小川軽舟 | 第07回 田中裕明賞

2016年 第07回 田中裕明賞

選考委員の言葉


私より一回り以上若い世代の十六冊もの句集を丹念に読み一つ一つ選考の俎上に載せるのは幸せな時間だった。私は第一位に村上鞆彦『遅日の岸』、第二位に北大路翼『天使の涎』、第三位に曾根毅『花修』を推した。

『遅日の岸』は知性と感情が調和し、対象を引き寄せる技巧が冴えている。「ガラス戸の遠き夜火事に触れにけり」の視覚を触覚に置き換えたことによる冷やかな情感、「五月雨や掃けば飛びたつ畳の蛾」の古典的な季語の本意を踏まえて匂い立つような写生。俳句表現の一つの理想を見る気がする。

『天使の涎』は歌舞伎町という舞台に徹底的にこだわって圧巻だ。花鳥諷詠と現代風俗の融合が奇観をなす。掃いて捨てても惜しくない俳句の多さに閉口しながらも、読み終えると「マフラーを地面につけて猫に餌」「俺のやうだよ雪になりきれない雨は」といった句が塵の中でせつなく輝く。

『花修』には無季俳句が多い。先の二句集以外にも『封緘』『森を離れて』『虹の島』など伝統俳句のすぐれた句集が多かった中で、それがかえって目を引いた。「立ち上がるときの悲しき巨人かな」、「燃え残るプルトニウムと傘の骨」。現代を生きる私たちの姿が寓話的に描かれていると感じた。

『天使の涎』が受賞することには異存なかったが、『遅日の岸』は問題が多く受賞に値しないとの四ツ谷氏の意見には賛成できず、田中裕明賞の選考会では初めて最終的に多数決で受賞作を決めることになった。

『遅日の岸』にも弱いところはある。作者の好尚の篩にかけられた素材の範囲は限られており、だからこそ一つの親密な世界を構築できているのだが、ともすると自己模倣や類想に陥りやすい。今回の選考結果を受け止めて、作風を更に磨き深めてもらえることを期待する。私も選考会の議論を通して自らの俳句観をあらためて問い直し鍛え直す機会を得たと感じた。