小川軽舟 | 作者と選者

毎日新聞社 「俳句あるふぁ」2012年04・05月号

作者と選者 | 小川軽舟の世界


東京の桜が散り尽くすと、藤田湘子の命日がやってくる。今年の四月十五日で湘子が亡くなって七年。つまり、私が湘子から「鷹」の選を引き継いで七年になる。湘子から後を託されたのは亡くなる五日前だった。湘子の家から手つかずの投句を持ち帰り、その日から私の選者としての日々が始まったのだ。

親になって初めて親の気持ちを知ると言うが、選者になって初めて選者の気持ちを知った気がした。舞台から観客の顔が思いのほかはっきり見えるのと同じように、投句を通して投句者一人一人の様子がよく見える。俳句のおもしろさがようやくわかってきた人、何か身辺に転機があった人、ほとんど惰性で続けている人、懸命にがんばっているが結果が出なくて焦っている人などなど。

私もこんなふうに湘子に見えていたのだなァと思う。しかし、選者ができるのは投句に〇か×かの判定をすることだけだ。それでもそこに、選者の気持ちを精一杯籠める。それに応えるように進境を示す俳句が送られてきた時はとてもうれしい。

昨年末、邑書林主催のシンポジウムで、選をめぐるパネルディスカッションを興味深く聞いた。筑紫磐井さんは、水原秋桜子、能村登四郎の選にははっきりした基準があって半年から一年でそれがわかってしまい、その選によって自分が形成されたとは思わないと話した。しかし、これではずいぶん退屈な選者と作者の関係だと思う。

選は理屈ぬきの決断だという岸本尚毅さんの会場からの発言が、私の気持ちにはしっくり来た。こちらの選の基準を揺るがすような驚きのある句を、勇気をもって受け止めたい。なぜ取ったのかは、選評を書くまでに一所懸命考えればよい。

「選は創作なり」という虚子の言葉は、虚子選の結果を見れば納得できるものの、どこか傲慢な感じがしていた。ところが、深見けん二さんのNHKラジオのテキスト「選は創作なり 高浜虚子を読み解く」の中に虚子の次の言葉を見つけて、印象がずいぶん変わった。

「選といふが、畢竟これは創作である。作者と手を握り合つて、創作をして行くのである」

「作者と手を握り合つて」の創作は、少しも傲慢ではない。選に当たる虚子は、実際にそういう気持ちだったのだろう。

選は作者の成長を促すためのものではあるが、同時に選者の成長を促すものでもある。これも私の偽らざる実感だ。選をすることによって、選者としての私のみならず、作者としての私もまた成長を促される。

これも深見さんのテキストからの受け売りだが、毎月多数の句会を指導した虚子は、選者であると同時に、常に一作者であった。

「私は何処の会に出席する時分でも真剣の立ち合いということを忘れてはいない。尤も力が及ばずして惨敗することはあるが、それでも常に精一杯の事はしている」

この虚子らしい姿も傲慢からは遠い。今日は惨敗だったと臍を噛む虚子が想像されて好ましい。

このような場で選者と作者が手を握り合って、思わぬ名句が生まれるのである。「第二芸術」を書いた桑原武夫はそれが気に入らなかった。「恐らく日本ほど素人芸術家の多い国はないであろう」と桑原は言う。それではヨーロッパの偉大な芸術には到底及ばないと言うのだ。

俳句は素人芸術でけっこうだと私は思う。私自身、サラリーマン兼業の素人俳人である。しかし、偉大な文明が築いた原子炉も堤防も津波に無力だったことを思い知らされた現在、地球上の私たちの進む道は、一人一人のエコロジカルな生き方に懸っている。それを具体的に示すことができるのが、俳句という素人芸術なのではないか。


小川軽舟
昭和36年千葉県生まれ。藤田湘子に師事。平成17年「鷹」主宰。句集『近所』『手帖』、著書『魅了する詩型』『現代俳句の海図』ほか。