小川軽舟 | 第09回 田中裕明賞

2018年 第09回 田中裕明賞

選考委員の言葉


小野あらたの『毫』の受賞に文句なく賛成とは言えない。初読のときにはおもしろく、好きな句集だった。ところが再読すると手の内が見え透くようになった。「弁当の醤油の余る小春かな」はよいけれど、この一句を生かすためには、「秋暑しからしの残る椀の縁」「葛餅の黄粉必ず余りけり」といった同方向の視点、「ピーラーに皮の挟まる小春かな」の同じ季語の配合は抑制すべきだろう。そのあたりのストイックさがないと、瑣事から見る世界観も緩む。「秋惜しむ宿に荷物を置いてより」「水の秋コーラの瓶のうすみどり」など好きな句も多い。「テーブルに七味散りをりかき氷」はよくぞ詠んだと思う。期待を込めてこれからの精進に注目したい。

私が一位に推したのは福田若之の『自生地』である。十二編の中で群を抜いていた。何より感心したのは、現代の言葉(口語の話し言葉と書き言葉)だけで俳句を作り、一冊にまとめあげたことだ。五七五にきれいに収まった口語俳句が陥りがちな標語のような単調さを、福田さんは句跨がりなど複雑なリズムを刻むことで乗り越えた。「春はすぐそこだけどパスワードが違う」「ヒヤシンスしあわせがどうしても要る」「ぽーんと日傘手放して海だぁーってなってる」、俳句が慣れ親しんだ文語をあえて拒みながら、口語で読む快感を与えてくれる。俳句が現代以降の時代を生き続けるための一つの扉を開いた句集だと思う。挿入される文章も含めて知的な装いを凝らしながら、なおナイーブな抒情を隠さないところにも惹かれた。

第二位に推した西山ゆりこの『ゴールデンウィーク』は、からっとした明るさ、一句一句の歯切れのよさが魅力だ。「パプリカの赤を包丁始かな」はポップな色彩と古風な季語が一句に仲良く収まっている。現実を映像のように見た「雪原は静止し雲は早送り」、自分の体内に棲む命をなまなましく詠った「身籠りて心臓二つ熱帯夜」も印象的。

第三位は音羽紅子の『初氷』。風通しのよい写生で人間社会の俗っぽさも北辺の風光もさらりと詠みとっている。「だらだらと研究室の大掃除」「ガガーリン通りの広き白夜かな」「秋興や反物どんと広げたる」など愉快だ。大掃除の句は煤掃などとしては気分が出ない。このままで歳晩の句と読みたい。

なお、『片白草』は私が製作を手伝った句集なので採点対象から除外した。

選考会は六時間に及んだ。その最終盤、『自生地』の作品を「鷹」でも認めるのかと四ツ谷さんに問われて口ごもったことを悔いている。よいものはよい、そう思う。