軽舟主宰 | 標準世帯の黄昏

2018年12月16日 日本経済新聞 朝刊

標準世帯の黄昏


「おおっ」

隣に立つ息子が夜空に見入っている。息子は大学院に通うこの歳まで天の川を見たことがなかったのだ。ここは八ヶ岳の山麓、鉄道最高地点の碑の立つ野辺山高原。道はまだ雨に濡(ぬ)れたままだが、さっきまで空を覆っていた雲が切れて天の川がはっきり見える。息子は私よりだいぶ背が高い。その頭の上に白鳥座が羽根(はね)を広げている。

我が家は私と妻、そして息子と娘の四人家族である。子どもたちにはそれなりの反抗期もあって、父親の私とは会話の乏しい時期が続いた。私は私で大阪に単身赴任していて、家族と過ごす時間は限られている。妻は私が丸投げした子どもたちの受験の世話に忙しかった。まあ、世の中の家族、だいたいこんなものだろうと私は他人事のように眺めていた。

☆ ★ ☆

ところが、大学生になると子どもたちからぎすぎすした態度が消え、幼い頃の人なつこさが戻ってきた。しかし、もう間もなく社会人になって家を巣立つ時期が来る。そう思うと残された家族の時間が名残惜しくなった。何か家族らしいことができないものか。

「子どもたちに天の川を見せてやろう」、と私は思いついたのだった。二人とも都会っ子で天の川など見たことがないはずだ。天の川を見るには月の光が邪魔しない時期を選ぶ必要がある。月齢表をにらみながら、私の行ける週末を探す。野辺山に星空を謳(うた)い文句にしたホテルを見つけた。小学校のキャンプで初めて天の川を見たときの感動を思い出して、私は自分の計画に次第に興奮していった。

「○月○日、天の川を見る一泊旅行に参加しませんか。旅費は親持ち」

ふだんめったに使わない家族LINEで呼びかける。子どもたちは忙しいからどうかしら、と妻は初めから慰めを言うが、二人とも行くとあっさり返事がきた。

☆ ★ ☆

私の家族は、いわゆる「標準世帯」である。標準世帯とは、夫が働いて家計を支え、妻は専業主婦、そして子どもが二人いる四人家族である。終戦直後のベビーブームが終わり、若者が地方から都会へ働きに出て核家族化が進むと、日本の家族の典型的な姿はこの標準世帯になった。それにともない社会制度も標準世帯をモデルケースとして設計されていく。制度が変わるたびに標準世帯の家計への影響が試算されるのが通例になった。

しかし、日本の世帯数に占める標準世帯の割合は急激な減少を続けている。夫婦共稼ぎが増えたことも一因だが、さらに大きな要因は一人暮らしの世帯が増えたこと。晩婚化と高齢化によって未婚者と高齢者の一人暮らしが急増している。

私が昭和の時代に育ったのも標準世帯だった。そして、平成の時代に私自身の標準世帯を営んできた。しかし、気づけば標準世帯はおよそ標準ではなくなっている。標準世帯の黄昏(たそがれ)である。

我が家もいずれ子どもたちが家を出て一人暮らしを始めるだろう。私と妻は、どちらかが先に死んで、残ったほうが一人暮らしになる。今の我が家は、標準世帯の黄昏の時代の、焚火(たきび)の残り火のようなものなのだ。

天の川を見る旅はあいにくの天気になった。ホテルの催す星空鑑賞会は、雨のためプラネタリウム鑑賞会に替わった。ホテルと言っても部屋は和室だ。息子がこの旅のために買ってきた「海底探検」というカードゲームで遊んでから蒲団(ふとん)を四組並べて敷き、妻と娘は大浴場に行った。

それでもあきらめきれずに部屋の窓から首を出すと、ちらちら星が見えるではないか。急いで息子と一緒に外に出た。天の川はしばらくするとまた雲に隠れたが、これならチャンスはあるだろう。風呂上がりの妻と娘を連れ、今度はホテルが用意しているマットを抱えて、星空鑑賞会用の広場まで足を伸ばす。四人でマットに寝転び、仰向(あおむ)けに空を眺めた。空を埋めた雲が消えるのを今か今かと待った。

結局、星空が再び顔を出すことはなかった。いつまで経っても曇天は曇天のままだ。その空を四人で黙って見上げた。「見たかったなあ」、つかの間の天の川を見そびれた娘は、なかなか起き上がろうとしなかった。

☆ ★ ☆

翌朝は嘘のように晴れて、目の前に八ヶ岳が広がっていた。大学のサークルに行くため、娘は朝早く出発した。息子とは小淵沢で別れ、私と妻は温泉にもう一泊した。湯上がりに渓流沿いを歩くと、目の前に大きな弧を描いて星が流れた。ペルセウス座流星群なのだ。

「見てなかったわ」

あんなに大きく流れたのに妻はどこを見ていたのか。すると今度は火の玉のように明るい流れ星がシュッと走った。

「すごかったな、今の」
「えっ?」

今度も妻は見そこねた。それきり星は流れず、見上げる首が痛くなって宿に帰った。

昭和が終わり、そして間もなく平成が終わる。その先の時代の家族の形はどんなものになっていくのだろう。そして、私の子どもたちはどんな家族を営むのだろう。それは子どもたちの時代に、子どもたちが選ぶことだ。けれどもそのとき、今の我が家の姿がなつかしい情景として目に浮かんでくれたらうれしい。

家族とは焚火にかざす掌〔て〕のごとく 軽舟

特別仲のよい家族でなくてもよいが、何かのときに家族であることを思い出せる家族、焚火をすればかざす掌の伸びてくる、そんな家族でありたい。来年もまた天の川を見る旅を計画しようか。


小川軽舟 おがわ・けいしゅう
俳人。1961年千葉県生まれ。句集に「近所」「掌をかざす」、著書に「藤田湘子の百句」「俳句と暮らす」など。俳句雑誌「鷹」主宰。