【visionary club】06-10

【10】北方謙三『史記 武帝紀』1 | 角川春樹事務所 2013/04/18
2018/09/19 Night visionary 20

匈奴の侵攻に脅かされた前漢の時代。武帝劉徹の寵愛を受ける衛子夫の弟・衛青は、先帝の姉の嫉妬により、屋敷に拉致されて拷問を受けていた。後日、屋敷からの脱出を帝に認められた衛青は、軍人として生きる道を与えられる。奴僕として生きてきた男に訪れた千載一遇の機会。匈奴との熾烈な戦を宿命づけられた男は、時代に新たな風を起こす。

◆ 引用〔空〕

>> 戦をすれば、軍費はかかる。匈奴を銭で飼い馴らしたほうが得だ、という考えを認める気はない。匈奴はこれからも漢に攻めこみ、財や民を奪い、当然の権利のように関市の開設も求めてくる。それでも軍費よりは安く済むと言うが、国の誇りは、銭では購えぬ。

>> 帝は、匈奴からこの国を守るだけでなく、たえず攻めることを望んでおられる。匈奴との戦のありようは、防衛ではなく、撃滅である。軍人として、その帝の思いだけは、忘れてはならない。その夢のために、自分はいま兵馬を鍛えあげているのだ。言われるまでもなく、帝の夢が自分の夢としてあるのである。したがって、この戦に、守りというものはない。

>> 帝に権力があるのは、当然のことだった。ただ、誰がその権力を行使するのかは、その時々で変っていくのだ、ということも教えられた。言葉で、教えられるのではない。帝の権力が、自分以外のところで行使されるたびに、それを思い知らされるのである。その気になれば、劉徹の力にひれ伏さない者はいないはずだった。ただ、力は支配するために使うものではない。夢を実現させるために使うものだ。

>> 怠っているから、溜っているのではない。丁寧に読んでいるのだ。政事ということについては、一度はこうやって、細かいところまで知っておく必要がある、と劉徹は考えていた。帝は大きなものを見つめればいい。しかし、小さなものの積み重ねが、大きなものでもあるのだ。

>> 「小賢しいのだ、おまえは。軍でのこれからの立場のことを考えて、李広の首を奪れなかった。李広に、完全な負けだとも認識させなかった。これからの李広のおまえに対する態度は、これまでとはいささか変って、認めるようなところが出るだろう。満足か、古い将軍たちに認められて。軍での居心地はよくなるであろうしな。そしておまえは、古い軍の、古い軍人となっていくのだ。俺は、そんな男の命を救ったのではない」

>> 「おまえが言い出したのだ。考えてみよ、何年かかろうとよい。おまえの眼で、なにか見つけてみろ」「私は、この方法を見つけたのですが?」「できぬことは、見つけたとは言わん。いいか、おまえの生涯の仕事のひとつとして、命じたぞ」考え続けろ、という意味だった。次に同じような戦をして、必ずしも戦捷を得ることができるとはかぎらない。戦は、虚実とり混ぜた、騙し合いと言ってもいい。変幻が、戦の本質である。型にはまってしまうと、必ず隙を衝かれる。

>> 「それを、誇りにせよと?」「勝てば誇りになる、ということだ」「命令ならば」「命令だけでいいと言うなら、おまえの同意は求めない。戦は、ともに闘うべきものだ。俺はおまえと、ともに闘いたい。だから、同意を求めている。命令ならなどとは、言わないでくれ。騎馬には騎馬の輝きがあり、歩兵には歩兵の輝きがある。俺は、その両方を輝かせる自信はある。自信はあるが実績はない。だから、一度だけ俺に賭けてみてくれ、と頼む以外にないのだ」

>> 「陛下は、まだ俺を試しておられる。甘いお方ではないのだ。だからこそ、誰もが納得できる戦果がなければならん。皇后の弟だから大軍を預けられているとは、ただのひとりにも言われたくはない。おまえは、皇后の弟の部下になるのではない。軍人である俺の部下になるのだ」

◆ 所感〔雨〕

国家であれ自己であれ、成長とは変化。昨日のじぶんを超えているか。昨日の自分を振り返って、今日の自分と向き合って、明日の自分を思い描いているか。昨日のじぶんを超えようとするから、葛藤が生まれる。その葛藤が変化をもたらし、その変化が成長につながる。

昨日を超えるには、まず、昨日のじぶんを受け容れる。徒らに自虐したり卑下したり後悔せず、前向きに受け容れる。そして、そのじぶんを一歩ずつ、超えていく。目のまえの仕事に、真剣に臨む。真剣に臨むから、昨日を超えられる。真剣に臨むから、夢中になれる。夢中になるから、天職になる。天職は、みずから創るもの。

理屈に偏って、経済合理性だけで考えていたら、物語は生まれない。どのように在りたいのか、どのような物語を紡ぎたいのか。じぶんは、じぶんの主人公で在るか。その物語は、客席から応援するだけか、楽屋まで花束を持っていくか、一緒に舞台に登りたくなるか。

プライドは、コストではない。矜持は、理屈では買えない。

◆ 宣言〔傘〕

どのように在りたいのか、自恃と自負に、正直に臨みます。守るばかりでなく、攻めるべきときが訪れたら、前に進みます。自信があるから結果が出るのではなく、結果が出るから自信がつく。矜持に導く行動をロックして、やり切ります。

夢が破れるのではなく、じぶんで描く夢との「約束」を破っているだけ。まず、自身を受け容れて、自己と交わす約束を守ります。相手をリーディングするまえに、まず自分とペーシングします。


【09】山崎啓支『マンガでやさしくわかるNLP』日本能率協会マネジメントセンター 2012/03/01
2018/09/16 Sunday visionary 41

人気コーヒーチェーン・イヴェールコーヒーの旗艦店の店長に大抜擢された京橋舞が、人間関係や仕事のプレッシャー、部下や後輩の指導など、さまざまな課題をNLPを使って克服する。舞は念願の理想の自分、理想の店を実現できるのか。

◆ 引用〔空〕

>> 会社の社長であっても、入社したての新入社員であっても、等しく課題を抱えていて、なりたい理想像があります。

>> 意識とは思考であり、言葉です。無意識とは体であり、感覚です。頭ではやめた方がいいことが「わかっちゃいるけどやめられない」のです。決めるのは意識でも、やるのは無意識です。無意識は意識の二万倍の力があるといわれています。頭で決意したことでも、無意識の身体感覚に逆らう行動であれば、我慢し続けることは難しいのです。

>> 頭ではわかりますが、できないことがほとんどです。多くの人が成功する方法を知っていますが、それを実践できないのです。知得とは「頭で知っている」状態、体得とは「体が覚えている」状態です。実践できるようになるのは、体得つまり無意識に落とし込み、身体感覚を書き換えることです。

>> 私たちは多かれ少なかれ幸せを実現するために生きています。社会的に成功することと、幸せになることは必ずしもイコールの関係ではありません。この幸せとは、頭で考えるものではなく、体で感じる「感覚」です。幸せは、出来事そのものがつくり出すのではなく、イメージによってつくり出されます。真実は変えられませんが、そのイメージは変えられます。失敗という事実は変えられませんが、それに後悔があるのなら、その身体感覚は変えられます。なぜなら、後悔のきもちは失敗にかぶせるイメージがつくり出すものだからです。出来事は無色透明で価値は決まっていません。出来事に被せているイメージが変化すれば、物事の価値を決定している身体感覚が変わるのです。

◆ 所感〔雨〕

二十代で一部上場企業の管理職に就いて、マネジメントやコミュニケーションに悩み苦しめられた。そんなときに手にした一冊。読んでみたものの、過去に縛られたみずからを変えるには至らなかった。エリック・バーンの「他人と過去は変えられない」という言葉に囚われた。

来月初、横山さんが『自分を強くする』を上梓なさる。その新刊の書影には、「性格も過去も変えられる」と大きく、しかも赤字で、書かれている。縁あって絶達会に入ってから毎日、ゴールメイクストラテジーを聴いている。NLPで過去は変えられるのか。『自分を強くする』を読むまえに、もう一度だけ読み返そうとおもい、五年ぶりに手にした。そして、五年を経てようやく、この一冊と向き合い直すことができた。

出来事の意味と印象を決めるのは、自分。従ではなく主に立って、偶然を必然として受け止める。それを受け容れるために感性を磨く。感性は磨き続けなければ、錆びる。

今朝のサンデービジョナリーで寄り添っていただいて、過去の話も聴かせていただいて、こころの底の滓がようやく解けていくのを感じた。なぜかわからないけれど、涙が零れた。ふだんからメモをとっていなければ いきなりペンを走らせられないように、ふだんから感動していなければ 感性は錆びてしまう。今朝、こころが動いたのも、なにかの縁かもしれない。

サンデービジョナリーを了えて11時、草創花伝が届いた。いつも9時に送られるのに珍しいとおもって開いてみたら、また涙が零れた。40,083人のうちの1人の配信先に過ぎないけれど、この偶然を必然と受け容れる機会と時機を授けられた。あたりまえの対義語は、ありがとう。無意識の身体感覚を「あたりまえ」と呼ぶとしても、今朝のこの体験は、いつまでも「ありがとう」と心に刻んでおきたい。

◆ 宣言〔傘〕

過去は、変えられる。その変化を愉しめるように、この一冊と向き合って、何度も読み返します。「頭で知っている」ことを「体が覚えている」まで、回数を重ねて、スプーンラインを越えていきます。


【08】羽生善治『決断力』角川書店 2005/07/10
2018/09/12 Night visionary 19

勝負を分かつ集中力と決断力。勝負の世界に生きる真剣師は、いかにして直観力を磨いているのか。数多の対局を体験してきた著者が初めて書き下ろす、勝負の極意。道を究めようとする者の修羅。

◆ 引用〔空〕

>> 米長先生は、中原誠先生に挑んだ。実績、実力ともにほぼ互角だったが、名人戦にかぎっては、中原先生にどうしても勝てなかった。名人に六度も挑み、ことごとく敗れたのである。年齢としても名人になるための最後の機会と思われていた。米長先生は、名人の夢を実現するためにとんでもないことをした。自分の将棋を一新させたのだ。今まで培ってきたものをすべて捨て、まさに一から変えた。「泥沼流」といわれた将棋を捨て、若手に教えをこうて、最先端の将棋を一から学び直したのだ。フルモデルチェンジ。こんなことが五十歳に近づいた人のできることだろうか。だが、米長先生はそれに成功した。先生はそれまでに、数多くの修羅場を乗り越えてトップ棋士として揺るぎない成功をおさめていた。その輝かしい成功体験を捨て去ることは、いかに難しいことであったか。しかし、将棋は常に決断しなければならない。いつも石橋をたたいて渡っていたのでは、渡れる橋は限られてしまう。名人になろうという情熱、これを持ち続けることもどんなに大変なことか。勝負の世界では「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い。組織や企業でも同じだろうが、常に前進を目ざさないと、そこでとまって、後退が始まってしまう。今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去。守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる。守りたければ攻めなければならない。

>> 私はパソコンを予備データとしてしか使っていない。パソコンは、ここから先はこんな手がある、とは教えてくれない。何事であれ、最終的には自力で考える覚悟がないと、情報の山に埋もれるだけである。パソコンで勉強したからといって、将棋が強くなるとはいえないのだ。山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」のほうが重要なのである。ビジネスや研究の世界でも、新しい技術を開発するのに、技術の解説書を読むことはプロセスとして大切だ。しかし、文献に書いてあることはすでに常識である。問題はそのあとだ。その先を目ざすには、自分で手を動かすことが知識に血肉を通わせることになる。試行錯誤を重ねるうちに、生きた知識が積み重なり、土台ができるのではないだろうか。

>> 私が十代のころに、よく勉強した形がある。すでに古い将棋で、戦術として今に役立つことはほとんどない。昔勉強したことが役立たないことに虚しさをおぼえることもある。それがまったくのムダであったかというと、自分ではそう思っていない。今の人なら、三年分、五年分の知識も一冊の本を読めば一気に詰め込むことができる。だが、それを理解していく過程で、こうすれば早く修得できる、こうしたほうが理解が深まるという方法論を得ることができた。戦術としては何の役にも立たないが、決断力や構想力、大局観を豊かにする糧にはなっているだろう。そういう知恵は、ぎりぎりの勝負どころで力を発揮する支えになってくれるものだ。

>> 体系化の進歩によって、最先端の知識や情報を「知っている」という、その一点だけで決着がついてしまう。知らなければ、その瞬間で負けである。どんなに読みの力や経験があっても、立ち合いで負けてしまうと、力を発揮する場面にならないで勝負がついてしまう。つまり、過去にどれだけ勉強したかではなく、最先端の将棋をどれだけ勉強したかが重要なのだ。最先端で争っていると、そこを避けることは、逃げることでもある。勝負を逃げてしまうと、気持ちにも逃げることになってしまう。そして、段々と消極的な作戦しか選べなくなってしまうのだ。

>> 「自分の得意な形に逃げない」ということを心がけている。自分の得意な形に持っていくと楽だし、私にも楽をしたいという気持ちはある。しかし、それを続けてばかりいると飽きがきて、世界が狭くなってしまう。私は相手の得意な形にもぶつかっていったりする。敢えて熟知していない戦型に挑戦しようと思っている。大切なのは、自分らしさを持っているかだ。棋士の中には、「おれはこれしかやらん」といって、一つの形ばかりやっている人もいる。それはそれで、その人の信念だからいい。加藤一二三先生はもう三十年ほどまったく同じ形の将棋しか指されない。食事もいつも同じものを注文なさる。違う食事を注文した日には、将棋会館に衝撃が走る。「今日は鰻じゃなくて寿司を注文したぞ」と、一日中話題になるのだ。持続できることはすごい。同じことを貫くには、非常に強い意志と精神力が必要だろう。

>> 才能とは、継続できる情熱である。以前は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。確かに個人の能力に差はある。しかし、そういうことより、継続できる情熱を持てる人のほうが、長い目で見ると伸びるのだ。プロらしさとは何か、と問われれば、明らかにアマチュアとは違う特別なものを持っており、その力を、瞬間的ではなく持続できることだと思っている。どの世界においても、大切なのは実力を継続することである。地位や肩書は、その結果としてあとについてくるものだ。

◆ 所感〔雨〕

囲碁に「定石を覚えて二目弱くなり」という格言がある。碁を打ち始めて一年のわたしは、まさに今、二目も三目も弱くなっている。

もちろん定跡は大切だが、あくまでも最適解のひとつに過ぎず、唯一の正解ではない。舗装された道路を巧く走れても、電波の届かない山道を迷わずに進めるか。教科書の知識を覚えても、失敗と成功を重ねて「知恵」に換えなければ実戦に活かせない。道具は、持っているだけでは使えない。

対局は、決断の連続。選択肢が増えるから、決断を鈍らせる。一手を決めるために正解を集めたはずなのに、知れば知るほど打てなくなる。決断とは、断つこと。知識を蓄えて、考え抜いて、力を抜いて、一気に捨てる。本質は、単純。

定跡を覚えて、定跡を超える。賽の目を悩んでも、振らなければ解らない。道路から山道に、一歩を踏み出す勇気が勝利を拓く。

◆ 宣言〔傘〕

精神が勝敗を分かつなら、精神は定石に頼らず自分の頭で考えることで培われる。外部記憶を長期記憶に格納、長期記憶を短期記憶に常駐させます。しかし熟考に励んでも、行動すべきときが訪れたら、考えるのをやめて進みます。敗退を憂わず、「うまくいかない」対局をみつけた成功、と捉えます。

詰碁や打碁のような単調な練習であっても、意識的有能〔がんばろう〕から無意識的有能〔あたりまえ〕に至るよう、回数を積み重ねていきます。スプーンラインを超えます。


【07】齋藤孝『不機嫌は罪である』KADOKAWA 2018/05/10
(2018/09/09 Sunday visionary 40)

社会や仕事に求める水準が高まるなか、もはや不機嫌は罪である。不機嫌は、自身を蝕むのみならず、職場の生産性を下げて、トラブルやハラスメントを生む。

不機嫌を抑える「職務としての上機嫌」が求められる現代。あなたが上機嫌になれば、まわりも上機嫌になれる。自身も周囲も上機嫌にして、現代を円滑に生きる技術を知る。

◆ 引用〔空〕

>> 不機嫌の問題をいち早く取り上げたのが、シェイクスピアの「リア王」です。さすがにこの本をお読みの方のなかに国王はいないでしょうが、リア王にならないためにも、まずは自分の不機嫌を自覚してみてください。不快であることを伝えても事態は解決しないのに、無意味な不機嫌を世の中に撒き散らしている人があまりにも多い。上機嫌という服を着るのを忘れて不機嫌をさらすのは、いわば「裸の王様」です。自分の不機嫌をまったく抑えずにふるまえば、それはもう丸裸で人に接するのと同じです。

>> 機嫌は、理性や知性と相反するように思われがちですが、気分をコントロールすることは立派な知性能力のひとつです。不機嫌は、生まれつきで克服できない「性格」ではなく、あくまで人の表情や態度に表れる「状態」です。感情の変化をその時点で認識して、抑えて、人前で見せなければよいのです。技術を習得してしまえば、毎日顔を洗ったり服を着たりするように、自然を上機嫌を保てます。

>> からだをひらき、こころをひらいた状態でなければ、他人はこちらの言うことを受け入れてくれません。自分は上機嫌なつもりでも、他人に伝わらなければ意味がない。上機嫌に見えるために重要なのは、会話の内容よりも表情と声の張りです。表情と声は、訓練でどうとでもなる。自分が不機嫌か頭で考えるよりも、表情や声の張りをチェックしたほうが正確です。上機嫌は、運動と同じ。こころとからだが正しく疲労することで、上機嫌を学び、翌日のよい良い上機嫌につながるのです。

>> どんなに知性を磨いて相手のことを慮っているつもりでも、くどくどと話せば聞き流されます。人と一緒にいるときに楽しい時間を過ごせるようお互い努力するのは、本来、社会人にとって当然のルール。場にいる者は、当事者としての責任があります。この「当事者意識」こそが、上機嫌なこころの習慣を身につける第一歩。自分につらいことがあっても、相手や場がみえていれば、上機嫌にふるまえます。上機嫌は「わざ」なので、どんなシチュエーションでも実行できる。あなたの知性を最大限周囲に伝えるためにこそ、上機嫌が必要なのです。

>> イライラしているときは、なにかに執着しています。すべての事柄を「一事が万事」と考える人は、慎重なのでなく、単に知性を放棄している。上機嫌の第一歩は、なにかにとらわれる気持ちをスパッと断ってふっきること。上機嫌な人は、自己を客観的に眺め、自分をコントロールできます。他人にからだをひらいているうちに、自分のこころがついてきます。他人と接している間に、「目を見る」「微笑む」「頷く」「相槌を打つ」を心がけると、あなたの上機嫌はぐっと高まります。

>> 「私は自身の職業的な倫理観から毎回同じ服を着ている。自分の気分の上下を持ち込まないためです。私も人間だから一時的な気分の上下はあるけれど、それは君たちには関係のないことだから、一定の状態で接するんです」。仕事に出てきた以上は、「気分を抑えることは職務」と心得て私的な不機嫌を抑え、一定の状態で他人に接するべき。そうした「気持ちの張り」を持っているだけでも、からだとこころのパフォーマンスは変わります。自分のメンタルをととのえておける能力は、ビジネスパーソンにとっても仕事の処理能力以上に大事です。

>> 呼吸法を基礎とするマインドフルネスは、世界的な上機嫌メソッドです。禅宗の瞑想でもっとも大事にされているのが、呼吸。「過去にこんなことがあった」と考えるから後悔するのであり、「この先どうすればいいのか」と考えるから不安なのです。過去や未来のしがらみから自由になり、こころとからだを「今、ここ」だけで満たしていく。それが禅の精神であり、マインドフルネスの目指すところです。吐いて吐いて吐き出していると、過去や未来の執着もいつの間にかなくなって、現在を生きる自分だけが残ります。見られている自分と見る自分、今ここに生きている自分と客観的に生きている自分の二者をつくり、それを明確にするのが瞑想。坐禅とは、もっとも深いところにある自分を感じることなのです。

>> 伝統的な息の文化では、「息というものにすでに死が含まれている」と考えられてきました。吸って吐いて、吐き終わった瞬間に、人間は「小さな死」を迎えます。息を吐き続けていくと、最後に底をついて、ぐーっと死んでいく感覚がもたらされる。これを見つめていくことによって、人は死というものを感覚的に受容していきます。それは死生観の予行演習にもなっており、だからこそ瞑想で呼吸が重視されるのです。息のサイクルを見つめることは、より大きな生のサイクルにつながり、より大きな呼吸に生かされている自分に気づくことです。

◆ 所感〔雨〕

いつもイライラして、いつもカリカリして、朝も夜も不機嫌だったわたしが参禅と坐禅に通い始めたのは、一年前。身勝手な正義感を振りかざして、なにかを悪と決めつけたがるのは、「オマエを赦さない」と溜飲を下げるだけの鬱屈だったのかもしれない。

機嫌よく振る舞うことを「媚を売る」と思い込んで、肩を張っていた。同調と迎合に陥らないように、胸を張っていた。歪つに力むせいで、きもちに弛みもなく、からだも硬くなっていた。身が硬くなれば、息も硬くなり、心も硬くなる。

こころと、からだを、ひらく。オープンマインド・オープンバディ。身体をしなやかに調えれば、心のおだやかさも拡がる。

自己を客観的・俯瞰的にみつめて、従ではなく主で捉えること。相手に気を配って、場の空気を読むこと。自分を笑い飛ばせる器量を持つこと。同書も、坐禅も、似たようなところにいきつく。そんな偶然に驚かされた。

◆ 宣言〔傘〕

一人ひとりは、「場所」や「他人」に対して責任を持っている。上機嫌で在るために、場や人の力を借りながら、相手にも上機嫌を返して、互いに空気を高め合っていきます。

毎日とはいかないけれど、毎週の坐禅をつづけます。情報や関係を断つ「無用の用」の場を設けます。ランニングで走らないときも、ストレッチで姿勢を調えます。仕事の合間にも、ひと呼吸をいれて、上機嫌な場をつくっていきます。

鼻から3秒吸って、肚のなかに2秒ぐっと溜めて、15秒かけて口からゆっくり吐きます。


【06】沙絵『絶対達成する人になる方法』KADOKAWA 2016/3/24
(2018/09/05 Night visionary 18)

秋葉原会場の絶達会へ参じたとき、著者の沙絵さんにご案内いただいた小説。リストラの嵐に曝されたキラキラOLが敏腕営業に生まれ変わる。

モチベーションはいらない、選択肢と思い込んでいるものは思考ノイズ、自信がなくなったら自分の行動を数値化、行動は必ずロック、インパクト×回数が目標達成をあたりまえ化する。横山さんの絶対達成マインド&メソッドが解るビジネスノベライズ。

◆ 引用〔空〕

>> 「仕事は夢中になってやっているうちに、それが天職になっている。だからいかに夢中でやるかどうかが大事なんだ。仕事が面白いかどうかは関係ない。仕事を面白がれる人間になれ」

>> 「ジョブズが行っていたことで、いますぐにできることをお教えしましょうか? それはいま、目の前のことを真剣に行うこと。ただ、それだけです。ダイヤモンドだって磨かなければ、ただの石ころです。磨くというのは目の前のことを一つずつこなす、ということ。一つの業務を馬鹿みたいに丁寧に行ってみてください。作家が文学作品を仕上げるかのように、一流のシェフが料理を仕上げるかのように、報告書を丁寧に仕上げるのです。大切なものだから丁寧に扱う、のではなく、丁寧に扱うから大切なものになる」

>> 「これを、カラーバス効果といいます。焦点が合っただけで、あたかも引き寄せられているような錯覚を覚える。引き寄せの法則は、決して願っていれば叶うという魔法ではありません。常に意識を高め焦点を合わせている人には、見える世界が変わるという話なのです。これが、引き寄せの法則の正体なのです」

>> 「気分が浮き沈みすることなんて、あたりまえのことなんです。他人であっても、自分であっても、です。そんなことにいちいち左右をされていては、真っ当な仕事ができるはずがありません。やる気がなくても、仕事はできます。モチベーションが必要なとき、それは、その人にとって「あたりまえではないこと」をするときです。だから、会社にきて「モチベーションが上がらないから仕事ができない」という発言は、本来おかしいのです。だって、仕事をするために会社にきているわけですから。会社にきて仕事をするのは、あたりまえですよね? モチベーションが高いから仕事に打ち込める、のではなく、仕事に打ち込むからモチベーションが上がる」

>> 「特別な経験をしなくてはと思う。理由・説明をすぐに求めて、経験することの意味を先に考えてしまう。経験を損得でしか考えられなくなり、臆病になってしまう。経験することを事前に選ぶことはできません。それをやろうともしないで、その仕事の経験値を外側から判断しようとする。仕事は携帯のゲームとは違います。外側からはどれほどの経験値が隠れているかわかりません。「人によって」得られる経験値も違います。実際にプレイするまでわからないのです。経験値をあげて成長するというのは、どんなことでもわからないなりに試行錯誤し、トライ&エラーを繰り返し、壁にぶつかり、それを乗り越えていくことであり、知らず知らずのうちに成長しているものです。初めから成長すると担保されているような仕事は存在しません。理想を語り、やりもしないで仕事の価値を判断する。そんな人間に何ができるのですか?行動する理由があるからやりきろうとするのではなく、常にやりきるからその行動をする理由が見つかる」

>> 「結果が出ないと人は理由を探し疑い始めます。目標に向かうなかで、挫折を誘うような様々なノイズに侵されていることでしょう。本やインターネットが急速に普及し、成功法則が溢れているにもかかわらず、成功している人が少ないのはなぜでしょうか? 実際に行動に起こしている人が1%にも満たないからです。朝早く起きることなんて、誰でもできることです。でも、できない。日々、選択する瞬間は何万回とあります。しかしその選択肢は、選択肢だと思い込んでいるだけの、思考ノイズです。本当に結果を出したいのであれば、ノイズに惑わされることなく行動すること。それが一番大切なことです。すると、ノイズは一つずつ減っていきます。行動することで、少しずつ確信を得ていき、自分の心がクリアになっていくのです。知識は手に入っても結果は簡単には手に入らない。行動を続けることでのみ、結果という果実が得られるのです」

>> 「世の中には大きく分けて二種類のお金の受け取り方があります。ひとつは約束という形。もうひとつは、具体的な約束も取り交わさずに、社員という組織の一員になって組織のルールを守るだけでもらえるお金。後者の場合、組織が求めるのは、誠実で力を出し惜しみしないことだけです」

>>「会社にはルールというものがあります。ルールには大きいも小さいもありません。ルールを守るのは、絶対です。スポーツでもそうですよね? どんなに素晴らしいプレイヤーであっても、ルールを守らなければレッドカードで退場です。もう一度言います。ルールを守るのは、絶対です」

◆ 所感〔雨〕

目標を達成するには、歯を磨くように「あたりまえ」をつくることが大切。葛藤は成長を生むが、葛藤しているうちは「あたりまえ」とは言えない。あたりまえは、インパクト×回数の行動でつくる。行動は必ずロックする。

結果が出ないと自分を信じられなくなるが、行動をロックすれば、結果にかかわらずやりきれるようになる。自信があるから結果が出るのではなく、結果が出るから自信がつく。すべての行動をロックして、やりきる。

インパクトの大きな物事はかぎられるが、回数には再現性がある。回数を重ねるには、思考の出発点を変える。朝早くに起きるなら、まず布団をめくると決める。目標に向かう行動から決める。

◆ 宣言〔傘〕

好きな仕事に就ける者は少ないけれど、就いた仕事を好きになることは誰でもできる。

ささいなことであっても夢中に向き合い、それを好きになって楽しめるように努めます。会社を好きになるには仕事を好きに、仕事を好きになるには仲間を好きに。自分の居場所よりも、まず仲間の空気をつくります。インパクト×回数。