小川軽舟 | 季語で楽をしていないか

毎日新聞出版 「俳句あるふぁ」2019年夏号

季語で楽をしていないか | 第4回 シリーズ 季語を考える


季語があることで楽をしているのではないかと思うことがある。

俳句は季語を詠めばよい。季題という言い方もある通り、特に一物仕立ての俳句の楊合は、季語が主題そのものなのである。しかし、私たちが何かを表現しようとする時、今の自分にとって最も切実な主題は何かを突き詰めて考えることから始出るのが本来の姿なのではないか。俳句はそこを端折って、いきなり表現に入ることができる。歳時記を開けば、私を詠めと言わんばかりに多くの季語が呼びかけてくる。兼題句会ともなると、主題は初めから与えられている。そういうあり方は、何か大事な過程をサボっているのではないかという気がしてしまう。

取り合わせの俳句の場合には、主題は広がる。作者が詠みたい主題を選ぶことができる。芭蕉一門によって深められた取り合わせの手法を現代俳句に復活させた中村草田男、加藤楸邨、石田波郷のいわゆる人間探求派の場合は、主題は人間だった。現代を生きる人間を主題としながら、取り合わせる季語を象徴や寓意として機能させる表現を切り拓いたのだ。その当時は難解だと言われたこの手法も、なじんでしまえば使い勝手のよい教則になる。

私の師事した藤田湘子に『20週俳句入門』という名著がある。俳句を知らない人にはわかりにくいとされる取り合わせの手法を、一から俳句を始める初心者にあえて使わせようという画期的な俳句入門書だ。湘子はそれを可能にするために、過去の取り合わせの秀句から季語と切字の「や」「かな」「けり」を組み合わせた四つの型を抽出した。「型・その一」の例句の一つに次の句が挙げられている。

 紅梅や病臥に果つる二十代 古賀まり子

季語に切字の「や」をつけて上五に置き、下五を名詞止めにする。芭蕉も得意とした俳句の古典的な型である。まり子は結核で二十代を病臥のうちに過ごした。その境涯を表わす「病臥に果つる二十代」に季語の紅梅を取り合わせたのがこの句。紅梅は病室となった座敷から眺める実景を想像させると同時に、作者の心をも表わす。あでやかな紅梅は麗しかったはずの青春に対する愛惜の念でもあるのだ。人間探求派の手法をまっすぐ受け継いだ作り方である。

湘子はこうした名句の手法を教則化した。四つの型に従えば、作者の主観が季語に託されるので読者に伝わりやすい。初心者が頭でこね回した句に辟易した湘子の苦心の教則なのである。しかし、この教則になじんで育つと、ついついそれに安住して、気がつくと取り合わせの句ばかりになる。これも私が季語で楽をしているのではないかと思うことの一つである。

四年前に『文藝』(二〇一五年夏号)の企画した「震災と詩歌」と題する鼎談に出席した。メンバーは詩人の平田俊子氏、歌人の川野里子氏、そして俳人の私。東日本大震災をテーマに作られた現代詩、短歌、俳句の各詩型の作品を読みながら、詩歌に何が表現できたのかを話し合った。

その時、俳句に季語のあることがうらやましかったという趣旨の川野氏の発言が印象に残った。

 私は俳句の季語というものをうらやましく思いました。季語には人間を俯瞰するまなざしがある。高野ムツオさんの〈瓦礫みな人間のもの犬ふぐり〉という句。瓦礫はみな人間のものだという普遍的な視線は、季語という公共の言葉があるからこそ傭わる。(以下略)

川野氏の挙げた句をあらためて見てみよう。

 瓦礫みな人間のもの犬ふぐり 高野ムツオ

被災地には膨大な瓦礫が残された。持ち主の手を離れたそれらは、もはや無用の瓦礫でしかないのだが、それでもなお人間のものであることを主張している。高野独特のある種悲痛なユーモアがそこにある。

そして、高野はそこに、犬ふぐりという季語を取り合わせた。瓦礫の散乱する被災地にも確かに春はやってきて、犬ふぐりが花を咲かせている。犬ふぐり自体はささやかな存在だが、それは季節を次へ進める宇宙

の原理の現われなのだ。「季語には人間を俯瞭するまなざしがある」と川野が言うのはそういうことなのだと思う。そのまなざしは、取り合わせに犬ふぐりを選んだ作者自身のまなざしでもある。

私たちはまだ冷たい風の吹く土手に犬ふぐりの花を見つけた時のよろこびを共有している。季語は川野氏の言う「公共の言葉」なのた。犬ふぐりが置かれたことで、災禍の悲惨さが今一度強調される。それと同時に、ある人は慰安を、ある人は希望を犬ふぐりに感じることだろう。

季語は説明を必要としない。取り合わせという俳句が古来培ってきた手法に則り、季語をそこに置くだけでよい。川野はうらやましいと言うが、俳句は季語で楽をしているのではないかという日頃の反省が頭をもたげるからか、私にはそれが「ずるい」とも聞こえる。他の詩型が表現方法を求めて四苦八苦する中で、俳句は楽々と取り合わせを使いこなす。

現実の災禍は季語とやすらかに共存するような代物ではあるまい。

 四肢へ地震ただ轟轟と轟轟と 高野ムツオ

 膨れ這い捲れ攫えり大津波

これらの句には季語がない。大震災は日常では経験したことのない非日常の世界であり、季語に満たされた世界の大きな亀裂として現われた。それを表現しようとする時、俳句には季語がなければならないという約束に拘ることにどれほどの意味があるのだろうか。

それでも瓦礫の山に犬ふぐりを見出したことで、未曾有の災禍と日常との接点が生まれる。季語の入り込む隙のない現実に、また静かに季節がめぐり始め、私たちの生きるこの世が戻ってきた気がする。大震災という非日常にあって、ムツオの句はあらためて季語の意義を照らし出したのだ。

季節は繰り返す。春が来て、夏、秋、冬と一巡すると、やがてまた春が来る。その循環は永遠に続く。一方で、私たちの一生は有限である。歳月は後戻りせずに進んでいく。循環する時間と戻らずに進む時間とが共存する世界において私たちの生きる今を見出すところに、俳句という詩の生まれる契機がある。

難しく言えばそういうことだが、要するに、人生が有限だからこそ、今年も春を迎えられたことがうれしい。そう思って俳句を作っているのだ。日々の暮らしの中で季節を感じることは、日常べったりの暮らしにおいてちょっと爪先立ってみること、そして季語を通して日々を俯瞰してみることなのだ。

湘子は季語を大切にする俳人だったが、死ぬ前に一句、無季の俳句を作っている。

 死ぬ朝は野にあかがねの鐘鳴らむ 藤田湘子

遺された句帖にあったこの句には、
「無季」とはっきり記されていた。もう季節のめぐることのない死の世界を前にして振り返った時、季語に満ちたこの世はどれほど美しく見えることだろう。

生きてこの世にある限りは季語を大切にしたい。だからこそ、季語で楽をしないことを肝に銘じて俳句を作っていきたいと思うのである。


小川軽舟 「鷹」主宰