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まわりに居るのはじぶんよりもオトナ、と感じている。オトナだから、あんなにも割り切れるのだ、あんなにも聞き流せるのだ、あんなにも忙しそうなのだ、あんなにも遊ばないのだ、あんなにも疲れているのだ、と捉えている。気がついてみれば、まもなく不惑に至る。店舗で迎えてくれるのも、仕事で接してくれるのも、年下のひとが増えてきた。

あいかわらず歳上の方々とお付き合いすることが多い。趣味の仲間の多くは、わたしよりも歳上だ。ひとは、おなじ速さで歳を重ねる。旧くから知り合っているひとは、歳上のまま付き合う。歳下で居るほうが、なんとなく落ち着く。歳上で居ると、ほんのすこし落ち着かない。

やはり、じぶんはまだコドモ、と感じているのだろう。四十をまえにしても惑うばかりで、オトナになった、と感じることは少ない。昇進して経営に参画したとき、もう上司はいない、と痛感した。上司が居なければ、否応なく部下では居られない。巧く言えないけれど、これでもういつでも辞められる、と直感した。ようやく上司を心配させなくて済む、と思ったのである。

たくさんの方々に導いていただき、援けていただき、いくたびも「君はコドモだ」と言われてきた。これについて返す言葉もみあたらない。それでもなんとか、ようやく、これまで生かされてきた。ほんのわずかではあるけれど、振り返ってみると、ちょっとだけオトナになったかも、と思ったのである。