小川軽舟 | 秀句の風景 2019年08月

鷹 660号 2019年08月

今月の鷹誌から 秀句の風景


 鳳梨畑雨の柱が立ちにけり 岸孝信

鳳梨はアナナスまたはホウリと読む。パイナップルのことである。ここでは「アナナスばたけ」と読んでおこう。南米原産だが(アナナスはペルー語が由来だそうだ)、熱帯、亜熱帯で広く栽培される。日本では沖縄が産地である。

昭和九年に出版された高浜虚子の『新歳時記』は今も版を重ねるロングセラーだが、昭和十五年の改訂では三十五の「熱帯季題」が採用された。植民政策に従って熱帯地域に暮らす日本人が俳句を作りやすいようにとの考慮からだ。しかし、敗戦によって外地の日本人が引き揚げたため、戦後の改訂で熱帯季題は削除された。パイナップルは『新歳時記』の初版で夏の季語として収められていたが、熱帯季題採用時にそれに仲間入りしたため、熱帯季題ともども削除された。それで今も『新歳時記』にはパイナップルがない。

掲句が描くのは、パイナップル畑の広がる南の島を突然の驟雨が襲った情景である。「雨の柱が立ちにけり」は簡潔な表現ながらスコールの様子をよく捉えている。虚子が熱帯季題を取り上げる契機になったのは、渡欧のために熱帯を航海したことだった。掲句のようなスコールを虚子も眺めたかもしれない。それは虚子の目にどんなに新鮮に映ったことだろう。スコールも熱帯季題の一つだった。


 満天の星と夜蟬と客引きと 小島月彦

この句も熱帯の情景である。同時作を見るとベトナムで詠まれたようだ。怪しげな店の客引きのうろつく街の灯に照らされて、夜になっても蟬が鳴き止まない。日本の近年の熱帯夜もこれに近いものがあるが、見上げる空には驚くほどの星がきらめき、異国にいることを全身で感じている趣がある。


 バナナ食ふ無心の肘を見られたり 半田貴子

「無心の肘」というところに妙に実感がある。バナナは気取って食べられるものでもない。皮を剝いて先っぽから齧るだけだ。そのあまりの単純さに心理は無防備なのである。だから、なんだか見せてはいけないものを見せてしまった気がしたのだろう。

バナナも熱帯季題だった。パイナップルと同様、初版では夏の季語だったのに、熱帯季題に分類されたがために戦後になって削除の憂き目を見ている。


 川端の飯屋の棕梠の蠅叩 志田千惠

古くさいものを出せば、俳句自体が古くさくなりがちなのだが、この「棕梠の蠅叩」にはある種古典的な風格さえ感じる。日本の庶民の背筋のようなものがそこにある。名詞だけで畳みかけた詠みぶりもよかったようだ。宮本輝の小説を小栗康平が映画化した「泥の河」の飯屋が目に浮かぶ。

  糅飯の熱きを食うて暑に対す 千惠

この句の「糅飯」も庶民の歴史を背負っている。米が足りないから野菜を混ぜて炊いたのだ。そんな時代の「暑に対す」こそが本物の「暑に対す」だったと思える。


 冷奴切る妻自称理数系 長沼邦光

リケジョという言葉が知られるほど理系の女子学生が増えている。作者と晴れて金婚式を迎えたらしい妻の若い頃とはまるで時代が違うのだ。だからこそ「自称理数系」がほほえましい。妻がそう言うのを作者はいぶかしんでいる。でも時折、そう言えばと思い当たる節もないではない。幾何学をほのかに連想させる「冷奴切る」に味がある。


 母の日や心斎橋の印伝屋 吉長道代

おぼろげな遠い記憶ではあるが、私がまだ大阪に暮らしていた子どもの頃、父方の祖母が成田からやって来て、私の母と三人で心斎橋に出かけた。母はいつも私を連れて行く梅田のデパートなどより老舗が軒を連ねる心斎橋筋のほうが祖母がよろこぶと思ったのだろう。この句の心斎橋は、その時代のなつかしい心斎橋を思い出させる。

いったん寂れかけた心斎橋は、アジアからの観光客向けの街に変貌して盛況著しい。印伝屋も品揃えを外人向けにして生き残っていると聞く。大阪の商魂である。掲句には昔日の心斎橋と現在の心斎橋が二重写しになっているようだ。


 古利根川 夕方設けて鷭鳴ける 福島民子

何も新しいところはない句なのだが、読後に揺曳する情感は俳句を読んだ充実感そのものだ。古風に見えても、こうした風景句は近代の所産だった。「夕方設けて」は水原秋櫻子や山口誓子が試みた万葉調である。そして、秋櫻子がとりわけ苦心を重ねたように、こうした句に何より大切なのは調べである。その点においても、この句は申し分ない。


 夕焼を使ひ切つたりサッカー部 吉松勲

大会が近いのだろうか、日が落ちてもサッカー部の練習が続いている。部員たちのかけ声が夕焼空に響く。道具を片付けて解散するとすっかり日が暮れていた。「夕焼を使ひ切つたり」の思い切った表現が潔い。