小川軽舟 | 第08回 田中裕明賞

2017年 第08回 田中裕明賞

選考委員の言葉


田中裕明賞の選考に当たるのはこれが八回目。回を重ねるごとに、若い俳人たちによって新しい俳句の風景が開かれていくことに驚いている。今回の応募作は六冊で前回の十六冊から数は減ったが、また新しい風景に出会えたという印象は前回に劣らず強い。

私は中村安伸の『虎の夜食』を第一位にした。「行春や機械孔雀の眼に運河」「儒艮とは千年前にした昼寝」「漏電や蓮の上なるユーラシア」といった、解釈を拒みながら言葉同士がゆるやかに響き合って懐かしい幻を見せてくれるような不思議な雰囲気に惹かれた。俳句の古典的な形式美は守り、伝統俳句との親和性も高い。「少女みな写真のなかへ夕桜」「名月やむかしの猫を膝の上」は、いかにも俳句的な季語のあっせんが、この句集の中でかえって新鮮に見えた。

第二位には小津夜景の『フラワーズ・カンフー』を選んだ。俳句の新しい風景ということをいちばん感じた句集である。「あたたかなたぶららさなり雨のふる」「ぷろぺらのぷるんぷるんと花の宵」「春や鳴る夜汽車シリングシリングと」といった作品の言葉の質感は今まで触れたことのないものだ。その一方で、私にはどこに感興を覚えたらよいのか掴めない句も多かった(正直に言えば大半だった)。しかし、それもまた新しい風景、日常の脈絡を離れた言葉の戯れに、囀りを聴き分けるようにゆっくり付き合ってみたくなる。採点と討議の結果『フラワーズ・カンフー』が今回の受賞作となったことに異論はない。

第三位は工藤惠の『雲ぷかり』。「ブロッコリーいい奴だけどもう会えない」には共感できたが、「いやなのよあなたのその枝豆なとこ」はさっぱりわからない。そんな落差が愉快だ。口語調の軽やかな詠みぶりの中、「沈丁花夫婦並んで歯を磨く」「青みかん幼なじみがレジを打つ」といった句に作者の世代の実感が滲み出ているのも興味深かった。

『虎の夜食』と『フラワーズ・カンフー』は散文作品を交えてまとめられている。『虎の夜食』は俳句作品に比べて散文がゆるく、『フラワーズ・カンフー』は逆に散文の魅力の前に俳句が一句一句の存在感を発揮しきれていないもどかしさがあり、いずれも百パーセント成功しているとは思わないが、句集という書物を、そしてその中で俳句作品をどのように読者に享受してもらうか、そのための工夫は異端視せずに評価したい。その点でも新しい風景を楽しませてもらえた。