小川軽舟 | 第03回 田中裕明賞

2012年 第03回 田中裕明賞

選考委員の言葉


俳句は現代に生きる詩でありたい。いつもそう思いながら、私自身にどれだけのことができているのか心もとない。そんな忸怩たる思いを吹き払ってくれたのが、受賞した関悦史の『六十億本の回転する曲がつた棒』、そして私が続く二位、三位に推した山口優夢の『残像』、御中虫の『おまへの倫理崩すためなら何度なんぼでも車椅子奪ふぜ』だった。

『六十億本』は、荒廃の兆し始めた現代の日本を、そして否応なしにそこに生きるしかない作者自身を描き切って迫力があった。特に著者の暮らす土浦の風景を描いた「日本景」、祖母の介護を描いた「介護」の章は、俳句の新しい領域とそれにふさわしい新しい詩情を見出して感動的である。季語を積極的に生かした俳句と無季俳句が違和感なく並ぶ眺めもこれからの世代の俳句のあり方なのかと思わされた。一句一句の完成度を云々する以前に、その総体としてのエネルギーに圧倒される。そしてその中から、〈人類に空爆のある雑煮かな〉のように古典的風格さえある句が生まれている。

『残像』は一句一句に知的な企みがあり、それが単なる機知に終わらず、現代らしい抒情を引き寄せている。まだ狙いの見えすぎる句が多いきらいはあるが、さらにしたたかに成長してくれるものと期待する。

御中の登場は、私にとって事件とさえ呼びたい衝撃だった。現代社会の歪みの下の若者を描きつつ、極端な破調も仮名遣いの意図的な誤用もしたたかなレトリックとして生きている。『おまへの』は私にはちょっとポップに仕上がりすぎている感があるのだけれど、それが私の御中像とは異質の句を挙げて石田委員が強く推すことにもつながった。御中の作品の間口の広さを思い知らされた。

現代に肉迫しようとすることと俳句という詩型を選ぶこととの間には、飛び越えがたい溝があろう。それをやすやすと飛び越えて彼らが俳句を選んでくれたことを、同じ詩型にたずさわるものとしてうれしく思う。