小川軽舟 | 日常を忘れがたい瞬間に

2017年03月26日 毎日新聞 朝刊

日常を忘れがたい瞬間に / 今週の本棚『俳句と暮らす』小川軽舟


「飯を作る」「会社で働く」「酒を飲む」--。単身赴任生活に材を得た七つの章立ては一見、風雅な趣味の世界と重なりにくい。しかし、読み始めるとすぐ、それらを五七五に刻みつける俳句の魔力に引き込まれる。

「俳句を趣味としていない読者の方にも読んでもらえているとしたら、それは、私がまだ現役のサラリーマンでもあるからではないでしょうか」と笑う。

師匠、藤田湘子の俳句結社「鷹」の主宰を継いで10年余。平日は関西の会社に勤め、週末になると関東の自宅に戻る日々が続く。「これが10年後なら、私は会社をリタイアし、子どもたちも家を出てしまう。句会やカルチャーセンターで俳句漬けの毎日を書いても、一般の方にはあまり共感を得られなかったかもしれません」

各章には先達の俳人の名句とともに、その素顔も写し込まれている。「会社で働く」には、日本銀行に勤めた俳壇長老の金子兜太氏。「妻と会う」には中村草田男や森澄雄。さらに、師や俳句仲間との交流を描く「酒を飲む」にかけては、宴席で即興の句を披露し合う「座の文芸」としての俳句本来の楽しさを再認識させられる。

最終章は「芭蕉も暮らす」。「漂泊のイメージが強い芭蕉ですが、江戸・深川の家での句をトレースしてみると、当初の気負った漢詩調から、生活に根ざした肩肘張らない日常俳句へ向かう作風の変化がわかります。芭蕉はある意味、近代俳句の先駆者なのかもしれません」

老若男女が集う結社を率い、「自分自身の俳句の立脚点を持つこと。その一つが日常」と説いてきた。「何となく過ぎていく日常も、後に残る句が一つでもあれば、句に詠んだ場面は一生忘れられない瞬間として生き続けることになりますから」

発生から6年を経た東日本大震災も日常への思いを深めるきっかけになったという。「当時は東京の会社におり、家まで一晩とぼとぼ歩きました。当たり前の日常がいつ失われるのか分からない現実を目のあたりにすると、日常とはやはり、生きていく立脚点なのだと実感します」。穏やかな語り口に導かれ、俳句の奥深さも味わえる一冊だ。