がしたかった。本田宗一郎の壮大な夢を現実に生かすこと、それが私の仕事です。私はお金をつくって物を売る。そして、その金は相手の希望しないことには一切使わない。なぜならば、その人を面白くさせなければ仕事はできないにきまっているからです。

>> 経営を担ったのは私でした。しかし、だからといって、それならば私に社長が務まるかといえば、それは無理な話です。社長ってものは、理論なんかなくたって、「いいからかん」でいいんです。社長には、むしろ欠点が必要なのです。欠点があるから魅力がある。つきあっていて、自分のほうが勝ちだと思ったとき、相手に親近感を持つ。理詰めのものではだめなんですね。私のほうが欠点は少ないでしょう。だが、そのぶん魅力がない。だから、社長業は落第です。ただ本物の自分を持っていること、技術では本物だということ、それで十分です。あとのことは他のひとがやればいい。

>> 経営の経の字はタテ糸だ。布を織るとき、タテ糸は動かずにずっと通っている。営の字のほうは、さしずめヨコ糸でしょう。タテ糸がまっすぐ通っていて、はじめてヨコ糸は自由自在に動く。一本の太い筋が通っていて、しかも状況に応じて自在に動ける、これが「経営」であると思う。このタテ糸を性格づけたのは、本田のヒューマニズムであり、私のロマンチシズムだったといっていいでしょう。

>> 私は人間を判断するときには、その人の家庭を見るようになりました。人と人との間を結びつける条件は、まず信頼であり、いたわり合いであると思います。その基本は家庭にあるんですね。だから、家庭を大事にしない人、奥さんを大切にしない男はだめです。芸術というものが人と人とのふれあいから生まれるものであるとすれば、家庭も芸術でなければならないし、経営も芸術だろうと思うんです。物ではなく心である、ロマンチストとしての私と企業経営との接点はそこにあるのじゃないでしょうか。

>> 人のふんどしで相撲をとっていた。これではいけない。他人がつくった在来の店を利用するだけではなく、自分たちの店を一生懸命つくらなければなりません。「たいまつは自分で持て」と私はしばしばいってきました。これは、人から教わったり、本で読んだ知識ではなく、自分の味わった苦しみから生まれた実感なのです。どんなに苦しくても、たいまつは自分の手で持って進まなければいけない。これが私の根本の思想です。

◆ 所感〔雨〕

技術の天才・本田宗一郎を影から支えた、実質の経営者。影の濃さが強いからこそ、いっそう光の輝きが現われる。

夢を語る象徴で在りつづけた本田と比して、嫌われ役・憎まれ役として、冷徹な切り盛りと巧妙な駆け引きに徹した。心底、惚れ込んだ男の夢を叶えるために、信念の「経糸」を曲げず、参謀の矜持を貫く。肩書にこだわらず、半生をかけて、カリスマを活かす組織を創りあげた。「人を活かす」ことこそ経営の本質である、とあらためて感じる。

藤沢は、論理だけでなく情熱に滾る参謀であった。みずから松明を掲げて、「緯糸」を動かしながら、炎を継ぐ。まさに、経営に終わりはない。雄大な理想と堅実な経営を併せ持ちながら、企業という芸術作品を創りあげた。

わたしは、社長に惚れ込んで今の会社に勤めている。ともに歩む「橋」を架ける日々に、心から幸せを感じている。しかし、参謀役に甘んじて、理性に偏りすぎていないか。嫌われる勇気は、義ではなく仁に宿るのではないか。会社は、活きもの。

感動という言葉はあるが、理動という言葉はない。感性で人を動かすことはできても、理性だけで人を動かすことはできない。

◆ 宣言〔傘〕

嫌われ役は、慕われ役。正しさでリーディングするまえに、愉しさでペーシングします。強さの権力より、弱さの魅力が、人を動かす。理性を押し付けるより、まずは感性に寄り添います。


【04】鶴光太郎『性格スキル』祥伝社 2018/02/02
(2018/08/29 Night visionary 17)

人生百年時代は、年齢にかかわらず学びつづけるリカレント教育〔生涯に亘って教育と就労を交互におこなう〕が求められる。学力のような認知能力は、社会の変化によって陳腐化しやすく、AIに置き換えられる。試験で測れない非認知能力「性格スキル」こそ、職業人生の成功を左右する。学校の成績が悪くても、人生は挽回できる。

性格スキルは、ビッグファイブと呼ばれる真面目さ・外向性・精神的安定性・協調性・開放性から成り、どのような性格もこの五つを組み合わせて現わせる。性格は生まれつきのもの、と考えがちだが、性格スキルは歳を重ねてからも養える。

研究によれば、学歴を問わず、性格スキルが高まれば収入も増える。特に真面目さは、あらゆる職業において仕事の成果にもっとも影響する。真面目さ・精神的安定性・協調性は、10代よりも20代・30代のほうが伸びる。協調性に至っては、40代から50代にかけて大きく伸びる。

人生百年時代。性格スキルを伸ばせば、どのような道に進もうとも人生を切り拓ける。

◆ 引用〔空〕

>> 真面目さとは、「野心を持ち目標に向かって自分を律しながら、どんな困難があっても粘り強く責任感を持って努力していく資質」である。

>> 教育にあらかじめ与えられた「正解」はない。誰かから教わるのではなく、自分で「正解」を求めて悪戦苦闘するプロセスそのものこそ教育。ひとりよがりな「学問」を教えて「弟子」をつくる場でもなければ、就活のための「予備校」でもない。

>> わからないのにわかったふりをするな。わからないことは決して恥ずかしいことではない。わからないことをごまかすことが一番恥ずかしい。飾らない素直さを持ち、自分をごまかさず、自分から逃げずに自分と正面から正直に真摯に向き合う心を持つことで、成長する環境が自然と整う。

>> 自分の成長にあらかじめ「線」を引かない。要領よく必要最低限のことしかやらない自分を変える。中途半端な自信やプライドに別れを告げる、粉砕する。人の言葉を聞き入れる素直さがなければ、他人から指摘されても聞き入れる気にならないし、成長の余地もなくなってしまう。

>> するべきことに集中して取り組めば、自ずと結果はついてくる。クオリティの上限を自分で定めることなく取り組む。成長と言い訳のきかない克己心が組み合わさって軸となり、やっと車輪が回り始める。自分を飾らず、正直に。中途半端な自信やプライドを捨て切ってようやく本当の意味での成長が始まる。

>> 一番取り組まなければならないことから逃げて、素直に裸の自分と向き合うことを恐れていたのではないか。恥ずかしながら、自分が言っていたことに一番耳を傾けなければいけなかったのは、他の誰であろう自分であった。成長は若者の特権のように思われるが、どんな年代になっても成長は楽しい。あたかも自分の年齢がずっと23歳のままであるかのように。

>> 人生とは何か。それは、たぶん、かっこわるいこと×かっこわるいこと×かっこわるいこと。「かっこわるいこと」の無限の連鎖の中に、たまに「かっこいいこと」が訪れる。

>> 性格スキルは変えることができる。それも大人になってからも、そして歳をとってからも。

◆ 所感〔雨〕

たとえば各界の著名人が人生を振り返る自伝を読むと、カッコいい自慢話よりも失敗談に惹かれる。むしろ失敗こそがみずからを成長させた、という自負を感じる。

長い一生を顧みれば、日々は失敗の連続。カッコ悪い経験を続けられることこそ、真面目さではないか。才能よりも、情熱をもって粘り強く「つづける」チカラこそ、真面目さではないか。泥臭い失敗が、性格スキルを鍛える。

カッコよく振る舞おうと人目ばかり気にして、恥をかくのを恐れていたら、ちっとも学べない。ちっぽけなプライドを捨てて、「知識の鎧」を脱いで、失敗してもいいから地道に続ける。今のじぶんに素直に、新しい環境に飛び込む。

◆ 宣言〔傘〕

年齢にかかわらず、経験したことのない新しい領域に挑みます。先週から始めたランニングも、無様や醜態を恐れずに、続けていきます。転びながら倒れながら、たくさん恥をかいていきます。


【03】中野ジェームズ修一『マンガでわかる新しいランニング入門』池田書店 2017/10/15
2018/08/26 Sunday visionary 38

青山学院大学の駅伝チームを常勝軍団に変えた中野氏が、ランニング初心者を指導。痩せたい、長続きしない自分を変えたい、痛みなく力を出し切りたい、故障せず自己記録を更新したい、などランナーの悩みごとや困りごとをわかりやすく解説・解消する。

◆ 引用〔空〕

>> フォームは気にしなくていい。むしろ自分の好きに走っていい。無理すれば、体だけでなく心も苦しくなる。もっと、走ることを楽しむ。難しいことは考えず、自分のカラダに正直に走ってみる。それが、ランニングを楽しむコツ。

>> 多くのランニング指南書は、走る前に筋トレさせたり理想のフォームを習得させたり、走るまでのハードルを上げている。走りたい気持ちがあるなら、とにかく走ってしまう。フォームのことも深く考えなくていい。まずは、「走ることが楽しい」と思えること。そして、ケガや故障しないようしっかりケアしながら、決してムリしないこと。これだけで、誰でも楽しく走れるようになるし、疲れにくく、ケガしにくいカラダをつくれる。

>> 最初のうちは走れなくて当然。「歩く」をメインにして「走る」がサブになってもいい。きつくて苦しいことを続けるのは難しいけど、「まだ出来る」と思えれば次もまた走れる。だから、ラクだっていうのも実は大事。しばらく歩く&走るを繰り返せば自然にカラダができるから、焦らなくていい。

>> 走り始めは、なによりも「走りたい」という気持ちを優先させる。だから、まずは走ってみて、走る楽しさを感じる。苦しくなったら、歩く。「走る」よりも「歩く」のほうが多くても、気にすることはない。多くの人はここでムリして走り続けようとして、脚を痛めて走れなくなってしまう。

>> 筋肉のつき方、骨格、柔軟性、筋力など、個人によってバラバラ。ランニングのフォームも同じこと、人それぞれ。人間のカラダはカラダの状態に素直に動くもの。だから、フォームは好きに走っていい。問題があるとすれば、フォームではなくカラダ。まずは自分のカラダについて知り、弱点を見つける。そして、走るためのカラダに改善していく。そうやって自然と動けるようにするのが正しいアプローチの方法。

>> フォームをあれこれと考えながら走っても、不自然な動きになるだけで、余計に非効率になる。人間のカラダは、骨格や関節の状態、筋肉の量や柔軟性が人それぞれに異なる。カラダはその状態に合わせて、動きやすいように動く。みなさんはすでに、自分のカラダにとって効率の良い走り方をしている。修正すべきは、フォームではなく、カラダ。

◆ 所感〔雨〕

100m さえ走れないわたしが、会社のランニングクラブに加わることになりました。毎月100km をロックする、その名も LOCK RUN CLUB。学生のときは、マラソンの補習に苦しみ、あまりにも走るのが遅いのでひとりだけ先にスタートさせられるほどの運動音痴。

でも、やり方より在り方。まったく走れないけれど、まずは「走ることを楽しめるじぶん」で在りたい。そう思って、この本を手にとりました。

正しいフォームにこだわらず、走りやすいフォームで走る。苦しくなったら歩いてもいいから、続ける。ケガせず走れるように、ストレッチで下半身を柔らかく。シューズの択び方はもちろん、履き方にも気をつける。

インパクトよりも回数。張り切りすぎて走れなくなるより、週2回30分ずつ続けながら「走れるカラダ」をつくるという、再現性の高いトレーニングに共感しました。

◆ 宣言〔傘〕

専門店に相談して、シューズを択びます。そのシューズを正しく履いて、ウォーク&ランを週2回30分ずつ続けます。そして、掲著に載っている「ケガなくラクに走るための6つのストレッチ」を毎日、続けます。

1年以内にハーフマラソン、そしてフルマラソンを完走できるように、楽しみながら走っていきます。


【02】立川談春『赤めだか』扶桑社 2008/04/20
2018/08/22 Night visionary 16

噺家、立川談春の青春記。

競艇選手に憧れるも身長が高くてその道を諦めた少年は、立川談志の高座に魅了された。高校を中退して弟子に入るが、直情径行な師匠の言動に振り回される。修業の矛盾に耐え、戸惑いながらも成長。兄弟子とともに二ツ目昇進試験を経て、真打に至るまでの苦難と葛藤を描く。

◆ 引用〔空〕

>> よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ。盗めるようになりゃ一人前だ。教える方に論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ。ま、それをクリアする自信があるなら今でも盗んでかまわんが、自信あるか?

>> たとえ前座だってお前はプロだ。観客に勉強させてもらうわけではない。あくまで与える側なんだ。そのくらいのプライドは持て。俺がしゃべった通りに、そっくりそのまま覚えてこい。物真似でかまわん。それができる奴をとりあえず芸の質が良いと云うんだ。

>> あのな坊や。お前は演じようとして芝居をしている。型ができていない者が芝居をすると「型なし」になる。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば「型破り」になれる。型をつくるには稽古しかないんだ。

>> お前に嫉妬とは何かを教えてやる。己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。よく覚えとけ。「現実は正解」なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で「馬鹿」と云う。

>> なれ合いは好かん。俺は内容でお前達と接する。俺を抜いた、不要だと感じた奴は師匠と思わんでいい。呼ぶ必要もない。形式は優先しないのです。俺にヨイショする暇があるなら本の一冊も読め、映画の一本も観ろ。

>> 昔ならともかく今は覚えるための教材も機械もたくさんある。だから下手な先輩に教わる必要はないんだ。名人のテープで覚えちまえばいい。覚えたものを俺が聴いてやる。口伝を否定はしないが、教える側の都合にお前達の情熱を合わせる必要はないんだ。

◆ 所感〔雨〕

〔弟子として〕

師匠の言葉に、なにを感じて、どのように動いたのか。弟子の言葉を通して、かえって師匠が視えてくる。

わたしは、社長に惚れ込んで今の会社に勤めている。心服するほどの上司と出逢えて、このひとに従っていこうと思える「師弟」の交わりや係わりを育めて、心から幸せを感じている。仕事にかぎらず、俳句にも囲碁にも、人品骨柄の陶冶にも、それぞれ師を仰いでいる。いずれも敬慕する師ばかり。心が翳って挫けたとき、体が弱って傾いたとき、師の言葉のひとつひとつが沁みる。

師の言葉には、重さが宿る。その「重さ」は、師匠の度量や姿勢でもあり、弟子の映す「濃さ」でもある。濃密な交わりや係わりには、体温よりも、体重を感じる。正しさよりも、嬉しさを求める。だから、もし師から理不尽な教えを与えられても、むしろ感動するのかもしれない。強烈なファンが、不良品でさえレアモノとして有り難がるように。

〔上司として〕

目指す先を明らかに示して、演らせる。しばらく演らせて、出来を診る。意味を言葉に換えて、丁寧に教える。好いところを褒めて、それを捨てさせないようにする。足らぬところは、力量や技量に応じながら、伝わるように語り聞かせる。あとは稽古に励むのみ、というところまで調える。そして、ひたすら稽古させる。達すれば次の先を示して、達していなければ繰り返す。

「場を調える」のは、マネジメントの基本に似ている。仕事も、芸事も、「教える」「覚える」ことの基本は、さほど違わない。

◆ 宣言〔傘〕

いつか師を語れるように、そして師の教えを継げるように、弟子である自身から視える師の姿勢や言葉をまとめます。ひとつずつの指導を疎かにせず、何度でも書き控えて読み返して、実践を重ねていきます。インパクト×回数。


【01】馬場正方『日暮硯』岩波書店 1988/04/18
2018/08/19 Sunday visionary 37

『日暮硯』は、松代藩の藩政改革を進めた恩田民親の業績を記した書物。

幕府の課役や天災で財政難に陥る松代藩は、二人の家臣に再建を命じるも、性急な改革によって強い反発を招き失敗。二度も続けて頓挫したため、家臣も領民も張り詰めていた。

民親は、家臣のみならず領民すべてに政策の仔細を説明してひとつずつ丁寧に同意を取り付けた。また ①ひとたび命じたことは決して撤回しない ②嘘をつかない を守るため、自身の家族や家来と義絶を図った。

一般的な藩政改革は増税によるが、むしろ民親は領民の諸役を廃したうえで、年貢の前納を求めないと約束。さらに役人の不満を書面で差し出すように命じて、領民をみずから改革に協力させることに成功。不正の告発に恐れる家臣には、みずからの職務を全うすることのみ命じた。罪を赦されたことに感謝した家臣は、進んで民親の改革に尽力した。

◆ 引用〔空〕

>> 不届きな部下どもは、善い上司が使えば善くなり、悪い上司が使えば悪くなるものです。死罪を申しつけるほどの不屈ではありますが、これほどの悪事はそれだけの器量がなければできないことです。その器量をうまく使えば、一かどのお役にも立ちます。

>> 仕事には油断なく精を出してもらいたい。申すまでもないが、仕事を疎かにする者は天下の大罪人である。仕事に励んでなお余力があれば、分相応の娯楽は一向にかまわない。好きなことをして楽しんでくれ。人は分相応の楽しみがなければ、精も出しづらい。仕事にも精を出して、娯楽にも興じてもらいたい。

◆ 所感〔雨〕

江戸時代の「プロジェクトX」

古典に類する江戸時代の書物でありながら、「どのように部下を動かして、仕事を成功に導くか」の処世の本質は、現代に通ずる。藩政改革は、企業の経営再建に等しい。その改革は痛みを伴うものであり、また性急に結果を出そうとして施策を断行すれば反発を招きやすい。

民親が重んじたのは、まず「信を得る」こと。自身に対する信用と信頼がなければ、人々はついてこない。みずからを強く律しながら、人々を巻き込み、心と力を集めて結果を出す。わたしの仕事であるコンサルティングでも、これは「あたりまえ」だからこそ尊く、とても難しいこと。あらためて、その大切を実感。

◆ 宣言〔傘〕

リーディングするには、まずペーシング。自分の考えよりも、まずは相手の想い。理性を押し付けるより、まずは感性に寄り添って、相手に合わせます。ラポールを築くために、まずペーシングに徹します。