小川軽舟 | 秀句の風景 2019年05月

鷹 657号 2019年05月

今月の鷹誌から 秀句の風景


 狐火や土方巽の目ン玉 小泉博夫

土方巽は昭和三年生まれの舞踏家。秋田で十一人兄弟の末っ子として生まれ、上京して暗黒舞踏の創始者となった。昭和六十一年、肝臓癌で死去。私は舞台を見ることはできなかったが、吉岡実の『土方巽頌』を読んでその名に親しんだ。高度経済成長の只中にありながら反時代的な土俗の匂いの芬々と立ちのぼる醜怪な舞踏に、現代美術に造詣の深い小泉さんは若い頃魅せられたのではないか。

「土方巽の目ン玉」の荒っぽい破調に、土方の舞踏に通じる屈折がある。昭和四十年に秋田の片田舎で撮影された細江英公の写真集『鎌鼬』の土方巽の目を思った。高稲架のてっぺんに登って彼方を見つめる土方。土方の知らない平成も終ろうとする今、土方の目ン玉とその見据えた狐火はどこを彷徨っているのだろうか。


 紅梅や太鼓響かす天理教 中山玄彦

ようやく春めいてきた近所を常のように散歩する。ああ、紅梅が咲いたか。この屋敷の紅梅を塀越しに見上げるのは毎年の楽しみだ。角を曲がると天理教の太鼓の音が聞こえてくる。ちょうどお勤めの時間なのだ。天理教の施設は町の景色になじんだ古い建物が多い。太鼓の音も春らしく聞こえる。

この句、天理教をことさら主題にしたわけではない。紅梅と同様、それは町の景色としてある。どうという内容でもないのに、作者の心の動きが感じられる。そのあたりが中山さんらしいところだろう。

  雪のこる山かげにして春の滝 玄彦

この句も味がある。「雪のこる」を春の季語と見れば、わざわざ「春の滝」と言うのは余計である。しかし、まだ寒々とした風景を落ちる一条の水に確かな春の訪れを感じとった心の動きは、あえて「春の滝」と言わないと出ない。


 淡雪は港の船の夜伽かな 荒井東

夜伽とは話し相手などつとめて人に傅き、夜の退屈をなぐさめることである。男女ならば共寝、相手が死者であれば通夜もまた夜伽だ。

港に停泊する船に春の淡雪が降る。まるで淡雪が船に囁きかけるようだ。ふわりと大つぶで、積もるでもなくすぐに解けてしまう雪。濃やかな情感が絡みつくように纏わるのは、この句が単に景を叙しただけのものではないからだろう。主題はむしろ作者自身の中にあるのだ。


 一舟のひかりと消ゆる初音かな 斎藤夏野

広い湖水を舟が進む。風が吹きわたり、さざ波が光を返す。岸を遠く離れた舟はやがて一つの光となって消えた。

『20週俳句入門』で湘子先生の説く「型・その3」である。この本の型はどれも取り合わせを習得するためのもの。「その3」は上五中七と下五がつながっているように見えて切れている。「初音」は舟の描写に対する取り合わせなのだ。

そうは言っても、読者の印象には「ひかりと消ゆる初音」がひと連なりの言葉として残る。この句の場合は、その曖昧さをむしろ生かしているのだ。全体が渾然として印象派的な余韻をもたらす。


 野に出れば迷う事なし青き踏む 松岡雲辺

春の陽気に誘われて郊外まで歩きに来た。町を外れ、一望の野に出ればもう道に迷うこともない。見渡すかぎりの野原を好きに歩けばよいのだ。日常からの解放感が踏青の気分を高めてくれる。そしてこの句、どこか人生の迷路を抜け出たような晴れやかさもある。作者の心の中で何か踏ん切りがついたようだ。


 もつさりと鳶飛立つ余寒かな 後藤弓

高い空で輪を描いている鳶は晴れ晴れしているが、間近で見ると翼がぼさぼさして今一つ風采があがらない。そんな鳶の飛立つさまに「もつさりと」は成程と思う。


 新聞に顔突込める大嚔 前原正嗣

「顔突込める」がユーモアを含んだ写生になっている。新聞を両手に広げて読む最中の大嚔ならそうなるだろう。テーブルでもよいが、卓袱台に胡座をかいていればなお似つかわしい。そういえば電車の座席で新聞を読む人がめっきり減った。この句の情景も既になつかしさを帯びている。


 離職票うすつぺらなりヒヤシンス 近藤暎子

会社でもらうこの紙が失業手当をもらうよすがになる。大事な紙なのに何と「うすっぺら」なことか。けれども、ヒヤシンスの季語の明るさが読者の気持ちを明るくする。少し休んでまたいい仕事を見つけようという気分がある。


 にくたらしああ云へばかうさへづれる 小笠原英子

先月取り上げた小笠原さんだが、またしても快作。「ああ言えばこう言う」の決まり文句をもじって自在だ。囀りが英語でツイッターであることまで想起させる。